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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
12/39

多聞珈琲

 “罪な男”吾妻が“悩める少年”悟を伴ってやって来たのは、村の集会所の中で営業している商業スペース内の喫茶店“多聞たもん珈琲コーヒー

 商業スペースでは他にパン屋と雑貨屋が有る。


 多聞珈琲のマスター福井氏は、この村唯一の“魔者弾圧後の世界”を旅した経験を持つ人物である。

 元はイベント・コンバーター製作者であった福井氏はまた、無類の“コーヒー好き”でもあった。


 この村に避難して来た当初、生活基盤をつくり食糧の確保を成し遂げた避難者達が次に求めたのは“嗜好品”である。

 最初は大豆を、ホムンクルスで品種改良した“代用珈琲豆”を作成したが、本物へのこだわりが捨てきれなかった福井氏は、ある日村の皆に黙ってコーヒーの木を求めて旅立った。


 ティベルトから赤道付近のコーヒーベルトまでの往復という(距離的には然程でも無いが)その旅程は2年に及び、吾妻や滝と違って戦闘技能やサバイバル技術を持たない福井氏が生きて再びこの村に生還出来た事は奇跡に近い。

 福井氏の無謀な挑戦に、村の皆は一応の遺憾の意を示したが、誰もが心の中では称賛していた。

 おかげで、今現在の世界情勢について貴重な情報を知る事が出来たのだから。


 福井氏によってもたらされた情報は、学校の授業に活用され、また村の防衛に反映され、現在の結界と遮蔽範囲強度が設定された。(吾妻と滝には侵入されたが)

 そんな福井氏が、帰還後に開店した多聞珈琲は、現在その店名の通り様々な情報をやり取りする村の社交場として機能している。


 行き先が多聞珈琲であると知った悟は、観念したかのようにおとなしく吾妻の横にいる。

 村の子供達にとって、話でしか聞いた事が無い“軟体獣”や“機動装甲歩兵ブラスター”を直に見てきた福井氏は畏怖と敬意の対象であり、ある種憧れの人物であり“伝説”と化していた。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうから笑顔で声をかけられた吾妻は、軽く会釈し席に着いたが、悟は深く一礼してから席に着く。

 態度が先程とはまるで違う。

 喫茶店という大人の雰囲気に萎縮したのか?

 はたまた、伝説の人物である福井氏に恐縮したのか?

 そうでは無い。悟は、反抗期だからと誰彼構わず噛みつく狂犬バカでは無く、本来は礼儀をわきまえる、賢い少年なのだ。


 吾妻と悟の前には滝と戸倉博士、そして平坂夜美が座っていた。

 夜美は、朝から岩盤調査に工事現場に訪れた滝に付きあい、ついでに珈琲豆を買いにここまで付いて来た。

 多聞珈琲のブレンド“甘露”は夜美のお気に入りで、彼女はここの常連だそうだ。

 今日一日夜美に付きまとわれた形の滝だが、満更では無さそうな様子でコーヒーをすすっている。

 吾妻が夜美のオススメだと言う甘露を、悟にはオレンジ・ジュースをオーダーすると、滝が話を切り出した。


「……あそこに埋まっているのは、マギライトβでは有りませんね。

 似た特性を持つ、未知の物質の可能性が有ります」


「それは、天然の物質なのか?」


「はい……12年前の隕石落下で堕ちて来たモノで間違いないです。

 “隕石群衝突スリーデイズ・インパクト”で日本の防御結界シールド・バリアを通過して来た隕石をイベント・チェンジで粉砕したり、僕らが海外の復興支援で邪魔な隕石を破砕出来ていたので、この未知の物質は隕石群の中のほんの一部だったと思います。

 あそこの地形自体が、おそらくこの隕石にえぐられたクレーターでしょうね。

 全体の大きさは、推定全長50mほどの巨大な塊が地中に埋まっています」


「ちょっと待て!

 そんな巨大な隕石が衝突したら、この山や山脈なんて吹き飛んでいるはずだろ?」


「インパクトの直前、制動がかかった形跡が有るんです。

 何者かの仕業か、或いは……隕石自体の“意志”か?」


 吾妻には、にわかに滝が何を言わんとしているのかはかりかねた。

 何者かの仕業かは理解出来る。

だが、隕石自体の意志とは?


 助け船を出したのは戸倉博士だった。


「12年前の隕石群落下の時、ここは無人のはずじゃった。

 何者かがいたとして、なぜここを守ったのか? その目的は? ……謎じゃ。

 ここは極秘の施設じゃったから、政府関係者でも知る者は極わずか。

 あの混乱の中、とうに忘れ去られていたこの施設を守るような命令が出たとは、どうにも考えられん。

 仮にここにイベント・チェンジャーが来たとして、なぜその者はここに隕石が墜ちると知り得たのか?

