鉄 外伝②:魔術探偵 鉄
世暦2023年冬。
統京市都。
鉄人士は、犯罪者として指名手配されていた。
    
1年前から昼はサラリーマン、夜は探偵の真似事をして、イベント・チェンジャー連続失踪事件を調査していた鉄は、捜査の邪魔をする謎の敵に襲撃されていた。
日々繰り返されるその戦いの果てに、ようやく、自分が勤務する会社の若き取締役アダム・アドニスが事件に関与している事実を突き止め、その犯罪を暴こうとした矢先、一方的に解雇され、逆に濡れ衣を着せられたのだ。
洗脳用の霧状合成薬剤と、ノクトモンドによるコンピュータネットワーク情報改竄により、警察内部に鉄人士の罪状に疑問を持つ者はいなかった。
警官は、鉄を認識すると催眠状態に入り、自動的に発砲するよう洗脳されている。
鉄の会社の同僚や仲間のイベント・チェンジャー、星宮、塚元達が司法関係各所に鉄の無実や罪状取り消しを訴えても、犯人隠匿や共犯者として逆に何人かは逮捕された。
事ここに至り、鉄のそれまでの日常生活は、完全に崩れ去った。
鉄は、自分の無実を訴えてくれた仲間が逮捕される事態に及び、極力迷惑をかけたくないと姿を眩まし、夜の闇に紛れ、事象変換技術関係者との連絡を断つ。
唯一、星宮由紀だけには、仲間内で作った“暗号”でメッセージを残して……
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鉄は、イベント・チェンジャーとしての身分を伏せ“魔術探偵”なる職業で“夜”の世界に生きていた。
探偵などと名乗ってはいたが、実際は非合法組織間のトラブル処理や抗争の仲裁、如何わしい風俗店の用心棒等で日銭を稼ぎつつ、アダム・アドニスの陰謀を探っている。
ディープな裏社会に活きるアウトロー達には、メギストシィの洗脳ミストは効き難いらしく、鉄は“腕利きの頼りになる助っ人”として裏社会では重宝され、彼等の中に鉄を警察に密告しようとする者はいなかった。
アウトローにはアウトローなりの、流儀や仁義が在るのだ。
実際、鉄の敵は警察などでは無い。
もっと恐ろしい相手。
ブラストンによって事変力強化生体ユニット“オクトパウス”を脳神経に移植手術された、かつての仲間。
事変力強化改造された戦闘用事象変換術士、通称“事変怪人”。
    
