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108:今、そこにある事実④


 この王国の名前をヴェステルラントという。

 古い言葉の意味では「東の土地」だが、今では同じ音を当てはめて「東の国」という意味を持たせている。


 ヴェステルラント王国は、独立するまでの三百年間、西のエイダル王国の植民地であり、元は国という概念を持たない人々が農奴として使役されるだけの地域だった。

 エイダル王国との間には大河が流れ、それが長いこと両方の土地を隔てていた事も文化の違いを生んだんだろうね。


 けど、二百年前に植民地支配は終わり、独立運動の指導者であった人々が王位に就いた。

 全ては『竜甲』の持つ圧倒的な力が成し遂げた奇蹟だったと言って良いだろう。


「ここまでは分かるね?」

 侯爵が全員を見渡し確認を取ると、誰もが頷く。

 メリッサちゃんは果たして分かっているのかどうか怪しいけど、彼女も実に大儀そうに頷くので、侯爵はそのまま話を続けた。


「さて、問題は独立後だ。元々この国は共和制を取ろうとしていた」


 でも今は違うよね? それは何故?

 俺の当然の疑問に侯爵は頷く。

「国民から“待った”が掛かったのだよ」


「“まった”? つまり誰かが反対したって訳ですね」


「言っただろう、『国民から』だ、と……。

 誰か、処では無いのだ! 国民のほとんどが反対したのだよ!」


「な、何で!」


 やっと王侯貴族の支配から抜けだして自由になろうってのに、それを嫌がるってどういう事なんだ?

 混乱する俺の表情に満足したのか、侯爵はちょっともったい付ける様に頷いて、少しの間を置いたけど、すぐに説明を進めてくれる。


「それぞれに反対した理由は違うが、結局は国民が成熟していなかった、としか言いようが無いな」


「成熟?」


「独立があまりにも容易すぎて、ほとんどの民衆は自分達が独立戦争に参加した事すら気付いて居なかったのだな」


 こうして侯爵の話が続くほどに、俺は目眩がして来る。


 結局、竜甲を操って部隊を率いた少数の人々だけが独立戦争の正面に立った。

 その後の独立交渉もそうだ。

 その他、大多数の国民は自分の名前すら書けない無知蒙昧な農奴だ。

 何が起きたか分からぬ侭に支配者が入れ替わったとしか考えなかった。


 彼らは『政治』、なんて言われても何をすれば良いのか分からない。

 なら、難しい事は上に立つ人がやれば良いって、考える事を投げ出した。

 いや、政治に近づきもしなかった。

 それどころか下手に権力の意味に気付いた下層住民など、尚、質が悪い。

 税の意味すら考えずに無闇な贅沢だけを求める有様だったらしい。


 これじゃあ、共和制なんて土台が無理な話だったって訳だ。


 この国の建国の歴史を知って、俺はあっけに取られる。

 つまり、この国の独立は結局、崇高な理念なんかこれっぽっちも見つけられない、単なる地方豪族の争いって形で終わっちゃったんだ。


 リバーワイズさんが参加した事からも分かる通り、最初は確かに高い理想があったんだろう。

 でも、残念ながら結果はそうじゃなかったって訳だ。


「うむ、飲み込みが早くて助かる。

 で、やむを得ず当時の植民地代官が国王に、その部下達が諸侯に封じられ、今に至ると言う訳だ」


「何って言って良いのか分からなくなる話ねぇ……」

 ローラが呆れた様に肩を落とす。

 自分の父親が係わった独立運動が、思った程には立派な話じゃ無かった事にショックを受けてるんだろう。

 落ち込むのも当然だ。


 だから、少し慰める。

「まあ、そう言うなよ。内戦にならなかっただけマシだった、って俺は思うよ」


 そう呟いた俺の言葉に、侯爵の目がキラリと光った。


「ふむ、何故、内戦になる可能性があった、と思うのかな?」


 真剣な表情は侯爵だけじゃない。

 周りに座ったピートやルルイエ、それにグニッツまでもが俺をじっと見ては答を急かす様な顔付きになっている。


 なんだ?


 不思議な気分になる。

 俺は別に特別な事を言った訳じゃ無い。

 俺が死ぬ少し前、北アフリカで『アラブの春』って事件があった。

 その事を思い出しただけだ。


『アラブの春』はチュニジアから始まって、その後、連鎖的に反政府デモや争乱が起きた事件の事だ。

 当時、チュニジアなどでは貧富の差が激しく、若者の失業率は二十パーセントを超えて居たため、一見して民主主義を目指した素晴らしい活動のように思えたので、誰もが賛同した。


 でも、独裁政権が倒れた後、誰もが好き勝手なことを言い出して、現地の政治は完全に崩壊。

 狂信者集団の国家まで現れて無茶苦茶になると、最後にはヨーロッパまで百万人の難民が押し寄せる羽目になった。

 欧米や日本は、野蛮って言葉の意味を完全に忘れてたんだろうね。



 そこを意識して、俺は慎重に侯爵へ答を返す。


「国王だけでなく諸侯もそうですけど、強欲な奴がリーダーに選ばれた場合、権力は自分やその身内の利益のためだけに使うものだ、って考えてもおかしく無いでしょ?

 そいつが進めば、利益の取り分で争いにだってなるんじゃないんですか?

 そう云う事が防げたんなら、この国の独立運動家達は、どちらかと言えば高潔な部類だったと思うんですけど?」


 その答えに満足したかのように侯爵は頷いた。

 でも、すぐにその頷きを止めて溜息を吐くと、不穏な言葉を口にする。


「君のいう事は正しい。だがね、その高潔さも、どうやら一時のモノだった様だ。

 今、君が心配している事そのものが、既に起き始めている可能性があるのだ」


「それ、どういう事でしょうか?」


 思わず身を乗り出す俺だった。





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