 そこでワシは、隕石自体がの者を呼んだのでは無いかと考える。

 ワシらは、魔神石まこうせきの発見で、精神感応物質・マギライトの存在を知った。

 そして、その研究の過程で、無機物の思考構造体の可能性をうすうす感じておった。

 平たく言えば“宇宙の意志”じゃ」


 宇宙の意志……またとんでもない、壮大な話になってきたなと吾妻が途方に暮れていると、夜美が発言した。


「それに関しては、前々から泉のオクトパシアン幼生体に泉の影響と思われる変異が認められていたので、私が調査中だった案件なのよ。

 今日一日、滝くんに付いて回って確信したわ、隕石の影響だ! ってね。

 隕石の思考構造体の有無については、オクトパシアン全25体の意識を並列化して、解析出来るかどうかマリモに試すよう頼んどいたから、近日中にわかると思うわ」


 宇宙の意志うんぬんの話はそちらにまかすとして、吾妻は肝心の掘削作業の可否について滝にたずねる。


「隕石に含まれる未知の物質は、マギライトでもマギライトβでも有りませんが、似た特性を持ちます。

 マギライトの加工技術で、なんとかなる可能性は有りますね」


「……でしたら、私が試してみましょうか?」


 多聞珈琲のマスター福井氏が、カウンターから一同に声をかける。

 福井氏はイベント・コンバーター製作者である。

 マギライト加工技術マイスターの資格を持っていた。


******************


 翌日、工事現場を訪れたマイスター福井氏によって、隕石の切り出しが試みられた。

 マギライトの加工は、超音波クリスタルカッターが使われる。

 

 作業開始から5時間後――

 クリスタルカッターによる切り出しは成功したが、当初計画されていた発電施設の地下室建設は、見直しを余儀無くされた。

 人員が少なすぎるのと(村の中で、マギライト加工技術を持つのは、マスター福井氏と戸倉博士の2人だけ)、工具(超音波クリスタルカッター)の耐久性の問題で、地下6m掘り進めるのは数年かかり、今すぐどうこうするのは事実上不可能と結論付けられた。

 仮に高床式にした場合では、水車の耐久性が確保出来ない。

 現場監督の大山氏と作業員全員が諦めかけたその時

「瀧の裏に、大きな空洞が有るんだ!」

 学校帰りの悟がそこにいた。


「俺達の秘密の遊び場だ!

 入り口は狭いけど、奥に行けば、かなり広い空間が有る。

 そこなら発電ユニットをれられるんじゃないかな?」


 悟としては、子供同士の秘密基地を大人達には知られたく無いという葛藤があった。

 しかし、一日中 超音波クリスタルカッターを握り続け、ボロボロになったマスター福井氏の血の滲んだ手を見て、思わず声を出してしまったのだ。

(学校のみんなには、後で謝ろう)


「悟、危ない所で遊ぶなと、前から言っておっただろう……」


 孫の悟を叱る大山監督の目は優しげだった……


******************


 発電施設と水車を、瀧の裏側に設置するために、急きょ設計が見直され、吾妻と滝、悟達男の子3人衆+ヤトハの魔術使いチームの活躍により、村の発電施設は完成した。


 施設完成祝いで盛り上がる工事現場から、少し離れた木陰に吾妻と悟の2人がいる。


「今回は俺の負けだ」


 吾妻が悟に頭を下げる。


「瀧の裏側とは、俺には思い付かないアイデアだった。

 取り合えず、俺はヤトハに君の凄さ、偉大さをアピールしとけば良いのか?」


「止めてくれ、恥ずかしい!

 ヤトハは関係無いだろ!?」


 不意にヤトハの名前を出されて、悟の顔は真っ赤に染まった。


「しかし、それでは勝負に負けた俺は、勝った君に何をしたら良い?

 この村にいる間、出来る限りだが、君の手下にでもなるか?」


「それも止めてくれ。

 大人を手下にして威張り散らすなんて、俺がバカみたいだろ?

 ……なら、一つ頼みが有る。

 俺をあんたの弟子にしてくれ!」


「えっ?」


 悟はその場に土下座して

「工事中、あんた……いや、吾妻さんの魔術を間近で見て思い知った。

 貴方は凄い魔術使いだ。

 貴方達が旅の途中だという事は分かっている。だからせめて、この村にいる間だけでも、俺に魔法を教えてくれ!

 何だったら、あの速く動けるヤツだけでも良い!

 俺は、ヤトハにこれ以上、差をつけられたく無いんだ!」


「……悟君、実は俺も、君のイベント・チェンジを、いや、魔術を間近で見て、君の素質に驚いていた。

 すでに、基礎は完璧に出来ている。他の2人の少年もな。

 温子先生の教え方が良かったのだろう。

 ヤトハは例外だが、君なら、俺程度のイベント・チェンジャー……魔術士にはすぐ成れるはずだ。

 取り合えずは“瞬動”だな?

 よし! さっそく明日から放課後の2時間、俺が稽古をつけてやろう!」


「……先生ぇ~!!」

 顔を上げた悟の顔は、涙で濡れていた。


「その、先生っつーのは止めてくれ。

 俺が恥ずかしい……」



 その様子を、悟の祖父である現場監督の大山 昇は、離れた場所から満足そうに見つめている。

 その足元で、カエルがケロケロ鳴いていた。

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