鉄 外伝⑦:逆流因果
鉄は、気が付くと真っ白な空間にいた。
「……ここは?」
「魂の世界です」
ヤトハ965号の説明によると、転移ゲート破壊の衝突で、鉄の肉体は素粒子レベルで亜空間に固定されてしまい、動かす事が出来ない。
なので、肉体から魂を一時的に切り離した。
魂は、ここ“魂の世界”で思考意識霊体に再構成され、次の段階の“蘇生”か“転生”か“成仏”へと至る。
そのどれにも至れずに現世に止まると“守護霊”“指導霊”“地縛霊”“怨霊”“幽霊”とかになる。
「なるほど。
平たく言えば、俺は幽霊になったわけだな?」
「まぁ、平たく言えば」
「俺はずっとこのまま?」
「まさか!あなたの肉体はちゃんと亜空間に存在してますから、いずれそちらに戻りますよ。
戻るときは“眠りから目覚めるような”感じでしょうか」
「今の俺は、肉体からすれば“夢の中”って事か?」
「そうですね、そうなります」
(やはり、これは“夢”なんだな……)
ヤトハ965号とそんな話をしていると、男の声がした。
「主様、あちらの準備が整いました」
見ると、端正な顔立ちの男がホワンホワンホワワ~ンと現れる。
「ありがとう、ごくろうさま」
男は、ヤトハ965号と似た美形だった。
“主様”とか言っていたが、親戚かもしれない。
ただ、ヤトハ965号と違い、頭には湾曲した角が生え、口の両端からキバが覗いている。
さらによく見ると、肌のあちこちが鱗状にひび割れている。
背も高く、190cm近い鉄が見上げるほどだ。
“異容の男”だった。
「鉄様、これは使い魔の竜人“八十八”です。
ヤソハチ、こちらが鉄様」
使い魔とは、式神みたいなモノだろうか?
紹介されたので、鉄も「どうも」と挨拶すると
「主様、本当に、この方が?」
鉄を見て狼狽えだした。
「ええ、“因果律の特異点”鉄様です」
「おぉ、なんと!
このお方が我らの始祖“鉄神”クロガネ様!
あの“救世神伝説”の一柱がここに!
後でサインとか貰っといた方が良いだろうか?
ヤッタ!友達に自慢出来るぞ!」
何やら勝手に盛り上がって興奮している。「友達に自慢」などと言うところをみると、式神とはまた違うモノなのだろう。式神に比べ、感情が有りすぎる。
(“因果律の特異点”だとか“救世神伝説”だとか……さすがは“夢”だ。
支離滅裂でワケがわからん)
鉄が、ちょっと引いていると
「これこれ、ヤソハチ。
鉄様が“鉄神クロガネ”と呼ばれるのは、この時空面の、さらにもっと未来の時空面での事ですよ?
今の鉄様は、私達がお助けしなければ……」
ヤトハ965号が、ヤソハチをたしなめる。
「そうでした、すみません主様。
つい、取り乱してしまいました。
それでは、気を取り直して……
クロガネ様、こちらへどうぞ、足元にお気を付けて」
足元と言われても、フワフワ浮いているようで、気を付けようがない。
道中、鉄はヤトハ965号とヤソハチから、多重世界の分岐状況についての説明を受けた。
“多重世界”は、大きな木の枝や根の様な構造をしており、無数の小さな分岐はやがて先細り消滅し、太い枝世界に吸収・統合される。
成長した枝の分岐世界だけが、宇宙に定着する。
消滅する小さな分岐を“幻想世界”と呼び、定着する大きな枝の分岐を“現実世界”と呼ぶ。
この“世界樹構造”の分岐は、万有因果律の法則により定められ、発生・消滅・定着を繰り返しながら世界樹全体は成長する。
本来なら、自然発生的に行われる分岐を、人為的に操作するのが魔法(因果律操作)である。
魔法による人為的な世界の分岐を“剪定”と呼ぶ。
まれに、“魔法”の先祖である“事象変換術”や“人造超能力”が偶発的にこの“剪定”を行う事が有る。
例えば、本来の因果律では火星に堕ちるはずの隕石群を、人造超能力の暴走が地球に衝突させた事件の結果“隕石が墜ちた火星”と“隕石が堕ちなかった地球”の、本来有り得た世界は“幻想世界”となり、もともとは有り得なかった“隕石が墜ちた地球”が“現実世界”として定着してしまった。
このように人為的に因果律を操作し、世界を変えるのが“剪定”である。
無作為な剪定を繰り返すと、“枝”である現実世界を大きく歪め、その歪みが臨界を越えてしまうと、その枝の現実世界は滅亡する。
特に危険なのは“逆流因果”と呼ばれる“過去改変”の力を持つ能力者で、枝世界だけでなく、根幹世界(世界樹の幹)にもダメージを及ぼすので、時空管理組合では禁忌の能力に指定され、その使い手は監視対象となっている。
逆流因果の使い手は、無自覚に未来から過去へ逆流して影響を及ぼすので、生まれながらに遺伝子レベルで知力、体力、胆力、そして“運の強さ”が有り得ないほど優れているのが特徴である。
「ちょっと待て」
そこまで聞いて、鉄が話を止めた。
「はい、何でしょう?」
「ひょっとして、俺はその“逆流因果の使い手”だったりするのか?」
「ひょっとしなくても、逆流因果の使い手そのものですよ?
