辺境の夜
「私は、吾妻虎清。
そっちのチャラいのが、滝俊」
“チャラいの”と言われた長髪優男 滝は
「ども♪」
と軽く会釈し、ローストチキンにムシャブリついている。
ヤトハとの模擬戦後、長老の家に招かれた2人が風呂から上がると着替えの蒼い浴衣が用意され、夕食の支度がされていた。
テーブルの中央には、山盛りの蒸かしたジャガイモにバターが添えられ、その周りに野菜のシチュー、焼きたての丸いパン、肉料理が、ところせましと並べられている。
2人が、携帯食以外を口にするのは久しぶりだった。 今、ここにいるのは2人と長老とヤトハの4人。
「今日はお疲れでしょうからな、村の案内はまた明日にでも。
わしは、この村のまとめ役みたいな事をさせてもらっとります、戸倉一二三。
ここで、ヤトハと暮らしとります。
今はこんなナリしとりますが、かつては日本で芹田博士と事象変換技術の協同研究開発などをしとりました」
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“芹田晴彦博士”とは?
超心理量子力学研究者。
事象変換力場の基礎理論を生み出し、事象変換発動システムを開発した天才科学者。
研究のかたわら、2000年代には“文化人タレント”としても活躍し、
オカルト関係にも造詣は深い。
科学書、オカルト本、伝承・民話集、小説、エッセイ、対談集 等、
著書多数。
世界的に知名度は高い。
いわゆる、伝説的有名人。
その伝説的人物の右腕、近藤勇に対する土方歳三、真田幸村に対する猿飛佐助、といった、
天才 芹田博士の有能な相方
それが、戸倉博士だった。
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吾妻は驚いて、まじまじと戸倉博士を見る。
「あなたは、戸倉博士でしたか!
お噂はかねがね、日本で何度かお見掛けした事も……失礼ですが、髭を伸ばされていたので気付きませんでした。
ヤトハは、お孫さんですか?」
「いや、まぁ。そんなようなものですな……」
何だか、はぐらかされたようだ。
何か事情があるのか?
そのヤトハは、民族衣装に刺繍入りのキルト、花の髪飾りを着けて、すっかり女の子らしくおめかししているが、コックリコックリ舟を漕いでいる。
ダメージは無くとも疲れたのだろう。 やはりまだ子供だ。
戸倉博士は、絶賛居眠り中のヤトハを見ながら、語りだした。
「この地は、元は 事変システム開発の最初期に掘られた“魔神石”のティベルト採掘場施設跡でしてな。
この村の住人は、TOTWOの魔者弾圧(事象変換技術関係者への襲撃事件)から逃れた、日本の事変技術のシステムエンジニア達とその家族の生き残りです。
つくばテクノポリスはご存知ですかな?
わしらはそこの事変研究区画におりました。
5年前、魔者弾圧部隊の襲撃で、研究所の職員とその家族が100人以上殺され、何とか生き残ったわしらを逃がすために、つくばとこの地との転移ゲートを守ってヤツらと戦ってくれたのが“彼”でしてな。
つくば側のゲートが破壊される直前、あなた方がお探しの “例の特殊装備”にくるまれて、最後に転移してきたのがこの子じゃった。
あの時、あの特殊装備に護られていなければ、ゲート破壊の衝撃でこの子は永遠に時空の狭間に取り残されていた事でしょう……
彼があの後どうなったかは、わしらに知る術はありませんでした。
この子は、衝撃のショックでここに来る以前の記憶を失っておりましての。
名前も分からなかったので、この地に逃れてきた避難者の88人目と言う事で、わしが“八十八”と名付け、育てる事にしたのです……」
吾妻は、老人の話を聞きながら タンスの上に置かれた写真に気が付いた。
それは、今よりずっと元気そうな老人と、赤ん坊を抱いた夫婦が写った家族写真。その横に、花と線香と砂糖菓子が添えられている。
恐らく、この老人の家族は TOTWOによる魔者弾圧の騒乱の時、犠牲に……
しばしの沈黙の後、吾妻が別の話をきり出す。
「……そう言えば、芹田博士からこんなモノを託されてました。戸倉博士は、これが何かご存知ですか?」
