74:一難去って③
あっけに取られた俺をちらっと見ただけで、後はサッカールの喉元に剣を突きつけたまま、リアムはさっきのリーンランドとまったく同じ台詞を口にした。
「お二人とも動かないで下さい。この男、まだ渡す訳にはまいりません」
「お、おい! リアム、何を!?」
「お静かに!」
リアムの声の響きには有無を言わさぬものがあった。
思わず唾を飲み込んで黙り込んだ俺の代わりに、と云う訳でも無いだろうけど、リーンランドがリアムに声をかける。
「おい、貴様。どういうつもりだ?
奴隷が主人に刃向かうなど洒落にならんぞ。
盟約を違えた場合、どうなるかぐらい知っておろう?」
慌てちゃいないけど、その声から不快感がはっきり伝わる。
でも、リアムだって引くそぶりすら見せない。ゆっくりと返事を返すだけだ。
「はい、それでもやらねばなりません」
「ふむ。では持ち主はどうだ?」
そう言ってこっちを向くリーンランド。
俺はリアムと『盟約』ってやつは結んでいない。
内容すら知らないんだ。
だから、それを違えた時にどうなるかなんて当然知らない。
でも、それをやつに知らせるのはやばい気がする。
何より、今はリアムを信じるしかなかった。
「俺は……、話だけでも聞きたい」
「ふむ、まあ良かろう」
俺の言葉にリーンランドは顎をしゃくってリアムに話を進める様に促した。
「まず、無闇にこいつを殺そうと云う訳ではありません」
「無闇に、と言うことは、条件次第では殺すという訳か?」
その言葉にリアムは無言で頷く。
冷や汗が流れる俺の心をリーンランドが誤解を交えながらも代弁した。
「だがな、私の手元にいるダークエルフは貴様の主人が命をかけるほどに気に入った奴隷の様だぞ?
まあ、高価なデックアールヴなら、そうなるのも分からんでは無いが」
その言葉にリアムは首を横に振る。
「あなたはご主人様を知りませんから」
「どういうことだ?」
「ご主人はローラさんが高価だから大事にしている、という訳ではありません。
それがご主人様である、というだけなのです」
「言っている事が、よく分からんな?」
「多分、あなたには一生分からないと思いますわ」
「なにやら不愉快だな。もしや私を愚弄するのが目的か?」
「まさか、ですわ! 私は唯、ローラさんや私を人質に取っても意味がない場合もある、と言いたいだけなのですよ」
「ふむ、なるほど。貴様、既に盟約を違えた死を受け入れたか」
無言で頷くリアムの目を覗き込んでも、俺には何の感情も読み取れない。
流石のリーンランドも有無を言わさぬ瞳の色に気圧されたのか、再度顎をしゃくっただけだった。
「では」
と、リーンランドの許可が降りたところでサッカールに向き直るリアム。
次に、その口からでた言葉は俺も前々から引っかかっていた大きな問いかけだった。
「ズール・サッカール。この町を狙った本当の狙いを教えていただきましょう」
氷のようなリアムの声。
だが、ひるむことなくサッカールは嘯いてみせる。
「貴様と小僧が目障りだっただけよ! それ以外に理由などあるか! ふん!」
わざとらしく目を逸らすズール・サッカール。けどもリアムの追求はゆるまない。
「おかしな事をおっしゃいますね?
