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67:スーザ防衛戦④

 半分ばかり開いた門では、虎の子の『傭兵』六名が奮戦している。

 その後方には少しばかり高い足場を作ってローラも弓を射ているので、敵の後続が続かない事が有利に働き、門を境に攻防は拮抗状態だ。


 狙いは敵兵を出来るだけ引きつけることだけど、圧力に負けて門が完全に開いたら俺たちの負けだ。

 このバランスが難しい。

 でも、自由人六名はさすがにプロだ。盾を見事に使いこなして良く踏ん張ってる。


「ねえ! まだなの! もう限界よ!」

 これで何人目になるのか、またも敵兵の喉に矢を突き立てたローラが、俺に視線を向けて叫ぶ。


「もう少し引きつけたかったけど、ここらが潮時だな」


 迂回して戻ってきたリアムに“力”を借りると、強化された脚力を使って門の隙間から防衛隊の頭上を飛び越える。

 俺に続いたリアムは空中で逆さになった一瞬に、押し込んで来ていた三人の兵士の首筋をそれぞれ一度ずつ撫でた。


 当然だけどリアムの着地と同時に三つの死体が転がる。


 これだけの神業を見せつけられると、たった二人の俺たちにも敵兵がひるむのがわかる。

 何人かが俺の顔に気づいて“逃げろ!”と叫ぶと、誰もが真っ青な顔で後ずさった。

 でも、


「遅いよ」


 すさまじい爆発音と共に火炎が全てを包み込む。

 巻き込まれて生き残った兵隊達も地面を転げ回って、火を消そうと必死だ。

 こうなると、もう戦闘処じゃ無い。


「やった!」

「勝ち(どき)を上げろ!」

「俺たちの勝ちだ!」

「まさかだけど、でも勝ったぞ!」


 目の前の敵兵が火柱に包まれると同時に、背中からは様々な歓声が聞こえる。

 残りの敵兵も算を乱して壊乱状態だ。

 これを見たら、そりゃあ『勝った』と言いたくなる気持ちも分かる。


 けど、まだ早い。

 それを知ってるリアムの声は緊張が隠せていない。

「ご主人様。すぐに奴が突っ込んできますわ……」

「分かってる。後、手はず通りに頼むよ」

「はい、お気をつけて!」


 リアムを吸い込んだ門扉は閉じられ、外には俺ひとりが残される。

 そこにリンディウムⅡ(竜甲)が突っ込んできた。

 距離はあと百メートル以上あるけど、スピードが速い。

 数秒では、ここに届く。


 あの速度でぶつかられたんじゃ、町の塀も大きく破損するのは間違いない。

 いや要塞の城壁じゃ無いんだから、下手すりゃ一発で崩れ落ちるかも知れない。

 まずは、あいつのスピードを落とさなくっちゃあね。


「レヴァ、俺は後どれくらい全力が使える?」

 訪ねると、スゥーと自然にレヴァは現れる。

【自我を保ったままという事なら、全力でも後、四~五発は軽く撃てるだろうな】

「じゃあ、限界を超えると?」

【それは、まあ、我の餌になってもらうだけ、よなぁ】

 そう言ってケ、ケ、ケと笑う。


 薄気味悪さが際立つ、嫌な笑いだ。


 やっぱり、これがこいつの本性だと思い知らされる。

 けどな、そう思い通りにさせるかよ。

 テメエにも、それから男爵とかにもよ!


