決戦の日
作戦開始当日の早朝。
朝日を浴びるクンバカルナは、片ひざをついてうずくまっていた。
その胸部制御室までおよそ6m。
塚元は地面を蹴ってトン、トン、トンと駆け上がり、マッド・スレイドが収容されている胸部ハッチを開ける。
「よぅ、元気か?」
「……ミスター」
重力制御ユニットに拘束され、自慢のアフロを剃り上げられたマッド・スレイドの頭部と全身には電極やコードやチューブが埋め込まれ、見るからに痛々しかった。
マッドは塚元の顔を見ると、弱々しく笑う。
「お前に、コレをやろうと思ってな」
塚元はイベント・コンバータのスマホをマッドの手に握らせる。
そして、自分の薄くなった頭頂部をさすりながら照れ臭そうに言う。
「まぁ、何だ、お前は俺の優秀な生徒だったよ。
そのスマホは、免許皆伝の証しみたいなモンだ。
今日からお前もイベント・チェンジャーだ!……なんてな。
この作戦でお互い生き残れるかは分からんが、死ぬなよ 」
それを聞いたマッド・スレイドは、色素の抜けた紅い瞳で塚元を見詰め、それまで見せた事がない真面目な表情になった。
「俺はいつか、ミスターを……あんたを出し抜いてやろうと、ずっと隙を窺っていたんだぜ。
あんたなら、最初から気が付いていただろうがな。
それなのに……借りを作っちまうな。
俺に情けをかけても良いのかい?
俺はいつか、あんたを殺そうと思ってるんだぜ?」
「俺も実はお前と同じ、ろくでもない人間なんだ。
仲間を裏切ってるしな。
誰に殺されても文句は言えん。
いつでも殺しに来な、受けて立つぜ。
それより、先ずは生き残れよ」
「……ミスター、あんたもな」
塚元は最後に「また会おうぜ」と言ってからマッド・スレイドと別れた。
今回の作戦での塚元の役割は斬り込み隊長である。
先ずはローグ共和国に対して降伏を呼び掛けつつ、戦端を拓く。
結局、星宮はローグ共和国とメギストシィのどちらにつくか、態度を保留したまま塚元の横にいた。
星宮の顔には、仮面型の専用事変器【雪姫】が装着され、スマホを握りしめている。
取り合えず戦闘には参加せず、塚元の護衛を優先させようと考えていた。
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一方、ローグ共和国では、塚元が滝に伝えた情報から、今回の戦闘に充分な準備を整える事が出来ていた。
アボダ遺跡の屋上から、塚元がこちらに歩いて来るのが見える。
星宮の仮面型事変器【雪姫】は、星宮が事変高専の教職に就くようになってから作成したものだ。
吾妻は【雪姫】を知らず、塚元の横にいる女性が星宮だとは、気が付いていない。
「塚元っつぁん、女の人連れてますよ」
「誰だろう?塚元教官もなかなかスミにおけんな」
滝とそんな会話をしていた。
塚元が、ローグ共和国国境の堀と壁の前で、降伏勧告を申し述べる。
それに対して、チャドが拒絶の意思を伝える。
それを聞いた塚元が、戦闘開始の宣言をすると、メギストシィの魔者殲滅大軍団が進撃を始めた。
ここまでは、シナリオ通り。
これから先は、戦況に応じたアドリブとなる。
屋上の吾妻が、先ずはメギストシィ軍団を視認して敵戦力の把握。
およそ、中型戦車100輌、装甲機動歩兵
200騎、その他軍用車輌や歩兵は、合わせて4千人くらいか?
陣形の最後尾に、何やら大きな人型が見えるな?
吾妻は、目を凝らして良く見ようとしたが、塚元が起こした砂煙でたちまち視界は遮られた。
もはや何がどこにいるのか、さっぱり分からなくなる。
対して、ローグ共和国の戦力は心許ない。
火力の銃や砲の所有数は少なく、弾も限られている。
戦闘に参加している人員はおよそ3千人。
残りの2千人は非戦闘員であり、急造された地下シェルターに避難している。
非戦闘員の指揮は、ダイダ・バッタ十六世とその側近の僧侶が執っていた。
隠れ里の魔術村エンジニアメンバーは、戸倉博士を中心に魔神石採掘場跡の地下施設に籠り、何やら忙しげに作業を行っている。
施設内で埃を被っていた、大型力場発生装置試作一号機を起動させるつもりなのだ。
大型力場発生装置から延びた無数のケーブルが地下坑道を通り、山の裏側の水力発電場とコメーティア隕石に繋がれている。
こちらの作業は、大山昇と平坂夜美を中心に、魔術村土木作業班と子供達が頑張っていた。
ヤトハとマリモは、悟率いる軟体獣軍団をサポートするため、アボダの森にいる。
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砂漠では戦闘が始まり、戦車の一斉砲撃で、国境の壁が徐々にえぐられていく。
イベント・チェンジャーズが壁を修復していくが、砲撃の波状砲撃で壁の破壊に修復が追い付けなくなる。
所々の堀は埋められ、歩兵とブラスターがアボダの森に侵入してくる。
それを迎え撃つのは、ゲリラ戦士と悟率いる軟体獣軍団。
蜘蛛型軟体獣が先行して来た敵歩兵を凪ぎ払い、蹴散らしていく。
そして、ブラスターとゲリラ戦士&軟体獣の乱戦へと縺れ込むが、不思議な事にブラスターの火力攻撃が当たらない。
着衣型事変装備【卵乙女】を装着したヤトハが、ブラスターの射った弾を高速で移動しながら防御結界で弾いているのだ。
しかし、彼我の兵力差はローグ共和国に不利であり、国境の壁の廻りにはブラスターが密集して押し寄せつつある。
ヤトハがブラスターの攻撃を弾くにも限度が有った。
森に進入してくるブラスターの数が増えていき、ついにヤトハがブラスターの銃撃を弾ききれずに、何人かのゲリラ戦士と数体の軟体獣が被弾して爆散した。
色々な楽しいお話をしてくれたゲリラのお姉さんの血と、軟体獣の青い体液を浴びたヤトハは、一瞬硬直し……そして、キレた。
今回の戦闘では、ゲリラ戦士と軟体獣軍団は陽動が目的であり、多少の犠牲は覚悟の上で、吾妻や戸倉博士はヤトハに「ヤバくなったら、適当なところで逃げ出せ」と厳命していたのだが、キレたヤトハは自我を喪い、戦闘にのめり込んでしまっていた。
ゲリラ戦士と軟体獣に犠牲が出てから、ヤトハのテンションがおかしくなっていった。
なかなか戻って来ないヤトハに痺れを切らした悟が、退却用に待機させていた軟体竜ドーラに乗って様子を見に行くと、ヤトハは我を忘れて、恐ろしい形相で笑いながら、高速でブラスターに体当りを繰り返していた。
悟には、高速で動き回り笑いながら
「ハハハ、アハハハ」と笑いながらブラスターに体当りを繰り返すヤトハの姿は見えていたが、ブラスターの操縦士には、笑い声が聞こえるだけだろう。
ヤトハの高速の動きは、常人の目には捕らえられない。
ヤトハに体当りされ、何が起きているのか理解出来ないブラスターの操縦士は、完全に戦意を喪失している。
敵の歩兵達も、恐怖で動けずにいた。
ヤトハの行動は、完全に常軌を逸していた。
「ヤトハ~!ヤトハ~~!!」
コンバット・ハイに入ってしまったヤトハには、悟の声も届かない。




