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89:道連れのふたり

 うめき声と共に頬に掛かっていた彼女の金色の髪が、はらりとシーツに流れ落ちる。

 荒かった呼吸がようやく落ち着くと、緩やかに瞳を開いて目だけで辺りを見渡す。

 まだ焦点は上手く定まっていないみたいだけど、目を醒ました事自体が奇蹟みたいなものなんだ。


 今は、それだけで良いと思う。


 唯々、大きく息を吐く俺に向けて、リアムは不思議そうに問い掛けてきた。

「あれ? ワタクシ、どうしたのでしょう?」


「リアム……。良く頑張ってくれた。ありがとう」

 リアムの指にしっかりと絡めた手に思わず力が入ってしまう。

 さっきまで冷たかった柔らかな彼女の手が、今では充分に暖かさを取り戻しているのを感じた。


「御主人様。どうなさったんですか。何故、泣いてらっしゃるんですか?

 と云いますか……。いったい何処なんでしょうか、ここは?」

 俺の顔や自分の居る部屋を見渡してオロオロとするばかりのリアム。


 やっぱりだけど、自分が何故ここに居るかすら覚えてないみたいだ。

 それにホッとして、俺はまた泣いた。


 奴隷を従える力を示す言葉である『盟約』

 でも、それは単に主従を決める為だけのものじゃなかった。


 奴隷の心を縛ると云う悪意を利点に変え、戦奴の持つ戦闘でのトラウマを消し去る効果もあった。

 だからこそ、要、不要に関わらず必ず結ぶ必要があったんだ。

 ピートはそれを知っていたからこそ、山小屋での別れ際に、『リアムは必ずお弟子殿の奴隷にするように、』って念を押して行った。



 でも、それを単なる『逃亡防止』の方法だと考えて、信頼関係があればそんなの必要ないって思い込んだのが、俺のミスだった。


 その甘さが結局はリアムの記憶を呼び覚まし、俺はしっかりとツケを払う羽目になったって訳だ。


 ピートに呆れられた。

「まさか、リバーワイズ卿のお弟子殿とも在ろう者が、その様な事すら知らなかったとは」


 これには返す言葉もない。

 その上、「もう手遅れかもしれん……」って言われた時には、目の前が真っ暗になった。

 だって、『盟約』は意識のある相手としか結べないって言うんだぜ。

 いや、俺が知らないだけで、こいつは常識だったらしい。

 進退(きわ)まったと思ったよ。


 処が、だ!


 俺とリアムの主従を決定する『盟約』は今、見事に成功した。


 リアムに意識のないまま行われた『心盟契約』が上手く行くかどうかは賭だった。

 でも、精霊達が“レヴァなら必ず成功させる”って言い切ったから、その賭けに乗る事を決めた。

 どの道、他に方法が無かったって事もあったけどね。


 とにかく、俺とリアムは低過ぎる確率の賭に見事勝った。

 それが嬉しくて涙が流れちまうけど、止まら無いものは仕方ないだろ!

 このままリアムが死んじまうかって本気で思ってたんだぜ……。


 安堵する俺の中で、レヴァまで一息入れているのが伝わって来る。

 まあ、そりゃそうだろう。


『これが失敗したら、今度こそテメェは用済みだ!

 いいか、ヘマした瞬間に消す! これは絶対だ!』


 って、念入りに脅しといたんだからね。


【うう、寿命が縮まったわ……】

 そう言ってうめいたレヴァの意識が、静かに、でも急速に俺の奥深くに沈んでいくのを見送る。

 暫くは休ませてやろう。


 なんてったって、今の俺は最高に気分がいいんだから。




 こうして浮かれきった俺は、周りに気を配るのをすっかり忘れてた。

 その時、すぐ隣の部屋では何やら不穏な会話が進んでいたってのに……。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どう思います?」


「一言で言ってチグハグ……。

 盟約を知らないかと思えば、意識のない相手とすら、その『盟約』を結ぶ事に成功する。

 もう、無茶苦茶だと思う」


「やはり、そう思いますかぁ。

 まあ、あの奴隷娘達が懐いてるって事は、リバーワイズ卿の弟子って事に嘘は無いと思うんですが、下手に探りを入れると藪蛇になりかねません」


「それ分かる。あと、能力(ちから)は確か」


「そうですね。

 ですから私としては、予定通りに彼に力を借りるべきだろうと思うのですが。

 さて、いかが致します?」


「事実を話すタイミング。それを誤らなければ問題は無い、と思う」


「では、仰せの侭に」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日、俺たちは一緒に出発する事になった。

