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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
37/39

鉄 外伝⑧:覚醒

 月の夜。

 隕石群衝突直前のティベルト、コラルン山脈の奥地。

 過去の世界に降り立った鉄が、ヤソハチの用意した“大舟”とやらがどんなものかと見てみれば、つくばで転移ゲートに放り込んだ、パーフェクト・ヒューマンの少女だった。

 【蛮殻】の上着も、鉄が包んでやった状態のままだ。

 ヤソハチが、その少女を“お姫様抱っこ”して、神妙な顔をしている。


 鉄がヤソハチに聞く。

「……そいつも、転移ゲートに閉じ込められてたのか?」


「いえ、この子は無事ゲートを通過しています。

 通過直前のタイミングで、私が回収してきました」


「そいつにやらせるのか?」


「いいえ、この少女はいずれは強大な“力”を持ちますが、今は“空白”の状態です。

 この少女が、今のクロガネ様の“仮の肉体”となります」


 鉄は一瞬、ふら~と目眩がした。

 パーフェクト・ヒューマン〈ノクトモンドver.〉と戦った時に、人格と肉体の性別の不一致を、挑発のためとは言え“変態”扱いした事を後悔する。

 まさか、自分も同じ目にあうとは……


「えっと……たとえば、この時間軸の俺、つまり、今 日本にいる7年前の俺を、ここに連れてくるとかは?」

 

「それが出来れば、苦労は無いのですが……時間遡行には色々制限が有るのです。

 あの時空面で、あなたが亜空間に閉じ込められなければ、私達はあなたに接触出来ないのです。

 申し訳無いのですが、この条件でやっていただくしか……」

 ヤトハ965号が、心底申し訳無さそうな顔で鉄に頭を下げる。


 “夢”だからといって、何でもかんでもは出来ないらしい。


(これも“因果応報”“人を呪わば穴二つ”ってやつか?)

 おのれの、かつての行いを反省する鉄に、ヤトハ965号が語りかける。

「彼女は、歴代ヤトハの起源となるお方。

 そして、あなたのクローンとも言える存在です。

 彼女自身の人格が芽生え、自我を獲得する前の、今の空白の状態の彼女なら、あなたの依り代としてこれほど適した肉体は、他には在りません」


「わかった、やってくれ!」

 鉄は、はらを決めた。


 ――少女への憑依は、一瞬で終わった。

 目線が低い。寒い。はら減った。

 それまで、精神アストラル体では感じなかった“肉体”の感覚が一挙に押し寄せてくる。

 だが、すでに隕石群が大気圏を突入し、燃えながら夜空を赤く染めている。

 “スリーデイズ・インパクト”が始まった。


 隕石群の中に、一際巨大な隕石が見える。

 鉄が、パーフェクト・ヒューマンと戦った時の事をイメージすると、少女の身体が一瞬でその時の姿に成長した。

 それでもなおブカブカの上着のボタンをはめて【蛮殻】を起動させる。

 ダブついた袖をまくり、気合いを入れて事変力を集中し、イベント・チェンジを発動する。

 隕石群衝突スリーデイズ・インパクトは一度経験済みだ。

 そう、この時間軸に本来存在する5年前の鉄は、今ごろ仲間のイベント・チェンジャーズと日本の国土防衛の真っ最中なのだ。

 その時と同じ様に、先ずはイベント・チェンジで隕石に対して防御結界を展開する。

 落下を押し留めようと、何重にも展開した結界の層に超圧縮空気を挟み込む。

 だが、まだ足りない。

 質量が大き過ぎる。

 さらに意識を集中させると、不意に意識が拡がる感覚がして、パーフェクト・ヒューマンの超能力が発動した。

 超能力により、重力操作が可能になる。

今度は、重力で圧し出す。

 たが、まだだ。

 まだ隕石の速度は落ちていない。


(距離が遠いのか?)


 鉄は、重力操作で空を飛び、隕石に近付いて良く見ると、その全長は100m以上あった。


(あいつらは、たしか全長50mと言ってたはずだが?

 ……半分に割っちまっても良いのかな?)

