24:交渉③
奴らは何やら大きな荷車を押し出してきた。
上にはシートが掛けられていて、何が積まれているのかはさっぱり分からない。
けど、なんだか嫌な予感がする。
レヴァが呟く。
【ふむ、あの布の下からは下っ端の臭いがするな。昔、よう喰った餌の臭いよ】
何か食べ物なのだろうか?
いや、レヴァが喰った、というからにはまともな物じゃあないんだろうね。
でも、シートの下のあれが魔獣の様な存在だとしても、とても生きているとは思えない。
シートは全く動くことなく、その下にあるのは単なる“もの”だという事は分かるからだ。
ふと見ると、俺を最初に取り囲んだ五人が溜息を吐くか手の平で目を覆っている。
それから、さっきのリーダーらしい男が俺に近付いて来た。
俺の目の色が変わったと教えてくれた男だ。
歳は二五才ぐらいだろうか。
灰色の髪は短く刈り込んでる。程よい肉付きの頬と澄んだライトブラウンの瞳が綺麗に合わさって、見るからに『爽やか好青年』を絵に描いた様なスタイル。
この人と地球で会ったら、『面倒見の良い兄貴』ってタイプに分けちゃうんだろうね。
実際、俺の兄貴もこんなタイプだったので、やけに親近感が増す。
そんで、おれの持ってたイメージ通り、リーダーは俺に忠告だか提案だかをして来た。
“脅し”じゃない。何かを心配する口調だ。
「なあ、お弟子さんよ。
あんた、俺たちに魔法をぶっ放さないでくれたから言うんだけどよ。
もう、ここは引いて、一旦でも奴隷共を差し出さないか?
リバーワイズ卿が帰って来れば、奴隷もすぐに取り戻せるだろ?
あんた、このままじゃ大怪我は間違い無いぜ。いや、下手すりゃ、死ぬ!」
その言葉に周りの下っ端たちも頷く。
「なんか親切だね」
不思議な感じがする。
この五人だけが他の連中とは、ちょっと距離が有る感じなんだ。
俺の気持ちを読んだのか、リーダーは自分たちの事を説明し始めた。
「いや、別に親切じゃない。こりゃ、俺たちの立場もあるんだ。
俺たちは“バロネット”だ。要は今回だけって事で雇われただけなんだよ。
山賊の討伐や奴隷を狩るぐらいなら別に良いと思って参加したんだが、まさかリバーワイズ卿に盾付くとは思わなかったんだ。
その上、お弟子さんにまで手を出したと有っちゃあ、あの男爵家はともかく、俺たちは後がヤバイ。なあ、頼むわ!」
バロネットって何だ?
と思うが、それを聞くのはマズイ気がする。
要は『傭兵』なのだろう。
ネットで勉強した記憶では、地球で言うところの“バロネット”も、そんな存在だった。
違いといえば地球の場合、元々はイギリス辺りで独自の農地を持つ豪農を指す言葉だった事だ。
彼等は、ひとつの闘いに必要な資金や兵力を献上する事で王から領地の保有を正式に認められると、最後は一代限りの貴族になった。
それが『準男爵』だ。
つまり、バロネットとは『男爵』と語源を共にする人々で、意味は『自由な男』
でも、この世界の場合は傭兵で間違い無い感じがする。
ラノベの世界で言う『冒険者』って奴だ。
できれば冒険者なんて種類の人たちには、奴隷狩りなんてして欲しくないけど、それはこっちの勝手なイメージだ。
この世界の価値観では当然の仕事なんだろうね。
理屈では分かっても、やけに腹立たしくなって、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「結局、あんたら自分が可愛いだけだろ。俺には彼女達を守る義務があるんだ。
そんな話が聞けるか!」
彼等は俺の言葉を、リバーワイズさんからの命令だと思ったのだろう。
黙り込んでしまった。
勿論、俺には彼女達を守る義務なんて無い。
もしかして、また裏切られるかも知れない、という怖さだってある。
でも、あの時みたいに、すぐに諦めてしまったり、逃げっぱなしで折れるのは嫌だ。
仮に裏切られても正しいことをしたなら、胸を張っていれば良い。
見返す力を身につけるまでは、一度くらい逃げる事だって別に恥ずかしい事じゃない。
でも、前世の俺は、その程度の事すら思い付かずに、唯、折れただけだった。
今度こそ間違えない。
“逃げるために逃げる”ってのだけは、もう嫌なんだ!
俺の表情から、決意を読み取ってくれたのか、リーダーは諦めた様に頷く。
「まあ、そこまで言うなら、もう止めん。
けどよ、お弟子さん。あんた、あれに勝てるのか?」
そう言って彼が俺の真後ろを指さす。
振り向いて、3メートル程の高さの“それ”が目に入った時、俺は今までの言葉と気持ちを全て無かった事にしたくなった。
そこには確かに『巨人』がいた。




