97:出会いの予感
翌朝、食堂に降りると何だか妙な雰囲気が場を覆っているのに気付いた。
メシを食いながら、周りを見渡す。
昨日までには客も俺たちの姿にも慣れたのか、食事時は誰もが互いの話に熱中しててこっちに目を向ける奴は居なくなってたんだけど、今朝は久々にこっちに視線が向いているのが分かる。
もしかしてだけど、スパイしてるのがばれたのかな?
だとすると、ちょっとヤバくないか?
少し心配になる。
戦闘力の高いリアムはまだ良いとして、ローラとメリッサちゃんを守りきって逃げるルートを考えなくっちゃいけない。
入ったのは良いけど、この街って出るのも難しそうなんだよな。
う~ん。
悩んでいると、おかみさんがやって来て、水差しをテーブルに置いてくれた。
「今日の水は美味いよ! 今朝早く旦那が城壁の外に出たついでに、南の泉に寄り道してね。
そこから樽一杯、汲んできたんだよ」
「へぇ~!」
「あっ、本当に美味しいのです!」
ローラとメリッサちゃんは早速味見をして、『これは言うだけある』と納得の表情だ。
この街の水は基本的にはマズイとは言わなくてもあまり美味しくない。
井戸水が硬水寄りなんだろうね。
喉がカラカラの時でもないと、喜んで飲めたものじゃない。
今、おかみさんが言った様に所々に美味い水源も無い事もないんだけど、街からは少し離れてるんで、そういった美味い水は売り物になる程だ。
だから、目の前にある水は貴重品の部類に入ると言っても良い。
おかみさんがメリッサちゃんを気に入ってくれたことで、今回はお裾分けがあったって訳だ。
陶製のカップの中の水は光を受けてキラキラと輝いている。
見るからに美味しそうだ。
「メリッサちゃんのお陰だね」
そう言って、早速。
と、手を伸ばした俺は、ふとあることに思い至った。
カップを持ち上げると、そのまま部屋へと駆け上がる。
後から、ローラが叫ぶ声が聞こえるけど、今はそれどころじゃない。
できるだけ水が新鮮な内に試さないといけない。
ドアの鍵をしっかりと掛け、水を手のひらに少し垂らして、思いっきり息を吹きかける。
爆発的な肺活量が水を霧吹きで吹いたように広がらせたところで、声を出す。
そっと、優しく。
「なあ、精霊さん。いるかい?」
そう、これだけ綺麗な水なら、久々に水の精霊に会えるかもしれない。
果たして、結果は望んだ通りのものだった。
透き通った美しい声が部屋を包む。
『はい、ご無沙汰いたしております。
良い水のお陰で、ここにも姿を現すことが出来ました。
早速ですが“力有る御方”にお尋ねします。
今回、“主様”は、お側にはいらっしゃらないのでしょうか?』
前にレヴァが語った事で知ったんだけど、『聖光教』がはびこるようになって以来、自然界の精霊達は酷く力を落としていた。
そこに現れたのがレヴァだ。
本来はレヴァだって実体は持たないけど、その強い意識が彼らを認めたのを人間に当てはめるなら、百万人もの信仰を得たのと同じになる。
つまり強い精神力で自分達を認識してくれるレヴァは、精霊達にとっては救世主みたいな存在なんだそうだ。
そういう訳で、精霊がレヴァの事を『主』って呼んでる事は分かったけど、『救世主』ってのは、どうにも奴には似合わない。
それがおかしくって、笑いながら返事を返す。
「あいつは、しばらく謹慎だよ。今回は会えないんだ。ごめんな」
『それは残念です。それで、私どもへの御用は?』
「ん~。今、俺達の周りに何か危険が近付いてるって事はないかな?」
『……』
しばらくの沈黙がある。
それから、おずおずという感じで、声が聞こえてきた。
『直接の危険は感じませんが、混乱を引き起こすであろう出会いがふたつあると思います』
「混乱? 出会い?」
『はい。今、感じられるのはそこまでです。』
「んじゃ、もうひとつ良いかな?」
『はい』
「さっきから、客たちが妙に俺たちに注意を向けてる気がするんだけど」
『それなら、出会う方のおひとりについて、“ぎるど”とか云う人間の組織に話が通っている様です。
その話が広まっているのではないでしょうか?』
「ふ~ん。結構な大物って訳か……。それ、誰だか分かるかな?」
『すいません。さっきまでは覚えていた筈なのですが……。
ここには良い水が多くありません。
ですから、私どももこれ以上の力は発揮も維持もできないのです』
落ち込んだ声には、こっちの方が申し訳無くなる。
「いや、これだけでも充分だよ」
『それでは、また。
力ある御方が、いつも良い水に出会えますように、と願っております』
「うん。ありがとう」
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食事を再開すると、何をしていたのかローラから問いつめられたけど、『ナイショ!』と言って誤魔化した。
大物との出会いがあるって話だから、下手に身構えられるのは困る。
危険も無いって事だし、ここは自然体で行こう。
リアムは俺がやることに不満を言うことは無いし、メリッサちゃんなんて目の前のパイにしか興味がない。
ローラがずっと睨んでるけど、みんなの為なんだから、折れませんよ、っと。