 そう思いながら、鉄が巨大隕石に触れた時、誰かの声が聞こえた気がした。

 そう思った時、突如、鉄の意識は跳んだ。




 鉄が巨大隕石に触れた瞬間、逆流因果が発動し、時間が巻き戻る。

 メギストシィが、5千人の人造超能力者を処刑した、その死の瞬間に。

 暴走した怨念が、隕石群を地球近くにテレポートさせるその直前。

 鉄の逆流因果の干渉で、テレポートに衝撃刃サイコ・ブレードが混ざり、光る巨大な猫の姿になる。

 式神タマ(衝撃刃version)が巨大隕石に突っ込み、閃光に包まれた。

 全長100mの巨大隕石が2つに割れる。

 そして2つのうちの1つは、テレポートせずに、そのまま火星に向かった……




 「……はっ!」

 鉄の意識が戻る。

 さっきと同じ状況。

 上空に飛んだ鉄の目の前には巨大な隕石。

 だが、隕石の全長は半分の50mになっていた。

 質量が減った分、落下速度に制動がかけやすい。

 鉄は、半分の大きさになった巨大隕石に触れたまま、コラルン山脈のやまあいまで誘導し、そのままそこに落とすと、さらに圧力を加えて隕石を埋めた。

 巨大隕石に触れている間、鉄の頭の中には、ずっと何か正体の分からない“声”が聞こえていた気がするが、隕石から手を離すと聞こえなくなった。


 ・

 ・


「終わったな……」

 鉄が憑依しているパーフェクト・ヒューマンは、少女の姿に戻っていた。

 少女の姿の鉄が、右手を上げると、ゆらゆらともやが現れ、白い猫の姿になる。


(吾妻や星宮達に、よろしく伝えといてくれ。……今までありがとな、タマ)

 鉄は、式神タマを解放した。

 タマは、名残惜しそうに鉄の周りを回り、やがて夜の空へ消えていった。


「よろしかったのですか?

 あのを解放してしまったら、あなたは、本当に亜空間で一人きりに……」

 ヤトハ965号が、心配顔で鉄に言う。


「俺に付き合わせて、あいつまで亜空間に閉じ込められるなんて事は、俺は嫌なんだ。

 ……猫ってのは、自由な方が良いだろ?」

 そう言って、少女の姿の鉄は笑った。

 

 ・

 ・


 鉄の身体はアストラル体に戻り、パーフェクト・ヒューマンの少女はヤソハチにお姫様抱っこされて眠っている。


「クロガネ様、お疲れさまでした。

 それでは主様、私はこの子を元の時空に戻して参ります」


「お願いしますね、ヤソハチ」


「おまかせ下さい」


 ヤソハチがスゥっと消える。


 鉄が、隕石を埋めた場所を眺める。


「若干、窪地になっちまったな。

最後の仕上げで、圧力をかけ過ぎちまった……やり直すか?」


 ヤトハ965号は、山間に出来たクレーター状の窪地を見ながら満足気に


「いいえ。

 この新しい分岐世界は、これ以上無いほどに完璧な仕上がりです。

 本当に、ありがとうございました」

 と言って頭を下げた。


******************


 鉄とヤトハ965号は、再び真っ白な魂の世界に戻ってきた。


「しかし、あんたらは“全長50mの隕石”って言ってたよな?

 でも、実際は全長100mは有ったぞ。

 結果的に半分に割れちまったが、それで良かったのか?」


「はい。

 あの隕石はいずれ、火星にも必要になります。

 私がそれを言わなかったのは、あの局面で、あなたみずからお気付きになる事が“逆流因果”覚醒に必要だからでした。

 けれど、ヒントはお伝えしましたでしょう?“全長は50m”だと」


 ヤトハ965号が、イタズラっぽく鉄を見る。


「まぁ、そうだな。

 上手く事が運んだってんなら、良かったよ。

 ……それで、役目を終えた俺はどうなる?

 あの亜空間を死ぬまで漂うのか?」


「いいえ。

 あなたの果たすべき役目は、まだ終わりではありませんよ。

 いずれ近いうちに、この地の周辺で重力崩壊が起こり、次元断層が発生します。

 その次元断層が蒸発して消えるまでのわずかな時間、あなたは次元断層に共鳴して、一時的に開放されます。

 その時【蛮殻】はあなたの近くに在るでしょう。

 それで、人を救って下さい。

 その方は、この分岐世界で“英雄”になる人達の中の、始祖の一人です」


「そいつを救った後は?」


「この地に出来た次元断層が蒸発すると、再びあの亜空間に戻り固定されます。

 あなたの肉体は、量子結合で亜空間と繋がっているのです。

 亜空間は時間の存在しない場所。ですので、あなたは今後、歳をとりません。

 亜空間での体感時間も、馴れればコントロール出来ますから、退屈はしないでしょう。


 およそ4百年後に、あなたを一時的に亜空間から呼び出す“召喚”の技術が開発され、召喚した人々の手助けをする事になります。

 人々を助け、役目を終えて亜空間に戻される。それを何度か繰り返します。

 ですが、2千年もしたら、あなたを亜空間から完全に開放する者が現れ……」


鉄のアストラル体が、徐々に薄くなっていく。


「お別れの時間だな」


 鉄の言葉に、ヤトハ965号の顔が泣きそうに歪む。

「本当に……ありがとう、ございました。どうか、お元気で……さようなら」


「あぁ。

 あんたに会えて、楽しかったぜ。

 ヤソハチによろしく言っといてくれ。

 ……じゃあな!」


 ヤトハ965号と、いつの間にか戻ってきたヤソハチは、いつまでも鉄の消えた場所を見つめていた。

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