マギライト・0
吾妻は、放課後の2時間 悟に稽古を付けるかたわら、それ以外の時間を隕石から切り出したマギライトモドキの調査をしている戸倉博士の助手をつとめ、滝は夜美のバイオ研究所に入り浸っていた。
発電施設が完成し、安定した電力が得られた事で、これまで稼働出来無かった装置も稼働を始め、農業や建築にたずさわってきた村の研究者や技術者が交替で地下の実験施設に入るようになり、例の隕石の解析はかなり進んでいる。
調査の結果、この隕石に含まれる未知の物質はマギライトとマギライト・βと似た特性を持つが、精神感応度はマギライトの5倍、硬度はβの10倍、さらに生体生命振動の精神波長に反応して液状態化する事も可能だとわかった。
つまり、地球上の“水”と同じく気体・液体・固体の三形態に変化する。
水は温度によって姿を変えるが、この未知の物質は精神波や生体に反応して姿を変える。
戸倉博士の仮説では
「マギライトは、魔神石に含まれる結晶体を取り出して精製したモノ。マギライト・βはそれに似た組成を人工的に再現しようとして偶然出来たモノ。
今までのマギライトは、人が手を加えて精神感応物質の純度を上げなければ、イベント・コンバーターを作動させるのは不可能じゃったが、この物質は初めから精神感応物質としての純度が高く、精製の必要が無い。
これこそが“真のマギライト”言わば“マギライト・オリジナル”とでも呼ぶべき物質なのでは無かろうか?」
と云うわけで、この物質は“マギライト・0”と名付けられた。
「水が三形態に変化出来るのが、惑星に生命が誕生する条件だそうじゃが、もし“宇宙意志”等というモノが存在するとして、この物質に影響を与えられたなら、そこから誕生し進化した知的生命体こそが“真の魔法使い”と呼ばれるべき存在なんじゃろうな……」
そう言った後さらに、戸倉博士は吾妻にだけ聞こえるように
「このマギライト・0なら、或いはブラスターの装甲を切断可能かもしれんぞ。
芹田博士が5年前にこれを入手していたとしたら……」
「マギライト・0を刃物に加工したと?」
「すでにワシが設計して、福井さんに制作を依頼しとる。
イベント・コンバーターと一体化した刀の試作品“魔剣”第一号のな」
フヒヒと戸倉博士がいたずらっ子の様にほくそ笑む。
時代劇好きの戸倉博士の事だ、どんなとんでもない名刀が出来上がってくることやら……。
******************
2週間後。魔剣の試作品と滝のフライングVの粗型が出来たとのしらせを受け、吾妻が村の集会所に出向くと、多聞珈琲で滝と平坂夜美がイチャイチャしていた。
(……なんだ、コイツら?
俺が知らない間に、すっかり良い仲になってやがる)
吾妻に気付いた滝が
「あっ、先輩!待ちくたびれましたよ」
(嘘つけ、イチャ付いてだろ?)
「あ、あの……」
滝と夜美から少し離れた席に温子先生がいた。
「悟君の事、ありがとうございました」
立ち上がって深々と頭を下げる。
吾妻が悟に稽古を付ける様になってから、悟の反抗期は鳴りをひそめ、ヤトハとの関係も以前の様に戻りつつ有ると言う。
「いえいえ、こちらこそ。
今更ながら、教え子から学ぶ事も多いですから」
「教え子から、学ぶ……」
吾妻の何気ない一言が、温子の心にいちいち大きく響く。
たとえそれが勘違いだったとしても、人は人生において大きく影響を受ける出逢いを果たす。
温子にとってそれが今であり、吾妻であった。
目が♥になっている温子をよそに、多聞珈琲のマスター福井氏がフライングVと魔剣の試作品を取り出す。
マギライト・0のサンプル切り出し作業で、両手にかなりのダメージを負ったはずだが、流石に仕事が早い。
「戸倉博士のオーダー通りに仕上げましたが、滝君のギターは全体の型を確認して下さい。
吾妻君には、刀身の強度を確認したいので、試し斬りをお願い出来ますか?」
窓から外を見ると、集会所の横に剥き出しの鉄骨が2本立っている。
外に出て、吾妻が鞘から刀を抜くと、透明なクリスタルの刀身が出て来た。
居合い抜き経験者の吾妻が刀を構えると、流石に絵になる。
「まずは、事変力を込めずに試してみましょう」
マスター福井氏の言葉にうなずき、吾妻が刀を振る。
カキン! と硬質な音とともに、鉄骨が切断された。
鉄製の刀と比べても、遜色無いどころか、それ以上の斬れ味である。
「次は事変力を込めて試して下さい」
吾妻が刀に意識を集中させると、刀身がブォンと唸りを上げ、青白く発光する。
マギライトよりも白みが強い光が、マギライト・0の特徴だ。
吾妻が刀を降り下ろすと、今度は音も無く刀身が鉄骨をすり抜けた。何の抵抗も無く。
吾妻が(空振りしたか?)と思うと同時に、ザン! と切断された鉄骨が、地面に落ちる。
「強度は申し分無いですね」
マスター福井氏が満足気に言う。
ふいに吾妻の背後から
「かつて、マギライト・βは面での強度は充分じゃったが、線での強度に問題が有り、刃物への加工は断念された。
じゃが、マギライト・Oは硬度に加え粘りも有る!
