クンバカルナ
巨大人型兵器クンバカルナの起動までの行程は難航を究めた。
北米とヨーロッパ各所のメギストシィ軍事工場での各パーツの製造と、ゴブリ砂漠軍事施設への輸送日程は予定どうり進んだが、駆動系の生体パーツである人造筋肉の神経接続が、その規格外の大きさのために思いのほか時間がかかり、そこから完成までの予定日程が徐々にズレ始める。
日程の遅れにより、神経接続を待つ他の生体パーツの腐敗が始まり、塚元がホムンクルスで細胞組織の活性化を不眠不休で行うハメになり、サポートのためニホンから人質になっていた星宮由紀と24人のシンキバ地下施設残留組が呼び出され、ゴブリ砂漠にやって来た。
「塚元先生、お久しぶりです……って、何ですかこの臭いは!?」
腐敗を始めた生体パーツは酷い悪臭を放っている。
「おぉ、星宮。挨拶は後だ!
そこのパーツの細胞活性を頼む」
塚元は、星宮と24人の生徒達に手短に事情と細胞活性の手順を説明し、さっそく作業を分担した。
星宮は、人質となってからもメギストシィに協力する条件で、24人の生徒達にイベント・チェンジの技術を教え続けていたので、24人はそれぞれ自分のスマホを手にして、テキパキと手際良く作業をこなし、彼らが到着してから二日後には悪臭はおさまった。
イベント・チェンジでの強制的な換気と施設内の滅菌を終えると、悪臭に堪えきれず自室に篭っていたブラストン教授とマッド・スレイドが、クンバカルナ組み立てラインに姿を現す。
「ミス・ホシミヤ。
いきなり呼び出して済まなかったね、助かったよ!
後は、作戦開始までゆっくり休んでいたまえ」
「いや、ブラストン。
彼らには、このまま生体パーツの神経接続と、細胞維持装置への接続まで手伝って貰おう」
「そうかい?
ツカモトはこう言っているが、ミス・ホシミヤ、頼めるかな?」
「大丈夫ですよ。塚元先生、指示をお願いします」
ブラストン教授、塚元、星宮のやり取りを眺めていたマッド・スレイドは
「ミスター、このプリティー・ベイビー達はあんたの子供か何かか?」
と、話に割って入った。
「いや、違うぞ。コイツらは俺の生徒達だ」
「生徒ですと?ミスターは戦士だと思っていたが、教師でもあるのか?」
「マッドよ、俺は戦士じゃない。ただの教師に過ぎん」
「ノー、ノー!ウソはいけませんネ!
ただの教師がこの俺様に勝てる訳がないヨ。
……ハッハ~ン、なるほど、分かりましたヨ!
ミスターの正体はカラテとニンジュツの導師ですネ?
では、ミスターの弟子であるこの俺様と、ここにいるプリティー・ベイビー達は同門ってことデス!
