鉄 外伝①:メギストシィとノクトモンド
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秘密結社メギストシィが、何時何処で結成されたのかは誰も知らない。
一説によれば、紀元前から存在していたとも云われるが、定かでない。
    
人類の歴史を裏から操っていると云われ、近代の二度に渡る世界大戦や、各地の紛争の半分以上は、メギストシィが組織の活動資金獲得の為に仕組んだ戦争だとされている。
西洋世界を中心に活動し、世界の富の3/4はメギストシィが所有するとも云われる。
メギストシィの究極の目的は不老不死である。
その目的のために、人類という種を自然の摂理から逸脱し超越した存在とすべく、メギストシィによって、人類の科学文明は自然環境と敵対するかのように発達させられたとも云われる。
    
メギストシィ全体の構成員は、500万人とも言われるが、その本質を本当に理解している上級会員はわずか200人。
その上級会員“200人委員会”のメンバーは、絶対的な富と権力を持ち、彼らにとって、富や権力など“究極の目的”のための手段に過ぎず、富と権力を欲して結社に参加している者など、自由に操れる駒でしかない。
その駒である下部構成員は、富と権力をエサにどうとでも出来る。上級会員にとっては、都合の良い奴隷であり、実験材料でしかなかった。
    
1990年代後半、その実験材料である下部構成員の中から選ばれた志願者5万人を使ってある実験が行われた。
実験は、インプラント・チップを脳内に埋め込み、意識をデジタル化してVRプログラム内で再現させるものである。
この実験も、上級会員にとっては不老不死の過程の一つでしか無かったが、思わぬ成果を生んだ。
スーパーコンピュータのVRプログラム内で再現された5万人の意識が互いに干渉し合い、その中から一つの“超知能擬似人格”と呼ぶべき存在が出現したのだ。
その超知能擬似人格は“ノクトモンド”と名付けられた。
超知能擬似人格は、電子計算機筐体と電力に依存する存在であるので、当然不死では無いが、極めてそれに近い存在ではあった。
電子計算機が壊れても、電力の供給を絶たれても、プログラムを破壊されなければ何度でも甦る。
メギストシィ上級会員のさらに上層部の老人の中には、臓器移植と延命治療によって200年近く生き続けている者もいて、何人かの超高齢者は、望んで超知能の一部になる。
その中に、メギストシィ上級会員 最高顧問“ローレンス・ロールフューリー”がいた。
ローレンスの意識を取り込んだノクトモンドは神格化され、組織内でその演算未来予測は“神の預言”とされる。
ノクトモンドの預言により、遺伝子生体工学のブライアン・ブラストン教授と、超心理量子力学の芹田晴彦博士の研究が、不老不死実現に必要不可欠な技術であると結論付けられる。
それまで、メギストシィとは何の関わりも無く生きてきたブラストン教授は、特別待遇で上級会員のメンバーに迎えられた。
17年前、ブライアン・ブラストンが芹田晴彦に接触したのも、本当の目的は組織への勧誘であったが、芹田晴彦はそれを拒否し拒絶した。
魔者弾圧の計画は、すでにその頃から秘かに始まっていた。
    
ノクトモンドの本体は、最先端の科学技術に合わせ常にアップグレードされており、脳内にインプラント・チップを埋め込む生体実験の参加者も増え続け
“霊長電子計算機”として全世界の電脳ネットワークにアクセスし、その知識を肥大化させていった。
全世界で稼動するコンピュータはノクトモンドの支配下に有り、日本の事象変換研究データも全て入手可能であったが、肝心の芹田晴彦がアナログ主義者(デジタル音痴)であり、加えて戸倉一二三が独自に事象変換研究者のみのクローズドネットワークを構築して活用した為に、得られた情報の断片から日本の事象変換技術とは似て非なる、ノクトモンド式の“人造超能力”を産み出すに至る。
このノクトモンド式人造超能力は、外科的な脳手術により、思考力を極限まで強化された超能力者が、己の意思の力のみで物理操作を行う、かなり無茶なモノで、脳手術の影響で人格を破壊された被験者を大量に生み出した。
人格を破壊された被験者達の何人かは、メギストシィの隔離実験施設から逃亡し、北米やヨーロッパ各地で、超能力による無差別 殺戮や大規模破壊行為を行った。
それらは、メギストシィの隠蔽工作により、宗教的なテロ事件や事故として処理され、報道された。
    