ワシの念願じゃった“魔剣”がついに完成したのじゃ!」
いつのまにやら戸倉博士が吾妻の後ろに立っていた。
その着物めいた民族衣装と、長い白髪と白い髭を見て
(まるで、時代劇に出てくる剣豪の師匠みたいだよな、この人)
吾妻がそんな事を思っていると、滝が
「戸倉博士!
ここをもうちょっとシャープな感じでお願いしたいんですが、マスターに言った方が良いですかね?
それから、ネックはもう少し……」
はしゃぐ滝を微笑ましく見ている平坂夜美の横で、吾妻を見つめる温子の目は♥のままであった。
******************
再び多聞珈琲店内。夜美が話を切り出す。
「ところで、あの隕石……マギライト・0だっけ?についてなんだけど、マリモが言うには確かに何らかの思考を感じるらしいのよ」
滝も、ただ平坂夜美とイチャ付いくためだけにバイオ研究所に入りびたっていた訳ではなく、戸倉博士の言うところの“宇宙意志”についてオクトパシアンズのサポートとデータ解析を手伝っていたのだ。
夜美の話を受け、滝が続ける。
「ただ、マリモ達オクトパシアンズは人間とは思考方法が違うために、彼女達が感じているビジョンを我々に上手く説明出来無いでいます。
そこで提案ですが、マリモ達にナビゲートして貰って、我々が隕石の思考構造体にサイコダイブしてみるのはいかがでしよう?」
「危険は無いのか?」
「人間の精神に潜るよりは、遥かに安全です」
「どうせ、お前が行くんだろ?」
捜査探査系を得意とする滝以上の適任者など、吾妻には思い付かない。
「いえ、マリモのリクエストで、今回はヤトハにお願いしたいと。それとサポートダイバーとして悟君と温子先生にお願いしたいと言ってました」
「へ? 私もですか?」
素頓狂な声を出して、目を丸くして自分を指差す温子。
「その3名の理由は?」
「メインダイバーのヤトハは、事変力適性値の高さと、オクトパシアンズとの相性だそうです。
悟君と温子先生は、ヤトハが最も信頼している人間だから、だそうです」
「ワ、ワシは?」
戸倉博士が少し震えながら尋ねる。
「残念ながら、戸倉博士はご高齢なので、行ったきり戻って来られない可能性が有ります。ですので、今回候補には含まれません。
決して、マリモやヤトハに信頼されてないとかでは無いですから、安心して下さい」
「そうか、残念じゃのぅ……」
しょんぼり落ち込む戸倉博士。
「出来れば、俺も参加したいが?」
「先輩の参加が可能かどうかは、後でマリモに確認してみます」
吾妻は少し考え、戸倉博士に向き直り問い掛ける。
「ところで戸倉博士。
ヤトハはサイコダイブなんかして、大丈夫なんですか?」
「……吾妻君が心配しとる事について、ワシは何とも言えんが、夜美が大丈夫と判断しとるなら、ワシは止めはせんよ」
やはり、戸倉博士はヤトハの遺伝子改変の痕跡について把握していた。
そして、平坂夜美が定期的に行っている遺伝子検査についても。
「どうなんじゃ、夜美」
「ヤトハのDNA改変は、成長因子に限定して行われた形跡は認められますけど、今は安定しています。
問題は無いかと」
珍しく真面目な顔で答えた夜美に、今度は不安気に温子が聞いた。
「あの、私は大丈夫なの? 夜美ちゃん」
「あんた、先生なんでしょ?
しっかり、生徒達を引率しなさいよ!」
そして、口元を温子の耳に近付け小声で
『マリモがOKすれば、吾妻さんと一緒にダイブ・デート出来るのよ?』
温子の顔は見る見る真っ赤になった。