40:リバーワイズさん帰らず③
しばらくみんな黙り込んでいた。
そんな中、水晶球から声が響く。
『リョウヘイ君、聞こえるかね?』
「あ、はい」
『うん。リアムの事も、本当にありがとう。
彼女を救いたく思って、私も色々と手を尽くして居たつもりだったんだが、どうにも間に合わなかった。
君が居てくれたお陰で、手遅れにならずに済んだ事は本当に幸運だったよ。
そこで何かお礼をしたいんだが、申し訳無い。今はそれも難しい。
私は、ここから動けないんだ』
その言葉にローラが眉をつり上げる。
「動けない? お父さん、今日には帰って来る筈じゃなかったの?」
『うん、その事なんだがね。お父さん、失敗して捕まった……』
「何やってんのよ!」
『怒るなよ。相変わらず恐いなぁ……、リョウヘイ君に嫌われるぞ』
「なんで、ここでコイツの名前が出るのよ! 帰ってきたら、しっかり話し合いましょうか?」
『お前の話し合いって、最後は一方的に殴るだけじゃないか。結構痛いんだぞ、あれ!』
「お父さんがいつもふざけるから悪いんでしょ!」
ふたりの掛け合いは奴隷と主人じゃなく、まったくもって本物の親子だ。
感心する中で、俺は別の疑問を口にした。
「あの~、捕まったって、どういう事でしょうか?」
『ああ、悪い悪い。いやね、ちょっとばかり相手を甘く見てたら罠に掛かった。
こりゃ、自力での脱出には四~五年は掛かりそうだ』
「何ですって!?」
「お父さんと五年も会えないのは嫌なのです~!」
この言葉にまたもふたりが騒ぎ始める。
「まさか死なないわよね? お父さん」
『俺の事は心配するな。それより問題はお前達だ』
「あたし達?」
『俺無しでは、お前達は町にも降りられん。これじゃあ生活もままならなくなる』
「そんな事、どうだって良いわよ!」
『どうでも良くない! お前達が人間との関係を切ったら奴隷制度の解放はそれだけ遠のく。
何より、お前達に不自由を強いる気は無い。
残念だが、今は人間の文明に合わせた生活を送るしか生き延びる道は無いんだ』
リバーワイズさんの辛そうな言葉には、ローラの辛そうな返事が返るだけだ。
「……でも、お父さんをほっといて、自分達の事だけ考えられないよ!」
今にも泣き出しそうな声にリバーワイズさんは優しく応える。
「メリッサを守りなさい」
優しいけど反論を許さない力強い言葉にローラは、ゆっくり頷いた。
『それに、話を聞くにリョウヘイ君はかなりの魔法使いの様だ。
どうだろう? リョウヘイ君、かなり面倒なお願いだが、私が帰ってくるまでの間、ローラ達をお願いできないだろうか?』
「は、あ、いえ、はい! 分かりました!」
『ほう、二つ返事と来たか。だがね。娘達を守るって事は、時には私の敵と対峙する事にも成りかねんのだよ?』
「それ、言うのが遅いですね。もう“とっくに”ですよ」
この言葉にリバーワイズさんは大笑いする。
それから、『少し水晶球から離れなさい』と言ってきた。
全員が離れた直後に水晶球は明るく輝いて、テーブル全体まで包み込む。
「“転移魔法”です!」
「世界の理を変えるから、“よっぽどの事がないと使っちゃいけない”っていつも言ってるのに……」
“転移魔法”なんて言うテレポーテーションみたいな魔法に驚きながらも、反面は、
“今が、そのよっぽどの状態じゃないか”と心の中でローラにツッコミを入れる。
光が消えるとテーブルの上には指輪が一つ。
「お父さんの指輪なのです!」
メリッサちゃんがそう言って指輪を拾い上げた。
『この力で自分が脱出できりゃ最高なんだが、今はそれが精一杯だ。
ともかく、それをリョウヘイ君に譲ろう。そのままでも充分に使えるが、出来れば権威付けをしたい。そういう訳だから出来るだけ早く王宮に行ってくれ。
その指輪が君の身分を私の代行と認める事になる』
「王宮、ですか?」
『ああ、こっちもその内に脱出するだろうから焦る事は無いが、少なくとも一年以内には王に会える様にしてくれ。
今の代の王は、そう悪い奴では無いと思う』
そこまで聞こえた時、ローラが低い声で問いつめる。
「お父さん。本当はかなり危険な状態なのね。本当はどうなってるのか教えて……。
お願い!」
しばしの沈黙の後、リバーワイズさんはメリッサちゃんを別の部屋に移すように言ってきた。
それだけで今の彼は、俺たちが思う以上にヤバイ状態に在るんだ、って分かった。




