アボダ遺跡
コラルン山脈に連なるハイメイ山の麓の森に、オクトパシアン・マリモの姿があった。
暗い夜の森の中、マリモの眼は青く光り、頭の2本の触腕は何倍も長くなり、木々の隙間を器用に、正確に、高速で回り込み次々と獲物を狩っていく。
マリモ本体は静かにただ森を歩き散策しているように見えるが、その2本の触腕は凄まじい動きで暴れ廻っている。
マリモの後では、念のための護衛として、吾妻と滝が控えていたが、その必要は無さそうだ。
「普段のマリモとは、別人だな……」
「凄いですね……」
吾妻と滝の足元には、夥しい数の軟体獣が横たわっていた……
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遡る事、4日前。
ハイメイ山の森を抜けた先に広がる、ゴブリ砂漠のオアシスを偵察に出掛けた吾妻と滝が目撃したのは、軍隊による戦闘行動であった。
10騎のブラスターvs.20人のゲリラめいた反抗勢力。
この5年間、吾妻達が日常的に過ごしてきた戦闘風景。
ゲリラ達のマシンガンやバズーカは、たいした戦果は上げられず、ブラスターを撹乱するくらいしか効果はない。
大抵の場合、ゲリラ達が敵の主力兵器たるブラスターを引き付けている間に、別動隊が捕まっている捕虜を救出したり敵の補給部隊を襲撃したりする。
魔者弾圧を生き延びたイベント・チェンジャーズは、そんな風にゲリラと共闘しTOTWOと戦い続けてきた。
TOTWOとって、TOTWOの世界管理に反抗するゲリラや地下組織も事象変換関係者と同じ“魔者”であり、討伐対象と認定している。
吾妻は、目の前で繰り広げられている光景の中に、見知ったゲリラの顔を見付けた。
「あれは……チャド!」
“チャド・ゲルバド”は“革命戦士”と呼ばれるゲリラのリーダーで英雄的存在である。
吾妻と滝はおよそ2年前、旅の途中でチャドと出会い、中東解放戦線でゲリラの指揮をしていた彼に協力して、捕らわれていた捕虜の奪還作戦に参加してともに戦った。
作戦は成功し、再会を約束してチャドとは別れたが、まさか中東から離れたゴブリ砂漠で再会しようとは。
そのチャドめがけて、ブラスターが複数の小型追尾ミサイルを発射。
とっさに、隠れて見ていた吾妻が飛び出そうとするが、横にいた滝がそれを制止する。
「先輩、あれ見て!」
滝の指さす方向には砂塵が渦を巻いていたが、その渦巻きの中から人影が現れていた。
その人影はボロボロになったコートをマントの様に風にたなびかせ、フードで顔は見えない。
何やら右手に持った筒型を、飛来するミサイル向ける。
ミサイルの軌道が乱れ、最終的に発射したブラスター陣営の足下で爆発。
小型のミサイル数発では、ブラスターの硬い装甲を破壊するまでには至らないが、足下を爆破してやれば二足歩行のブラスターはバランスを崩して次の攻撃までの時間稼ぎにはなる。
“対事変コーティングされた装甲”を持つブラスターに対して、イベント・チェンジャーが編み出した基本戦術の一つである。
吾妻は、その人物の持つ筒型に見覚えがあった。
その筒型は一見、リレー競技に使うバトンの様に見えるが、よく見ると表面に細かな突起や溝があり一部コードやパイプが剥き出しになった“機械装置”だと分かる。
(あれは……事象変換器の初期型試作器か?)
