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80:タタンの村②

 村に入る前に、リアムが少し気分が悪いので御者を換わって欲しいと言い出す。

 挙げ句にフードを被ると顔をすっぽりと覆ってしまった。

 仕方ない、とばかりにローラが手綱を握るとリアムは幌の奥に引きこもってしまう。

 反対にメリッサちゃんは村を見たいと言って、俺とローラの間にちょこんと座った。


 外から見ると、俺たち三人ってどう見えるのかな?

 おっと、後のリアムからも目を離しちゃいけないよね。

 刀は、ふたつとも腰から外して、俺の見える範囲に置いてあるから大丈夫だと思うけど……。


 色々な事を考えている内に村の入り口に近付く。


「寂れてるねぇ……」

 村って奴は静かなのが普通なのかもしれないけど、この村の空気は酷く澱んでる感じがする。


 何故だろうって考えて、すぐに気付いた。


 子どもの姿が見えないんだ。

 スーザの町もあまり豊かとは言えないけど、昼間が賑やかなのは子どもたちが走り廻ってるからだ。

 子どもたちの間には奴隷とか、人間とか、あんまり関係ない。

 小さな喧嘩もあるけど、それぞれが結構自由に動き回ってるもんだ。


 でも、この村の真ん中を通る道路には子どもの姿なんて見えない。

 それどころか、少しだけ見えた大人達も俺たちの馬車を見て、すぐに家に引っ込んでしまう。


「何だか感じ悪いね」


 俺の言葉にローラは、まるで自分の身内みたいに取りなしてくる。

「う~ん。二年前に来た時とは、随分と違っちゃってるみたい。

 小さいけど、それなりに賑やかな村だったんだけどなぁ」


「メリッサ、お隣のハンナさんのお家でお留守番してましたから、この村は知らないです」


「とにかく、村長さんに頼んで川を渡れるかどうか聞いて見よう」


「それなら、こっちね」

 ローラが馬車の方向を変えようとした時、周りを囲まれている事に気付いた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「いや、済まんですなぁ。

 こんな辺境で亜人の奴隷が馬車の手綱を持つなど、思ってもいなかったもの

で……」


 村長はそう言って俺たちに軽く詫びたが、まったく、お陰で余計な喧嘩をする事になっちまった。

 村の男達が手綱を引いてるローラを見て、俺まで亜人かなんかだと思い込んだらしく、いきなり襲い掛かって来たんだ。


 結局、このところの闘いで力も速度も上がっていた俺に、全員があっさりと叩きのめされて、騒ぎは収まった。

 レヴァの力が上がった事で、俺と普通の人間との力の差が大きくなった事が村の男達に死人を出さずに済んだ理由だ。

 小さな子どもが大人に向かって本気で殴りかかってきても、軽く押さえる事が出来る様なものだった。


 とは言っても、俺だって慣れてる訳じゃ無い。

 下手すりゃ、誰かが大怪我しててもおかしく無かっただろうね。

 全く、危ないったらありゃしない。


 喧嘩の原因にされたローラは今、奴隷扱いって事で二人と一緒に俺の後に控えて、ずっとむくれたままだ。

 リアムは相変わらず顔を隠したままだし、メリッサちゃんは少しだけど怯えてる。

『メリッサちゃん、可哀想に。早く四人だけになって頭を撫でてあげたいなぁ』


 なんて思ってる中で村長の言葉が続いた。

「それにしてもお強いですな。もしや高名な騎士殿では?」

 細身の村長は一見して紳士って感じだけど、さっきの謝り方の適当さや、強さだけに目を向けてへりくだる態度から、あまり好きになれそうにない。


 と言ってもこれから頼み事をしようってんだから、あまり根に持ってもしょうがない。

「いえいえ、只の商人ですよ」 

 なんて言って適当に誤魔化す。


 身元を詮索されなければ、それで良い。

 もし、ローラ達の所有権を求められたなら、スーザ町長のリロイさんが発行してくれた証明書で方が着く。


 万一の話だけど、それでも駄目なら最後は手袋を脱いでリバーワイズさんの指輪を見せることにしていた。

 只、町長さんは、初日に俺が指輪を付けている事に気付いて以来、

『それは、よっぽどの事が無ければお見せにならない方が良いでしょう』

 と言う。


 これこそが、リバーワイズさんが貴族である事の証にもなっているそうだ。


 なら、日頃から見せびらかしてりゃ良いじゃないか、って言うと、実際は違う。

 今のところ、王宮から権威付けされてないので、リバーワイズさん自身の政治的な敵には逆効果になる可能性があるからだ。

 それに身分が高いって事は、時に情報から遠ざかってしまう。

 だから、いざという時まで取っておくのは正しい。


 と云う訳で、忠告には素直に従っている。

 今のところ俺が貴族だって事を知ってるのは、ローラ達三人を除くと町長さんだけだ。


 さて、指輪を使うこともなく、代金を払えば大型のイカダを使って翌朝には馬車ごと川を渡してもらえる事になった。

 もっとも今回のトラブルの詫びの意味も込めて、格安にしてもらうのを忘れない。


 話が終わった時には、すっかり日も暮れている。

 無人の家をひとつ借りると、村に一晩泊まる事になった。




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