鉄 外伝③:つくばへ……
世暦2025年 2月14日。
魔者弾圧、ついに始動、
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ノクトモンドの“預言”は神憑り的なオカルトでは無く、膨大なデータの解析から導き出される演算未来予測に過ぎない。
しかし、未来予測には必ず“ゆらぎ”が存在し、それが不確定要素となる。
秘密結社メギストシィは、その不確定要素を取り除き、ノクトモンドの“預言”を完全に実現するために暗躍していた。
しかし、その不確定要素“ゆらぎ”を増大させる邪魔な存在、それが事象変換術。
不老不死実現に必要不可欠とされた事象変換技術では有ったが、ノクトモンドの管理下に無く、制御出来無ければ、事象の秩序を乱し、混沌を生み出す目障りな障害でしか無い。
人類の現文明を一度滅ぼし、リセットするはずだった、隕石群衝突も、結果的には失敗した。
イベント・チェンジの防御力が、大量隕石の襲来から日本の国土と文明を防衛しきるとは計算外だったのだ。
イベント・チェンジはノクトモンドの計算を超えた力と可能性を秘めていた。
日本は今だ現行文明を維持し、ティベルト宗派の高僧ダイダ・バッタ十六世の後ろ楯となり“世界再生機構〈ROTWO〉”の設立に寄与した。
ROTWO設立も、ノクトモンドの“預言”には無い“ゆらぎ”である。
メギストシィは急ぎダミー組織“世界最高機構〈TOTWO〉”を設立し、ROTWOに協力するとして工作員を世界各地に派遣し、ROTWOを秘かに内部から崩壊させるべく暗躍。
    
印田鳥栖重工の日本国内各地の工場では、ブラストン教授が開発した対人対事象変換兵器“ブラスターMB-AWT”の1~4型の生産ラインが順調に稼働し、科学工場では洗脳ミストの量産が始まった。
復興支援物資に紛れて海外に出荷されたパーツを組み立てる秘密工場も、世界各地のメギストシィ工作員によって確保されている。
後は“人造超能力”を制御するための“完璧な人類”の完成を待つばかり。
完璧な人類は“印田鳥栖重工・つくば生体部門先端技術研究所”にて完成間近であった……
    
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タカさんの寝居であるブルーシートのテントの中で、鉄は下田部長が残したアタッシュケースの中に【蛮殻】と一緒に入っていた資料やメモからそれらの情報を知った。
にわかには、信じられない内容。
だが、鉄は今までに魔術探偵として調査し、知り得た情報と、蜂女から取り出した異物を物体感応精神探査した結果を照らし合わせ、これが真実だと確信する。
だとすれば、完璧な人類完成と同時に、メギストシィは何等かの行動を起こすだろう。
何とかしなければ。
しかし、鉄はこの3日間、寝ていなかった。
脳にダメージを負っている蜂女の容態が、いつ急変しても対処出来るよう、ずっと寝ずに付き添っていたのだ。
その間、テント周辺に結界を張りつつ、蜂女の脳から取り出した異物を調べたり、下田部長の資料に目を通したり、タカさんにそれとなく【スマホ】の使い方を説明したりしていた。
蜂女は治療後2度危篤状態に陥ったが、今は安定している。
夜が明け、いつもより食料調達がはかどらなかったタカさんが帰宅し鉄に言った。
「今日はダメだな。
馴染みの店が全部閉まっちまってる。
こんな事ぁ珍しいよ……
兄ちゃんよ、この姉ちゃんは俺が看てるから、少しでも寝なよ?
あんたのお陰で姉ちゃんの顔色も良くなったし、呼吸も安定してる……これなら、もう大丈夫だよ」
   
