来訪者
この物語はフィクションであり、現実の世界をモデルに描かれておりますが、実際の個人名、団体名、地名、国名、物質名、生物名、歴史、社会情勢、未来世界、因果律、地球、太陽系、宇宙、科学・物理法則等は全て架空の物です。
時は世暦2030年――
無人の荒野。
かつては緑地だったと云われるゴブリ砂漠を越え、山頂に万年雪をたたえるコラルン山脈の険しい山々の先の小さな集落に、2人の男がやって来た。
男達は、村の長老の家に押し入り、話を切りす出す。
「我々は“あるモノ”を探してここまで来ました。
この地に秘匿せしそれを、我らに譲渡願いたい!
可能な事で有れば、出来うる限りの礼はさせてもらおう」
短髪のガッシリとした体格の男は、長老の家の入り口に足を踏み入れた直後、一礼してから砂漠用のフードとゴーグルとマフラーを外しながら、単刀直入にそう言った。
長老として、この隠れ里の最高意思決定の任を担っている白髪と白い髭が顔全体を被っている老人は、その男の低く良く通る声を聞きながら2人を見る。
顔を露にした短髪の男は、20代後半~30代前半の青年の様に見えるが、漂わす雰囲気は30代後半以上か壮年の風格さえ感じさせた。
もう1人の方は、フードとマフラーだけを外しゴーグルで目元を覆っている。 長髪で背は高く痩せている今時の若者と言った優男。
この“隠者の村”には、外からは容易に見付からぬよう何重にも結界と罠が張り巡らされている。
そこに音もなく侵入し、見張りにも気が付かれずここに立っているこの男達、…… 只者では無い。
「あなた方は?」
老人は、平静を装いつつ訊ねる。
異変を察知した村人達が殺気立って、長老の家に集まりだした。
その中の、見張り役と思われる武器を携えた数人の若者の1人が目で長老の指示を仰ぐ。が、老人は、掌を押し出して無言で彼等を制止する。
短髪の男は、ハッキリと皆に聞こえるように
「我らは 、事象変換術士。
今では“魔者”とか呼ばれていますが……」
と答える。
それを聞いた老人は、少し驚いた“フリ”をして
「“魔者”とな?
おたずね者ですかな?」
「そうです、あなた方と同じに」
――ここはアジアの辺境、国境に近い“ティべルト”の山奥。
わざわざ訪れる物好きも、今やいない。
世捨て人が隠れ住むには、絶好の場所。
この地に秘匿せし“あるモノ”とは、いったい何か?
そして、2人の男の目的は?
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今から12年前。
世暦2018年7月、人類は絶滅の危機に直面した。
後に“三日間の衝撃”と呼ばれる大量隕石群の衝突によって、地球全土は甚大な被害を受ける。
特に被害の大きかったアメリカ大陸、アフリカ大陸、ユーラシア大陸の全ての国家が壊滅状態に。
その後、追い討ちを掛けるように人類の前に突如姿を現した謎の敵性体“軟体獣”によって、さらに犠牲者は増え続ける。
全世界の人口の2/3以上を失ったこの未曾有の大災害の中、日本だけは先進国の中で唯一、ほぼ無傷で存続していた。
当時、人の思考力を具現化する“事象変換技術”の開発に成功し“防御結界”によって隕石落下を最小限に抑え、比較的被害の少なかった日本政府は、人道的災害復興支援のため事象変換術士達を海外に出動させる事を閣議決定。
各国に派遣された彼らは人命救助、損壊した瓦礫の撤去、食糧と水の生産、インフラ整備や居住施設建設の支援等を行い、さらには襲い来る軟体獣から人々を守るために戦った。
世界各地の生き残った被災者達は彼らに感謝し、
“イベント・チェンジャーズ”の名は、救世の英雄として世界中に響き渡る。
だが、この世界にはイベント・チェンジャーズを快く思わない存在もいた。
“世界征服”の野望を抱き、人知れず着々とその準備を進める存在が……
世暦2025年。
突如、イベント・チェンジャーズの名声は地に堕ちる。
「隕石群を地球に呼び寄せ、軟体獣を生み出した全ての災厄の元凶は、日本のイベント・チェンジャーズが仕組んだ恐るべき陰謀」
なのだと“出所不明の謎の噂”がまことしやかにささやかれ、不思議なことに世界中の人々がそれを信じた。
それまで、彼等を救世主扱いしていた世界の人々を巧みな情報操作によって“人類の敵”におとしいれたのは、隕石群衝突後、崩壊した国連にかわり新たに発足していた国際組織
“世界最高機構”
(通称:TOTWO )
TOTWOは“事象変換術”の行使、及び関与を違法と定め、違反者は即逮捕、時には極刑を持って対処した。
TOTWOが所有する圧倒的な機動性と防御力と火力、さらにはイベント・チェンジを無効化する特殊装甲を兼ね備えた“対人・対物機動装甲歩兵ブラスターMB-AWT”によって、数多くのイベント・チェンジ技術関係者が捕らわれ、裁判も行わずに逮捕、拘禁、投獄、さらには処刑された。