“申し子”と言っても過言では無いでしょう」
ヤトハ965号は、事も無げに「それが何か?」みたいな顔で鉄を見ている。
「監視対象になるほど、危険な存在なんだろ?
俺にやらせて良いのか?
あんたがさっき言ってた、7年前に行って隕石をどうこうするってのも、要するに過去改変“逆流因果”だろ?
根幹世界へのダメージは……」
「あぁ、その事ですか?
それは心配無いですよ。
あなたは“特殊な例”ですから。
先程も説明しましたが、あなたがこれから生み出す分岐世界からは、数多くの優秀な魔法使いが誕生するのです。
これは、時空管理組合の根幹世界修復に必要な事なのです。
それに、あなたは“因果律の特異点”で、なぜかあなたの行動は、全て歪んだ因果律のバランスを元に戻すように作用するのです。
なぜそうなのかは、私達にも分かりませんが……
まぁ、深く考えず、気楽に“毒を持って、毒を制す”とでもお考え下さいな?」
ヤトハ965号にそう言われ、鉄が「何だかな~」と考えていると、周りの景色が変わった。
「クロガネ様、あちらをご覧下さい」
ヤソハチに言われ見てみると、砂漠に巨大なクレーターが有る。
「ここは、ティベルトと呼ばれる地で、かつては緑地でした。
あのクレーターは、全長50mの巨大隕石によるものです。
隕石の衝突で、ここに在ったコラルン山脈も吹き飛んで、今ではこの有り様です」
ティベルトやコラルン山脈と聞いても、鉄には信じられなかった。
写真やテレビで見た、美しい風景とはまるで別物。
ここは、砂漠と巨大クレーターしか無い、正に“死の世界”の様だった。
「お、俺がつくばから避難させた人達は無事なのか?」
「今は、無事です。
こちらの転移ゲートの出入口は、このクレーターの端の、さらに下の地下施設に設置されてますから……けれど、この過酷な環境を生き延びられる者はごくわずか……
ですが、私達の今回の目的は、その人達を救う事なのてす!
ここティベルトで過去に跳び、新たな分岐を作ります。
新たな分岐世界では、つくばから避難した人達全員が生き延びられます。
それで、この砂漠とクレーターだけの世界は消滅し、新たな分岐世界に吸収されます。
そのために、あなたには7年前にこの地に墜ちた隕石を止め、コラルン山脈を守って欲しいのです」
ヤトハ965号の言葉に、鉄は目を見開く。
「いや、それは……
そうしたいのはやまやまだが、あんたらの言う“魔法”ならどうだか知らんが、俺は事象変換術士だ!
イベント・チェンジってのは“生身の脳”が無ければ発動出来ないんだ。
それに、今は【蛮殻】も手元に無い。
この状態で、俺にどうしろと?」
「ご安心下さい。
それについては、この不肖ヤソハチめが、万事抜かり無く準備を終えています。
どうぞクロガネ様は、“大舟”に乗ったつもりで」
鉄にそう言うと、ヤソハチは恭しく頭を下げた。