 突っ込んで来た竜甲に向かって、半分ほどの力を使って足を止めにかかる。

 リアムほどの早さはないし、レヴァの能力が上がった事で俺の目もずいぶん良くなっている筈なんだけど、やけに動きが良いと感じてしまう。

 言いたかないけど『速い』ってよりも、『上手い』って言う方がぴったりだ。


 スルリ、スルリ、と火炎弾を避ける。

 でも、とにかく一直線に壁に突っ込んでこられるのは防げた。


 結局、突っ込むのを諦めてUターンしたリンディウムと距離を取って睨み合いになる。

 どうやって切り込むのか、相手も考えてるみたいだ。


 まあ、今の火炎弾(やつ)ぐらいなら、後、何十発かは撃てる気がする。

 全力を使った時のような虚脱感は無いからね。

 ただし、良いところに当たっても、精々ぐらつかせるくらいが関の山だ。


 あの破砕杭パイルバンカーを叩き込まなけりゃ、こいつは絶対に倒せない。

 苦しいけど、確実に仕留められるタイミングを待つしかない。


 と、また突っ込んできた。

 体を低くして、すり足のように動いてくる。

 それから真横に剣を払った。


 危うく刃先が体に迫る前に、俺は大きく飛び上がって後ろに下がる。


 あぶねぇ!

 リアムから力を借りてなきゃ、こんなに飛べはしない。

 下手すりゃ胴体が上下に分かれて、一発で終わってた。

 連続して切り込んでくるけど、そのたびに右に左にと飛んで避ける。


 何度目かの斬檄を避けて左手に町の塀を見た時、いきなり竜甲が喋る。

「ちょこまかと、ノミのように逃げ回りおって!」

 中の人間の声が聞こえるとは、と驚いたけど。

 それより、あれ? この声、どこかで聞いた様な……。



 結局、無理に記憶を掘り起こす必要は無かった。

「ズール・サッカール! 自分が守るべき領内で何をしているのです」

 塀の上からリアムが叫ぶ。


 ズール・サッカールって誰だ? とは思うけど、今はリアムに任せよう。


「ふん、誰の事かな?」

 巨大な首を右に振って竜甲は塀を睨む。

 見つめられた男達は頭を抱えて塀の陰に隠れたが、声の主はだけは堂々としたものだ。

「しらばっくれても分かりますわ!」

「戦奴風情が偉そうに」

「しっぽを出しましたわね。戦奴でない竜甲兵などいる訳がありません。

 そんな言葉が出ると言うことは、元々は戦奴では無かった証拠。

 尤も、今ではあなたも、その戦奴風情のお仲間ですが。

 腕を失っても竜の肉を食べて生きながらえるとは、全く運が強い事ですわね」


 肩をすくめてあきれ顔を演出するリアムだが、竜甲兵から返ってきた言葉に表情が変わる。

「竜の肉だと? 俺はそんなものを食った覚えはないな」


「なっ!」


「何を馬鹿な、とでも言いたいのか? だが、それが事実かどうかなど、どうでも良かろう。

 どうせ貴様らはここで死ぬんだからな」


 そうして高笑いする竜甲に対峙しながらも、実はその時の俺は、別の一点を見ていた。

 リアムの左手側、つまり竜甲から後方四十メートルほどの壁上に立っている人影だ。


 ローラが手を挙げてる。

 なるほど、あそこがベストポジションって訳だな。


 余所見をしてる様な竜甲に向かい、距離と威力を測って火炎弾を打ち込む。

「おしゃべりしてる余裕があるのかよ!」

 二十メートルの距離で打ち込まれた火炎弾は、竜甲の胸元に吸い込まれる。

 凄まじい爆発。リアムの金髪にまで炎が飛び移りそうな程だ。


 スマン、リアム! 結構全力に近い力でないといけなかったんだ。


 吹き飛ぶ竜甲だが、やはり勢いを殺して後方に跳んだだけだ。

 まるで効いて無い。

 竜甲自身も自分の体を見回して、高笑いを始める。

「く、ははは! 不意を突いても、やはりその程度か!」


 勝ち誇ってろよ。でもな、狙いはそれじゃないんだよ。


 塀の上でローラが叫ぶ。

「いらっしゃぁい! お馬鹿さぁん!」


 次の瞬間、据え付けられた大型バリスタからリバーワイズさん特製の破砕杭が打ち出される。


 着地して踏みとどまった瞬間を狙った見事な一撃。

 黒い竜甲は、それを全く避けられなかった。





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