吾妻が取り出したのは、奇妙な形をした“鍵”と、芹田博士の鞄だった。
「これは!」
その“鍵”を見た老人は絶句した。
「これをあなたに託したと言う事は……
もしや、芹田博士はお亡くなりに?」
「……はい、残念です」
「わしより、10歳も若かったのに……
芹田博士の最期をお聞きしても?」
「はい……5年前のTOTWOによる魔者弾圧が始まった時、アフリカで襲撃されて、私がかけつけた時にはもう手遅れでした……」
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5年前。吾妻は、隕石群衝突後の災害復興支援チームのスタッフとして、世界中を飛び回っていた。
一方、芹田博士は 新たな魔神石鉱脈発見の知らせを受け、現地調査のためにアフリカに赴いていた。
事象変換術の源である“マギライト”の原料“魔神石”は稀少な天然石であるため、常に絶対量が不足していた。
隕石群衝突後の世界復興のために、
イベント・チェンジをもっと身近な存在にすべく研究していた芹田博士は、アフリカの鉱脈発見の報せに飛び付いた。
今にして思えば、それは芹田博士を日本から遠ざけるための、TOTWOの罠だったのかもしれない。
事前に“不穏な気配”を察知していた吾妻は、芹田博士を護衛するため 急ぎアフリカに向かっていたが、彼が現地に到着したのは芹田博士が襲撃されてから2日後。
それまでアフリカ現地の村人にかくまわれ、なんとか持ちこたえていた芹田博士は、吾妻の姿を確認すると、力無く“鍵”を吾妻に手渡し、ベットの横に置かれた自分の鞄を指さし、眠るように息をひきとった。
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「そうですか、あの魔者弾圧の時に……」
「私が、もっと早く、間に合っていれば」
吾妻は当時を思い出して、唇を噛み締めていた。
「……」
吾妻と老人の会話が途切れたのを見計らって、滝が
「ヤトハ、ヤトハ」
と呼び掛けると、ヤトハが目を覚ました。
「ヤトハ、今日はもう寝なさい」
そう老人に言われたヤトハは
「だ、大丈夫です、お爺さん。
ちょっとウトウトしただけです!」
と少し冷めた夕食を食べだした。
その後、ヤトハは日々の魔法術の訓練や、村での遊び、9人しか子供がいない学校の友達の様子などを話して大いに盛り上がったが、2人に外の世界の事を聞こうとしたとき、滝がわざとらしく大きく欠伸をして、それを遮る。
( ヤトハは、まだ外の世界に興味を持つべきでは無い)
凶暴化した軟体獣やTOTWOの魔者弾圧部隊“機動装甲歩兵ブラスター”と戦い続ける、修羅の道を生き抜いてきた吾妻と滝は、そう考えていた。
イベント・チェンジはこれからの人類にとっての新たな可能性だ。
その芽を摘み取り、“力”を独占し、貧困に喘ぐ民衆を完全管理下に置いて人類支配を目論むTOTWOは打倒しなければならない。
彼ら、生き残ったイベント・チェンジャーズはその目的のため自らの命を賭けて戦い続ける。
いつの日にか、自由な世界を取り戻す!
それまでは、ヤトハの様な才能ある子供には、安全なこの村で事象変換技術の灯を絶やさず護り続けて欲しい。それが、吾妻と滝の想いだった。
それを察した戸倉博士は
「ヤトハ、お前は明日の支度もあるでな。
お2人もお疲れの様だし」
と言ってその日の夕食会はお開きとなった。
2人を寝床に案内したヤトハが
「何かご用がありましたら、私の部屋は向かい側ですから呼んでください。
それじゃ、また明日、おやすみなさい」と言ってニッコリ笑顔で去った後、吾妻が滝に話しかける。
「……ああして良く見れば、確かに女の子だなぁ。
お前は、いつ気付いたんだ?」
「はぁ~⤴、先輩、マジで言ってんすか!?
何が“良く見れば”っすか!
そんなモン一目見て分かるでしょ!
あの子は、いわゆる“美少女”ってヤツですよ?」
「何が“美少女”だ?
お前の審美基準なんぞ知らん!
子供の性別なんざ、有って無いようなモンだろ?」
「……ダメだ、この人。
先輩、そんなんだから年齢=彼女いない歴、なんて事になるんすよ?」
「お前なぁ、失礼な事言うなよ!?
