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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
27/39

マッド・スレイド

 ゴブリ砂漠オアシスのメギストシィ軍事施設――


「ヘイ!ミスター!」


 ブラストンとの会談を終え、通路を歩いていた塚元に声をかけたのは、白髪アフロの病的に肌の白い男。

 背は高く2m以上ある。

 派手な赤い開襟シャツに、ベルボトムのジーンズ。

 革ベルトには無数のシルバーの鋲があしらわれ、ゴツいバックルはクロスボーンのドクロ。

 ティアドロップ型のサングラスをかけた顔は、幅広の鼻に分厚い唇がニタニタと笑っている。

 白子アルビノの黒人。


「マッドか、こんなところで何してる?」


「ミスターが任務を終えて戻って来たから、わざわざお出迎えに来たんでショウが!」

 マッドと呼ばれた男はオーバーリアクションでのけぞり、掌を上に向け、曲げた腕を広げる。

 塚元は、ヤレヤレといった感じに斜め上から手を差し出し、その男とギャング式の握手を交わす。


「ヘーイ、ブラザー!ハ、ハ、ハ~!」

 上機嫌に笑っているが、この男は要注意人物である。

 塚元はそれとなく、サングラスの奥の男の目を覗き込んだ。


 男の名は“マッド・スレイド”

 それが本名なのかすら分からない、年齢不詳のスラムの王様。

 スリーデイズ・インパクトで崩壊したアメリカのデトロイトシティーを、暴力で支配していたギャングのボスだった人物。


 2年前、人質をとられ秘密結社メギストシィへの協力を余儀無くされた塚元が、最初に依頼されたのがデトロイトに巣くうギャングの掃討であった。

 瓦礫と化したデトロイトの街を縦横無尽に動き回り、神出鬼没なギャングに北米の魔者弾圧部隊も手を焼いていたので、イベント・チェンジャー指導教官である塚元晋爾のお手並み拝見とばかりに、お鉢が廻って来たのである。



 デトロイトに降り立った塚元は、手始めにギャング数人を叩きのめし、アジトの場所を聞き出すと、一直線にそこに向かった。

 ギャング達の銃撃を全て防ぎ、ボスのマッド・スレイドの正面に立つと、タイマン勝負を申し込み、手にしていたイベント・コンバータを投げ捨て、ファイティング・ポーズをかまえる。

(塚元は大学時代はボクシング部に所属し、在学中にプロライセンスを取得するという異色の経歴を持っていた)

 しかし、マッド・スレイドはクレイジーな男、丸腰の塚元をニヤつきながら眺めると、銃を斜めにかまえ、ためらうことなく引き金を弾く。

 それに対して塚元は、サイドステップで軽く交わしながら、右左にフェイントを入れ左ジャブからの右フック。

 先ずは牽制のつもりだったが、入り処が良かったのか、マッドは大の字に失神KO。

 それで万事解決。

 元々暴力でボスに成り上がった男。  タイマンで負けたとなれば、勝った塚元が新たなボス。シンプルで分かりやすい。


 その後、捕らわれたマッドは、失神の後遺症が無いか、簡単な検査を受けるのだが、その時、マッドという男の脳波が異常な波形を示している事が判明する。

その波形は偶然にも最強のイベント・チェンジャーにしてパーフェクト・ヒューマンの遺伝素体として選ばれた唯一の人類“くろがね人士ひとし”と似たものだった。


 マッド・スレイドの体組織の一部は、研究用の検体として採取され、本人は実験体として日本にいるブラストン教授のところに送られる事となる。

 その護送を塚元が担当したのだが、最初は反抗的だったマッド・スレイドは、塚元のイベント・チェンジでの拘束から逃れる事は不可能だと思い知り、諦めてからは妙に馴れ馴れしくなった。

 素手によるタイマン勝負で塚元のラッキーパンチが決まったのは全くの偶然だったが、イベント・コンバータを手にした熟練のイベント・チェンジャーにとって、たとえ相手が狂暴な殺人グリズリーや人喰い虎だろうと負けはしない。


 海路で日本に向かう途中、塚元はマッド・スレイドの同情すべき身の上話を聞く事になった。

 物心着いた頃には孤児院で暮らしていたとか、またはマンホール下の地下空間を根城にしていただとか。

 白子アルビノだから仲間の黒人からも酷い差別をうけたとか、または“神の子”として邪教の教会に監禁同然で四六時中監視され、外の世界を自由に歩く事に憧れていただとか。

 崩壊したデトロイトで、自分が救世主さながら仲間を救い、自警団としてギャング達を教え導いたのだと語ったかと思えば、奴らは愚かで頭が悪く心底うんざりしていただとか。

 良く有る話だが、塚元は彼と話す度に違和感をおぼえた。

 どこかチグハグで、この男はもしかすると誇大妄想か多重人格、虚言癖やサイコパス等の精神的に問題が有るかもしれないと感じ、表面上は親しくしつつも、警戒を怠る事は無かった。



 日本でブラストン教授がマッド・スレイドに施した改造手術は、能力を限定し、精神崩壊を防ぐ改良型人造超能力の脳改造である。


 元々精神に障害を持つ疑いの有るマッド・スレイドが、脳改造で人格にどの様な影響が有ったのか、塚元には分からない。

 ただ、脳改造後のマッド・スレイドは今まで以上に塚元に甘え、依存するようになっていた。

 まるで、この世界で自分が信じられるのは塚元だけで有る、そんな風に。

 去勢された猫が妙に飼い主に甘えてくる感じだろうか?


 マッド・スレイドが脳改造によって限定的に得た能力、それは“重力操作”の力だった。

 “重力”はイベント・チェンジでは操作不可能な“力”であるが、人造超能力では重力制御が可能だったのだ。


 重力制御は、ブラストン教授が開発中の次世代型装甲人型兵器に必要不可欠な要素だった……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


〈重力操作について〉


 イベント・チェンジは、術者の思考を事象に干渉させて物理現象を人為的に操作する力だが、重力は操作出来ない。

 それは、事象干渉発動時にイベント・コンバータ内の思考波発振器が思考波を重力波に変換させるからだ。

 多重可能パラレル・世界ワールド間の次元境界を突破出来るのは物質世界では重力だけであり、思考は重力に近い特性を持つ。ゆえにイベント・チェンジでは、重力そのものに干渉することが出来ない。

しかし、イベント・チェンジと似て非なるノクトモンドの人造超能力ならば、思考を直接物理現象に干渉させるので、重力操作が可能であった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 現在、メギストシィ軍事施設で組み立て中の巨大ギガント装甲歩兵・ブラスター“クンバカルナ”は全長18m、重量95t。

 重力操作無しでは、まともに大地に立つことすらままならないだろう。

 この超重量兵器クンバカルナの重力制御のみを目的に開発された改良型の人造超能力者、それが“マッド・スレイド”。


 かつて、人造超能力の思考負荷に耐えうる脳神経と精神力を持っていた唯一の人物“くろがね人士ひとし”の遺伝子にさらなる改良を加えて産み出されたパーフェクト・ヒューマンのデータと遺伝子サンプルはすでに失われ、唯一の完成体も現在行方不明。

 そんな中たまたま偶然、鉄と似たような脳波パターンを持つ人物が現れたのだ。

 ブラストン教授は、渡りに舟とばかりにマッド・スレイドをクンバカルナの重力制御ユニットとして脳改造した。


 それが、後にどんな恐ろしい結果をもたらすかも知らずに……

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