ミスター、俺様にもカラテとニンジュツの奥義を伝授してクダサ~イ! 」
ヘラヘラと笑いながら大袈裟な身振り手振りで捲し立てる 真っ白い肌のアフロ男に何か異様なモノを感じた星宮が
『彼は?』と念声で問いかけると、
塚元は
『この男には極力関わるなよ』
星宮と生徒達に念声を飛ばし、アイコンタクトした。
「オ~、ミスター、お願いシマ~ス。
俺様にもカラテのレッスンをプリ~ズ」
マッド・スレイドの、いつもの悪ふざけが始まったので、塚元は「その内な」と適当にあしらい、ブラストン教授に作業手順の確認をして星宮達に指示を出した。
その後も、マッド・スレイドは塚元や星宮達にちょかいをかけていたが、星宮には完全無視、生徒達にはびびられ、あからさまに避けられて、マトモに相手をされず、結局 塚元の周りをうろうろしていたが、その内飽きてどこかに行ってしまった。
その日は、突貫工事で作業を進め、応急処置的に全ての生体パーツを細胞維持装置に繋ぎ終えたのは、深夜過ぎだった。
「同門の皆さ~ん、お疲れさまデ~ス!」
と、マッド・スレイドが大量のハンバーガーとフライドポテトやフライドチキン、炭酸ドリンクをカートに乗せて現れる。
塚元はヤレヤレとため息をつきながら、仕方無しにマッド・スレイドを星宮と生徒達に紹介し、彼女らに自己紹介をさせた。
クンバカルナの組み上げは、その部品の大きさゆえに、作業工程はやはり大幅に遅れていった。
その間、塚元はマッド・スレイドに星宮や生徒達に余計な手を出させないように、忍術の修行と称して座禅や瞑想、そして高度な事象変換物理干渉計算式等を教えてみた。
敢えていきなりイベント・チェンジの高等技術から始めたのは、すぐに飽きて興味を無くすと考えたからだ。
飽きたら次にカラテと称してボクシングの練習に切り替えれば良いだろう。 そう思っていたが、教え初めは辛そうな顔をしていたマッド・スレイドだが、すぐに修練に慣れた。
人格はまるで正反対だが、最強と云われた鉄と似た脳波パターンは伊達では無かった、と言うことか?
元々、イベント・チェンジャーとしての素質は有ったのだろう。マッド・スレイドは短期間で基本的なイベント・チェンジの思考技術を修得してしまっていた。
そこに、脳改造の影響はどれ程有ったのか?
塚元は、迂闊にマッド・スレイドにイベント・チェンジを教えてしまった事を少し後悔し、ブラストン教授に意見を求めてみた。
「心配ないよ、ミスター・ツカモト。
いくらマッド・スレイドの脳波パターンがクロガネと似ていようが、クロガネほどの脳神経も人格強度も精神力も、あの男は持っていない。
私が知る限り、マッド・スレイドはクロガネ以上では有り得ない。
それに、いざとなれば脳内に仕込んだ小型爆弾を使えば、それで解決さ。
私にとって、あの男はクンバカルナの使い捨てのパーツに過ぎない。
重力制御調整作業開始までは、あの男をどうしようがキミの好きにしたまえ」
ブラストン教授は、マッド・スレイドにまるで興味が無く、人間としては見ていなかった。
クンバカルナの組み上げが完了し、いよいよ起動のための最終調整の作業に入り、マッド・スレイによる重力制御が開始されると、ようやく塚元は彼のおもりから解放された。
全身を拘束され、無数の電極とコードに繋がれ苦しそうなマッドを見ると、ブラストン教授の言葉を思い出して塚元の心は痛む。
危険人物だとは知っていても、上っ面だけだと思っていても、何だかんだと慕ってくる相手に対しては情が湧くものだ。
マッド・スレイドから久しぶりに解放された塚元は、その日の夕方、星宮を連れ立って施設の外、ゴブリ砂漠オアシスに来た。
塚元は、夕日に赤く染まるアボダの森を指差すと
「あそこは、今はローグ共和国と名乗る5千人のゲリラと、およそ2百人のイベント・チェンジャーがいる。
その中には吾妻もいた。
俺がメギストシィ側についた事は教えておいたし、今回の軍事作戦についても知らせてある。
クンバカルナの組み上げ作業に思いのほか時間がかかったから、むこうの対策は万全だろう。
俺はメギストシィの人間として、あいつらの敵として、今回の作戦に参加する。
……星宮、お前はどうする?
どうしたい?
吾妻のところへ行くか?」
“吾妻”の名前を聞いた星宮は目を見開き、ジっとアボダの森を、ローグ共和国の国境の壁を見つめていた。
「吾妻君には会いたいですけど、……少し、考えさせて下さい」
翌日、クンバカルナは起動に成功する。
塚元がローグ共和国から姿を消してから、すでに9ヶ月が過ぎていた。




