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100:黒い商人、白い商人③


 城のデカさに驚いてばかりいたけど、門をくぐった商業会館の立派さもスーザとは比べものにならない。

 門から玄関まで優に百メートルはあって、通路沿いの中庭にはあちこちに四阿(あずまや)が幾つも建っている。

 その下に、陽を避けながら歓談する人々がちらほらと見えた。


 一棟に二人以上がいる事はほとんど無く、大体が一対一で何やら神妙な顔付きで向かい合っている。


「あれ、なんだろうね?」


 俺の問い掛けに、先を進むマーニーは苦笑いと共に少しばかり歩く速度を緩めて、俺に並ぶ。

「元々、会館の内部を殺伐とさせない様に、って意味で、風通しの良い休憩所として造られた場所なんですけど」


「けど?」


「結局は商売の話をするのに良い場所だって事に気付いて、今では誰もが密談の切っ掛けに使ってるんですよ」


「えっ?」

 密談って、秘密の会話の事だよね? いやいや、四阿(あずまや)なんだから、どうしたって周りからは丸見えになるじゃないか!

 驚く俺にマーニーは笑って頷く。


「そこが狙い目なんです。

 例えば、大物商人同士が秘密裏に会っても必ず情報は漏れます。彼らは常に注目されてますからね」


「まあ、そうだろうね」


「でも、道端でのごく普通の挨拶なら?」


「そりゃ、そんな事まで一々追っかけてられないね」


「でしょ?」

 ニヤリと笑ってマーニーは言葉を続ける。

「中庭で出会った人物同士は、“時間が許すなら”と云う条件付でですが、あそこを使って数分は会話を楽しむ事が、一応の儀礼になっています。

 でも、今ではほとんどが『重要な話』を始める切っ掛けをつくる事が狙いになってるんですよ」


「ふ~ん。でも、あんなに開けた場所で大事な話って……、大丈夫なの?」

 周りから丸見えって事は話し声も聞き取れるんじゃないのかな?

 そう思った俺の疑問に答えたのはマーニーではなく、すぐ後方を歩くローラだ。


「開けた場所だから良いんじゃないの?」


「どういう事?」


「ひとつひとつの四阿(あずまや)は、それぞれに距離が有る上に周りには遮るものが何も無いわ。

 あれじゃ、そっと話を聞こうと思っても姿を隠して近付くのは無理ね」


「あっ! なるほど!」


 そこで、またマーニーが頷く。

「彼女の言う通りです。この中庭全体は魔石で囲まれています。

 ですから、もし高度な魔術師がいるとしても、風の魔法などを使って声を盗み聞く事も、光の魔法で姿を隠す事も、まず不可能です。

 それに本格的な商談じゃなく、あくまで切っ掛けとして話を切り出すだけの商人がほとんどなんですよ。

 最後の重要な詰めの話ともなれば、互いの屋敷に出向くか、会館の談話室を使うかするでしょう。

 でも、その段階ともなれば、例え周りに気付かれても問題無い処まで儲け話は進んでるって訳ですね」


「なーるほどねぇ……」


 感心している内に玄関に着いた。




  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 会館の中に入ると、まず高級ホテルの様な広いロビーが俺たちを出迎える。