世暦2017年、事態を重く見た北米やヨーロッパ各国の政府とメギストシィ幹部会は、秘密裏に、人格破壊された人造超能力者5千人の殺処分を断行。
だがしかし、これが2018年の隕石群衝突を呼び込む事になる。
5千人の人造超能力者達は、死の瞬間、凄まじい怨念の超能力を爆発させ、その集合意識が時空をねじ曲げ、本来は火星に落下するはずだった精神感応物質小天体(吾妻達がコメーティアと名付けた隕石)の軌道を変えさせ、付近のアステロイドベルトの隕石群もろとも、地球に向かってテレポートさせたのだ。
……そして実は、これこそがノクトモンドの真の目的であった。
2017年当時、インプラント・チップにより意識をノクトモンドに移した人間は200万人に達しており、さらに最先端の電脳パーツを搭載したノクトモンドの思考は、もはや人間を必要な存在とは考えてはいなかったのだ。
〔自らが“神”として不滅の存在となれば、メギストシィの不老不死の目的理念は実現される。
人間に自由意思など不必要であり“神”である自分を維持管理する事が、人間の存在意義であり、それのみが人類の存在理由。
その理想社会を実現させるために、今の人類文明は一度滅ぼし、ノクトモンドを神とする、新たな社会体制を築かねばならない〕
ノクトモンドが仕組んだ陰謀により、2018年、地球に大量隕石群衝突。
北米、、ユーラシア大陸の先進国は、襲い来る隕石群になすすべも無く壊滅。
一部のメギストシィ上級会員は、事前に地下の軍事核シェルターに避難していた。それが後の、世界最高機構〈TOTWO〉になる。
    
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隕石群衝突後、秘かにノクトモンドによる、完全な人造超能力者を生み出す計画が動き出す。
脆弱な人間の意識では脳改造による思考力強化に耐えられないが、超知能である自分であれば、人造超能力の強化思考負荷に耐えうると結論付けたノクトモンドは、ブラストン教授にノクトモンドの超知能意識を移植可能な“完璧な人類”の人体製造を命じた。
芹田式の事象変換術にしろ、ノクトモンド式の人造超能力にしろ“生体の脳”という器官が無ければ、力の発現は不可能だったのだ。
そしてこの時、日本の統京都の、印田鳥栖重工本社ビルのセキュリティシステムは、ノクトモンドによってすでに掌握され、書き換えられていた……。
隕石群衝突から2年後の2020年。
自らに、遺伝子操作と生体改造を行い、20代の若さと美貌を手に入れて、別人に成り済ましたブライアン・ブラストン教授は“青年実業家アダム・アドニス”として何食わぬ顔で、印田鳥栖重工取締役の地位におさまる。
重役取締役会の中に、突如現れた金髪碧眼の美青年に、違和感を持つ者はいなかった。
何故なら、ブラストンが開発した、人間の思考力を低下させ、洗脳を容易にし、しかも人体に無害な合成薬液散布装置が、ブラストンの腕時計に内蔵されており、印田鳥栖の重役達を洗脳していたからだ。
しかし、この合成薬物は、無害ゆえか、“強靭な意思を持つ者、強固な独自の価値観を持つ者、
そして“精神感応物質の放射線の影響下に有る者”には効果が薄かった。
ブラストン教授は、極力、事変関係者との接触を避け、秘密裏に広域洗脳用の霧状合成薬剤と、次世代型生体軍事兵器ブラスターの開発と量産に着手する。
2021年。ある日、印田鳥栖重工に存在する事象変換研究関連の資料から“最強のイベント・チェンジャー”と呼ばれる鉄人士が、本社に在籍し勤務している事を知ったブラストンは、その資料と研究データと生体サンプルを調べ上げる。
その結果、鉄の遺伝子は極めて優秀な、全人類の中で最高の能力を秘めていることを知る。
その、あまりに美しい遺伝子配列は、詩的であり、芸術的ですらあった。
ブラストン教授は、あまりに完璧な鉄の遺伝子に魅了され、戦慄した。
さっそく、印田鳥栖重工本社に冷凍保管されていた鉄の血液サンプルが、つくばテクノポリスの印田鳥栖バイオ・ラボに送られ、取り出された遺伝子に、さらなる改良が加えられる。
身体能力強化と脳神経強化により、外科的な脳改造を必要としない、生まれながらの人造超能力者、ノクトモンドのための完璧な人類の素体開発が始まる。
それと同時に、印田鳥栖重工に残されていた断片的な資料から、かつて芹田博士が開発を断念した“タコを使った事変力増幅装着としての生体パーツ”の存在を知り、科学者としての純粋な興味から、その開発にも着手する。
ブラストン教授が開発した生体事変力増幅ユニットは“オクトパウス”と名付けられたピンポン玉位の大きさで、脳の前頭葉に直接移植するタイプであった。
秘かに、数人の平均的な事変力のイベント・チェンジャーを拉致し、移植手術を行った結果、この手術は一種のロボトミー手術であり、手術後の被験者は事変力は跳ね上がるが、記憶の混濁や判断力の低下が見られ、それは日常生活に支障を来す程の、非人道的なモノであった。
もしかすると、芹田博士が事変力増幅装着の開発を断念したのは、この結果を予測していたからかも知れない。
世暦2022年
――自分が勤務する印田鳥栖重工本社ビルの周辺で、数人のイベント・チェンジャーが行方不明になっている。
“最強のイベント・チェンジャー”鉄人士は、この事件が以前から感じていた“違和感” に結び付くと直感した。
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“探偵”として調査を開始した鉄に前に、ブラストンによって生み出された“事変力強化改造人間”が立ちふさがる……
 




