鉄 外伝⑨:別れ
「えっと……
つまり、5年前、ここには砂漠と、でっかいクレーターしかなかったと?
それから、お前が12年前に跳んで、歴史を変えたたんだな?」
「そういうことに、なるのか?」
「俺に聞くな!
お前が当事者だろ?
だから、つまり……どうなんだ、よく分からんな?」
「あぁ。よく分からん!」
吾妻と鉄は、お互い「よく分からない」との意見で合意した。
「まぁ、当の俺にも、あれが夢か現か、はっきりしないからな。
あまり、深く考えるな」
奇想天外で滑稽無糖なSF噺を語ったあげく「深く考えるな」で締められてしまった。
吾妻は(鉄は、確かにこういう男だった)と思い出す。
吾妻は、鉄の苦手なものも思い出し
「ここにいるお前か俺のどちらかが、互いの幻覚か“幽霊”の可能性もあるしな」
「怖いこと言うなよ」
見かけに反して“オバケ”の類いの苦手な鉄が、嫌な顔をする。
吾妻は、ハハッと笑い
「だが、ひとつ確かなことがある。
俺は“タマ”を見たぞ。
タマが、この場所を教えてくれた」
「そうか!タマに会ったか!」
鉄が、嬉しそうに笑った。
笑いながら
「それにしても“救ってくれ”と言われてた人物ってのが、お前だったとはな。
お前の子孫は“英雄”になるらしいぞ?」
「そういうお前は“鉄神様”だろ?」
吾妻と鉄は、久しぶりにお互い笑いあった。
その二人の笑い声に気付き、白い草原でお茶を飲んでいた芹田博士が
「お~い!君達」
と、2人に声をかけた。
吾妻と鉄が、芹田博士のところへ行くと、白いテーブルには、新たに2人の分のカップと椅子が用意されていた。
テーブルには芹田博士ともう1人、やけに灰色っぽい西洋系の老人がお茶を飲んでいる。
「彼は、Mr.ローレンス・ロールフューリー。
ここで知り合いになって、意気投合してな。今の今まで、話込んでしまった」
芹田博士は、年の割に若々しい顔で、にこやかに、隣に座る老人を紹介した。
「ノクトモンドの……」
「パーフェクト・ヒューマンの……」
吾妻と鉄が同時に声を出した。
「いやぁ、お恥ずかしい。
しかしあれは、ワシではないよ。
ワシの知識と人格を模倣した、まったくの別物。
コンピューター・プログラムの海から産まれた、正体不明の意識体だよ。
ノクトモンドに意識を移した全ての人格データは、あの謎の意識体に喰われてしまった。
ワシも、存在の殆んど喰われてしまったが、ドクター・セリダにサルベージしてもらえて、何とか人格を維持出来てるのだよ」
ローレンスが、両手を広げてその身体を見せる。
所々モザイク模様に崩れ、透けている。今にも、消えて無くなりそうだった。
芹田博士は「いや、いや」と謙遜しながら
「私は、戸倉さんの作った事象コンピューターのお陰で、人格がデータ化されていたからね。
他のメギストシィ・メンバーの人格データと一緒に、意識体に引き寄せられて、喰われた。
喰われたが、戸倉さんのプログラムは
クセが強いらしくて、私の人格データはノクトモンドのお口には合わなかったようだ。
吸収される前に、吐き出されてな。
その時、消えかけていたMr.ローレンスを見つけて、助けた。たまたま偶然。
運が良かったよ」
“運”――吾妻は鉄から聞いた“逆流因果の使い手”の話を思い出した。
(芹田博士も若い頃から天才と呼ばれ、マスコミから注目され、文化人タレントとして絶大な人気を得ていた。
鉄とは別ベクトルで、かなり優秀と言える。
戸倉博士の事象コンピューターが正常に作動すれば、人格だけでも再生される可能性もある。
“死してなお甦る”
そのような存在は、因果律的に危険では無いのか?
時空管理組合とやらの、監視対象だったりしないのか?)
吾妻が横目で鉄を見ると「もし、パーフェクト・ヒューマンが完全な状態で、ノクトモンドの人格移植が完璧だったら、自分は勝てていたか?」と、割と真剣に芹田博士&ローレンスと議論していた。
吾妻が“逆流因果”の話を3人に振ると、先ず鉄が
「お前は、相変わらず心配性だなぁ。
もしそうなら、未来人がとっくに手を打ってるさ」
と、やたら楽天的なことを言い、ローレンスは「そうさのぉ」と天を仰ぎ、芹田博士は、無言で左手を顎にそえて考える。
その、芹田博士の左手首が、赤く点滅していた。
「芹田博士、それは何です?」
「ん? ……あぁ、これかね?
これは、戸倉さんの事象コンピューターが、私の意識と同期しようとして、コールサインを送ってきてるんだ。
今まで、Mr.ローレンスとの会話が面白くて、気付かなかったよ」
ティベルト地下施設の人格再現 事象コンピューターが起動しなかったのは、ここで芹田博士がお喋りに夢中になっていたからだった。
「あまり、戸倉さんを待たせても、申し訳ないな。
“逆流因果”については、またその内、じっくり考えてみるとしよう。
吾妻君、鉄君、私はそろそろ行くよ。
Mr.ローレンスも、一緒に行きませんか?」
「いや、ワシはそろそろ成仏するよ。
さっきから“お迎え”が来てるのを感じるんだ。
ドクター・セリダ、最後にキミと話せて楽しかったよ。ありがトウ、サヨ・ウナ・ラ……」
“魂の世界”から、ローレンス・ロールフューリーは消えた。
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「私は一足先に、向こうで君達を待つとするよ。じゃ、また!」
と言って、芹田博士も消えた。
真っ白な“魂の世界”で、吾妻と鉄は2人きりになった。
しばらくすると
――マさ~ん、ズマさ~ん、吾妻さ~ん……
かすかに、吾妻を呼ぶ声が聞こえてくる。
「現実世界のお前の肉体が、目覚めかけてるんだ」
「お前も、なんか透けてきてるが?」
「次元断層が蒸発して、亜空間に戻る。
もう“別れの時間”が来たってことだな」
「そうか……」
鉄の話によると、次に鉄が亜空間から出られるのは4百年後。
吾妻と鉄は、これが今生の別れになる。
なのに、2人とも気の効いた言葉は出てこない。
男の、親友との別れとは、案外そんなものなのかもしれない。
「【蛮殻】は、このまま貰っていくぜ?」
「元々お前のものだ、好きにしろ。
4百年後に俺の子孫に会ったら、よろしくな」
「お前も“鉄様に会ったら、最上級にもてなせ”とか、子孫にちゃんと伝えておけよ?」
「ああ、わかった。まかせろ! だから、お前も……」
吾妻の姿が消え、少し遅れて鉄も消えた。
次回、最終回。