 広いホールの一番奥には二階以上へと続く大きな階段。

 床も壁も大理石が使われていて、あちこちの柱には彫像も彫られている。

 ただ、広さと豪勢さの割に人影はまばらで、そこはちょっと拍子抜けだ。


 南向き窓際のソファーに向けてマーニーが俺たちを案内する。

 壁際に立っていたボーイが俺たちに気付いて早足で近付くと、マーニーは紅茶を人数分用意するように言いつけて、更に先に進んだ。


「でかいね!」

 素直な俺の感想に、嬉しげにマーニーは応える。

「はい!」


「でも、思ったより人が少なく無い?」


「ええ。月初めの取引も一段落したところですから、後二~三日は人の出入りは少ないですね。

 それに、今日は協会主体でリョウヘイさんとの『塩』取引になりますから、一般の方々には、出来るだけ出入りを控えてもらってます。

 でも普通は、このホール中を商人達が歩き廻って、あれやこれやと取引の話で賑やかですよ」


「ふ~ん。確かにそうなんだろうね」


 ホールのあちこちには、腰高の椅子とテーブルの他に、今、俺たちが腰掛けた地球のホテルで見られる様なソファ席も多い。

 これらの席を使って、日頃は賑やかに話が弾んでるんだろうな、って想像する。


 ふと、ローラを見ると、恍惚の表情を浮かべて今にも泣き出しそうだ。


「ど、どしたの?」


「こう云う場所で、さ。堂々と大きな取引をする商人になれたら、格好いいよね」


 そう言って溜息を吐くローラを見て、メリッサちゃんも頷く。

「お姉ちゃん、いつかは外国と取引できるぐらいの大商人になりたいって、いつも言いますです」


「女の大物商人ですか。確かに格好いいですわね」


 リアムもローラの夢を好意的に受け取った様で、感心するような笑顔を見せる。

 そんな三人を見ている内に、ちょっとした悪戯心が湧いてきた。

 いや、さっきのレヴァの言葉を聞いてから、この話に乗るには少しばかり用心が必要だって思ってたんだ。

 ルーニーの目の前で唐突に始まった話なら、疑われる事も無い。


 チャンスを有効に使いたい俺は、“ふと、思い付いた”って感じで声を出す。


「ならさ、今回の話。全部、ローラに仕切ってもらおうか?」


 一瞬、空気が固まった……。


 いや、俺の顔を見た全員の表情までもが固まってしまってる。それから、

「「「「ええっ~!!」」」」

 皆が一斉に声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って下さいリョウヘイさん! あなた、この話、纏める気がないんですか?!」

 一番慌ててるのはルーニーだ。

 いや、馬鹿にされてるとでも思ったんだろう。

 腹を立ててるのがはっきり分かる程、顔が赤い。


 ローラとリアムもそれに気付いて大慌てだ。

「な、あんた! 何、馬鹿な事、言ってんのよ! ほら、ルーニーさんに謝って!

 いくら何でも言って良い冗談と悪い冗談があるわ!」


「そ、そうですわ。御主人様……。

 あの……、余計な事を言うかもしれませんが、外に来て無用に敵を作るのは……。

 やっぱり、感心できません」


 パニくる三人に対して、俺の隣に座るメリッサちゃんだけ事態が良く分かってないみたいで、周りを見渡して首を傾げるばかりだ。

 でも、結局は俺の袖を引っ張って、ローラ達と同じに“発言を取り下げろ”と忠告して来た。

「はにゃ~。リョーヘイ、なんだか怒られてますですね。

 メリッサはよく分かんないですけど、どうも謝った方がいいようですよ~」


 心配させて申し訳無いけど、これは必要なんだよ。

 だから、

「ふふ、大丈夫だよ。メリッサちゃん」

 そう優しく言葉を返して笑いかける。


 メリッサちゃんは少し首を傾げて考えて居たけど、それから大きく頷いた。

「やっぱり、リョーヘイ謝らなくていいです。

 メリッサがリョーヘイの味方しますですから!」


「ありがと!」

 頭をワシワシと撫でた。

 女の子だから、かなり注意してだけど、それでも少し強めの撫で回しにメリッサちゃんが喜んでくれたのが分かる。

 尻尾が千切れそうなほど振れてるからね。

 なんだか、ほんわりして二人で笑うけど、残る三人は“ほんわか”どころじゃ無いみたいだ。


 我に帰ったローラの怒鳴り声が再び響く。

「ちょっとぉ、今、笑ってる場合?!」

 でも、俺は涼しい顔でわざとらしく周りを見まわす。

「ローラ、大声出すなよ。場所柄ってもんがあるだろ」


「誰が怒らせてると思ってんのよ」


 流石に声は低くなったけど、その分凄みが増した。

 ヒッ! っと声を上げてソファから飛び退いたメリッサちゃんが俺と背もたれの隙間に逃げ込む。

 ぐぇ! 苦しいぞ、メリッサちゃん!


「メリッサ! あんた、何、裏切ってんの!」


「ち、違いますですぅ~。メリッサはリョーヘイとお姉ちゃんを信じてるだけですぅ」


「は、あたし?」


「はい、お姉ちゃんは凄いです。いつも凄いです。だから、大きなお仕事でも絶対上手く行きます」

 そう言って俺の肩越しにじっとローラを見ている様だ。


 右肩に乗ったメリッサちゃんの頭はまるで動いていないから、かなりしっかりローラを見ているんだろう。


 そうやって、しばらく睨み合いが続いたけど、


「う~……」

 遂にローラから喉に何か詰まった様な声が漏れる。

 こりゃチャンスだ。


「な、メリッサちゃんもこう言ってるんだ。頼むよ」


 両手を擦り合わせて腰を低くすると、顔を真っ赤にしてようやく頷くローラ。

「う、うん……。わかった」


 おっ、どうやら上手く行きそうだ。

 後は、ルーニーさん次第だけど、俺の考えが正しければ、奴隷であるローラが俺の代理になっても、この商談を断る事は絶対に無い、と思う。


 そして、しぶしぶとだけど、俺が同席する事を最低限の条件に、同意して来た。

 

 やっぱり、だ。

 この話、唯の塩取引じゃないね。





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