ローグ共和国
ティベルトのアボダ寺院にの中庭に勢揃いした5千人規模の反抗勢力達の決起集会では、幾つかの事が発表された。
世界最高機構〈TOTWO〉の実態が、秘密結社メギストシィである事。
アボダの森の中に生息する軟体獣に限り、調教に成功し益獣化されている事。
各々の組織の有力者達の協議の結果、軍団の最高司令官にチャドが、治安維持はイベント・チェンジャーズ208人全員が、行政担当はダイダ・バッタ十六世とその側近達が、それぞれ選出された事。
そしてここに集った反抗勢力を、暫定的に[ローグ共和国]と呼称する事。
組織名については、“アボダ公国”“ダイダ 王国”“バッタ帝国”等の候補が挙がったが、いずれも根が善良で庶民感覚を忘れないダイダ・バッタ十六世自らが猛烈に反対した。
「私を晒し者にする気か?止めてくれ!私は断じて国王なんぞにはならんからな!!……恥ずかしい」からと。
ここは、過去の伝統や宗教等に縛られない、新たな価値観の出発点となるべき場所、それを成し遂げるのは過去の権威やしがらみにとらわれない“ならず者、はみ出し者”達である、との理由からダイダ・バッタ十六世が[ローグ共和国]を提案し決定された。
 
アボダの森とゴブリ砂漠の境(ローグ共和国国境)にはイベント・チェンジャーズにより幅20m、深さ10mの壕が掘られ、その砂を事変凝固により固めた、高さ10mの硬質の壁が築かれた。
壕と壁は、イベント・チェンジャーズ総動員で一夜にして出現させ、少なからず前線のメギストシィ戦闘部隊兵士達の度肝を抜く。
対空防衛も治安維持部隊のイベント・チェンジャーズが担っているので抜かり無し。
万が一壁を突破されたとしても、アボダの森に生息する軟体獣は外からの侵入者は捕らえる様に調教済み。
国境防衛陣の出現後、戦線は膠着しローグ共和国、メギストシィ部隊双方に目立った戦闘行為は無くなっていた。
(このまま何事も無く、和平を成立させてメギストシィと共存……いや、そう上手くはいかんだろうな)
ダイダ・バッタ十六世は、一人自問自答して、その甘い考えを打ち消す。
メギストシィは、必ず次の手を打って来る。
それがローグ共和国首脳部の総意だったが、兵士達は一時の平穏を味わっていた。
その一時の平穏と建国の喧騒の中、吾妻、滝、塚元、ティベルト魔術村の人々は裏方に徹して、表舞台に出る事は無かった。
それは、吾妻と滝の目的はあくまで生死不明の鉄の捜索であり、当面の最終目的地は日本で塚元もそれに同行する意思を見せたので、彼等がローグ共和国の要職に着くにしても、その目的を達成してからでも遅くないと判断されたのと、隠れ里の魔術村の存在は、今後も秘匿しておく方が都合が良いと塚元が提案したからであった。
    
それでも秘かに、魔術村からは代表として戸倉博士、付き添いのヤトハ、“怪獣皇子”悟、フードを被り人間に擬態したマリモ、多聞珈琲店主兼事変器職人の福井さん、食事の炊き出しボランティアとして平坂夜美、熱本温子、他おばさん数人がローグ共和国に出張って来ている。
勿論、平坂夜美は炊き出しなどそっちのけでマリモと滝を引き連れ、アボダの森で無害化された軟体獣と軟体竜の生態調査に勤しんでいたが。
元々勤勉な性格の吾妻は、裏方の事務、雑務の処理やなんやらで忙しくしていたが、それを見ていた炊き出しのおばさん連中が一計を案じ、温子に「上手くやんなさいよ!」とか言いつつ、強引に温子を吾妻の秘書役に据えた。
温子は「何よ、もう……」などと言いながらも、満更では無さそうである。
治安維持を任されたイベント・チェンジャーズは、この5年間、魔者弾圧を生き延びた精鋭揃いであり、全員事変高専でイベント・チェンジを学んだ塚元の教え子達であったので、治安維持部隊の編成と指示は実質 塚元が行い、滞りなく組織作りが進んでいる。
戸倉博士と福井さんが各員のイベント・コンバーターのメンテと再調整を行い、さらに新たにマギライト・Oで作られた“魔短剣”と“魔装服”が支給され、早くもローグ共和国内 最強部隊となりつつあった。
ローグ共和国治安維持部隊の魔装服は、吾妻の一張羅である魔術実行部隊の制服を元にデザインされた逸品で、ローグ共和国軍の女性兵士から熱い視線を送られたりしたが、それでイベント・チェンジャーが問題を起こすような事は無い。
滝の様に、一見チャラそうにしていてもそれはポーズであり、イベント・チェンジャーは強力に道徳観を叩き込まれ教育されるので、良く言えば“真面目”、悪く言えば“ハメを外せない”人種なのである。
   
