29:視線
「兄貴、スゲェっすね!」
「ああ……」
自分で言うのも何だが、“シーアンのハルミ”と言えば、それなりに知られたバロネットだ。
実質最高ランクのBランクになって七年。
十代でBランクになったバロネットなど、この百年では久々の存在だ。
数年の内には城市ギルドのトップ十位に手が届きそうな俺に、誰もが一目置く。
仲間が少々チンピラ臭いのは玉に瑕だが、根は良い奴らだし、何と言ってもCクラスの中堅である以上は充分頼りになる。
その俺たちの度肝を抜く人間が居るなんて思いもしなかった。
いや、確かにリバーワイズ卿と言えば、生きた伝説だ。
だが、冗談としか思えない話しか出回らないんで、その伝説も『話半分』で聞いてたってのがホントのところだった。
ところが、いきなり“弟子”ってのが現れた。
だから上手く行けば、『秘伝』とも言われるAランカーの力も見せてもらえるかもしれない、と少しばかり期待していたのも確かだ。
けどよ、こいつは少しどころかトンデモねぇ。
ギルドマスターのジジイの口癖。
『いくらBランクでトップに立とうと、Aランカーの最下位から見ればゴミも同然』
その意味が初めて分かった。
竜甲兵相手に、ひとりで五分以上に戦う存在なんて、考えた事も無かったぜ。
弟子でこれなら、師匠の本気はどうなるんだ!
まったく世の中、広いわ!
あいつの名前、まだ聞いてなかったぞ。
後でちゃんと聞いとかなくっちゃあな。
あれっ、そう言えば、あいつから渡された松明。
こりゃ一体何なんだ?
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『リアム、必ず奴を殺せ! そうでなければ、貴様は処刑だ!』
水晶球から声が響いてきます。
「ズール隊長。それはギルタブリル様からの命令でしょうか?」
『貴様の生き死になど、若様を患わせる事では無いわ!』
「はい」
竜甲の体密度を上げると、高さが一〇セルテほど縮んだ事が分かります。
これで正面装甲は一割がた厚みを増しました。
出し惜しみは無しですわ。やるしかありません。
それにしても目の前の彼。この人は本当に人間なのでしょうか?
さっきの攻撃が火炎弾だとすれば、ワイバーンなど軽く超えています。
Bクラスの火炎系魔術師が二十名集まっても、あの威力は無理でしょうね。
足下への一撃は素人じみたものでしたので軽く避けられましたが、あの様な本物の力の前に“戦技”などという小手先の技は無力です。
次の攻撃で決着が付くでしょう。
確かにうかつに動けませんが、彼も自分から仕掛ける事は無い様です。
余裕なのでしょうか?
まあ、いいですわ。こんな人生にも疲れましたの。
弟子とはいえ、リバーワイズ様の手に掛かって死ねば、あの御方も少しの間ぐらいは私を覚えてくれるかもしれません。
リバーワイズ様が私に約束して下さった事を忘れているとは思いませんが、あの御方も『法』には縛られる存在です。
これ以上のご迷惑はおかけできません。
いくら戦奴とはいえ、恩人に弓引いた以上、こんな死に方が私には相応しいのでしょう。
水晶球に弱い念話が繋がって来ました。
ピートが戦闘を止めるように呼び掛けている様です。
滅多に口を開かない人ですから私のことなど眼中に無いと思っていたのですが、結構良い人だったんですね。
ですがね、騎士のあなたと違って私は『戦奴』です。
命じられた事に逆らう力は無いんですよ。
左胸の“契約印”が教えてくれます。
『お前は常に誰かの奴隷なのだ』と。