俺にだって学生時代は、彼女ぐらい いたぞ!」
「はいはい、分かりました。じゃ、そう言う事にしときましょ。
僕はもう寝ますよ、おやすみなさ~い……」
辺境の夜はふけてゆく。
吾妻と滝にとっては、久しぶりの まともなベットだった。
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――その夜、吾妻は久しぶりに昔の夢を見た。
事象変換技術が開発され、人類文明が新たな段階に進みつつあった時代。
それまで平凡だった田舎の少年が、
2千人に1人と言われる 事象変換能力(特殊思考脳波、通称:事変力)の適性試験に合格し、大都会 統京の四年制高校“事象変換術士養成専門高等学校(略称:事変高専)”に進学したときの、夢と希望にあふれた青春時代。
1年生のバレンタインデーの日、秘かに想いを寄せていたクラスの女子からチョコレートに添えられたラブレターを貰った思い出。
彼女とのデートをすっぽかし、トラブルに巻き込まれた仲間を救いに走った事。
彼女とケンカして、仲直りしたとき生まれて初めてキスをした。
懐かしの学生時代。
そんな吾妻の学生時代に彼女の他にもう1人、忘れられない人物がいる。
仲間とバカをやって、他校の上級生達と揉め大乱闘、挙げ句停学になった事があるが、吾妻と一緒に停学を喰らった仲間の中の1人。
その男は、ずば抜けた事変力で事変高専始まって以来の逸材と言われ、吾妻にとっては親友であり、目標であり、ライバルだった。
その特異な風貌から“番長”と呼ばれた、最強のイベント・チェンジャー。
その名は、鉄人士。
長身で、目付きの鋭いコワモテの男。
鉄本人は、他人に威圧感を与える自身の外見をコンプレックスに感じていたらしく、ある日、ゴツいガタイの割に優しげな顔立ちの吾妻に「お前が羨ましいよ」と言った事があった。
その時、吾妻は(もしかすると、鉄も彼女にホレていたのか?)とも思ったが、吾妻も鉄もそれ以上は何も言わなかった。
ケンカは、総合格闘技有段者の吾妻より強かったが、無駄な争いを好まない優しい性格。
“タマ”と言う白い猫を飼っていて、吾妻と彼女にも良くなついていた。
――事変高専卒業後
吾妻は総務省管轄の特務機関・事象変換技術開発総合研究所〈略称:事変研〉に入所し、試作部運用課〈通称:魔術実行部隊〉に配属。
彼女は事変高専の教師を目指して国立大学の教育学部に進学。
鉄は(株)印田鳥栖重工〈政府から事変技術関連の各種機械類の共同開発、設計、製造を委託されていた民間企業〉に就職。
進路はそれぞれ違ったが、3人の関係は変わらなかった。
その翌年、隕石群地球衝突で日本も大きな被害を受けたが、彼ら多くのイベント・チェンジャーズの活躍で人的被害はかなり抑えられた。その後、世界各地で脅威となっていた軟体獣も、なぜか日本での目撃例は少なく、ほとんど報告されていなかった。
隕石群衝突から半年後、吾妻に災害復興支援チームの一員として、長期間の海外赴任要請の打診があり、吾妻はそれを受諾。出発の時見送りに来てくれたのが、吾妻が彼女や鉄と直接会った最後になった。
彼女には「いつ帰れるか分からん。
好い人が出来たら、そいつと幸せになってくれ」
鉄には「彼女を頼む」
そして2人に「元気で、またな!」と言って別れた。
海外の吾妻宛に届く彼女からの手紙やメールには、常に鉄の事が書かれ、鉄からの便りにはなんの事やら分からない詫びるような文面が多くしたためられていた。
吾妻は2人に「俺の事など気にせず、自分の幸せを最優先に考えて生きろ」といった内容の手紙やメールを返信した。
そんなやり取りを続けて、3人は互いの近況や無事を確認しあっていた。
そして、世暦2025年。
TOTWOが突如、武力で民衆を完全支配体制下に置き、“魔者弾圧”を始めた事でイベント・チェンジャーズは追われる立場となり、さらにTOTWOによる電波通信妨害で海外の吾妻と日本の2人との連絡は完全に絶たれた。
――それから、後輩の滝と合流し世界各地を転戦、魔者弾圧部隊の追撃を交わし、対事変コーティングを施された敵の機動装甲歩兵ブラスターに苦戦しつつ、日本を目指し逃亡の日々を続ける。
そんなある日、ニューグラードの廃墟でタマに良く似た白猫を見かけ、思わず近付くと猫は吾妻を見つめ懐かしそうに「ニャ~」と鳴いて消えてしまった。
猫が消え【ティベルト、バンカラ】と暗号文で書かれた紙切れがそこに在った。
それが遠隔干渉術“式神”だと気付いた吾妻は、式神の術者は鉄だと確信する。
なぜならば、その暗号文は吾妻と鉄が学生の頃に遊びで創った仲間内しか知らないモノだったからだ。
式神となったタマが、いつか吾妻に会える事を信じてひたすら待っていてくれたのか?
すでに魔者弾圧が始まってから4年以上が経過していた。
ようやく日本の近くまでたどり着いたが、鉄からのメッセージだ、行かねばなるまい!
――そしてここティベルトで、鉄に救われたという人々に会うことが出来た。
彼女も、もしかしたら魔者弾圧から逃げ延びて どこかで生きていてくれてるかもしれない。
戸倉博士は “鉄”がその後どうなったか分からないと言っていたが、ヤツがそう簡単に死ぬはずが無いんだ!
吾妻は、夢の中で絶叫していた。
「待っていろ、俺が必ず探し出す!!」