47:ケンカとか、悩み事とか
カサンカ男爵家の兵隊、いや、この街の人たちにとっての山賊共を追い払った俺たちは、その後は宿を探して昼食を取った。
見物人が押しかけて来たけど、リアムが睨み付けると全員がすぐに消えた。
メシぐらいゆっくり食いたいもんなぁ。
おっ! 給仕の女の子、これまた可愛い!
それに女将さんも、まだ二十代だね? こっちはこっちで色っぺぇわぁ。
この世界の女性の服って胸元が凄く大きく開いてるんだよね。
う~ん眼福、眼福!
途端に激痛が走る。
「痛ってぇ~!!!!」
なんで手の甲にフォークが刺さってんだよ!
涙目でフォークの柄を見ると、そこからローラの細い指が伸びている。
「あらぁ~、ごめん。ちょっと間違えちゃった♡」
その言葉に俺より早くリアムが切れた!
「どう間違えたら、そうなるんですか!」
「知らないわよ。間違えたものは間違えたんだから、仕方ないでしょ!」
「いくらローラさんでも、許せない事はありますわよ!」
そう言って腰の剣に手を伸ばす。
「あら、やるの?」
ローラも負けじと、跳び退って弓を手にした。
なんか、恐いんだけど?
固まる俺を尻目にメリッサちゃんが叫ぶ。
「駄目なのです! ケンカしちゃ駄目ですの!」
涙目のメリッサちゃんの声に二人とも動きが止まった。
そこで、やっと我に返った俺も間に入る。
「そう、駄目だよ。ケンカなんて! ほら、お店の人も怯えてるだろ!」
俺の言葉で気づいたのか、二人とも給仕の少女を見る。
彼女が固まっているのを見て、更に頭も冷えた様だ。
何とか宥めてメシの続きにしたんだけど、どうなってんの? この2人……。
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翌日、使いが来て町長の家に招かれる。
最初は、『今はこれ以上、顔が売れるのもマズイかな?』とも思ったんだけど、とにかく前に進まなくっちゃならない。
それに、この街で旅支度を調えなくっちゃならないんだから、顔がどうってのも今更の話だ。
結局、招待に応じた。
あとからの買い物の事もあって、町長の家に向かう途中で自然と街中にも目が行く。
町はあっという間に制圧された事もあって、建物の被害は少なかったみたいだ。
つまり、一晩で殆ど元通り。
けど、殺された人も少なくなかった様で、路上のあちこちで木材を運ぶ人が結構見えた。
棺桶の材料だろう。
レヴァの写しだした炎の中の光景を思い出して、気が重くなる
そんな事を考えている内に、目的の場所に着いた。
「いつ見ても凄いおうちなのです!」
メリッサちゃんの言う通りだ。
三階建てなのだろうが、この世界では煙突やら梁やらの関係で二階以上の家は地球の家以上に高さが求められるみたいだ。
家、と云うより学校の校舎程もある高さの屋敷に、俺も思わず声が出てしまう。
「ほーんと。でけぇ、なぁ!」
「あら、あんたの国にはこの程度の建物も無かったの?」
「いや、無かった訳じゃ無いけど。この大きさで“木造”ってのは近頃じゃ滅多に見ないね」
「へぇ、大きな家は石造りなんだ? じゃあ、国は北の方かしら?」
ローラは俺が北方の生まれだと思い込んだ様だ。
あいまいに頷いて、誤魔化した。
「やあやあ、魔術師殿! この度は誠に、なんとお礼を言って良いものか。
昨日は、安い宿屋に泊めさせてしまい申し訳ありません。
言い訳になりますが、こちらも後始末で走り廻っておりまして」
口ひげのよく似合う恰幅の良い町長はそう言って握手を求めてくる。
ふと、その手が一瞬止まって、驚いた様に俺の後方で視線が止まった。
「なんと、魔術師殿はリバーワイズ卿の関係者でしたか!」
「はあ……、まあ……」
この町でも彼は当然有名人のようだけど、なんで俺と関わりがあるって分かるんだろ。
って思ってたら、メリッサちゃんが大きな声で挨拶をする。
「こんにちは、町長さん!」
成る程、リバーワイズさんと同時に彼女達も、それなりに顔が知れた存在だという訳だ。
そうして納得したのは良いんだけど、続いて町長は妙な事を言う。
「メリッサちゃんも元気そうで何より。
立場上、ここで君らを座らせる訳にはいかないが、許してくれよ」
「はい……」
ローラの返事も、やけに陰に隠っているが素直なものだ。
けど、やっぱり俺には意味が分からない。
「座らせられない?」
そう言って首を傾げる俺に、ローラが遂にかんしゃくを起こした。
「何、言ってんのよ。あたし達は全員奴隷よ! 当然でしょ!」
「あっ!」
「うむ、そういう訳だ、魔術師殿。
勿論、リバーワイズ卿が彼女達を実の娘として扱っているのは分かる。
だが、法は法なのだ。納得してくれないだろうか?」
今は頷くしかなかった。
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泊まっていくように言われたんだけど、それを断って宿に戻る。
あの屋敷に居る間、ローラ達を『奴隷』扱いしなくっちゃならない。
そんなのはゴメンだ。
宿屋なら、金さえ払えば後は自由だからね。
金と言えば、リバーワイズさんが貯め込んでいた金貨はかなりの額だった。
ローラは、『どうせ、あたしが持っていても勝手に使えないんだから、預けようか?』
なんて言ってきたけど断った。
奴隷が持つ金は主人の金、って訳だけど、そこまで腐っちゃいない。
しばらくはローラの世話になるにしたって、自力で稼ぐ方法も見つけなくっちゃ。
だからこそ、シーアンに向かいたい。
冒険者になって金を稼ぐのも良いだろうと思う。
考えながらベッドに横たわっていると、ノックの音。
「どうぞ!」
ドアが開く。
リアムが少し恥ずかしそうな笑顔を見せながらも部屋に入ってくる。
「御主人様、お風呂にご一緒しません?」
「へ?」




