暴走
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イベント・チェンジの研究が始まってから、およそ30年。
その歴史は浅く短い。
今はまだ、実証実験の段階に有ると言えよう。
今回、戸倉博士が開発した魔装鎧【白銀】は、背面に飛行ユニットが装備されている。
重力を操作出来ないイベント・チェンジャーの欠点を補うべく、背面に折り畳まれた“羽根”を拡げ、圧縮空気を噴出することで、ある程度の自由飛行が可能になる。
今までこの様な装備が開発されなかったのは、イベント・チェンジャーの行動に飛行の必要性か無かったためであり、パルス・ブースターの様な携帯に便利な小型の短距離・短時間の飛行ユニットの試作品が、すでに存在していたからだ。
しかし、今回は戦闘範囲が広く、敵の数も多く、巨大な兵器を相手にすることが前もって予想されていたので、長時間の空中での行動が必要だった。
【白銀】の自在可変翼は、装着者の長時間の飛行を容易にしてくれる。
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アボダ遺跡の屋上から飛び立った吾妻が、滝の前に降り立つのと同時に、アボダの森の一角が爆発した。
何事かとそちらを見ると、吹き飛ばされる数騎のブラスターを足場に、何者かが森から勢いよく飛び出し、迫り来るクンバカルナに雄叫びを挙げて向かっていく。
「ウグワァァァアア~!」
「ヤトハー!やめろーー!!」
   
悟の絶叫で、吾妻はそれがヤトハだと認識出来た。
ヤトハの【卯乙女】は、度重なるブラスターへの体当りであちこち破れてボロボロになっていた。
クンバカルナの先導と護衛をしていた塚元が、虚空瞬動でヤトハに向かう。
空中で、ヤトハの形相を確認した。
完全に狂気に呑まれている。
(これは、本当にあのヤトハなのか?)
塚元はヤトハを結界で拘束すると、吾妻のところへ投げつけた。
「吾妻、その娘を何とかしろ!
正気に戻して、ここから避難させろ!」
吾妻の前で、ヤトハはクンバカルナを睨み付けて「ガルルルル」と唸りを上げている。
吾妻はヤトハの後から、さらに拘束結界をかけ抑え付けた。
動きを封じられたヤトハは、しばらくもがいていたが、やがて身体が発光し、肉体が盛りあがっていく。
かつて、パーフェクト・ヒューマンが見せた“成長促進”である。
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ヤトハは、完璧な人造超能力者を産み出すために、鉄の遺伝子にさらに改良を加え、脳細胞を強化された
遺伝子改造人間である。
鉄との戦闘で、移植したノクトモンドの人格は消去されていても、超能力が使えなくなったワケでは無い。
ストレスとショックで、今まで理性で抑え込んでいた超能力が解放されたのだ。
今は、人造超能力発動の思考負荷による人格崩壊を防ぐため、本能的に脳が人格を遮断し、使える超能力も制限されている状態に有った。
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急激な成長促進をしたヤトハのボロボロだった【卯乙女】は身体にピッチリ張り付き、その裂け目から、色んなあちこちが露出してエライ有り様だ。
いきなりの不可思議現象を目の当たりにして、その場の全員が凍り付く。
しかし、指令所でモニターを見ていたブラストンだけは狂喜乱舞していた。
行方不明、生死不明だったパーフェクト・ヒューマンの唯一の完成体がこんなところで見付かるとは!
ブラストンはすぐさま通信機を掴む。
「その娘を生け捕りにしろ!
いや、肉片でも残っていれば良い。
殺してでも捕まえろ!」
それを聞いた塚元が叫ぶ。
「ブラストン!てめぇ、ふざけるな!
この娘を殺したら、俺はお前を殺す!」
その怒号を聞いたマッド・スレイドが、塚元に貰ったスマホを握りしめる。
「ミスター、借りを返すぜ」
クンバカルナは半自律型兵器であり、その目的は“ローグ共和国の殲滅”で、場合によってブラストンの遠隔操作も可能だった。
ブラストンは「えぇーい!私がやる!」とクンバカルナを遠隔操縦し、目からビームの照準をヤトハを合わせる。
制御室に拘束されているマッド・スレイドには、クンバカルナの起動と停止の自由すら与えられてはおらず、重力制御の超能力すら埋め込まれた電極で強制的に発動を操作させられ、まさに“生きたパーツ”としての役割しか無い。
だが、マッド・スレイドは、塚元に貰ったスマホを握りしめ、イベント・チェンジを発動させ、強制的にクンバカルナの駆動制御系を乗っ取った。
クンバカルナはガクガクと痙攣し、ガクンガクンと不自然に上半身を捻らせながら振り返り、ブラストンのいる発令所施設に向かって、口部の射出口から予備動作無しで重力砲を放つ。
ピキイィィン!
バゴオォォォンン!!
10Km先が跡形もなく消え去り、空に異様な色彩の光が渦巻いていた。
重力砲の影響で次元断層が起り、凄まじい風が噴き出している。
塚元と星宮は、咄嗟に念声を飛ばしたが、あそこにいた24人の生徒達は無事だろうか?
予備動作無しでの重力砲射出により、クンバカルナの頭部は半壊。
口からブスブスと黒い煙を噴き上げている。
マッド・スレイドは、クンバカルナの無理な姿勢での重力砲射出の反動と、駆動制御系からのエネルギー逆流で脳神経に衝撃をくらって、目と耳と鼻から流血していたが、朦朧としながらもヤトハをなんとか重力操作で抑え込んでいた。
星宮が素早く動き、ヤトハの体温を一時的に下げて仮冬眠の状態にする。
目の前の吾妻と、目と目が合う。
「吾妻君、元気そうね」
「お前は……星宮か?」
その瞬間、クンバカルナの腕が吾妻と星宮とヤトハに降り下ろされてきた。
    
ズッドゥゥゥ~ンンン!
舞い上がる砂煙。
吾妻と星宮は、間一髪でその場から逃れていた。
マッド・スレイドが意識を失い、クンバカルナの自律制御系が復活して吾妻に攻撃を仕掛けてきたのだ。
マッド・スレイドが意識を失っていても、死ぬまで重力制御は強制的に発動させ続けるシステムである。
全身に搭載されていた夥しい数のホーミング・ミサイルが全弾発射され、そこらじゅうで爆発が起こる。
ナパームの炎で、アボダの森が燃え上がる。
その地獄絵図の中、塚元の張った防御結界の中で、星宮がヤトハを介抱していた。
軟体竜ドーラに乗った悟が、クンバカルナに格闘戦を挑む。
悟のイベント・チェンジでの攻撃は、ことごとく無効化されている。
やはり、クンバカルナにも対事変コーティングの装甲が使われていた。
全長18mのクンバカルナに、全長12mのドーラが圧され始める。
   
悟とドーラが時間稼ぎをしている間、吾妻達ローグ共和国のイベント・チェンジャーズは“切り札”の準備を終えていた。
「悟、お前はドーラとヤトハを護れ!
後は、俺に任せろ」
吾妻が、魔刀を抜いて構えていた。
 