 驚いた事にピートの向かう先もダニクス領だ。

 まさか、雇い主ってダニクスじゃ無いよな……。


 いや、騎士が主従契約を結ぶんだ。

 こりゃ疑って掛かるべきだろうね。

 せっかくリアムを助けてもらったんだ。万が一にも敵対したくないぜ。

 いざとなったら別れるしか無いなぁ。


 一通りの準備を終え、最後のお茶を楽しむ中、やっぱりピートは俺たちの旅の目的を聞いてきた。 

 リアムの件があって有耶無耶になってたけど、遅すぎるくらいだ。


「悪いけど、ちょっと離れようぜ」

 客屋の一階はちょっとした食堂の広さがある。

 ルルイエを交えて俺たち三人だけは端のテーブルに移動した。


 ローラの耳は普通じゃ無い。

 この距離でも問題無い、って事で、俺の行動に特に口を挟むことは無かった。



「えっと、侯爵領に入る目的だったよね」

 そう言って、チラリとローラ達のテーブルに視線を送る。

 こいつは演技だけど、それだけでピートの表情は強ばり、いつもの明るい瞳までもが酷く濁って見えてくる。


「人捜しなんだ」

 そうして、昨日から準備してた言い訳を、もったいぶって口にする。

 それに反応してピートの眉根が更に厳しさを増すと、静かな口調で問いを投げかけてきた。


「もしや、それはリバーワイズ卿の事かな?」


 ナイスだ。引っ掛かってくれた。

「悪いが、それは言えない」


 嘘は吐きたくない。相手が勝手に勘違いするのは勝手だけどね。

 こう云う時の俺、ずるいよなぁ、なんて思ってると、ピートは真剣な表情で言葉を続ける。


「人捜し、と言うより、お弟子殿はリバーワイズ卿が今、何処にいるのか本当は知って居る。

 だから、会いに行くのだろ?」


「それが?」

 ああ、居場所は知ってるさ。

 問題は、その居場所が今どこを飛んでるのか、って事なんだけどね。

 こんな“まさか”の前提が在るなんて気付く筈も無いピートは、そのまま話を進めていく。


「いや、私は卿に会って話をしたいのだが、取り次いでもらう訳にはいかないだろうか?」

「何故?」


「……」

 黙り込むピート。

 どうやら訳は話せない様だ。

 普通ならこっちも困るだけだけど、今回に限っては言い訳に使いやすくて助かる。


「悪いけど、こっちにはこっちの理由が在って居場所は話せないんだ」

「やはり、ダニクス領に向かう我らでは信用は出来ぬか?」

「ピートに感謝はしてるよ。でも、卿に関わる事となると“誰彼構わず”って訳には、ね」

「しかし、私には必要な事なのだよ」

「どう、必要なのさ?」


「……」

 またも黙り込むピート。

 どうにも腹芸が苦手な様だね。

 これなら楽だ。

 一気に畳み込む。

「そっちが何も言えないのに、こっちがペラペラ話せる訳ないだろ!」

 俺の言葉に頷くピートだけど、続いては妙な提案をしてきた。


「その通りだな。なら、どうだろう。しばらくの間、お弟子殿と行動を共にしたい。その中で信用を得られる様に努力する」

「リバーワイズ卿に会いたい理由を話せないんじゃ、いつまで一緒に居ても同じだと思うけどね」

「うむ。その理由も必ず話す」

「いつ?」

「時が来れば」

「つまり、その時までは一緒に、って事かい?」

「そう云う事だ」


 悩む俺を見ていたピートだが、仕方ない、との言葉と共に、もう一枚のカードを切ってきた。


「今のこれは極秘の旅でね」

「そりゃ、そうだろうね。変装までしてるんだから」

「いや、お弟子殿が思う以上に極秘なんだ」

「どういうことさ?」


 軽く首を傾げる俺にピートは、爆弾を落とした。


「実はルルイエはミュゼーゼンベリア公爵家に仕える者だ……」

「じゃあ、ピートを御主人様って呼んでるのは?」

「白状すると、『偽装』だな。

 彼女をダニクス侯爵の元に使者として送り届ける。これが今の私の仕事だ。

 どうだ、これでも一緒には動けないか?」


 遂にこの名前が出やがった! 思わず俺の声も高くなる。

「やっぱり、ダニクス絡みか!」


「率直にいこう。君たちは侯爵の動きが知りたくてこんな辺境まで来ている。

 そうだな?」


「ああ……」


「なら、我々と共に動く事は“もってこい”の話だと思うんだが? どうかな」


「なあ、ピート。あんた、雇い主である侯爵を裏切ろうってのかよ?」

 騎士にとって契約は絶対だ。

 そいつを簡単にひっくり返す様な奴なら、ピートは唯の甘ちゃんだ。

 幾ら良い奴に思えても、こう云う奴は決して信用しちゃいけない。

 そう身構える俺に、ニヤリと笑ったピートは軽く反論する。


「いや、そうはならんよ」

「なぜ?」

「今回の私の雇い主はあくまでミュゼーゼンベリア公爵家だ。

 侯爵は単に雇い主の取引相手ってだけ、だな」


 成る程!

 こいつ、状況を利用するのが上手い。

 ちょっと感心した。


「少し待ってくれ」

 そう言って、ローラと相談する為にテーブルを移る。

 既に今までの話は聞こえていたローラだけど、能力を隠す為に少しばかり時間を掛けて話し込む。

 それから、ようやくピートのテーブルに戻った。


「分かったよ。ピートには大きな借りが二つもあるからね。

 けど、それは別にして、どうしても一緒はマズイってなったら、そこまでだぜ」


 俺の言葉に満足したのか、いつもの彼の爽やかさが瞳に戻っている。

 それから、握手を求めて手を差し出してきた。


「それで充分だ。ありがとう」





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