95:リンツにて
ようやく辿り着いたダニクス領東部、領都リンツ。
田舎の主要都市って聞いてたんで、どうってこと無い小さな街だと思ってたけど、中に入る前に考えを改める必要がありそうだ。
城門前に立ってそう思うのは俺だけじゃない様で、ローラとリアムまで同じような感想を口にする。
「シーアンも霞むわねぇ……」
「王都にも匹敵する城壁なのでは無いでしょうか?」
「スーザの街が百個くらい入りそうなのです……」
最後のメリッサちゃんともなると、実に子どもらしい感想を口にして、その後は呆けたみたいになっている。
スーザが百個って、都内の区じゃないんだから……。
まあ、それは言い過ぎにしても、確かにスーザくらいの街なら十どころか二十くらいなら充分に収まっちまいそうなサイズだと思う。
見えている範囲での壁の幅は左右で五百メートルを軽く超えてしまい、その先はよく分からない。
三重になった城壁。
一番手前の壁でも軽く十メートル以上の高さがある。
最も奥の城壁高なら、二十メートルは超えちまってるだろう。
その上、外周は幅五十メートル近い巨大な水堀に囲まれてる。
向こう岸までの橋を渡り始めると、攻城戦の時はここが主戦場になるんだろうって考えて、自然と構造を調べる様に欄干や足下に目が向いてしまう。
幅があって頑丈そうだけど、あちこちにはっきりとした継ぎ目も見える。
いざって時には、この石橋は落とされて堀で城壁を外部から完全に切り離してしまうんだろうか。
でも、援軍はどうやって迎え入れるんだろう? 別に門があるとか?
色々と考えながら橋を渡る。
まあ、城郭の事は良く知らないけど、確かにこれじゃあ流石の竜甲だって、そう簡単には近寄れそうも無いって事だけは分かった。
中程まで渡りきった時、城壁の一部に妙な造りの場所を見つける。
城門から左右に二十メートル程離れた場所。
最初は意味が分からなかったけど、それに気付いた時、侯爵って人のすごさを感じた。
「ほう、流石だ。アレに気付かれたか、お弟子殿」
「ピート……。その『お弟子殿』は止めてくれって言ったろ?」
「いや、そろそろ城門を潜る。いつ侯爵と会うことに成るやも知れんのだから、今から慣れて欲しいな」
衛兵が立つ地点までは、もうすぐだ。
これ以上の掛け合いは出来ない。
「それはないと思うけど……。まあ、分かったよ」
仕方なしに頷いて話を切り上げた。
ピートの様子が変わったのは、メリッサちゃんのウズラ狩りの後からだ。
いきなり俺に『侯爵と直接会って話をしてはどうだろうか、』って進めてくる。
いや、どうやら変わったのはピートだけじゃないみたいだ。
彼の積極性の裏にルルイエが居るのは、雰囲気から自然に見て取れた。
でも、やっぱり同一行動はここまでにしようと思う。
「ピート、悪いけど、ここでお別れだ。
万が一にも侯爵がスーザに攻め込むってなら、俺たちは街を守らなくっちゃならない。
情報を持って帰りたいんだ」
「俺が裏切って、侯爵に通報するとは思わないのか?」
「思わない」
「そうか、なら……」
領主の住む中央区画へと足を進めるピート達の背中を見送ると、俺たちも人混みに紛れた。
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高過ぎるでもなく安すぎるでもない、そんな宿を選んだのには訳がある。
そういう宿には商人が多いだろうって考えたからだ。
領内のあちらこちらからやってくる商人達なら、当然だけど情報を多く持ってる筈だ。
そこから、出来るだけ多くの話を耳にしようって訳だ。
この考えはぴったりはまって、この宿の食堂は情報交換にはもってこいの場所だった。
唯、そのもくろみは、ある意味裏目にも出ちまった。
今の処、俺たちはあまり人に話しかける事が出来ていない。
何故かって?
領外からの商人も確かに少しは流れ込んでるけど、国内は王都からの主街道がベルン要塞で止められてしまってる。
つまり、ここで言う『外部の商人』ってのは南方や北方からの『他国の人間』が圧倒的に多いんだ。
国内の人間で侯爵領の外から来たって人間ってのが、ここには殆ど居なかった。
どうやら俺たちがダニクス領の外から来た王国の人間だってのは、無意識に振りまく『匂い』から気付かれつつ有るみたいだ。
スパイをする前からとっくに疑われてるのが分かる。
全く、流石は商売人。
どいつもこいつも勘が鋭いのには参った。
街が大きい割に人口が少ない事と、ピートから身なりについて注意されていた事から警戒して、全員がフード付きのケープを身に付けていたのが良かった。
そうでなきゃ、今以上に注目を浴びてしまってただろうね。
長いこと四人一緒に居たせいで、互いに意識せずにいたけど、実は俺たち一人ひとりが目立ちすぎる存在なんだよなぁ……。
まずは俺の黒い髪と瞳、それにローラがデックアールヴだって事。
おまけにリアムの美貌、獣人のメリッサちゃん。
それが四人揃って動くともなれば、目立つ理由には事欠かない集団って訳だ。
それでも宿屋の親父さんがぶっきらぼうに、
「他の客に迷惑になる奴、騒ぎを起こした双方、いずれも問答無用で出ていってもらう」
そう宣言してたので助かっていた。
あのごつい腕を見りゃ、下手な自由人だって、ちょっと引くだろう。
一瞬は俺たちを取り囲んで質問攻めにしようとしていた宿泊客達だけど、今では肩越しにこっちのテーブルをチラチラと見るだけだ。
ホント、良い宿を見つけたなぁ、ってみんなで小さく笑い合う。
「可愛いお嬢ちゃんだねぇ。奴隷って言っても、この店じゃ関係ないんだから、気楽におしよ」
貫禄たっぷりのおかみさんが、そう言ってメリッサちゃんの食事にデザートを付けてくれた。
黒スグリのパイは小さいけど、決して安いモノじゃない。
「いや、それは悪いですよ!」
慌てて言うと、
「別にあんたにやる訳じゃ無いよ!」
ピシャリ、とやられてしまう。けど、それも優しさだと思うと嬉しい。
ここは良い街だと思う。
ピートの言う通り、侯爵の反乱なんて『嘘』なんだろうか?




