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101:黒い商人、白い商人④

「とにかく、許可を取らなくてはなりません」

 ルーニーにしばらく待つように言われて、一時間くらいは覚悟したんだけど、十分と掛からずに彼は戻って来た。

 奥に消えた時以上に『納得がいかない』って顔をしているけど、

「了解、だそうです。では、こちらへ」

 と、俺たちを二階の談話室へ案内して行く。


 二階に上がると、いきなりルーニーが振り返って“言い忘れていたが”と釘を刺す。

「今日の商談は協会の会頭が直々に行います。できれば『閣下』とお呼び下さる様にお願いします」


 この都市での商会の力は領主に拮抗するとまで言われちゃあ、その敬称にも納得するしか無い。

 けど、その言葉でローラの緊張は嫌が上にも高まった様だ。

 細い肩が一瞬、震えた。





「随分、ごつい扉ね!」

 ローラが驚くのも無理は無い。

 部屋の扉は見上げるような大きさだ。四メートル近いだろうか?

 竜甲だって頭を擦ればくぐれてしまいそうだ。

 当然だけど、その重そうな扉を開く為の衛兵まで付いていて、まるで宮殿の一室みたいに感じる。


 金の力って凄いねぇ……、と溜息しか出ない。





 扉が開かれる。

 奥まで三十メートルはありそうな広い部屋の一番奥。

 中央に執務机がポツンと置かれ、その手前に、応接セットが設えられていた。

 部屋の隅の椅子には護衛担当らしい兵士がひとり。

 柄の悪そうな、おっさんが手持ちぶさたに組んだ足の片方をぶらつかせてる。


 開いたドアに反応して、ソファに腰掛けていた男が立ち上がると、こちらを向いて軽く頭を下げてくる。

 この人が“会頭”なんだろう。

 いかにも商人、って感じの服装で、あちこちのアクセサリーがキラキラと輝くけど、それよりも“会頭”自身がやけに目立つ人だった。

 


 彼を目にしたメリッサちゃんは、開口一番、

「すご~い! おでぶさんなのです~」

 と小声だけど、驚きの声を上げる。 


 でも“失礼だよ!”なんて怒れやしない。

 俺自身がそう思ってしまった、ってのもあるけど、その素直な一言にローラが吹き出すのを堪えて、目を白黒させている事の方が心配になったからだ。


 いや、それどころか、

「し、失礼ですわ。お二人とも!」

 そう言って、(いさ)める側に廻った筈のリアムですら声が震えてるのは隠せていない。


 こりゃ、別の意味でヤバイ!

 いきなり相手のペースに呑み込まれそうだ。


 だって、このおっさん。単に太ってるだけじゃない。

 白粉を塗りたくったみたいな真っ白な顔には眉毛が無く、反面、豊かな茶色の髪の毛とあごひげが繋がってて、正面から見るとまるで……。

 まるで、丸い食パンの断面に目鼻をくっつけたみたいな顔してるんだもん。

 笑うなって方が無理だろ!!


「は、初めまして……」

 声を震わせながら頭を下げたローラに、自然に手を差し出すおっさん。

 そう、おっさん、いや“会頭閣下”は驚いた事に奴隷に向かって、自然に握手を求めてきたんだ。


「えっ!」

 これにはローラもビックリして固まってしまう。


「おや、私と握手はできませんかね。お嬢さん?」

 眉がない顔で笑われると恐いのとおかしいのが混ざり合って、どう反応して良いのか分からなくなる。

 それはローラも同じだったみたいだ。

 おどおど、となってしまい、やっとで返事を返す。


「い、いえ、そ、その、見ての通り、私は……」


「デックアールヴ、つまり奴隷だから?」


「は、はい!」


「ここでは対等な取引相手だ。それ以上でも、それ以下でも無い。

 良い商談をしたい、と思っての挨拶なのだが、受けてはもらえないかね?」


「い、いえ、ありがとうございます」

 恐る恐る差し出されたローラの手を、やっぱり自然に握って、軽く上下させる会頭。

 こりゃ、見かけと違って常識的、いや、善人といっても良い人なのかもしれない。


 或いは、金を基本に物事を考える合理主義者かな?


 前者なら道義として、後者なら油断成らない相手として、さっきのお笑いなイメージを打ち消さないと、間違い無く失敗するだろう。

 こりゃ、やっぱり、ローラを代理にして良かった。


 ローラを代理にしたのは、日頃からの彼女の夢を一部でも叶えてやりたいって気持ちがあった事も確かだ。

 でも、それ以上に俺はこの会談を“外から”見たかった。


 自分が当事者になるより、端から見る方が色々な事が見える場合がある。

 囲碁で言う『岡目八目』(おかめはちもく)って奴だ。


 勝負に熱中してる人間は目の前の相手の作戦や、ちょっと冷静でも二手くらい先までしか読む事は難しい。でも端から観戦してる人間は、より冷静になって両方の思考を俯瞰して予測する事が出来る。

 だから結果として“外野こそ八目先までも読める”って事になる訳だ。


 今回の会談は、唯の塩取引でない事は、もう確実だ。

 なら、相手の狙いは何なのか?

 それが分かったなら、俺たちはどう行動すべきなのか。


 それを間違えない為には、自分がその中に居ちゃいけない、って思った。


 イジメを受けてる時は冷静な思考が出来なかった。

 長い人生を考えたなら、学生時代なんてほんの一瞬だ。

 巻き返しのチャンスは幾らでもある。

 でも、俺みたいに自殺を選ぶ奴は少なく無い。


 物事を客観視できないって事は、命に関わる。

 俺はそいつを身をもって体験してしまった。


 騙すような事になったのは悪い、とローラには思う。

 でも、みんなを守る為に出来る事は全部やるって決めた。


 矛盾するんだけど、俺って死後の世界よりも『今』を大事にしたいって思い始めてるんだよなぁ。




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