私たちを狙う事にかかわらず、この町をおそった事もあったではありませんか。
あれはどう説明するのですか?」
「何のことだか知らんな」
変わらず、すっとぼけるサッカール。
だが、次の瞬間、リアムの剣は真上に払われて、奴の右耳が半分ほど吹っ飛んだ。
歯を食いしばって痛みに耐えるサッカールだけど、やっぱり驚きは隠せていない。
「き、貴様ぁ! 俺に手を出せば、あのデックアールヴの小娘も死ぬぞ!」
脅しを入れて睨みつけるサッカールだが、次いでのリアムの返事は、唯一言。
「だから?」
だった……。
こうなると、さっきまでの勝ち誇った声も今はかすれてしまい、視線を振ってリーンランドを見るだけのサッカール。
でも、そのリーンランドすら目が点になったままで、結局は俺に顔を向ける。
「おい、あの女竜甲兵は本当に死ぬつもりの様であるし、私にとっても別段それはかまわん。
だが、このままでは“このアールヴ”も無事に引き渡すわけにはいかんのだぞ。
止めないのか、貴様?」
リーンランドの言ってることはわかる。
このままじゃローラの身は本当に危うい。
でも、何故かリアムを信じなくっちゃならない気がするんだ。
だから俺も腹を括った。
「いや、気が変わった。ここはリアムに任せる」
「貴様、もしや私が脅しをかけているとでも思っているのか?」
「まさか! 俺だってローラは大事だ。だから奴を殺しはしないよ。
唯、今後のことを考えたら情報は欲しい。だから正直になってもらう程度には痛めつけさせてもらうって事さ。
それでローラに傷が付いたら、そのときはあのおっさんは殺す。
こいつはあんた向けた命令じゃない。俺の気持ちを話してるだけだ。
それなら、いいだろ?」
本当なら不利なはずの俺たちだけど、まるで道理の通らない勝手なペースに持ち込んでしまった。
今まで会話からリーンランドは計算高いって分かった。
俺たちの無茶苦茶な行動にどうにか理屈を付けようと悩むだろう。
でも、理屈じゃない強引さってのが必要な時もある。
相手の計算外の行動だからこそ、交渉できるんだ。
そして、真っ先に折れたのはリーンランドではなく、おっさんの方だった。
「ま、まて、分かった!」
その言葉にリアムがにっこりと笑う。
「素直って実に良いことですわね。では、さっそく聞かせて下さいな」
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「あれ? あたし、生きてんの?
……そうだ! メリッサ!! ねぇ、メリッサは!?」
ベッドから飛び起きたローラが辺りを見まわすと同時に、メリッサちゃんが跳び付いた。
「お姉ちゃん、もう大丈夫なのです! 気がついて良かったです」
ローラもメリッサちゃんをしっかと抱きしめる。
そこに宿屋の女将、フローレさんが白湯を差し出した。
「まず、ゆっくり飲んで落ち着いてね」
「あ、はい。ありがとう御座います」
ゆっくりと白湯を飲み干すローラにメリッサちゃんが心配そうに語りかける。
「少しぬるいですか? もう少し熱い方が良いですか?」
「ううん、大丈夫。とっても美味しい」
ローラが視線をこっちに向けてきた。
さっきの事もあって、ちょっと後ろめたくなった俺は、
「俺たちの勝ちだ。安心して少し休めよ」
そう言ってドアを閉じる。
あと……、気絶したローラの唇を奪った事、いつ話そうか。
考えながら食堂に向かった。
その食堂に戻ると、町長、イブンさん、リアム、そして自由人の傭兵長ドノヴァンさんが揃っていた。
「魔術師殿。ローラちゃんは気がつかれましたかな?」
「はい、町長さんもわざわざありがとう御座います」
「いや、女の子を竜甲の真正面に立たせたのは、流石に……」
そう言って項垂れる町長さんの肩をイブンさんが叩く。
「それを言うなら、一番の責任は俺にある。あんたが気にする事じゃない」
「はぁ……」
重くなった空気を切り替えるようにドノヴァンさんが話を切り出した。
「まあ、結果オーライだけど、とにかくローラちゃんは無事だったんだ。
ここからは次の話を始めたいんだけど、良いかな?」
ドノヴァンさんの言う『話』
それは、サッカールの言葉が引き起こす今後の問題だった。
サッカールは町を狙った理由を話してリアムの納得を得られると、リーンランドと共に去った。
だけど、その時の奴の話は、この町が本格的に王国から見捨てられつつあるって内容だったんだ。
ホント、まだまだ苦労は続きそうだ。
「まさか、この町を囮にして侯爵を潰そうとしてたとはな」
「辺境ですから、戦局に影響は無いと思ってたんですがねぇ」
自然と全員の目が卓上の地図に向けられた。
ご無沙汰いたしております。
現状は活動報告にて失礼します。