事変怪人は、事変力を強化された上に精神を破壊され、ブラストンの命令には絶対服従する。
鉄がいくら呼び掛けても、むしろ敵意を増幅させ襲いかかって来た。
彼等は額の手術痕を隠し、保護するためにマギライト・β製の仮面をつけ、肉体を強化するバトルアーマーを着用していた。
最初はらありふれた軍事用バトルアーマーを着用していたが、ことごとく鉄に撃破されたので、ブラストンは対鉄用特殊武装の開発を始める。
鉄が、裏社会の情報網から、秘密結社メギストシィ幹部ブライアン・ブラストン教授と、自分を落とし入れた若き取締役アダム・アドニスが同一人物である事実に辿り着いた頃、対鉄特化型特殊武装の事変怪人第一号が現れる。
それは“蜘蛛”に似せたマスクとアーマーを着用した男であった。
腕に装着した装置から、高粘着性の糸状の物質を射出し、鉄は両腕を封じられ追い込まれたが、マギライト・βを仕込んだシャープシューズの蹴りで、仮面ごと額をブチ割る。
同じマギライト・βをぶつけた場合、事変力の強い方が勝つ!
脳改造で事変力を強化しても、鉄の力はそれを遥かに凌駕していた。
仮面を割られた瞬間、蜘蛛男が爆散!
対鉄特化型特殊武装には、ブラストンによって自爆装置が組み込まれていた。
それは、小規模な爆発だが、鉄を巻き込む事を想定した対事象変換対人爆雷。
防御結界を無効化する事変力開放爆発に巻き込まれ、鉄の着ていた背広はボロボロに。
しかし、鉄の鋼の肉体は、素の状態でも超人並みの耐久力を有していたので、かすり傷で済んだ。
それは、日頃の鍛練の賜物か?はたまた、【蛮殻】の過酷な性能検証試験に耐え抜いた副産物か?
夜の都会に響き渡った爆発音。
集まって来た野次馬の目を避けるように、鉄はその場から立ち去る。
何食わぬ顔で、夜の闇に紛れる鉄のボロボロだった背広は、イベント・チェンジで再生修復され、いつの間にか新品同様になっていた。
魔術探偵として生きる鉄はそんな戦いを繰返し、蜘蛛男に始まり蝙蝠男、蠍座男、蟷螂男、蜥蜴男、コブラ男etc.etc.と、数多くの特殊事変怪人を倒してきた。
鉄専用特殊装備【蛮殻】が在れば、その圧倒的な力で相手をねじ伏せ、殺す事無く沈黙させる事が可能だが、【蛮殻】は現在行方不明中。
会社を解雇された鉄が、【蛮殻】を盗み出そうと印田鳥栖重工・事象変換関連開発事業部保管庫に忍び込んだが、【蛮殻】はそこには無かった。
鉄の力を恐れたブラストンに廃棄処分されたか、別の場所に隠匿されたか?
今の鉄は、普通の背広上下にマギライト・βを仕込んだフィンガーレスグローブにシャープシューズ、量産型のスマホという、何とも薄い装備で、孤独な戦いを続けていた。
ある日の夜、蜂に似たマスクとアーマーを着用した女の事変怪人に襲われる。
今まで倒してきた怪人は全て男。
女の怪人は初である。
鉄は、とどめの魔術パンチを蜂女の額にブチ込む寸前、攻撃を躊躇った。
“女、子供に手を挙げる輩は番長に非ず!”
物心ついた頃から、そう教え込まれた鉄は、女を殴る事が出来無かったのだ。
一瞬の隙を蜂女は見逃さず、事変加速と事変強化された毒針の波状攻撃で、鉄は一気に形勢逆転されてしまう。
蜂女の両腕の毒針は容赦なく鉄の胴体に無数の穴を穿ち、その毒は徐々に鉄の意識を蝕んでいく。
絶体絶命のピンチ!
ピンチを救ったのは、皮肉にも洗脳ミストで催眠状態に陥った警官であった。
夜間の巡回パトロール中、偶然 鉄と蜂女の戦闘場面に出くわし、鉄を認識した警官は、自動的に無感情にピストルの引きがねを弾いた。
パンパンパン……、6発の乾いた銃声が響き、1発は鉄の肩を貫通し、1発は頬をかすめた。
2発は外れ、残りの2発は……
鉄を攻撃していた、蜂女の頭部に当たった。
1発は、コーンと綺麗な音を響かせ、マギライト・βの強度にはじかれたが、最後の1発は、側頭部の会わせ目、蜂型マスクの接合部にめり込み、女の頭蓋骨を砕き、移植されていた事変力増幅生体ユニット“オクトパウス”に着弾し、その機能を停止させた。
鉄の事変攻撃では無く、思わぬアクシデントによって活動を停止した蜂女の自爆装置は作動せず、鉄と蜂女は同時にその場に倒れた。
銃撃した警官は、夢遊病者の様にその場を離れ、何事も無かったかの様に巡回パトロールに戻る。
……しばらくして、動く者の無い都会の片隅に、一人のホームレスが訪れて、鉄と蜂女を見付けた。
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…………何日が経過したのか?
目を覚ました鉄は、自分の全身に包帯が巻かれている事に気付いた。
そして、横には、頭に包帯を巻かれた見知らぬ女が寝ている。
鉄は、辺りを見回した。
……青い。
ここは、ブルーシートで覆われたテントの中だ。
後ろを振り返ると、枕の上の方にハンガーにかけられた自分の背広。
鉄は、何とか立ち上がり、背広の内ポケットを探り、スマホを取り出す。
バッテリーを確認すると、残1/4。
電力を使いきってしまわぬ様、慎重に事変力を調整しつつ電撃術で充電を開始する。
鉄の強すぎる事変力では、充電するつもりでも、一気に放電してバッテリーの残量を0にしてしまいかねない。
    
