119:実験③
煙が晴れると、案の定というかなんというか、壁はほとんど無傷でそこにあった。
土煙が激しかったんで結構壊れたかと思ったんだけど、全体が巨大だから多少削れたぐらいではほとんど変わった点が見つからないのだ。
「こりゃ凄いな」
「ルッツ、お前、役立たずじゃん!」
「てか、ルッツの魔法が効かないんじゃ、これ壊せるやついないんじゃないの?」
ルッツが酷い言われようなのはちょっと可哀想だけど、まずまず評価が高いのはいいと思う。
ちょっと鼻高々になってフフンと胸を張っていると、ほとんど喋らない大男のガルマンが、ボソリと呟く。
「じゃあ、あれを崩せるって言うお弟子さんの火球って、一体どれくらい凄いんだ?」
一瞬にして場が静かになる。
いや、ホント。シーンって擬音が付きそうなくらいだよ。
こうなると、あれを崩して見せんないといけないんだろうけど、実はそう簡単じゃない。
どうしよう、と悩むうちに、
「おお、そうだ、アレ崩せるんだろ! 見せてくれよ!」
「大穴、空けられるんだろうな? しょぼい削り方じゃ納得しないよ~」
「りょーへー! りょーへー!」
「大将、大将!」
みんなで色々とコールしてくる。
煽るというより、ノリ良く気合を入れてくれてる感じだから、悪い気はしないんだけど、やるべきだろうか?
う~ん。
戸惑う俺の側にハルミさんがやってくる。
「なあ、出来ないって訳じゃないんだよな? 何、悩んでるんだ?」
追い詰められてしまった。
こりゃ白状するしか無い。
「実は、ここのところ火の魔法が大きくなりすぎて、ちょっとコントロールしにくいんだよ」
そう、シーアンに来るまでの間に、俺とレヴァは道すがらあちこちで魔獣を退治して来た。
そのせいか、レヴァが育ち過ぎてしまった気がするのだ。
こいつが力を使えば使うほど大きくなると言っていたのをすっかり忘れて、魔獣退治が楽しくなっていたんだ。
まあ、今回の攻略戦には必要な力だから良いのかなぁ。
でも、ここで最大火力をぶっ放すと、ますますこいつがデカくなる。
そうなると、何がおきるか分からないのが怖いんだよ……
とは言え、力を見せずに協力は得られない……
結局、覚悟を決めた。
「ハルミさん、みんなを馬車に乗せて」
「え、なんでだ?」
「いいから、頼むよ」
「分かったけど、あれ、どうすんだ?」
そう言ってハルミさんが指さしたのは閉じたままのテントの入口。
そういえば、そうだった。
「やだ、まだ出たくない!」
そう言って暴れるローラをテントから引っ張り出して無理やり馬車に乗せる。
馬車に乗った後は体育座りになって顔を膝の間に突っ込むと、誰とも顔を合わせようとしない。
これにはまいったけど、とにかく馬車を移動させなくっちゃいけない。
平野を西に向かって馬車を出してもらった。
西側はずっと荒れ地が続いているため遠くまでよく見える。
ゆっくりと、でも確実に距離を稼いでいく。
「おい、結構離れたぞ」
ハルミさんがそう言ったのは、壁から大体500メートルは移動したところだろうか。
壁は今では遠くに菓子箱みたいに見えて、目の前に片手をかざすと手のひらですっぽり隠れてしまうくらい小さくなった。
「うん、これくらいなら大丈夫かな」
レヴァ、行けるか?
【全力でやりはするが、狙いはお主が付けなくてならん。
この距離ではあたるかどうか、分からんぞ】
何発か撃てば、そのうち当たるだろ?
【それはそうであろうが、土の欠片を使うのとは訳が違う。
全力なら5~6発も撃てば、撃ち止めだな】
なら、5発以内で当てるさ
【ま、よかろう】
ああ、頼む。
レヴァとの話し合いも終わったところで、皆に宣言する。
「じゃ、いくよ」
そう言って右手を土壁に向ける。
人差し指と中指の付け根、V字型になっている谷間の底で狙いをつける。
「いくぞ!」
とたんに手のひらから一メートルほど前に小さな火球が現れる。
レヴァがどんな火球を撃ち出すのか、聞いてもいないのになぜか完全に分かった。
壁に対して火球はあまりにも小さい。
誰もが不安気な顔になっているだろうことは、見なくても分かった。
その空気に耐えきれなくなったのは、魔術師のルッツだった。
自分の失敗があったから、この火球では無理だって感じたんだろう。
「おい、そんなんで壊れるのか?」
誰よりも緊張しているといった口調だ。
だけど、この火球をそのまま飛ばすわけじゃない。
「まあ、見ててくれよ」
そう言うと、少しずつ魔力を込めていく。
火球は次第に色を変え、赤からオレンジ、オレンジから黄色、黄色から淡黄色、そして最後に白く光る。
まあ、今の力ではここが限界かもね。
でも、これで十分だ
そして……
「いけ!」
そう叫んだ瞬間、白い火球は形を変えて一筋の線になる。
ほんの一瞬で白い線は土壁に到達し、ついには吸い込まれるように消えてしまう。
その直後、地平線全体が真っ白に輝いた。
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