会談
ゴブリ砂漠のオアシス。
少し前までは、軟体竜ドーラの生息圏だったこの辺りは、今ではメギストシィの軍事拠点と化し、簡易基地が設営されていた。
反抗勢力殲滅作戦の総司令本部では、本格的な戦闘の準備が着々と進められている。
巨大なプレハブ工場の中では、世界各地から輸送されて来た、人型装甲兵器ブラスターのパーツ組立が行われているが、見慣れた4~5m級のブラスター組立ラインの中に一際目を引く一角があった。
そこに有るのは巨大な腕であった。
腕だけで通常のブラスターの倍近くある。
塚元がそれを眺めていると
「おかえり、Mr.ツカモト!
ちゃんと戻ってきてくれたね、嬉しい限りだよ」
金髪碧眼の20歳代に見える美青年が両手を広げて塚元に近づいて来た。
自らに、生体改造と遺伝子改変を行い、若さと美しい肉体を得たブライアン・ブラストン教授である。
にこやかなブラストン教授とは対称的に、塚元は苦々しげに口元を歪ませている。
「当たり前だ!こっちは“人質”を取られてるんだからな。
そこに、ローグ共和国についての報告書を置いておいたから後で見てくれ」
「ローグ共和国?……あぁ、反抗勢力共の新たな組織名だったか?
……人数約5千人?意外に少ないね?」
「この5年間で、お前らが何十万人も殺したからだろ?
イベント・チェンジャーズに至っては、たったの200人ちょっとしか残っていなかった。
お前ら、人殺しがそんなに楽しいのか?」
「……ツカモト君、メギストシィによる新世界秩序創成のために、多少の犠牲は仕方無いのだよ。
信じられないかもしれないが、この5年間はボクも苦しんだんだ。
芹田博士死亡の報告を聞いた時は、悲しかったよ。ボクはボクなりに、キミや芹田博士には友情を感じていたからね」
そのセリフとはうらはらに、パラパラと興味無さ気に報告書をめくるブラストン教授の顔は無表情で無機質だった。
「星宮や生徒達は無事なんだろうな!?」
塚元の声は、沸き上がる怒りを抑えて平静を保ってはいたが、微かに震えている。
「無事に決まってるだろ?ボクはキミに友情を感じてるんだ、友との約束は守るさ」
「だと良いがな。お前らには“前科”があるだろ?
人体実験や改造手術をやりまくっていた“汚れた過去”が」
「あれは……人類が新たなステージへ上がるためには必要な犠牲だったのさ。
もちろん“あの子達”にはそんな事はしてないよ“貴重な人材”だからね。
あの子達は、新世界の“奇跡執行者”として活躍するという、輝かしい未来が待っているのだ。
そして、キミとミス・ホシミヤにはその指導者として特権的な地位を約束しよう!」
「要らんな、そんなモノは。
俺達が欲しいのは“生存の自由”だ!」
「ワッハッハッハッ!何を言うかと思えば……
キミほどの人物が、そんな子供じみた事を……人類に“自由”なんて、始めから在りはしないよ?
支配する者とされる者。それが文明を維持する最低条件なのさ。
支配者には“支配する義務”があり、される者には“支配される権利”がある。
全ての者が“秩序”に縛られる。
自由なんてものを言い出した輩は万死に値する。
まったく、はた迷惑な概念だよ!
自由なんて、在りもしない世迷い言、夢幻を信じた愚か者は“世界”から排除される。
人類が繰り返してきた歴史を見れば、わかる事さ」
「……だから消すのか?
