104:黒い商人、白い商人⑦
この街に腰を据える考えはないか?
グニッツっておっさんのいきなりの言葉に、フロア全体の音が消えたみたいになる。
俺たちの誰もが、今何が起きてるのかさっぱりわからない。
いや、呆けてる場合じゃない。
まず、このおっさんが何を狙ってるのか、知らなくっちゃいけない。
まあ、そう簡単に本音を話すとも思えないんだけど、リアムとローラの視線から対話のバトンが俺に託されているのは分かった。
「あ、あのですね。グニッツさん。
そりゃあ俺だって、みんなの希望を蔑ろにしようとは思いません。
でも、借り物とは言え、今の彼女らの主人は俺です。
いくら何でも、こいつらが自分の希望をあなたの前で話す訳無いでしょ!」
「ふむ、確かにな。なら、お前さんに訊こうか? 今の話、どう思う?」
「メリットがありませんね」
「そうか?」
「この街は王都から離れすぎてます。こっちとばかり商売をする訳じゃないんですから」
「なるほど。そう云う設定か」
「設定?」
ドキリとしつつもシラを切ってみせる。
こいつはマズイ。
どうやら、この会談の本性が現れつつ在るみたいだ。
ふと気付くと、会頭が俺たちを眺めるとでもなくぼんやりと見ている。
あっ! やられた!
今、会頭は俺が使ったのと同じ手を使って“外から”この話を分析してるんだ。
やっぱり間違い無い。 『今』がこの会談の本命なんだ。
さて、どうする?
とにかく話を変えなくっちゃ、と焦った俺は適当な言葉を発したんだけど、こいつが俺を更に深みへと追い立てて行く事になった。
「と、処で、会頭閣下もルーニーさんもそうですが、ここは奴隷にも優しい人が多いんですね」
「辺境だからな」
「?」
「辺境では人間そのものが貴重だ。奴隷かどうかなんて関係ねぇんだよ」
「はぁ……」
「お前、王都の出か?」
「いいえ、違いますが」
「じゃあ、どこだ?」
「この国じゃないんです。奴隷も居ませんでしたから、こっちに来て驚いてます」
「そうか……、随分遠くから来たんだな。
奴隷が居ないなんて、全く良い国じゃねーか。何でそんな良い所からわざわざ出てきた?」
「はぁ、色々ありまして……。若い内にあちこち見て回りたいな、とも……」
今、一瞬だけど胡散臭いモノを見る様な目になったのは気のせいだろうか?
でも、グニッツは、その目が無かったかのように話を続ける。
「王都じゃ奴隷同士に殺し合いをさせて金を掛けて遊ぶのが今の流行だそうだ!
それだけで十万ソヴリンからの金が動くとも聞く……。
クソ共が! 本当に馬鹿者ばかりだ!」
声が所々で震える。
このおっさん、本気で怒ってるんだ。
「……」
うかつな事は言え無くって、俺としちゃあ、黙り込むしかない。
グニッツの演説は続く。
「いいか、今、赤ん坊が十人生まれたとしよう。
けどな、翌年まで生き延びられるのは、そのうちの七人ってところだ。
五つまで生き延びられるってなら、もっと少なくなって、精々が五人ってところだろう。
挙げ句、魔獣なんてモノまで出てきて、更に人が減りやがる。
もう、妖精だの獣人だの何だのって言って、種族の違いでいがみ合ってる場合じゃねぇんだよ!
分かるか、小僧?」
そういってギロリと周りの聴衆を見渡す。
誰もが大きく頷くだけで、咳ひとつ上がりゃあしない。
「ええ、そうですね」
凄い人だ、と素直に感心して俺も大きく頷く。
けど、グニッツは急に声色を変えて俺を睨み付けた
「ほう……。なら、何でテメェは奴隷なんか借り入れてるんだ? それも女ばかりよぉ?」
はっきりと敵意が籠もった声だった。
「よう! そこんとこどうなんだ。答えなよ?」
何だぁ、このおっさん! 感心して損した! ちょっと、いや、目一杯ムカッと来たぞ!
人の事情も知らないくせに!
でも、ケンカはマズイ。我慢だ。
「いや、これには、ちょっとした理由がありまして、はい。
まあ、なんと言いますか人それぞれって奴ですかねぇ……」
頼むからこれで納得してくれよ。
祈るような気持ちで、グニッツに苦笑いを返す。
だが、次にグニッツが発した一言は、一瞬で俺を追い詰めた。
「つまり、リバーワイズ卿からの預かりものだから、って事かい?」




