105:今、そこにある事実①
「つまり、リバーワイズ卿からの預かりものだから、って事かい?」
頭が真っ白になる。
やられた!
間違い無い。このグニッツって男、侯爵に関係する人間だ。
勿論、会頭もそうだろう。
俺たちの正体はとっくにばれてて、こいつらのお芝居の中で踊らされてただけだった。
自分の表情が固まってるのが分かる。
どうする……。
いや、もう遅い。悩む時間は終わったんだ。
「リアム! 会頭を押さえろ!」
リアムに指示を出すと、俺はメリッサちゃんを引っ張ってソファの後に飛び退く。
ローラも同じにグニッツから距離を取った。
こうなりゃ、会頭を人質を取ってでも、ここを脱出しなくっちゃならない。
どうやらリアムは俺に言われる前から、とっくにその気だった様だ。
あっさりと会頭の後に廻ると首に手を回して、いつでもへし折れるぞ、って姿勢を見せる。
「おい、おい。いきなり何しやがるんだよ」
グニッツはわざとらしく『驚いた』って顔を見せるけど、演技が過ぎて緊張感もありゃしない。
いや、緊張感がないのはリアムに命を握られてる筈の会頭も同じだ。
「いやはや、何やらとんでもない事になりましたなぁ。
リョウヘイさん。今の会話でグニッツがまた何か無礼を働きましたか?
それなら私もお詫びしますので、この子の腕を首から外して頂きたい。
私は武芸はからっきしだが、それでも、あとちょっと力を入れられたら首がポキリと行く事ぐらいは分かりますからねぇ」
「分かってるなら動かないで下さい、会頭閣下。 残念ですが俺は本気ですよ」
そう云って、こっちが主導だって主張するけど、実際の処、状況はメチャクチャにヤバイ。
どうやってここから出りゃ良いのか、それすらさっぱり思い付かないんだ。
今後、退路を確保しないで、敵地に乗り込むのは絶対に止めようと思うけど、その教訓だって今を切り抜けてこそ生きる。
このままじゃ四人揃って牢屋行きは間違い無い。
んで、その後は?
まあ、考えられる線としては侯爵に引き渡されるってとこだろう。
グニッツは俺やローラが何者か知ってる。
なら、その確率が一番高いね。
ええい! とにかく動こう!
「ローラ! ここは俺とリアムが押さえる。
メリッサちゃんと二人で先に出てくれ!
マーニーさんを上手く誤魔化して二人だけ先に退出するって形をとってくれりゃ良い。
俺たちは今、別の商談に入ったって事にして誰も部屋に近づけさせない様にすりゃ、時間は稼げるだろ?」
「わ、分かった。馬車を廻して来たら門の外で笛を吹くけど、それで良いかな?」
「ワタクシの耳、普通じゃ在りません事よ。でも念の為、短めで良いですから二回は吹いて下さいね」
ローラの提案にリアムがOKを出して、脱出の手順は決まった。
とにかくメリッサちゃんを安全に会館の外に出さなくっちゃいけない。
早速、ローラがメリッサちゃんの腕を取る。
俺は右手に小さく炎を生み出して、そいつをグニッツに向けると視線で動きを封じた。
「そう、上手く行くかねぇ?」
座ったままのグニッツは、肩を竦めて俺を見上げる。
その表情に、いやに余裕がある。
俺の魔法を見ても驚かないって事は、こいつも知られてたんだろうか?
でも、今更、後に引けない。
「上手くいくかどうか、じゃないんだ」
それだけ言うと、ローラに脱出を促す。
頷いて足を進めたローラだったけど、そいつはすぐに止まることになった。
前触れもなくいきなり、ドアが外側から開かれたからだ。
しまった、と思う間もなく中に入ってきた男を見て俺の顔は引きつる。
いや、そいつと正対したローラも一瞬は固まってしまう。
でも、やっぱり一瞬だけだ。
外に音が響かない様に気を付けてるんだろうけど、怒りを隠せない声は目の前の相手に向けられた。
「あんた……。やっぱり裏切ってたのね!」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。そいつは誤解だ!」
俺たち以上に慌てたかのように両腕を前に突き出して、ローラを押しとどめた男。
もしかして、って一度は考えて打ち消した、俺の『嫌な予想』は残念だけど当たってたみたいだ。
そう、ドアの正面に立ちふさがったのは、ルルイエを従えたピートだった。




