鉄 外伝⑤:生と死の世界
閃光に包まれた吾妻は、気が付くと真っ白い空間にいた。
まるで雲の中にいるかのように、足元がフワフワしている。
「よぅ」
懐かしい声を聞いた気がして振り向くと、モヤモヤとした青白い光が近づいて来た。
モヤモヤは、徐々にハッキリした輪郭を形作り、人の姿になる。
 
「久しぶりだな」
吾妻がモヤモヤに返事を返す。
モヤモヤは鉄の姿になっていた。
鉄は、ケースに保管されて神棚に飾ってあったはずの【蛮殻】を着ている……
「これは夢か?
それとも、俺は死んだのか?」
鉄が黙って指を差す。
そちらの方向を見ると、2人の人物が見えた。
白い草原に、白いテーブルと椅子とパラソル。
2人はお茶を飲みながら、談笑している。
1人は見覚えが有る。
5年前、アフリカで魔者弾圧部隊に殺された芹田博士だ。
「やはり、俺は死んだんだな……
ここは、死後の世界か?」
不思議と「悲しい」とかは感じない。
ただ、星宮とはお互い仮面を取ってちゃんと話をしたかったな、とか、温子先生との約束は守れなかったな、とか、女の事ばかり思い浮かぶ。
「ここは、“魂の世界”さ。
お前の肉体は、まだあちらの世界に在る。
爆発の瞬間、塚元先生が防御結界を張ってくれていたからな。
俺もギリギリで間に合った。
感謝しとけよ?」
「塚元教官とお前が俺を護った?
塚元教官は無事なのか?」
「ここに来て無いって事は、あっちでピンピンしてるさ。
取り合えず、死にかけてるのはお前だけだ」
「で、そう言うお前はどうなんだ?」
鉄がここにいるという事は、やはり鉄はつくばの転移ゲートが破壊された時に死んでいたのか?
吾妻には、鉄が死んでいたとは、未だに思えない。
「俺は……どうなんだろうな、自分でも良くわからん」
「自分が死んだかどうかもわからんのか?」
吾妻が呆れたと言いたげな顔で鉄を見る。
「そんな目で俺を見るな!
どうやら俺は“特殊な例”らしくてな……」
鉄は、吾妻に自分が体験した“奇妙な夢の話”を語りだした。
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――5年前、つくばテクノポリス。
子供の姿に戻り移植されていた人格を消去されたパーフェクト・ヒューマンの少女。
鉄が少女を抱えると、その身体は驚くほど冷たかった。
仮死状態から甦生したばかりだからか?
そう言えば、今は2月。特に寒い時期だ。
鉄は【蛮殻】の上着の学ランでパーフェクト・ヒューマンの少女を包んで、温度を上げてやる。
転移ゲートに向かうと、後方から10騎ほどのブラスターが砲撃を仕掛けてきた。
鉄は、学ランの胸ポケットに収納されていた、予備の腕時計型事変器を装着すると、急いで転移ゲートにパーフェクト・ヒューマンの少女を投げ込み、ブラスターを迎え撃つ。
素手で砲弾を掴み、ブラスターに投げ返す。
瞬動で撹乱してから、鉄が転移ゲートに飛び込むと同時に、先発隊に合流した第二陣ブラスターの砲撃がゲートを直撃した。
稼働中の転移ゲートが破壊され、内部に圧縮収納されていた空間湾曲フィールドが、一気に膨張し大爆発!
つくばテクノポリスは、跡形もなく吹き飛んだ……
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――理論上、ゲート事故に巻き込まれると亜空間に閉じ込められて出られなくなると言われているが、実際は中でどうなるかなど誰も知らない。
転移ゲートが実用化されてから事故の報告は無かったし、わざわざ使用中のゲートを破壊してみようとする物好きもいなかった。
そもそも、転移ゲートは大量にマギライトを使用する高価な代物で、鉄が知る限り、実際に稼働しているゲートを見たのはこれが初めてである。
ゲートに飛び込んだ後、いつまでたっても真っ暗闇だったので、さすがに(これはひょっとして、事故に巻き込まれたのでは?)と覚悟を決めた。
    
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……どうやら、いつの間にか寝ていたらしい。色々試し、結局ダメで、さて、どうしよう?と考えていたら眠ってしまった。
あれからどれほど経ったのか?
時間の感覚が無い。
数日の様な気もするし、何年も経った気もする。
目覚めたところで変化は無し。
相変わらず暗闇を漂っているだけ。と思っていたら、違った。
横に見知らぬ白い服の女がいた。
鉄はギョっとして女をまじまじと見る。
女はとても美しかった。
いや、違う。
とても、とっても美しく、光輝いていた。
と良く見ると.ホントに全身ほんのり光っている。
道理で、暗闇でも見えるワケだ。
……見知らぬ女のはずだが、何故だか見たこと有るような気がした。
(お袋に似ているのか?いや、お袋は太っていた。この女はスレンダーだ。
……そうか、パーフェクト・ヒューマンだ!
あれは俺に似ていた。
筋肉質で、おまけにグラマラスだったが。
あれをもっと、ほっそりと、柔らかに、女らしくさせると、こういう風になるかもしれん。
……しかし、いよいよヤバいな。
幻覚が見えるとは。遂に俺も気が狂ったか?)
そんな事を考えていると、女が話しかけてきた。
「私はヤトハ。
あなたが来るのを待っていました」
 