中世の魔女狩りさながら、イベント・チェンジャーズは「怪しげな妖術を使う、悪の黒魔術士」と迫害され、いつしか“魔者”と呼ばれるようになる。
今や“魔者”は世界秩序に対する反逆者、無法者、大罪人、極悪人、ろくでなしの代名詞に成り果てていた……。
******************
老人は、2人を村外れの広場に連れ出すと、側付きの中年男性に耳打ちするようにささやく。
「八十八を、ここへ」
暫くすると、数人の子供達がやって来た。
村の大人達と同じく民俗衣装を着た子供達のその中に、身体にピッタリフィットしたジャンプスーツに、未来的なジャケットを羽織った、ひときわ異様ないでたちの子供が1人、進み出て老人の横に立つ。
「ヤトハよ、彼の者達はイベント・チェンジャーを自称しておる。
真偽を確認せい」
それまで、穏やかなたたずまいであった老人の目が、ギラリと光る。
ヤトハと呼ばれた子供が、おもむろに両手を広げ腰を落とし構えるとジャケットとスーツが青白い奇妙な幾何学模様の光を浮かび上がらせた。
「はあぁぁぁ~、いくぞ!」
ヤトハが気合いとともに両手を閉じると、砂煙を上げて衝撃波が二人の男に襲いかかる。
「ちょっ? 待てよ、何だよいきなり!」
短髪の隣にいた長髪の優男が抗議を申し入れるが、ヤトハも老人も受け入れるつもりはないようだ。
「問答無用、ですか?」
短髪は、やれやれといった感じで横の長髪に言う。
「すまんが、スマホ貸してくれ」
「いっすよ、どうぞ」
短髪が長髪優男から受け取った板状のそれは“司魔法”と呼ばれるタッチパネル コマンド入力式の、一般的なありふれた“事象変換器”である。
「あなた方にケガはさせたくないのでね、これでお相手しますよ」
短髪は、右手に持ったスマホを顔の横でヒラヒラとさせながらそう言うと、次の瞬間ノールックで右手親指を恐ろしい速度で動かしてタッチパネルにコマンドを入力しスマホを足元に向け、小規模の“超圧縮空気”を発現させる。
バヒュン!
軽々と10m程ジャンプ。
そして、上空からヤトハ目掛けて左掌から火炎を放つ。しかしそれは、ヤトハからわずかに離れた地面を焦がしただけだった。
――この男、戦闘慣れしている。
それも尋常では無いほどに。
わずかなスマホ操作を見ただけで理解出来る。彼は“熟練者級”なのだと。
ヤトハは、その事を理解しているのかいないのか、足下の焦げ跡を見ながら
「手加減ですか? ……舐められたものです」
そう言うと、変身ポーズの様に手足を動かし、ニヤっと笑うとその場から消え、次の瞬間ニヤついた顔が上空の短髪の目の前に現れる!
「手加減は無用ですよ!」
と言いながら短髪の顔面に、全身を回転させて衝撃波を込めた高速の浴びせ蹴りをぶちかます!
短髪の男は、ジャンプするとき自分の周囲に防御結界を張っていたが、ヤトハの蹴りは結界ごと短髪を地面に叩き落とした。
ズドゥゥ~ン!!
高速で落下し、地響きを上げて短髪の男が広場の向こう側の地面にめり込んでいる。
それを見ていた長髪優男の顔は驚愕の表情になる。
「なん……だと?
信じられない! 虚空瞬動?
あんな子供が、そんな高等技術を?」
――10歳かそこらにしか見えない子供が、熟練者でも難しい虚空瞬動をやすやすと使い、あまつさえ歴戦の兵たる先輩(短髪の男)を防御結界ごと吹き飛ばすとは!
しかもそれを、操作の難しい動作入力式であれほど素早く行うとは!
なんたる身体能力! そして事象変換力!
ヤトハが、ふわりと短髪の落下地点に降り立つと、短髪が砂煙の中で髪や服の砂を払いながら立ち上がっている。
「目に砂が入った」
とか言いながら顔面を押さえているのは、ヤトハから喰らったダメージをごまかしているのだろうか?
ヤトハが、短髪に向かい声高に宣言する。
「あなた方が追っ手である疑いは晴れました。確かにイベント・チェンジャーです。
しかし、“あれ”は渡せませんよ。
この村の守り神ですし、何より“あれ”は大切な預かりものなんです」
それを受けて背後から声が。
「預けた本人の知り合いだよ、僕らは」
「えっ!?」
いつのまにやら、その場に来ていた長髪優男の言葉に、ヤトハは明らかに動揺している。
「今どこにいるんですか、その人は!?」
「それは知らん! だが、我々が必ず探し出す」
今度は目の前の短髪が、口の中の砂を吐きながら言う。
短髪の顔面には、いつの間にか“仮面”が装着されていた。
「君はかなりの使い手の様だな。
面白いからもう少しやらないか?」
「……それが、あなた本来のイベント・コンバーターなんですね?」
「っちゃ~、先輩キレちゃいました?
