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イベント・チェンジャーズ   作者: ギリギリ男爵
11/39

温子先生

 吾妻が、悩める少年 悟を強制連行する2時間前――


 ここにも1人、悩める人物がいた。

 一日の授業が終わり、美人教師 熱本 《あたもと》温子あつこは、1人きりの教室でおもいっきり黄昏たそがれていた……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ―― 悟君、前はあんなにヤトハちゃんと仲良かったのに……

 今日もなんか、いがみ合ってたし。

 きっと反抗期だわ、困ったな~、男の子の反抗期なんてどうして良いのか分からないわ。

 今度、志水さんに相談しようかしら?

 昨日はヤトハちゃん、あの後 2人組と山向こうの工事現場に行ったらしいけど、そこでまた悟君と何か有ったのかしら?


 ……それにしても、昨日はちょっとやり過ぎたわね。

 あの怪獣男とその手下に、ちょっと注意するつもりが、ついエキサイトして言い過ぎたわ。

 日頃のストレスが溜まってるのかしら?

あれは、半分八つ当たりだったわよね。

 怒らせちゃったかしら?

まさか、後で仕返しに来たりしないわよね?


 ストレスの原因は、自分でも分かってるのよ……

 2年前から始めた、魔法の授業……

 やっぱり、引き受けるんじゃなかったな~。

 戸倉博士がやれば良かったのよ。

 私が3年かけて秘かに覚えた魔法を、悟君とヤトハちゃんにあっさり3日で追い抜かれた。

 あの時は泣いたわ~。

 私のプライドはズタズタ。

なのに、戸倉博士と志水さんは

「あなたが優秀な指導者だからですよ」

なんて言って笑ってた。冗談じゃないわよ!

 それでも(あの2人は天才なんだ、特別なんだ)と自分に言い聞かせて今まで“良い教師”を演じてた。

 ……もしかして、悟君も私と同じ気持ちなのかしら?

 悟君も充分凄いんだけどね、ヤトハちゃんが特別なだけで……

 “ヤトハちゃんは特別で、ヤトハちゃん以上の魔法使いなんて存在しない”

 今まで、そう思ってたけど、そうじゃ無かった!

 あの怪獣男。あんなのが、この世の中にいたなんて……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「失礼します!」


「ひゃっ!?」


 見ると、昨日の民族衣装とはうって変わって、日本の事変研・魔術実行部隊の制服を着用、正装した“怪獣男”吾妻が教室の入り口に起立している。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


吾妻の所属している〈していた?〉魔術実行部隊は、事変研で開発された当時最先端のイベント・チェンジ用アイテムを、試験的に運用し、その効果を実施の現場で確認する、イベント・チェンジの実用性を広くアピールするために設立された部隊。その活動内容は


 大規模災害現場での被害拡大阻止と人命救助。

 犯罪調査。

 暴動鎮圧。

 武装過激派テロリストとの戦闘行為と、それに伴う民間人の保護。

 皇室及び政府要人、VIPの警護。 等


 レスキュー隊と警察と機動隊を兼務する様な過酷な仕事で、その制服は防護服と戦闘服と礼装を兼ねた独特のデザイン。

 その活動には“イベント・チェンジャーズのイメージの向上”の意味合いも含まれていたので、時代に流されない、誰が見ても、とにかく“カッコイイ”デザインに仕上げられていた。

 布地に使用されるのは、“錬金術”により特殊な加工を施された糸で、吾妻は着任以来、10年以上、最初に支給されたこの一着を使用しているが、綻び一つ有りはしない。

 襟に着いている5つのボタンで、服の色をTPOに合わせて替える事が出来る。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 今日の吾妻はフォーマル・モードの“黒”の装い。

 吾妻としては、昨日喰らったこの若い女性教師の“毅然とした態度とお説教”に対して、畏怖と敬意を込めて、精一杯の礼を尽くそうとの心意気だが、彼女は違う意味で受け取った。

(何やら、気合いの入った格好してるじゃん?