有名なSF映画に登場する“光る刃”の柄の部分を参考に作られたらしいそれを、吾妻は事変高専の資料室で見た事があった。
「先輩!あれ、塚元っつぁんですよ!?」
滝の言葉と同時に、フードからのぞく横顔のシルエットで吾妻も確信する。
あれは事変高専の主任実技指導教官“塚元晋爾”
吾妻と滝の恩師だ。
暫くすると、敵の後方から狼煙が上がる。
「作戦終了! 全員撤退しろ!!」
チャドの号令と同時に、塚元は展開していた防御結界を霧に変え、ゲリラ達は隠していた砂漠走行用車輌で撤退を始める。
ゲリラ達の撤退を確認しつつ、しんがりを務めるチャドがバイクのアクセルを吹かした瞬間、予期せぬアクシデントが起こった。
砂漠に突如、蜥蜴型軟体獣が現れたのだ。
蜥蜴型軟体獣は、チャドのバイクの前の地面から触手を伸ばし、バイクを粉々に砕いてしまった。
チャドは触手に絡みとられ、締め付けられている。
見ていた吾妻が 咄嗟に飛び出し、【魔剣・試作1号】で触手を切断してチャドを救出。
「大丈夫か!?」
チャドは気を失っていた。そこへ、塚元が引き返して来て
「お前、吾妻か? そっちは滝じゃないか!?」
吾妻と滝の姿を見て、驚きの声を上げる。
「塚元教官、お久しぶり!」
とだけ言い、吾妻がチャドを塚元のバイクに乗せると、滝が【スーパー・フライングV-D2】を取り出し曲を奏で始めた。
滝の演奏で砂漠の砂が波打ち、巨大な壁が形成されていく。
壁の向こうから銃撃の音が聞こえてくる。
体勢を整え直したブラスターの攻撃が再開されたのだ。
「すまん、ありがとう。間一髪だった……」
塚元がかつての教え子達に礼を言う。
「アジトに案内する、来てくれ」
砂の壁がブラスターに爆破された時には、全てのゲリラがその場から撤退を完了させていた。
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ゲリラ達のアジトは、ゴブリ砂漠とハイメイ山の境の森の中に建つ“アボダ遺跡”と呼ばれる寺院であった。
巨大な寺院で、大華共和国〈大国〉に植民地化される前は、ティベルトの宗教的聖地とされていた場所だ。
そこに100人規模のゲリラが集結している。
「うぅ……」
「チャド、気が付いたか?
肋骨2本と左腕上腕部の骨折だ。
応急処置はしておいたが、暫く痛むぞ」
「……お前、吾妻か? どうしてここに?」
「話すと長くなるが……」
吾妻が、どう手短に話そうかと思案していると
「おおぉぉぉ~!!」
と、どよめきが巻き起こった。
見ると、橙の法衣をまとった一人の老僧がこちらに向かって歩いて来る。
それを見たチャドが起き上がろうとすると
「そのままで……」
老僧は静かに左手の掌を差し出しチャドを制すると
「あなたのおかげで、この聖地に帰ってくる事が出来た。
感謝の言葉も有りません」
ひざま付いて、チャドに頭を下げる。
「とんでもありません、猊下。
猊下が囚われの身となってから、お救いするのに5年もかかってしまいました。お許し下さい」
チャドが猊下と呼ぶその人物こそ、かつてのティベルトの宗教的、政治的指導者にして、世界各地に点在するゲリラ組織を一つに纏めるための求心力を持つ聖人。
そして、30年前に芹田晴彦が事象変換技術を研究する切っ掛けを作った奇跡の人“ダイダ・バッタ十六世”その人であった。
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―― 30年前、世暦2000年。
当時、大国政府の一方的な宣戦布告による電撃侵攻で植民地化されたティベルト。
その若き宗教的政治的指導者だったダイダ・バッタ十六世は、大国により軟禁状態に措かれていた。
一方、日本で新進気鋭の超心理量子事象力学を研究する大学教授“変わり者の異端の若手文化人タレント”としてマスコミに注目されていた芹田晴彦は、
その人気を利用して、テレビ局や政府の関係者に人脈を作り、有る時はテレビ番組の取材、また有る時は秘かに世界中の“超能力者”と目される人物と接触し、その力の謎を解き明かそうとしていた。
芹田晴彦がダイダ・バッタ十六世に出会ったのはそんな時。