分かってますか~、相手は子供ですよ~?」
男が装着した仮面は艶消し陶器のように白く、額から鼻下を覆い、口元が大きく空き、そして額に2本の短いツノを生やした“鬼”を思わせるデザインである。
(あれは、直接思考入力型か……)
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“事象変換器”
それは、思考によって事象変換術を発動させる装置である。
A:スマホタイプ〈タッチパネル コマンド入力式の補助機能付き〉
B:スーツタイプ〈着衣動作補助入力式の補助機能付き〉
C:呪文・楽器タイプ〈音声・旋律入力式の補助機能付き〉
D:ヘッドマウントタイプ〈直接思考入力型、補助機能は無し〉
補助機能が無ければイベント・チェンジの制御は難しくなり、構築する思考の量も多くなるが、使いこなせれば大出力のイベント・チェンジを最も短時間で発動出来る。
基本的に、イベント・コンバーターは操作性の難しさに比例して、発動するイベント・チェンジの効果や威力は大きくなる。
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熟練者ともなると、直接思考入力型にA、B、Cいずれかのイベント・コンバーターを組み合わせ使用する。
だが、この男はすでにスマホを手にしてはいない。
仮面だけで試合う腹積もりなのだ。
ならば、ヤトハの取りうる戦術は、スピードで撹乱し 相手の思考、集中力を乱しながら接近戦で攻撃を連発すれば攻略できる、はず。
戦闘に限定すれば、ヤトハのスーツタイプは近接戦闘向き、仮面の直接思考入力型は中・遠距離迎撃向きと言える。
だが、先程のこの男のタッチパネルのコマンド入力速度から考えると、彼の 思考スピードはかなり速い。
そしてこの男、見るからに打たれ強い。
彼は、ヤトハを「かなりの使い手」と評価してくれたが、実はヤトハには実戦経験がまったく無かった。
(勝てるか?)
ふと不安がよぎる……
だが、その実戦を今ここで経験出来るんだ!
ヤトハは頭を切り替えた。
「やりましょう!」
仮面の男がニヤリと口元を歪ませながらつぶやく。
「火吹戯モード」
その声に反応し、仮面に歌舞伎の隈取りめいた青白い光の紋様が浮かび上がる。
男は、そのまま大きく息を吸い込みつつのけぞると、次の瞬間、一気に口から怪獣映画の様にシュゴオォと熱線をふいた!
ヤトハはかろうじて接地瞬動で避けると、そのまま仮面の男の側面に移動し、衝撃波を込めた掌底を撃ち込もうと、高速で一連の動作を完了させる。
だが、その間に男の姿は消え失せていた。
男は、瞬動で後ろに下がりつつ、自分の間合いを保ち、今度は口から高速のプラズマ火球3連撃!
ズォン! ズォン! ズォン!!
ヤトハが防御結界を張るために動きを止めた隙を、男は見逃さない。
勝負は一瞬の内についた。
男は一気に間合いをつめ、地摺り旋風脚でヤトハの足元を払い仰向けに倒すと、そのままマウントポジションでヤトハの両腕を押さえ込む。
「これで、俺の勝ちだな」
仮面の中の口元がニヤリと笑う。
「くうぅぅ! くうぅぅ!」
ヤトハはジタバタともがくが、どうにもならない。
ミディアム・ショートの少しウェーブした黒髪が激しく揺れる。
長髪優男があきれ顔で
「…… 先輩~、相手は“女の子”ですよ?
それは“セクハラ”になります」
そう言うと
「なに!?」
仮面の男はあわてて両手を離す。
その一瞬、ヤトハの渾身の衝撃波が男の顔面に直撃した。
******************
「……私の事、男の子だと思ってたんですか?」
「いや~、スマンスマン」
「先輩、鈍過ぎでしょ~(汗)」
などと言いながら3人は老人の所に戻ってきていた。
「私では、この人に勝てませんでした」
ヤトハが老人に頭を下げる。
「いや、引き分けですよ。この子はなかなかスジが良い!
最後の一撃はマジヤバかったからな」
仮面の男がすかさずフォローをいれる。
ヤトハのジャケットと男の仮面は今だ青白く光の紋様を浮かび上がらせたまま。2人は、戦闘のダメージを簡易治癒魔法で癒している最中なのだ。
「気にするで無い。お前はまだまだこれからなのだから」
老人はヤトハの頭をなでながら穏やかに言う。
「ここの結界を我々に気付かれる事なく突破して来たので、“かなりの使い手”だとは分かっておりましたが“あれ”をお渡しして良いものか、あなた方の実力を試す様な真似をいたしました。
先程の非礼、お詫びいたします」
と男達に頭を下げる。
「風呂と夕食と寝床の用意をしております。
明日、この村の中枢部にご案内致しますれば、今夜はごゆるりと休まれると良いでしょう。
ようこそいらっしゃいました、我が同胞 事象変換術士達よ!」
夕焼けが、砂漠を紅く染めていた。