きっと、昨日の仕返しに来たに違い無い)と。


「な、なんですか、あなたは? ひ、人を呼びますよ!」


「あ、いや、さっき、職員室に挨拶に行ったんですが、誰も居ませんでしたよ?」


 この小さな学校の職員は、今年二になったばかりの美人教師 熱本温子と、一応校長という名目の志水の2人。

 志水は、長老補佐や村の行政めいた仕事で多忙のため、ほぼ学校には居ない。


、あらかじめ私が1人きりだって確認して来ている? ヤバイ! 殺される!?)


 涙目で狼狽うろたえ、アワアワしている熱本に、吾妻が「昨日の……」と言いかけたその言葉に対して、被せ気味に

「昨日は本当にゴメンなさい! 許して下さい!!

 後、お願いだから、学校は燃やさないで!」


 先日の、ヤトハとの戦闘のさい、吾妻が装着していた鬼の様な仮面と、その口から放たれた火炎攻撃が、温子の脳裏をよぎる。

 最悪、自分はどうなっても良い、この学校だけは守らなくては!

 ジャンヌ・ダルクよろしく、火炙りにされる自分を想像し、この学校での思い出が走馬灯のように甦る。



 魔者弾圧が始まった当時、5年前。

 熱本温子は15歳の中学3年生。

 高校受験、第一志望の事変高専の受験日が間近に迫っていた。

 “魔法使い”は子供の頃から憧れていた存在。

 親が事象変換技術の研究職だった事もあり、将来の目標は、温子にとっては魔法使いも同然な事象変換術士イベント・チェンジャーを目指していた。

 事変力適性の全国模試ではギリギリの合格ラインだったが、諦めるつもりは無い。

(自分は絶対、事変高専に進学する!)

 そう決意し、勉強と精神修養に励んでいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ――そして 、

 魔者弾圧からこの地に逃れて、村が出来、学校に通うようになって数ヶ月後、志水先生(当時)と戸倉博士が、毎日の授業が終わった後、自分と平坂夜美の2人に、村の地下施設で“魔法”を教えてくれることになった。

(平坂夜美は当時、つくばの地元の大学1年生で、生物学を学んでいた。たまたまバイトで事変研究区画に居た時に、魔者弾圧に巻き込まれた。

 平坂夜美に事変力適性が有るのは、研究所のバイトの面接で、簡単な適性試験を実施していたので分かっていたそうだ)

 平坂夜美とは、村が出来るまでの数週間、一緒に子供達の世話をした時に知り合った。

 その時は(口は悪いが、本当は優しい)くらいの印象しか無かったが、共に“魔法”を学ぶ友として、段々親しくなっていった。

 今では「温子」「夜美ちゃん」と呼び会う仲に。


 おそらく、戸倉博士達は、夢半ばで道を絶たれた自分と平坂夜美を気の毒に思ったのだろう。

 自分には一般的な事象変換術の基礎を、平坂夜美にはホムンクルス(事象変換遺伝子操作術)を教えてくれた。


 ……あぁ、始めてを手にした時は興奮したな。

 だけど、始めて“魔法”が発動した時はもっと興奮した。

 思えば、魔者弾圧で酷い目にったけど、一応“魔法使い”にもなれたし、卒業する2ヶ月前に志水さんから「自分の後を引き継いで、学校の先生にならないか?」と言われた時は悩んだけど、なってみて良かった。

 悩みも多かったけど、その分喜びも大きい。

 子供達の成長を見るのは楽しい。

 私の人生は、幸せだった……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目を閉じ、うっとりとひたっている温子に、吾妻が若干引き気味に

「……あの、先生? ちょっと、聞いてます?」


 温子は、悲劇のヒロインめいた口調で

「……私はもう、覚悟を決めました。

 どうぞ、くなりすなり好きにして下さい!

 でも、どうか、どうか学校だけは……」


「いえ、ですから、私は平坂夜美さんから、あなたにヤトハの事を聞けと言われましてですね……」


「……へ?

 昨日の仕返しに、私に復讐しに来たのでは?」


「いえいえ、とんでもない!