まだ芹田晴彦は30歳、ダイダ・バッタ十六世は35歳。
極秘裏に、取材と称してダイダ・バッタ十六世と会談した芹田晴彦は、別れ際に不思議な力を持つと言う直径20cmほどの球体の石を譲り受ける。
それこそが、精神感応物質“マギライト”の原料となる“魔神石”だったのだ。
その後10年間、タレント活動と平行して魔神石を研究し、マギライトの精製に成功した芹田博士は、戸倉一二三の協力を得て、本格的に事象変換術の研究に乗り出すのだが、それはまた別の話。
――世暦2018年。
隕石群衝突で大国政府が壊滅状態になり、晴れて自由の身となったダイダ・バッタ十六世は、その後発足された国際人道支援組織“世界再生機構〈ROTWO〉”の中心人物として活躍し、その組織運営能力と、徳の高い人格は広く人々に知れ渡った。
日本政府が隕石群衝突後に早々と人道支援目的で多くのイベント・チェンジャーズを海外に派遣する事を決定したのも、ダイダ・バッタ十六世と芹田晴彦の繋がりがあったからだと言われている。
だがしかし、ROTWOと歩調を合わせる形で発足したはずの“世界最高機構〈TOTWO〉”が5年前に突如魔者弾圧を始め、あまつさえ武力による世界制覇を唱えた。
TOTWOによってROTWOは解体され、ダイダ・バッタ十六世はまたもや囚われの身となっていたのだ。
そのダイダ・バッタ十六世救出作戦の情報は、世界各地の海賊放送局から暗号電波が発信さていた。
今、世界中の反抗組織がここアボダ寺院遺跡に集結しつつ有った。
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ダダダダダダダダ!
アボダ寺院の外から、けたたましいマシンガンの銃声が聞こえてきた。
何事か?と吾妻がそちらを見ると、滝と塚元が吾妻の所にやって来た。
「軟体獣です。森の中に、かなりの数が潜んでいますね」
「追い払ったが、兵士の1人がやられちまったよ」
塚元が苦い顔をしながら悔しげに呟く。
「軟体獣なら、一つおとなしくさせる手段が有るんですが……」
その発言を聞いて、塚元とチャドは吾妻を見つめた……
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―― マリモの攻撃衝動抑制因子を撃ち込まれた軟体獣の大群が、アボダ遺跡の正門前に整列している様を見て、チャドが驚きの声を上げる。
「……信じられん。まるで夢の様だな」
先頭には、軟体竜ドーラの姿がある。
ドーラの背中には少年の姿。
ドーラの餌付けに成功し、今やドーラに主人と認められた悟が、その軟体獣の大群を率いていた。
ドーラは森の軟体獣のボス的存在だったのだ。
森の軟体獣達は、森の生活に適応して、その姿はドーラの様な蛇に近い個体や、昆虫の様な形態に変化したものが多く、元の象に似た個体はむしろ少数だった。
その中にあっても、ドーラの様に複数が一つの個体として振る舞うものは、ドーラ以外にいない。
大きさで他を圧倒していた。
ドーラに逆らう軟体獣はおらず、従ってドーラの主人たる悟は自ずと森の軟体獣群の主人となってしまっている。
「まるで、怪獣皇子だな……」
塚元教官が、往年の特撮ドラマを思い出して感慨に耽る。
チャドや塚元教官は、吾妻から事情を聞いていたので、実質の軟体獣の序列のトップが悟少年だと知っているが、事情を知らないゲリラの兵士達は口々に
「奇跡だ……やはりダイダ・バッタ様は奇跡の人だった……」
などと噂し合っている。
悟も吾妻に言われた通り、
「わたしは、だいだ・ばったさまのみつかいです。
えーと、このものたちとともに、だいだ・ばったさまに、したがいまする」
顔を真っ赤にして棒読みのセリフを叫んでいる。
根が善良なダイダ・バッタ十六世は
「吾妻君とやら、さすがにこれはやり過ぎと思うが?」
と小声で吾妻に訴えている。
「申し訳有りませんが、寄せ集めの軍団を束ねるにはハッタリも必要です。
嘘も方便、この際 猊下には“救世者”を演じていただきたく……」
吾妻も内心(我ながらやり過ぎだ)と思いながらも、ダイダ・バッタ十六世に頭を下げた。