ローグ共和国を、イベント・チェンジャーズを」
「そうなるね。
今回の戦闘はライヴ中継され、メギストシィの世界支配が完了した事を全世界に知らしめる、まさに“最後の聖戦”になるのさ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
霊長電脳ノクトモンドの立案した世界征服計画は、次の段階へ移行する時期に来ていた。
“武力弾圧”から“新世界秩序の創成”への移行。
“不老不死の神人”を産み出すためだけを至高の目的とする新文明社会体制の創造と治世。
ノクトモンドを頂点に、200人のメギストシィ上級幹部会のみを特権階級とする支配・被支配の階級社会。
それは、かの有名な独裁者が夢見た、完全二極化の世界統一帝国。
この5年間の魔者弾圧は、新世界秩序に対する不適格因子を持つ者を選別し排除するのを目的とした政治的行動。
今回は“わざわざ殺さず生かしておいた”ダイダ・バッタ十六世を囮に、アボダ遺跡に集結した生き残りを殲滅するための最大規模の軍事作戦。
ダイダ・バッタ十六世は、なぜ自分が今まで殺されず生かされていたのか、その理由を知りもせずに見事に役立ってくれた。
この5年間、ブラストンは個人的に何度もダイダ・バッタ十六世に対してメギストシィへの勧誘を行ったが、結局彼が首を縦に振ることは無かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「個人的にダイダ・バッタ十六世は殺したく無いな……
Mr.ツカモト、ローグ共和国とやらには、こちらに寝返りそうな人材はどれぐらい居そうかな?」
「寝返るようなヤツラなら、はじめからここには来ないだろ?」
「それもそうか……」
ブラストン教授の心底残念そうな横顔。
残酷な人体実験は、何の良心の呵責もなく行うくせに、直接的な殺戮にはあからさまな嫌悪感をしめす。
かと言って、それを否定もせず止めはしない。
「……偽善者が!」
塚本は吐き出すようにつぶやいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
塚元がブライアン・ブラストンと始めて出会ったのは17年前。
そのとき塚本は32歳、今の吾妻とそう変わらない年齢。
芹田晴彦博士の助手として事変研に勤めていたが、定年退職する事変高専の指導教官を、塚元が引き継ぐ事が決まり、移籍の準備をしていたその矢先。
先代指導教官の退任までの待機期間中、移籍の準備をしつつ、共同研究のために北米から来日して来たブラストン教授の、身の回りの世話をする事になった。
ブライアン・ブラストン教授の第一印象は上品な老紳士。
身に付ける品物は全て一級品。
ユーモアもあり、洗練された立ち振舞い。
60歳は越えていたが、健康状態も良好。
“世話役”と言っても、特に手も掛からないので“茶飲み友達”と言った仲になった。
ブラストン教授から、教育者としての先輩として色々な話を聞くのは楽しく参考になる。
少々キザな言動や、研究者としてはややクレイジーな面も有ったが、それも塚元には“やんちゃな老人”と見えて、多少の欠点は“愛すべき人格の一面”と考えていた。
それは、芹田博士や他の研究者達も同じはずだった。
だがある日、芹田博士が激昂し、ブラストン教授は追放同然に事変研を去っていく。
芹田博士は、その原因について多くを語らず、ブラストン教授が北米軍事局のスパイだったと噂で聞いたのは、塚元が事変高専の指導教官に就任してからしばらくたった頃だった。
そして5年前。
事変関係者襲撃テロ“魔者弾圧”で、再び塚元の前に現れたブラストン教授は、別人の姿になっていた。
遺伝子改造で若返っていたのだ。
星宮由紀の手引きで、シンキバ地下施設に逃れた塚元は、情報収集をしつつ、生き残った生徒の家族を捜し出し、送り届け、可能であれば魔者弾圧部隊の目の届かない、都心から離れた田舎に避難させたりした。
そして2年前。
魔者弾圧部隊に家族を殺されていた24人の生徒が地下施設に残り、塚元と星宮は潜伏を続けていたが、田舎に逃がした生徒の家族からシンキバ地下施設の情報が漏れた。
少なくない数の生徒とその家族が人質となり、塚元達は魔者弾圧部隊への投降を余儀無くされる。
捕らえられた塚元の前に、青年の姿となったブラストン教授がやって来て囁く。
「キミが我々に協力してくれたら、人質全員の命はボクが保証するよ?
取り合えず、昔みたいにお茶でも飲みながら、ボクの話を聞いて欲しいのだが、どうだい?」
塚元は従うしかなかった。




