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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
14/39

夢の中へ

 それから1週間後、オクトパシアンの泉、畔の長屋。


「ちょっと、温子! 早くしなさいよ!」


「あの…… 夜美ちゃん、その白衣貸してくれないかしら?」


「あんた、なに言ってんの?これから水の中に入るのよ?」


 そんなやり取りの後、観念した温子が半泣きで、おずおずと外に出て来た。


「これ、何でこんなに身体からだのラインが出るの?」


 それは、サイコダイブ用のダイバースーツで、各所に生体モニター用の装置が付けられ、背中の装置からは長く延びた無数のコードが長屋のバイオ研究所内のコンピューターに接続されている。


 ノースリーブの白いダイバースーツは、温子のボディーにピッチリ張り付き、その豊満な肉体の見事な曲線美を惜し気も無くさらしていた。

 童顔の割に大きなバストやヒップや太めのあしは、他者から見れば魅力的だが、温子本人にとってはコンプレックスでしか無い。


(誰がこんなスーツ作ったのよ!? セクハラだわ!)


「あんた、私のデザインに文句でも有るの?

皆待ってんだから、早く行きなさいよ!」

 ……犯人は、平坂夜美であった。


 吾妻、ヤトハ、悟の3人とマリモが、それぞれのサイズのダイバースーツを着て、泉のふちで夜美と温子のやり取りを眺めている。

 ダイバースーツ姿の吾妻は、見事な逆三角形の体型で、露出した筋肉質の腕の無数の傷痕が、これまでの戦いを物語っている。

 ヤトハは、マコ、モコ、リコの3体と何やらお喋り中。

 悟は、照れているのか、まともにヤトハの方を見られないでいる。


 照れ隠しなのか

「先生~、なかなか似合ってるよ? カッコイイって!

 さっさとやって、さっさと終ろうぜ?」などと、両手を頭の後ろに組みつつそんな事を言っている。


 見かねた吾妻が、ロッカーから自分の上着を取り出して、やさしく温子の肩に掛けてやった。

 顔をさらに紅くして、身体が硬直する温子。


「滝~ぃ!準備は良いなぁ?」


「は~い! 温子先生の心拍数がかなり上昇してますが、問題ありませーん。

 いつでも行けますよ~」


 ダイバースーツの身体情報をモニターする計器を見ながら滝が答える。

 今回、滝の役割は各メンバーのダイバースーツをモニターしながら、それぞれのダイブ深度を調整し、異常が有れば即時中止させるための監視役である。


「私……初めてなんです」

 真っ赤にうつ向いて、上目遣いに吾妻を見やる温子。


「俺もサイコダイブなんて、初めてですよ?」爽やかに答えるアラサー 吾妻。


「あ~、もう!

 あんたは、おぼこ娘か?

 人類以外の知的生命体のナビゲートで、無機物にサイコダイブなんて、人類史上初めてだってのよ!!」


 夜美のツッコミが入る。


******************


今回、マギライト・0隕石の思考構造体へのサイコダイブは、マリモ達オクトパシアンズ総勢25体を翻訳機 わりに、ヤトハの“事変力”をメインの推進力として行われる。

 サポート役の3名はそれに付き添い、何か有ればヤトハの手助けをする。

 サイコダイブ中の精神体では、イベント・チェンジが使えないので、世間知らずの箱入り娘でしかないヤトハにはサポートダイバーがいた方が良いだろうとの夜美の判断だった。


 今回、この日のために急遽作成されたサイコダイブ用の装備は、酸素マスクと一体化したヘッドマウントタイプで、形はスキューバダイビングのマスクに近いが、酸素はボンベでは無く地上に繋がっているチューブから供給される。

 各種装置には試験的にマギライト・0が搭載されているが、安全のため通常のマギライトも使われていた。

 マリモは、胸部の2つの脳で4名の思考波を受信するための装置が内蔵されたスーツを着用し、頭部の脳でオクトパシアンズ幼生体からの情報を受信し、統合して処理する。

 今回、マリモは人間をナビゲートするために、胸部脳の思考レベルをかなり落とさなくてはならず、サイコダイブに入ると意思の疎通は不可能となる。


 4mほど潜った泉の低部に、隕石の露出した箇所が有り、ダイブメンバーはそこでレム睡眠に入り、夢の中で思考を共有化する。

 

 所定の位置に到着し、全員が身体を横たえた事を確認した吾妻が、上でモニターを見ている滝にシグナルを送ると、滝が全員のダイブ深度を徐々に上げていき、強制的にレム睡眠に入る仕組みだ。