 あなたの、昨日のご意見は至極ごもっとも、ご高説胸に染み至りましたよ!」


 良く見れば、何処から摘んできたのか、獣男はささやかな花束なんぞを手に携えている。


******************



「……私ったら、勝手な勘違いで、失礼な思い込みを……」


 吾妻が今朝、崖っぷちの下から摘んできたと言う珍しげな花を花瓶に活けながら、温子は思いっきり赤面していた。


「自己紹介がまだでしたね。

 私は、ここで学校の教師をしている熱本あたもと温子あつこです」


「吾妻虎清です。

 事象変換技術研究所の、魔術実行部隊に所属してました。

 今は放浪の身ですが……」


 単純に“魔法少女”に憧れていた温子でも、魔術実行部隊の事は知っている。

 世間の印象は“危険な任務に挑む、命知らずな魔法のヒーロー”“日本全国の事象変換術士イベント・チェンジャー憧れのトップ・エリート”


「はっ、どうりで、何処かで見た事あるお洋服だなぁ~と……」


「恐縮です。

 ところで、早速ですがヤトハの件について、おうかがいしてもよろしいですか?」


「生徒のプライベートな事は、私の口からはちょっと……」


 しかし、しばらく考えてから

「ですが、夜美ちゃんがあなたにお話したと言う事は、あなたは“信用出来る人”だと彼女が判断したと言う事。

 ああ見えて彼女の人を見る目は確かですから、お話します……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――魔者弾圧から逃れてこの地に来た時、住む家が出来るまで 私と夜美ちゃんの2人は子供達の世話をしていました。

 他の子供達は、皆顔見知りだったのですが、番長風な学生服にくるまれて転移ゲートから最後に出てきたヤトハちゃんだけは、誰も知らなかったんです。

 彼女はその時、5~6歳に見えましたが、言葉が喋れず、彼女の事は何も分からなかった。

 戸倉博士は、つくば側のゲートが破壊されたショックで記憶喪失にでもなったのだろう、と言ってましたが、身近で彼女の世話をした私には、そうは思えなかった。

 私は直感的に思ったんです。

(この子は、記憶を失って喋れないんじゃ無い、始めから言葉を知らないんだ!

 言葉を知らずに、この年齢まで育てられた?)


 先天的に言葉を喋れない障害の可能性も有りましたが、あの子は違います。

 同じ年頃の悟君が、あの子と遊び始めてから、急激に言葉を話し出したんです。

 戸倉博士は「きっと記憶の一部が戻ったのだろう」と言ってましたが、私にはそれはまるで“赤ちゃんが言葉を覚えて話せるようになる様子を、早送りで見ている”感覚だったんです……


 もちろん、戸倉博士にその事を相談しましたが「あなたの考え過ぎですよ」

と言われました。

 その時、気付いたんてす。

(戸倉博士は、ヤトハちゃんの事を何か知っている? 知っていて、知らないフリをしている?)


 ……そして、ヤトハちゃんが戸倉博士に引き取られて3ヶ月後、彼女は普通の子供として学校に来ました。

 私は、もう気にするのはやめて、彼女にも悟君や他の子供達と同じ様に接して来ました。


 ……2年前、私が教師になって最初の年、村の集会で子供達に魔法を教える事が決まり、私が担当する事になりました。

 そして、ヤトハちゃんには尋常で無い、異常な数値の事変力ポテンシャルが有るのを知って、不安になった私は、内緒で夜美ちゃんに彼女のDNAを調べて貰ったんです。

 ……結果は“異常無し、ただし遺伝子操作の痕跡有り”でした。

 つまり彼女は“誰かに、何らかの目的で生み出された”可能性が有るんです。

 もしかしたら、生み出された時、すでに5~6歳の姿で、見かけの年齢より実際の年齢はもっと幼いかもと、私は思うんです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ヤトハの遺伝子検査は、その後も平坂夜美が秘密裏に定期的に行っており、今のところ異常は無いそうだ。


(ホムンクルスでオクトパシアンの様な高等生物を創り出せるんだ。

 元になるDNAさえあれば、人間の遺伝子操作も案外簡単なのかもしれん。

 ……しかし、今のTOTWO制圧下に有るであろう日本でならともかく、魔者弾圧以前の日本で“事変力強化人間”なんてものを生み出す計画は聞いた事が無い。

 芹田博士は、病気やケガの治療以外で、人間に対してホムンクルスでの遺伝子操作をひどく嫌っていたしな。

 信じたくは無いが、やはり戸倉博士が関わっているのか?

