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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
3/39

ヤトハの村

 翌朝、吾妻が目を覚ますと 滝の顔が至近距離にあった。


「……っわぁぁー!!」


「先輩……」


「ったき!?

 俺に“そっちの趣味”は無いぞ!」


「やだなぁ、僕にだって有りませんよ。

 先輩が寝言なんて珍しいなと思って。 ……大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だ! 心配すんな」


 バン! と音がして


「な、なんかありましたか!?」


 叫び声を聞いて、ピンクのパジャマを着たヤトハが目を丸くして2人の寝室のドアを開けていた。


 吾妻は滝を指さして「このバカが……」と言いかけ、

「いや、なんでもない。驚かせてすまなかった」と言ってから

「おはよう、ヤトハ」と朝の挨拶をした。


「おはようございます、吾妻さん、滝さん。

 お2人の服は洗いますから、今日はそこの服を着てください。」


 見ると、ここの村人が着ていた様な民俗衣装が置いてある。ヤトハが立ち去ってから、吾妻が言う。

「あのなぁ、滝 。俺だって寝言くらい言うぞ」


「でも、先輩の寝言なんて初めて聞きましたよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 吾妻が滝と出会ったのは6年前、隕石群衝突後の災害復興支援でヨーロッパに行った時、同じチームになった。


 滝は、吾妻と同じ事変高専の3年後輩だが、互いに何となく見たような気がする(吾妻は“チャラそうな後輩”として滝を、滝は“超恐そうな先輩の横にいた人”として吾妻を憶えていた)程度の面識しかなかった。しかし、2人とも元々の出身は東北だったので、すぐに意気投合。


 同じチームとして1年ほど過ごした頃、吾妻が単身アフリカに向かうため一時的にチームから離脱した直後、TOTWOの魔者弾圧が始まり、チームは壊滅。

 滝は、彼専用の楽器型事変器イベント・コンバーターを破壊され、崖下に墜落したが、 一命はとりとめた。


 吾妻がアフリカで芹田博士を埋葬し、追撃を逃れて なんとかヨーロッパに戻ってきた時、滝は満身創痍で虚ろな目をして廃墟をさ迷っていた。


 再会した時、2人は無言で泣いていた。

 専用事変器イベント・コンバーターを失った滝に、事変治癒術で骨折箇所を治療してやり、他のチームメンバーを探した吾妻が知ったのは、生き残りは自分と滝の2人だけという現実だった。

それから、自分のスマホを滝に渡して追っ手と戦い、逃げ延び、寝食を共にしてきた。

 この5年間、ぐっすり眠る事など無かった。

 悪夢以外を見た事など無かった。

 悪夢にうなされていてさえ、吾妻が不用意に声を上げる事など無かった。

それは、滝も同じだった。


 吾妻は、久しぶりに悪夢以外の夢をを見た。

 久しぶりに寝言を言った。


******************


 朝食を終えると、戸倉博士が

「わしは 先に行って準備しとります。

 吾妻君、昨夜の“鍵と鞄”を預からせて貰ってもええかの?」と言って吾妻から鍵と鞄を受け取る。


「後でお呼びするので、お2人は村の見物でもしとって下され。

 ヤトハ、後は頼んだぞ」

そう言って先に出ていった。


 後を頼まれたヤトハは、長老宅の正面に描かれた紋章と同じデザインの刺繍が施されたキルト、手編みのバンダナ、毛皮の編み込みブーツと言った、オシャレモードで現れ、

「狭い村ですから、そんなに時間はかかりませんよ」と2人に村の案内を始める。



「こちらが阿藤さんのお家で、そちらが伊藤さんのお家、こっちが宇藤さんで、そっちは江藤さんです」


 全部同じ様式の簡素な家なので、ハッキリ言って面白味は無い。

 家を見るより、旅行の添乗員の様に気取って2人に説明しているヤトハを見ている方が余程面白い。


 少し歩くと農場に着いた。そこで農作業をしていた男が吾妻を見つけ、声をかけてきた。


「あ、昨日の客人! あんた強いねぇ~。

 正直に言っちゃうけど、この村でヤトハに勝てるヤツなんて、1人もいないんだぜ。スゲェよあんた!」


 それを聞き付けた他の農作業者全員が集まって来る。


「こちらが吾妻さん、そちらが滝さんです」


 ヤトハが2人を紹介する。


「お~、吾妻さん、あんた近くで見ると良いガタイしてるね~」


「あらやだ、良く見ればあたし好みの凛々しい顔してる!」


「そっちのイケメンの兄ちゃんも強いんか~?」


「ヤトハちゃん、あんた何でそんな“おめかし”してんの?」


 きりがないのでヤトハは

「皆さん、お2人に学校もお見せしたいので」

と言って農場を後にした。


 去り行くヤトハ達に農夫の1人が

「後でまた長老んとこに野菜届けとっからよ~!」

と手を振っている。



「……先輩、ここの人達って日本の事変システムのエンジニアだったんすよね?