 シグナルを受け取った滝が慎重にボリュームを操作しダイブ深度を上げていく。

 モニターを見つめる滝、夜美、戸倉博士の3人は、泉の中で吾妻達がサイコダイブに突入した事を確認した。


******************


…………半覚醒状態の夢の中で4人が目覚めると、周囲は何も無い空間だった。

 徐々に意識が覚醒していき、吾妻が皆の無事を確認しようと声を掛けようとしたが、声が出ない。

 周りを見回すと、悟と温子が無重力状態の様に不安定に浮いていた。

 4人の姿は、サイコダイブ前のダイバースーツだが、背中から延びた無数のコードや、顔を覆う酸素マスクやチューブは消えていた。

 今、4人の実体は、泉の底で眠りに落ちている。


 悟は、ヤトハに何か言おうと口をパクパクさせているが、吾妻同様声は出せないらしい。

 温子が、不安気に吾妻の腰にしがみ着いてきた。

 吾妻は、取り合えず温子を安心させようと肩を抱いてみたが、肉体の感触が無い。


 ヤトハは

「こっちがマリモでぇ、こっちはモコ」

と4人の周りをふわふわ漂っている光の玉に話しかけている。

 どうやら、ヤトハだけは声が出せる様だ。


「なるほど、段々分かってきました」

 何が分かったのか? 吾妻にはさっぱり分からないが、ヤトハには何か別のモノが見えているらしい。


「ちょっと早送りしましょう!」

 そう言った瞬間、目まぐるしく世界が動き出し

 グゴオォォ!! と唸りを上げ出した。

 周囲を、物凄い速度で何かが飛んで行き、時たま巨大な光の塊が

ヒュオン! ヒュオン! と横切って行く。

 吾妻が温子の肩を抱き、悟の手を握りしめる。

 悟は、ヤトハに向かって何やら叫んでいるが、相変わらず声は出せない。

 温子がヤトハに手を差し伸べると、それに気付いたヤトハはその手を握り

ニコっと笑いかける。


 悟に「心配しなくても、私は大丈夫」

と言った。


(何が大丈夫なんだ? 吹き飛ばされそうだ!)


 吾妻がそう思ったとき

「マリモ達が守ってくれてるから」

 吾妻に語りかける。


 ヤトハには、ここにいる皆の思考が伝わっているらしい。


 突然、何らかの力に引き寄せられ、物凄い勢いで落下していく感覚。


「太陽系に入りました」


 ヤトハの説明で、吾妻はこれが彗星・マギライト・0隕石の、思考構造体の“記憶”なのだと認識した。


「もうすぐ地球ですよ!」


 正面に、モヤモヤした光る塊が見える。

 吾妻の知る地球の姿では無いが、彗星には視覚も聴覚も、そもそも感覚器官が存在しない。

 これは、彗星の思考構造体の記憶をマリモ達が吾妻達に理解しやすい様、翻訳したビジョンなのだ。


 周りを激しい光に包まれ、落下する感覚が激しさを増す。

 いよいよ激突か!? そう思った時、フッと視界が真っ暗になつた。


「あれ? これは……」


 ヤトハの声と同時に、グルグルグルと物凄い勢いで回転を始め、止まったと思ったらギギギギギギ~~~と空間が歪む感覚の後、ゴインゴインとガクつく。

 ガキィィィン!と、凄い衝撃の後、また先ほどの落下する感覚が戻ってきた。


「今のはいったい? ……」


 ヤトハが首を傾げている。だが、吾妻達は、引き寄せられる引力の感覚が強まり、それどころではない。

 吾妻が衝撃に備え、温子と悟の肩を強く抱き寄せると突然、落下が緩やかになり、ズブブブブと地面にめり込んで行く感覚に変わった。

 滝が言っていた「制動がかかった」のか?


 ……周囲の光が収まり、暗闇に包まれ静寂が訪れた。

 4人の周囲を、ふわふわ漂ようマリモ&オクトパシアンズの光で、お互いの姿は確認出来る。

 足元に地面の感覚が有り、重力を感じる。

 悟が、ヤトハに何かを呼び掛け、口をパクパクさせていると、ヤトハが悟の手を握りしめた。


「ヤトハ、お前! …… あ、声が出る?」


「ひぇ~、怖かったです……悟君、ヤトハひゃん、大丈夫?」


 温子がベソをかきながら、気丈に自分の生徒達に声をかける。


「今のでざっと1億年位? らしいですよ」


「らしい、とは?

 ヤトハは、マリモと会話出来るのか?」


 吾妻の問いにヤトハは

「マリモ達は今、私たちのナビゲートに徹していますので、会話は出来ません。

 隕石さんが、マリモ達を通して、そう言ってるんですよ」


「隕石と会話出来るのか!?」


 隕石の思考構造体を覗くだけだと思っていた吾妻が、驚き仰け反ると、ヤトハが「あっ! 手を離したら、またお喋り出来なくなりますよ?」


 それを聞いた吾妻は踏み留まり、体制を整え温子と悟の手を改めて握り直す。

 すると、今度は肉体の感触が有った。

 温子が内心ドキン! とする。

 どうやら、ダイバー全員が手を繋いで繋がっていると、感覚が戻り、会話が可能になるらしい。


「でも、さっきのグルグルとバキンバキンで、隕石さんは割れてしまったようです」


(隕石が割れた? まるで無理矢理逆方向に引っ張られた感覚だったが?

 この硬いマギライト・Oを割る力とは一体……)


 吾妻は考えてみたが、答えにたどり着ける気がしない。

 体感の感覚だけで、周りの状況がまるでわからなかった。

 周りには暗闇の中、大小の歪んだ光りの塊しかない。

(何かもっと、具体的に見えたりしないものか?)

 吾妻が考えていると、ヤトハが

「ちょっと待って下さいね?

 今ビジョンを出しますから……」


 ヤトハが目を瞑り、意識を集中させると、4人の輪の中心に光が現れ徐々に人の形に変化していく。


「あっ! コメーティア!?」


 温子が思わずそう呼んだそれは、背中に羽根を生やした小さな妖精の姿だった。

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