蜂女の額の手術痕は醜くゆがんで腫れ上がり、歪な瘤の様になっていたが、異物を除去した後、それも鉄は治療していた。
手術痕が消えた彼女の寝顔は穏やかで、最初の印象より随分若く幼く見える。
鉄はタカさんに礼を言ってから、おもむろに立ち上がり【蛮殻】を装着した。
そして、目を瞑り意識を集中させると、紙皿の上の異物と、テントの隅に置いてあった蜂女のマスクとアーマーのパーツが浮き上がり、異物を中心にガシャガシャと音を立て鉄の前で回転を始める。
鉄が上に向けた掌を口元に持っていき、フゥーと息を吹き掛けると白い靄が現れ猫の姿に。
その半透明の猫は、「ニャ~」と一声鳴くと回転の中心に在る異物の中に飛び込む。
すると、回転していた蜂型アーマーのパーツが人の形に組み上がり、まるで中に人が入っているかの様に鉄の前にひざまづく。
    
タカさんが何事が起こったのかと目を丸くしてその光景を眺めていると、再び「ニャ~」と声がして猫形の靄が蜂アーマーから鉄の掌に戻って消える。
鉄は、オクトパウスを核にして蜂型アーマーを“式神化”したのだ。
    
「タカさん、お世話になりました。
この御恩は決して忘れません。
スマホの音声入力アプリでコイツに命令出来ます。
簡単な使い方をメモしときました。
それじゃあ、縁があったらまた会いましょう」
そう言ってタカさんにスマホとメモを手渡すと、テントを出る。
「兄ちゃん! どこ行くつもりだ!?」
「ちょっと……つくばに野暮用が在りましてね」
印田鳥栖重工の生体研究所は、つくばテクノポリスのバイオ区画内に在る。
オクトパウスはそこで生み出されていた。
サイコメトリーで、オクトパウスを通じてブラストン教授の思考もある程度知り得た鉄は、興味本意で事象変換術士を事変怪人に改造した事や、パーフェクト・ヒューマンがすでに完成し、成長促進の段階に入っている事を知った。
しかも、そのパーフェクト・ヒューマンは、鉄の遺伝子を基に生み出されている。
(勝手に俺の遺伝子を……
ふざけやがって!
先ずは、印田鳥栖本社にある、俺の血液サンプルを消す!
それから、つくばのバイオ・ラボも、全てぶっ潰す!)
タカさんの前では決して見せなかった野獣の眼光をたぎらせ、鉄の全身に憤怒の感情が沸き上がる。
タカさんが、鉄を引き留るために声をかけようとしたが、鉄の姿はすでに消えていた。
    
世暦2025年、2月14日。
鉄人士の28歳の誕生日のその日、奇しくもメギストシィの魔者弾圧〈作戦名:血のバレンタイン〉が開始される。
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鉄はつくばの生体研究所に行った事は無かったが、新入社員の頃、今は亡き下田部長からつくばテクノポリスの研究区画の話は聞いていた。
20年以上前、旧印田工業本社工場はつくばに有り、そこに芹田博士が“力場発生装置”の試作機製造を依頼しに来て、社内に事象変換技術関連開発事業部が設けられた。
それを切っ掛けに業績が急激に良くなり、有限会社から株式になり、社名が印田鳥栖重工に変わり、統京に本社を移した。
その後、つくばの印田工業跡地周辺は再開発され、今のつくばテクノポリスが整備された。
旧印田工業の工場地下には極秘の“転移ゲート”が存在し、謎の秘密基地と繋がっていて、今もそのゲートは使えるはずだと、当時の下田部長は鉄に語っていた。
    
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つくばテクノポリス・事変研究区画に到着した鉄は、異様な光景を目撃する。
4m程の装甲人型兵器 数騎と、武装した軍隊に事変区画の研究所が襲撃されていた。
    
(あれか? ブラスターなんちゃらってのは!?
要は、事変怪人をデカくしただけだろうが!!)
「しゃらくせぇぇぇ~~!!」
鉄が、瞬動で勢いをつけた渾身の魔術パンチを一騎のブラスターに撃ち込むが、ブラスターの装甲には傷一つ付かず、逆に拳のマギライト・βが砕け散った。
「何!?」
すかさず、降り下ろされた鋼鉄の巨腕をかわした鉄が、ブラスターから距離を取ると次にバルカン砲が火を吹いた!
それを防御結界で防いだ鉄の耳に、研究施設内からの悲鳴が届く。
(事変攻撃が効かないのならば“肉弾”をぶち込んでやる!!)
鉄は、瞬動でさら距離を取り、そこからブラスターに音速を越える加速で体当たりした!
その衝撃で転倒したブラスターを尻目に鉄が研究施設内に急ぐと、武装集団に拘束された研究員達。
職員の何人かとその家族と思われる多くの人が、すでに銃で殺害されている。
    