 ヤトハは、つくばの転移ゲートから来たんだ。

 となると、つくば研究都市が一番怪しい……)


 吾妻が考えていると

「あの、ところで吾妻さん。

 昨日はヤトハちゃんとら山向こうの工事現場に行ったんですよね?

 そこに、悟君て男の子がいたと思うんですけど……ヤトハちゃんとら何か有りました?」


「悟君ですか?

 私にからんで来ましたよ」

 吾妻が思い出し笑いしながら答える。


「ご、ゴメンなさい! 申し訳ありません!

 悟君、どうやら反抗期みたいで、最近は私の手には負えなくなってきてるんですぅ。

 でも、本当はとっても優しい、素直な子なんですよ!

 ヤトハちゃんに最初に言葉を教えたのも悟君なんですから!」


「いえいえ、悪いのは私ですよ。

 私が最初にヤトハと闘わなければ、温子先生にお説教を喰らう事も、悟君に絡まれる事も無かったんですから。

 悪い癖でね、才能有りそうな相手を見付けると、つい“力試し”したくなるんですよ」


 笑って答える吾妻に、温子は思わず尋ねる

「力試し?

 それで、ヤトハちゃんはどうでした?」


「とんでもないですね。

 今はまだ、ヤトハが子供だから何とかなりましたが、後 10年もしたら、私では勝てなくなるでしょうね」


「あなたでも勝てない?

 それじゃあ、ヤトハちゃんは“人類最強”になるんですか!?」


「……私は別に、それほど強くは無いですよ?

 私以上のイベント・チェンジャーは何人もいます。

 だだ、ヤトハは確かに“人類最強”になれるかも知れませんがね」


「そんな、あなたよりも強い人がいるんですか?

 とても信じられません」


「それより、悟君がヤトハに最初に教えた言葉とは、何だったんですか?」


「それは……“ともだち”です」


******************



 その後、吾妻は温子先生に


「男の思考回路なんて、実は単純なもんです。

 人様に迷惑かけたら、全力で叱ってやればいい!

 私達にお説教した様にね。

 それ以外は大目に見てあげて下さい。

 反抗期なんて、あって当たり前てすからね。

 温子先生ならきっと大丈夫。

 悟君が私に絡んで来たのも、ヤトハを守りたかったからですよ。

 彼には、みどころが有る!

 それで、温子先生に相談なんですが、ちょっとの間、彼を私に付き合わせてもかまいませんか?」


 温子先生は、無言でうなずく。


 吾妻本人は無自覚だが、吾妻の低く良く通る声はかなりの“イケメン・ボイス”で、もし吾妻がその気になれば“声”だけで女を口説き落とせる程だ。

 そして、吾妻の顔はかなりのととのっている。

 体つきもガッシリとした筋肉質。

 女にモテない訳がない。しかし、本人は無自覚。だから、余計に始末が悪い。

しかも、温子は15歳でここに逃れて来た。

 この5年間、周りにいるのは研究職インテリばかり。

 世間知らずの箱入り娘である。

 吾妻の様なつわものは、今まで見た事が無い。しかも、話してみると意外と誠実で紳士的。

(ヤバイ、ヤバイよ、好きにならない訳が無いよ)

 というわけで、今回も犠牲者がまた1人。


 温子は催眠術にかかったかの様にぼんやりと(きっと今、私の瞳はハート型になっているに違いない♥……)


 そんな事を思っていたが、

“罪な男”吾妻がそれに気付く事は無かった……。

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