10.狩り②
森の中を進む。
ただ歩いているだけなんだけど、心臓がドキドキする。
狼どころか兎だって怖い。
あの鋭い角で突き刺されたら、どうなるんだろうね。
もしかして、もう狼に囲まれているのかも知れない。
怖ぇ……。
足が震えて来た。
歯がガチガチと鳴ってる。
心臓が破裂しそうだ。
まだ何もしてないのに、なんでこんなに怖いんだろう。
誰か助けてくれ!
【おい】
不意に声がした!
「うわ!!」
【騒がしい! おちおち寝てもいられん!】
【炎】、なのか?
【貴様、他に心で話が出来る奴を知ってるのか?】
「うるさい! 急に呼ばれたから驚いただけだ!
大体、呼ばれるまで出てこない筈じゃなかったのか?」
【貴様が自分で言ったのではないか。『自分が死んだら、我も消えるぞ!』と、な】
「だから?」
【確かに貴様に死なれては困る。よって、少しばかり助けてやろう】
「あの火を出す時に呼ぶよ」
【まず、口に出して喋るのを止めろ! そんな事をしなくても分かる】
なんか嫌な気分だ。
心を読まれるなんて……。
【普段の邪魔はしない。それに、今のように余程に意識しなければ聞こえぬ】
あ~、なる程!
さっきの“誰か助けて!”ってのが強い呼び掛けになっちゃったのか。
しょうがないね。わかった。
で、これからどうしようってんだよ?
【あまり手を出したくないが、今回だけ狩りの仕方を教えてやろう。
後は身の守り方を少しな】
ショートソードの使い方とか?
【馬鹿か、貴様! 我が剣など持てると思っているのか?】
むかついた。
少しばかり、こっちの力も思い知らせないとな!
上手く行けよ、と思いつつ、『禁!』と唱える。
天使の声に教わったものだ。こいつを苦しめる呪文だという。
もっと上位のものも習ったが、今はこれで良い。
さてどうなるかな。
おおっと! 【炎】が苦しみ始めた。
【げぇ! き、貴様ぁ! 何をしたぁ! ち、力が抜ける……。
存在が、保てん……】
「とにかく、どっちが上か分かったか! テメェ、消し去るぞ!」
強気で、強気で……!
天使の言葉を思い出す。
どうやら“効果てきめん”の様だ!
【や、止めろ、馬鹿者! 我無しに、ここで生きていけると思っているのか?】
「お前の言いなりになるくらいなら、死ぬわ!」
ハッタリだが、どうだろうか?
意識しなければ心は読まれないそうだが、ちょっと心配だ。
【わ、分かった。 勝手はしない! 信じてくれ!】
おお、勝った!
内心は大喜びだが、平静を保つ。
「まあ、分かりゃあ良いんだよ。ところで“この剣”の使い方、知ってるか?」
【まあ、全く知らん訳でも無いから、少しは教えてやっても良い】
やっぱり、嘘吐いてやがったか、もう少し懲らしめるか、と意識を送る。
【炎】が慌てて答えた。
【あ、慌てるな! 真面目な話、あまり知らんのだ。要は、お主に比べればマシという事だ!】
ちょっと引っかかる物言いだが、呼び方も「貴様」から「お主」へとランクアップだ。
引いてやろう。
分かった、と答える。
成る程、確かにこの【炎】がこの世界の存在だとしたら、何にしたって俺よりはマシなんだろうね。
【ともかく今はまず、狩りであろう?】
あ、こいつ誤魔化しにかかったな、と思ったが、そこも流してやって、「まあね」と答える。
【ならば、まずは話を聞け】
「分かった」
確かにこいつの言うことにも一理ある。
いざとなれば切り札はあると思うと素直に話も聞けた。
【では、最初だ】
ああ。
【そこの泥を拾え】
は?
【泥を手で“すくえ”と言っている】
言われるままに泥をひとつかみ、握る。
【それを顔になすりつけろ。 頬と首、後は耳の後だな】
なんで!
【臭いを消す。人間の臭いはここでは目立つ。
但し、首筋を傷つけられたら化膿して死ぬことになる。
服の襟はしっかり閉じておけ!】
気持ち悪いし、服が汚れる……。
【水はいくらでもあるだろうが。
服ぐらい洗え! 大体、死んだら洗濯もできんぞ】
分かった。
【それから、その剣だがな】
早々と剣の事を話すとは思わなかった。
何か、剣術を教えてくれるのだろうか?
【捨てろ! 邪魔だ!】
「ええ!」
これには、つい大声もでる。
【森の中で大声を出すな!】
思わず首を引っ込めた。
【お主、その剣で獲物を捕らえるつもりか?】
言われて気がついた。
元々、獲物は【炎】で倒すつもりだったのだ。
【狩人を知っているか?】
言いたいことは分かる。
剣で狩りをする人間なんていない。
罠や弓矢や鉄砲を使うのが普通だ。
ちょっと変わったところでも、精々投げ槍。
人間の足で動物に敵うはずがない。
【分かったか?】
「ああ、でも、これは預かりものなんだ。
捨てるのはちょっとな……」
【持ち主は死んだ。それは今、お主のものだろう?】
「とにかく、捨てたくないんだよ!」
【そうか……、とにかく、すぐに両腕を使えるようにしておけ。
いきなり襲われた時なら、ナイフの方がまだマシだ。
まあ、そのようなヘマをしないで済む様に、今回は見張ってやるがな】
そう言われて、刀を鞘に戻すとナイフを握ったまま移動を続ける事になった。




