軟体竜〈ヒドラ〉
「……と言う訳での、ヤトハが印田鳥栖重工の“つくばバイオ・ラボ”で産み出されたのは間違い無いとワシは思うのだが……」
「戸倉博士!」
吾妻が戸倉博士の語りを遮り、山向こうと繋がる坑道を見ると、何者かが高速で迫りつつ有るのか、コオォォォと空気の圧縮音が聞こえた。
バヒュン!
「吾妻さん! すぐ来て!」
現れたヤトハは一言そう言って、すぐまた今来た道を瞬動で引き返した。
吾妻は咄嗟に【スマホ】を手にすると、何も言わずにヤトハの後を追う。
ヤトハに追い付いた吾妻が目にしたモノは、異形の怪物と悟が密着した状態で氷づけになっている代物であった。
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……ピシャッ! ピシャッ! と頬を叩かれ、悟が目を覚ますと目の前にはヤトハの泣き顔が有った。
何か叫んでいるようだが何も聞こえない。
「聞こえねぇよ」
そう言った自分の声も、くぐもって変な感じだ。
耳がキーンとしてズキズキと痛む。
ふいに、右の耳に暖かい感覚が有り、音が聞こえてきた。
「鼓膜が破れた様だな」
吾妻の声がした。
今度は左耳が暖かくなり、耳鳴りは治まった。
吾妻の事変治癒術により、悟の鼓膜が修復されたのだ。
「痛むか?」
「いえ、大丈夫です」
悟の手の中のスマホの液晶画面は“TIME OVER”の表示が点滅している。
それを見た吾妻は
「スマホのリミッター解除呪文なんて、良く知ってたな!?」
素直に驚嘆の声を上げる。
「[月刊 事変技術]のバックナンバーの中に“呪文一覧表”って記事が有りまして……」
悟は力無く「へへ、」と笑うと、再び気を失なった。
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「しかし、コイツは……デカイのぉ!」
吾妻の魔法で拘束され、オクトパシアンの泉に運ばれた異形を戸倉博士と平坂夜美が調べている。
「多分、3~4体が群体化して、1体として振る舞っているんじゃ無いでしょうか?」
「さ~すが、滝くん! 良く分かったわね。
3体が完全に融合してるわ。もはや、分離は不可能なくらいに」
夜美の説明に、吾妻が意外という顔になり
「軟体獣は基本的に単独行動だ。
群れで行動する事は無いと思っていたが……」
「きっと、彼等が生き残るために、新たに獲得した生存戦略なんでしょうね。
……マリモ、やっちゃってちょうだい!」
“軟体竜”と仮に名付けられた、この群体化個体の体組織サンプルを採取し終えた夜美が、マリモにオクトパレファント攻撃抑制因子を打ち込む指示を出す。
「マリモはもう、大丈夫なのかの?」
「もう、とっくに完全回復してます!
バッチリてす!」
戸倉博士と夜美のそんなやり取りが有り、マリモが軟体竜に近付き攻撃抑制因子生成モードに入ると、金色の目が青く変化する。
すると、今まで拘束から逃れようとモゾモゾ蠢いていた軟体竜の身がすくみ、硬直した。
マリモの後頭部からお下げの様に垂れ下がる2本の触腕が上に持ち上がり、体長の2倍程に伸びると、先端部が鋭角的に高質化する。
ヒュン! と目にも止まらぬ速さで軟体竜にマリモの触手が突き刺さり、攻撃抑制因子が打ち込まれると、硬直していた軟体竜はぐったりと弛緩した。
「コイツ、死んだんてすか!?」
いつの間にか、バイオ研究所の仮眠ベットで寝ていた悟がそこにいた。
「ネムラセタ、ダケデスヨ」
元の金色の目に戻ったマリモが、悟に説明する。
「悟、まだ寝てなきゃダメだよ?」
吾妻の横にいたヤトハが、悟に駆け寄る。
「もう、大丈夫だよ」
悟はヤトハにそう言ってから吾妻に
「俺、コイツと氷づけになる瞬間、夢を見たんだ。
コイツは、砂漠のオアシスで静かに暮らしていた。
そこに軍隊がやって来て、追い払われたんだ。
それで、山の上まで逃げて……
俺達を襲ったのも、怖かったからだ。
だから、その……」
吾妻と滝はその話を聞いて、悟が無意識に“読心”でこの軟体竜の記憶を覗いたのだと理解した。
「俺、コイツに名前をつけようと思うんだ。
ドラゴンとヒドラからドラをとって“ドーラ”っての、どう?」
「悟、あんた……コレを飼うつもりなの?」
ヤトハがあきれ顔になる。
「ヨイ、ナマエ、デスネ」
「まあ、私はコイツを研究しようと思ってたから、ここに置いとくつもりだったし。あんたがペットにしたいってんなら、なつくかどうか試してみれば?
私も興味有るし」
悟、ヤトハ、マリモ、夜美がほっこりムードのその横で
「先輩、ゴブリ砂漠のオアシスって……ヤバくないですか?」
「そこに軍隊とは……まずいな。
10m以上の巨大生物を追い払うなど、ブラスターか?
まず、間違いなくTOTWOの戦闘部隊だろうな……」
「吾妻君。ワシはすぐに、村の皆の衆を集会所に集める。
君らも後で来てくれ」
何やら、緊迫ムードになっていた。