スマホの充電が完了する頃、ここの主が帰宅した。
歳は40代か? もしかすると、まだ30代かもしれない。
汚れてはいるが、知的な顔立ちの小柄な中年男。
鉄は、その中年男の意思の強そうな目を見て、洗脳ミストが効きニクいタイプの人間だと判断し、少し安心した。
「お、兄ちゃん、目が覚めたのかい?
取り合えず、食い物貰ってきたからよ」
そう言いながら中年男は、ゴミ袋をドン、と地面に置いた。
「ありがとうございました。
……あなたが、包帯を?」
鉄が、高級食材の残飯をつまんでいる中年男に訊ねた。
「あぁ昔、医者の真似事をな……
まぁ気にすんな、ろくな治療もしてねぇんだ。
それよりあんた“イベント・チェンジャー”だろ?」
鉄はあの夜警官が去った後、混濁する意識の中、自ら事変治療術で毒針の神経毒を解毒し、傷ついた臓器の治療中に意識を失った。
重要臓器の治療は済んでいたので、死なずに済んだ。
この中年男は鉄の傷を見て、イベント・チェンジによる治癒術だと見抜いていたのだ。
「俺は、鉄人士。
イベント・チェンジャーで、その……指名手配されてます。
俺に関わると、あなたにご迷惑が……」
「んなこと言われても、もう関わっちまってんだ。
何やらかしたのか知らねぇが、俺にはそう悪い人間には見えねぇがな。
顔は恐ろしげだが……
俺は……まぁ“タカ”って呼ばれてる。
名前なんざ、どうでもいいや。
それより、この姉ちゃんは、あんたの知り合いかい?
蜂みてぇな服着て、あんたと一緒に倒れてたが……
頭にすげぇ傷が有ってよ、俺じゃこれ以上どうしようもねぇ。
取り合えず息はしているが……」
(やはりこの女、あのときの蜂女か……)
鉄が女の包帯を取ると、額に事変怪人の特徴である、大きく歪な瘤状に歪に盛り上がる手術跡、そして血が滲んでいる側頭部の銃痕。
鉄は“脳”などどいう複雑な部位を治療した経験など無いが、どのみち、放っておけば女は死ぬ。
スマホを手に、女の脳をスキャンする。
額の裏側に、脳を圧迫する大きな腫瘍?
その腫瘍に弾丸が食い込んでいた。
(腫瘍のお陰で、命拾いしたな)
鉄は慎重に、腫瘍ごと頭部の弾丸を摘出した。
    
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4時間かけて取り出し、紙皿の上に乗せたそれを、鉄とタカさんが眺めている。
    
「なんだい、こりゃ?」
「腫瘍……ですか?」
「いや、脳腫瘍ってのはこんなんじゃねぇ!
これは、何か、別のモンだ……」
そう言いながらタカさんは横で寝ている女を見た。
「この姉ちゃんは、助かるのかい?」
「……まだ分かりませんね。
脳なんてイジった事無いですから」
もし命は助かっても、脳に何らかの障害は残るだろう。
極力脳を傷付けない様に腫瘍状の物体を取り出したが、無数の触手が脳神経に絡み付いていたのだ。
 
タカさんは、テント内に積み上げられた、使えるんだか使えないんだか分からない家電やら雑誌やらの中から、何やら引っ張り出してきた。
「そりゃそうと、あんたコレが何だか分かるかい?
鍵がかかっててよ、中身を確認したくても開けられねぇ」
そう言って、大きめのアタッシュケースを鉄に見せる。
「かなり前だが、血塗れで倒れてた男が持っていたモノだ。
俺が最期を看取ったんだが、コレをイベント・チェンジャーに渡してくれと言ってた……」
ケースには、ネームタグが付いていた。
――[Narasu Shimoda]
下田鳴は、印田鳥栖重工・事象変換関連開発事業部の部長で、鉄の直属の上司だった男。
鉄が突如 解雇される直前、音信不通になっていた。
社内では、突然の海外出張とされていたが、鉄はイベント・チェンジャー連続失踪事件と関係ありと睨んでいた。
    
鉄がケースに触れると、カチッと鍵が開いた音。
そして、中からヴゥゥゥと低く唸る音と微かな振動。
懐かしい感覚。
鉄はケースを開ける前に、中身が何であるか確信する。
    
「2年ぶりだな……【蛮殻】!」
(ありがとうございます、下田部長……)
下田鳴は、命をかけて【蛮殻】をブラストンの魔の手から守ってくれたのだ。
古来、優れた道具には魂が宿ると云われている。
道具が自ら主を選ぶのだと。
今この場所で、このうらびれた都会の片隅の公園で、選び選ばれた物と者が運命の糸に手繰り寄せられ再会した。
今この時“魔術探偵 ”が“鉄人番長”に復帰したのだ。
魔者弾圧開始は、間近に迫っていた……
 




