38:リバーワイズさん帰らず①
「ちょっと! 何、勝手に縄を解いてんのよ!」
「あっ! ゴメン! でも可哀想だろ?」
ローラは俺の言葉に“はぁ!”と呆れた様に息を吐いたが、次には首を横に振って引いてくれる。
「あのね……。まあ、良いわ。あんたの奴隷なんだから、責任持ってくれりゃそれで良いわよ。唯、絶対に目を離さないでよ!」
ここで馬鹿な俺はついつい調子に乗ってしまった。
「でもさ、さっきからリアムと話してると、彼女、リバーワイズさんとは知り合いらしいよね?
じゃあ、ローラとも知らない仲じゃないんだろ?
いきなり縛り上げるのは酷いんじゃない?」
言葉が終わらない内に“キッ”と睨まれる。
「その知らない仲じゃなかった人間から、“いきなり”襲われた方の気持ちも考えてよね!」
そう言われたリアムは俯いてしまう。
「すいません……」
リアムの素直な謝罪に一瞬は息を呑み込んだローラだが、続いての言葉は納得のものだった。
「別に根に持ってる訳じゃ無いの!
あんたの今の状態が分からない以上、メリッサに危険な状況は作りたく無かったの、よ」
言葉の最後など消え入るような響きしかない。
根は優しい子なんだろうな、と思う。
今、ローラはメリッサちゃんを守ろうと必死なんだって分かった。
だから、俺ももう一度謝る。
「俺が悪かった。ホント、ごめんな。もう、勝手はしないから勘弁してくれよ」
何度目かのヤレヤレのポーズの後、ローラは話を切り替えてきた。
「それはもう良いわよ。それより……」
「なに?」
「さっきの話、本気なの?」
「さっきの話って?」
問いつめてくるローラの言葉の意味が分からなくて首を傾げてみせる。
「だから、お父さんの弟子になりたいって事よ」
「ああ、勿論」
「そりゃ無理ね」
「どうして?」
「あんた。この子の話、聞いてなかったの?」
そう言われて、リアムとの会話の内容を思い出す。
何だろう……。
暫く考えていて、“あっ!”と叫ぶ。
考えなくたって気付よな、俺!
ローラの言う通りだ。リバーワイズさんが弟子を取るはずがないじゃないか!
何てったって今、リバーワイズさんが“放浪の人”になっている理由のひとつは弟子、つまりは助手の裏切りだったんだから……。
「そうか……、そうだよな……」
呆然として、思わず虚ろな声がでる。
そんな俺にローラが哀れむような声を掛けて来た。
「でも、あんた、お父さんと同じ国の出身なんでしょ?」
「えっ?」
「だって、その髪と瞳よ。どこの国か知らないけど、お父さんと同郷なら話ぐらいは聞いてくれるかもね。
あと、弟子は無理でも後見人ぐらいにはなってもらえるかも知れないし……」
どうやらローラは、俺とリバーワイズさんが同じ国の出身だと思ってるみたいだけど、二百年も生きる地球人なんていない。
まあ、それでも話をするだけはしてみよう。
後見人制度があるってなら、身元が保障されるには充分だ。
確かに諦めるのは、断られてからでも遅くない……と思う。
そんな事を考えていたら、凄い勢いで玄関のドアが開いた。
「お姉ちゃん! お父さんから連絡なのです。 急いで欲しいのです。
なんか変なのです! お父さん、慌ててますです!」
メリッサちゃんが泡を食った様子で駆けつけてきた。
何が起きてるんだ?
とにかく俺たちはリビングに跳び込むと、テーブルの上の水晶球を囲んだ。
水晶球の中には何も映っていない。
でも、声だけは聞こえる。
映像が映らない事をローラも不思議がってるみたいだけど、声が聞こえるだけ良しとして、卿に話しかけていく。
水晶球の向こうから応えるのは、渋みがあるけど、今は少しばかりの焦りが感じられる声。
『生きる伝説』ことリバーワイズ卿との初めての出会いは、こうして顔さえ見る事も出来ない妙な状態で始まった。




