114:自由人との再会②
「おおっ! お弟子さんか! まさか、本当に会いに来てくれるとはね!」
街の中央区画にあってもあまり目立つとは言えないこぢんまりとした二階建ての店、『幸運の白鹿亭』に入ると、ハルミさんはすぐに見つかった。
何でも、ちょうど一仕事終えたところで、チームのみんなで祝杯をあげていたんだそうだ。
やや薄暗い店内には、いかにも冒険者って感じの連中が集まって、真っ昼間だってのに一部は既に出来上がっちゃってる。
ついでに言うなら、その彼らのテーブルの側の壁にはぶっとい槍や巨大な斧が、専用の掛け具に引っ掛けられていた。
まだ、血の臭いが漂って来そうな迫力がある。
ついでに弓や盾は椅子に立てかけられ、その持ち主らしい男達が木製のジョッキを持ち上げて水みたいに喉に流し込んでる。
握手を済ませたハルミさんが俺達のためにわざわざ席をつくってくれた。
奴隷にまで席を空けさせる彼の行動に、周りの自由人達はちょっと不思議な顔をしたけど、
「俺の客だ!」
の一言で誰もが納得した。
凄いね。
話が始まると、ローラ達は俺とハルミさんが向き合うテーブルの隣の席にちょこんと座って俺たちの話に耳を傾ける。
ハルミさんは上機嫌で俺の手を握った。
「今日は、良い日だな。レッサービヒモスなんて大物狩りに成功しただけでも信じられないってのに、その日の内にこうしてお弟子さんに再会出来たんだからな!」
「レッサービヒモス? そう言えば、ギルドで何か大掛かりな依頼に成功したって聴いたけど、それの事?」
「ああ、小翼竜と火炎猪が合体したみたいなトンデモ無い化け物でなぁ。
先月、北の山脈のふもとに現れて段々と南下してたんだが、被害が出る前にどうにかしようって事になって、街中から賞金を募った。
で、先だってようやく納得出来る額が集まったんで、俺たちが出張ったって訳だ」
その言葉に周りの自由人達も大きく頷く。
三十人がかりでの討伐戦の話は誰の言葉にも力が入って来る。
そうして、激戦で二人の死者が出たって下りになると、空いた席に置かれた持ち手のいない二つのジョッキに全員の目が向けられた。
死んだ仲間に向けて置かれたモノだって事が分かって、少し場が暗く感じる。
それに、今聴いた話を振り返ると、ちょっと変だ。
「そこまでヤバイ奴なら軍隊の出番じゃないの? この街の領主はなにやってんの?」
そう俺が尋ねると、誰もが眉を顰める。
「大体、あの男が代官になってから、この街は!」
酒だけじゃない赤みを顔に表して一人の男が怒鳴り声を上げたけど、ハルミさんが右手を上げただけで、すぐに黙りこんだ。
若いハルミさんが、この場に居る全員を完全に統括してるのが分かるシーンだ。
そんな俺の驚きをいなすように、ハルミさんは軽く肩を竦めて俺に向き直る。
「人相手にするのと魔獣相手じゃ、戦闘のノウハウが違うんだよ。
もちろん人数で押す分、軍隊の方が強いのは当然だけど、今の代官ってのが、これまた守銭奴で、な。
要するに何だ勘だと言い訳ばかりで、腰が重い」
「うん、軍隊って金食い虫だからねぇ。でも……」
反論しようとする俺を遮ってハルミさんは話を続ける。
どうやら代官の話題を続けて周りを刺激したくないみたいだ。
素直に黙った俺に向けてハルミさんの話は続く。
「とにかく、このままじゃあ、あの大物はシーアンにまで来ちまうかもしれなかった。
とは言え、その確証も無いんで最後の手段としての軍が出張るにはちょっと早い。
って訳で、結局は街の商会からの討伐依頼って事になった。
で、まだ正式な名前も無かったんで討伐した俺たちで名付けさせてもらったって訳だ。
サイズと強さ以外、見た目だけは歴史書に載ってたビヒモスそっくりだったからな!」
ハルミさんの言葉に誰もが頷いて、繰り返すように死んだ仲間の弔いを口にしていく。
少しばかり誇らしげな口調は、自分達にも向けられて居る様だった。
「名前負けしない大物だったぜ!」
「あいつ等も、この街の歴史に名を残すのは間違い無い」
「そうだな。無駄死にじゃなかったよ」
「ああ、絶対だ!」
会話からでも、やっぱりハルミさん達はかなりの腕前の様だって分かる。
仲間の死を乗り越える強さと、考え方の柔軟さがあるんだからね。
もし俺たちが街中で暴れるとなると、軍隊より、こんな風に意志が強くて変則的に物事を考えられる連中の方が手強い相手になるのは間違い無いと思う。
つまり、彼らに対して『手加減して勝つ』なんてのは絶対に無理だ。
なら、やっぱり何とか彼らを街から遠ざけたいな。
いや、まて!
今の話、いやこの雰囲気からすれば、もしかして……。
考えを纏めるために一度、彼らと別れる。
情報がもう少し必要だ。
話が一段落したしたハルミさんに
『またお邪魔します』
と約束して、俺たちは宿に向う。
部屋に入ると三人がやっと声を出したけど、のっけから不安げな会話になった。
「やっぱり新しい魔獣がどんどん現れてる……」
「良くない傾向ですね」
「恐いのです……」
「あれっ? 魔獣って一般的な存在じゃないの?」
不思議に思って尋ねる俺に、ローラは少し説明が難しいと言う。
「そりゃあ、昔から居るにはいたけど、ゴブリンとかオーク、後は精々ガルムやジャッカみたいなものばっかりよ。
地上を歩き廻る大型の魔獣って、実際には口で言うほど多くは無いのよ」
そうして眉を顰めるローラの後を継いで、リアムも捕捉を入れてくれた。
「地竜だって、そうそうテリトリーから出て来ることはありませんでした。
人の生息域で目立つようになったのは、やっぱりこの数年の事ですね」
話を聴くほどに、この街の領主のあり方が気に掛かる。
やっぱりハルミさんとは、もう一度、きちんと話す必要がありそうだ。