100人は下らぬであろう、職員とその家族の死体を目の当たりにし、鉄は怒りに燃えて、施設内の武装兵士を全て蹴散らした後、式神を飛ばして研究区画全体を走査し、旧印田工業跡地を捜索する。
下田部長が言っていた“転移ゲート”はこの事象変換研究棟の地下に存在していた。
これは偶然では無く、最初に芹田博士設計の試作機を製造した事象変換技術に関わり深い印田工業の工場が、そのまま事象変換研究施設に作り替えられていたのだ。
        
研究員達を転移ゲートまで案内した鉄は、旧工場地下に放置されていた工具の中から、武器に成りそうな特大バールをひっ掴むと、研究員の避難が完了するまで外の武装兵士やブラスターと戦い続けた。
武装兵士全員と5騎のブラスターを行動不能にした鉄は、次にオクトパウスからサイコメトリーして知り得た“立ち入り禁止の生体工場区画”の有る場所に向かうと、フェンスに囲まれた区域にバイオハザードマークの看板を見付けた。
その看板の前に、一人の幼い少女が佇んでいる。
    
5~6歳前後に見える少女は、ダブついたバスローブを羽織り、髪は濡れていた。
ポタポタと雫の垂れる足下は裸足である。
鉄は怪訝な顔で少女を見る。
3日間の完徹と先程のブラスター5騎との肉弾戦で、さすがの鉄も気力体力共に消耗していた。
視界はボヤけ、考えが纏まら無い。
俯いていた少女が顔を上げ、鉄を見た。
「会えるのを楽しみにしていたよ、鉄人士君。
君はこの“完璧な人類”の肉体の“遺伝上の父親”という事になるのだからね」
(何を言ってるんだ、この子供は?)
鉄の意識は朦朧としていた。
「私はローレンス・ロールフューリー。
いや、違うな……
我はノクトモンド!
新世界の神となる存在だ!
しかし、君はいささかタイミングが早すぎたな。
おかげでこの試作体の成長促進を中断して意識を移植せざるおえなくなってしまつたよ。
もう少し時間が有れば、成熟した姿をお見せ出来たものを、残念だ……
いや、待てよ」
ノクトモンドと名乗った少女は口元に手をあて考え事をしていたが、急に笑顔になり
「いや、失礼した。
肉体年齢など、私の“超能力”でどうとでも操作可能だったな。
今お見せするよ、本来の姿を!」
そう言って、目をキィッと見開く。
すると、少女の全身が赤い光りに包まれ、その赤い光りが消えるとそこには18歳前後に見えるグラマラスな美女の姿が!
ダブダブだったバスローブはピッチリと肉体に張り付き、裾からは長く形の良い脚が露になっている。
「どうだい、美しいだろ!?
君の遺伝子は素晴らしいよ!
その遺伝子にさらに改良を加えたこの身体は強さと美しさを兼ね備えた、まさに“完璧な肉体”だよ!」
アッハッハッハッと高笑いするバスローブのみを纏ったセクシー&グラマラス美女を前にして、鉄はしかし無反応である。
蓄積した疲労がピークを迎え、強烈な睡魔に襲われていた。
立っているのがやっとの状態である。
「なんだい、ノーリアクションかい?
つまらないな。
教授からは、君はもっと活力の有る性格だと聞いていたがな?
……まぁ、もう良いよ。
君はこの肉体の遺伝上の父親だからね、特別の栄誉を与えよう!
“新世界の神ノクトモンド”に“最初に殺された人間”という栄誉をね!!」
    
美女ノクトモンドが片手をチョイっと振ると、凄まじい衝撃波が鉄を吹き飛ばした。
 