そんなイベント・チェンジャーズは、吾妻の先輩達であり後輩達であるので、雑務の合間に昔話に花が咲く事もある。
吾妻に付いて廻っていた温子は、吾妻がイベント・チェンジャーズの間で“一目置かれる存在”なのだと気付く。
事象変換業界の有名人“鉄人士”と対等の友人だった吾妻は、学生時代には威圧感の有りすぎる鉄の“緩衝材”として機能していたので、それなりに顔が広かった。
鉄 絡みのトラブルには調停役として、事変高専の学生や教官、さらには他校の不良学生とケンカの仲裁や交渉したりするなかで、最初は「鉄の付属品、代役、金魚のフン」と吾妻を揶揄していた人間も、直に吾妻と接する内にその考えを改め、むしろ吾妻の誠実さと芯の強さに惹かれ、信頼を置くようになっていき「吾妻在っての鉄」と噂し、それは彼等を直接知らない事変高専OBの耳にも届いていた。
    
吾妻には生まれ持った人徳と言うか、寛容さがあった。
声も良く話術も巧みながら、どこか隙があると言うか、天然で抜けたところも有る。
親しみやすい、一緒にいると安心する、多少の事には目を瞑る心の広さ、それでいて自分には厳しい、基本的には他人を立てるが譲れないところではしっかり自己主張する。etc.etc.……
温子は吾妻と行動を共にする内に、益々吾妻に惹かれていった。
ヤトハと悟は、険しい山脈を越えた先にある魔術村との連絡係や物資の運搬役として活躍している。
治安維持部隊に支給する208人分の魔短剣や魔装服製作中は忙しかったが、それが終ると暇が出来る様になり、2人でドーラに乗ってアボダの森を探検したり、炊き出しや、吾妻や夜美の手伝いしたり、それなりに楽しくやっていた。
ヤトハは魔術村から出たのが初めてだったので、毎日楽しくて仕方ないといった様子である。
特にヤトハの好奇心を刺激したのは、外の世界の話題であった。
ローグ共和国には、世界中から人が集まって来ていたので尚更である。
ティベルト僧が語る神話、兵士達の故郷の話、イベント・チェンジャーズの日本の話し、etc.etc.……
ヤトハがあまりに興味津々と熱心に聞くので、話をする大人達も「次はどんな話をしてやろうか?」「今日は俺がヤトハに話をしてやろう」「何言ってるの?私のお話の方が面白いわよ!」とヤトハにお話をする順番で揉め出す始末。
   
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「海!?」
「日本は海に囲まれてるからな。
特に俺の田舎は、泳ぐとイルカが寄ってきてな、一緒に泳いでくれるんだ」
「イルカ!!?」
塚元の話に、目をキラキラと輝かせ、まだ見ぬ“海”と“イルカ”に思いを馳せるヤトハ。
今日は、塚元がヤトハに自分の田舎の話をしている。
塚元が小枝を拾い、地面にイルカの絵を描くと、ヤトハはそれを食い入る様に見詰めている。
塚元は、そんなヤトハを見ながら自分の娘の幼い頃を思い出していた。
    
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そんなこんなで2週間たったある日、珍しく夜美から解放され、独りで夕日に向かってギターを爪弾いていた滝に、塚元が声をかけた。
実は、塚元と滝は事変高専では、軽音楽部の顧問と部長の関係であった。
滝のギターに合わせて塚元のブルースハープが独特の節で音色を乗せる。
しばしのセッションの後、塚元が右手を差し出し、滝がそれを握り返す。
……無言で握手する2人。
最初は微笑んでいた滝だったが、やがて目が見開かれ、その表情から微笑みは消えた。
「……本気ですか?」
滝に、自分の心を読ませた塚元は
「……って事で、後はヨロシクな」
 
――翌日、ローグ共和国から塚元は姿を消した……
 