 エンジニアの人達ってあんなでしたっけ?」


「環境に適応してると言うか、ここの生活に馴染んでいると言う事だろ?

 たくましい人達だ。良い事だと思うぞ、俺は」

 

 ・

 ・

 ・

 ・


「ここが学校です」


 見ると、寺子屋の様な小さな学校の中で、いかにも美人教師と言った若い女性が数学を教えている。


 生徒は、ヤトハと同じ10歳くらいの子供が3人、中学生か高校生くらいに見える子が2人、全員女子だった。


「先輩、あれ見て下さい」


 滝が吾妻に耳打ちして、そっと指さした黒板には、難解な高等数学の方程式がビッシリと書き込まれていた。

 吾妻は、ここがエンジニアの村だと再認識する。


「本当はまだ3人男の子がいるんですけど、今日は大人の手伝いでお休みなんですよ」


 ヤトハが2人に説明していると

「あら、ヤトハちゃん」

と美人教師がこちらに気が付いた。


「あっ、ヤトハちゃんが来た!」


 女の子達はわらわらとヤトハを取り囲んでキャッキャしている。 しかし、さすがに年頃の娘っ子と言うべきか、恥ずかしがって吾妻と滝には微妙に距離を取って近付こうとしない。


「吾妻さんと、滝さんです」


「こんにちは」


 美人教師が笑顔で2人に丁寧なお辞儀をすると

「ちょっと、よろしいですか?」

と2人を校舎の裏へ連れ出した。

 心なしか笑顔がひきつっている。



「ちょっと、あなた! 吾妻さん?

 あなたは、いったい、どういうおつもりなんです!?」

 いきなり怒られた。


「あの、いったい何が?」

 吾妻が、面喰らって、しどろもどろに聞く。


「何が? じゃありません!

 すっとぼけないで下さい! 昨日の事です!

 子供相手に、しかも女の子に!

 顔に傷でも残ったらどうするつもりだったんで・す・か!?」

 「で・す・か」のところは足を踏み鳴らすジェスチャー付きだ。


「いや、しかし、ですから、ちゃんと手加減を……」


 吾妻は弁解するが、美人教師は聞く耳を持たず

「言い訳をしなーい! いいですか!?

 まったく、口から火を吹くだなんて……怪獣じゃあるまいし、はしたない!

 あなたは、サーカスの火吹き男ですか?

 良い大人が、非常識にも程が有りますよ!?」


 ――イベント・チェンジに常識を求められても困るのだが……


「あなたもですよ! 滝さん?」


 いきなりふられ、傍観モードを決め込んでいた滝が「え?」っとなる。


「何でもっとはやく、この“怪獣人間”みたいな人を止めなかったんてすか!?」


「先輩、ここは……」


「うむ、あれしかあるまい!」


 2人が、同時にその動作を始めると、まるで周囲の空間は切り取られ、スローモーションであるかの様な錯覚を感じさせなくも無い様な気が、しないでも無かった。


「「本当に、申し訳有りませんでしたぁ~~!!」」


 2人は、見事なシンクロで必殺の“土下座”をめた!


 ――後に、彼女はこう語る


「それは、それは、美しい土下座でしたわ……」と。

だが、このときの彼女はそんな事では許さず、2人はこの後、延々小1時間ほど説教を喰らったのだった……

 ――南無!



 2人が、ようやく美人教師の説教から解放されると、今度は村の集会所と言うところに案内された。

 そこで、昨日長老に付き添っていた中年男性が出迎えてくれる。


「ヤトハ、吾妻さん、滝さん、こんにちは。

 私は長老の補佐役をしております志水しみずと言います。

 長老の準備が出来たそうですので、こちらへどうぞ」


 集会所の奥へ案内され、志水が行き止まりの壁をドン! と叩くと、壁の板が回転して隠し扉現れる。


「まるで、忍者屋敷ですね」

 滝が言うと、志水はニッと笑った。


「暗いですから、足下に気を付けて」

 志水が先導して進んで行くと、今度は下へ続く階段。

 何度も折れ曲がり、下へ下へ続いて行く。

 しばらく下がると、僅かなLEDめいた光に照らされた薄暗い地下施設が姿を現した。


「ようこそ、ティベルト地下秘密基地へ」


 そこにいたのは民俗衣装では無く、白衣を着た戸倉博士だった。

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