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橋のたもとで at the bridge   (旧版)

作者: 草野 加子
掲載日:2014/11/02

約三万文字あります。完結しています。

お読みいただければ幸いです。

  


 坂道の通路の落ち葉を掃く手を止めて、空を見上げた。白っぽい煙がまっすぐに登っている。

あれはサンソなのかな、スイソなのかな、と私は少し考えた。そしてすぐにいつものように思う。

「わからない」

 私は勉強が得意ではない。昔も、今も。

 世の中には私にはわからないことが多すぎる。考えても考える前と何も変わらない私がいる。そして私は考えることをすぐあきらめる。

 あの煙は大事にしなくちゃいけない気がする。でも煙を大事にするってどういうことだろう。ずっと見てるってことかな。でも私が見ていなくても煙は登っていく。

 私はまた下を向いて、落ち葉を掃き続ける。掃除なら、私にも、できる。山の斜面にあるこの敷地にはいろんな種類の樹木が多く植えられているし、風に吹かれて山から落ち葉が次から次から舞い落ちる。私は何も考えずに広い敷地内を掃き続けることができる。掃除には終わりがない。そこがいい。

 山の雑木林から突然大きなものが動く音がした。

 私はこれまで、この敷地内に野生のキジやタヌキがうろついているのを見たことがある。でも、その音はもっとずっと大きなものが移動している音だった。地面の枯れ木を踏み折り、雑木の枝をたわませ、小枝を折りながら動いていた。

 私の数メートル先に勢いよく飛び出したそれは、人だった。マウンテンバイクに乗って自転車用ヘルメットをかぶった若い男の人。金髪の外国人。私は固まった。

「こんにちは」と彼はきれいな日本語で話しかけてきた。

「こ、こんにちはああ」と私は間抜けな日本語で返した。私は人と会話するのが得意ではない。突発的な出来事に対応する能力も低い。

 竹ぼうきを握りしめたまま、彼を凝視していたと思う。

「ここはどこですか?」微笑みながら彼が尋ねた。

「H動物霊園です」びくっとして幼稚園児のように答える私。

「H市の、動物の、何ですか?」彼はゆっくり質問した。

「霊園。お墓です。お参りするところ」言いながら私は両手を合わせ頭を下げるジェスチャーをした。

 彼はにっこりわらった。それを見て私もやっと笑顔を作れた。

 これが私と彼との、クラウスとの出会い。




 クラウスはK外国語大学のドイツ人留学生だった。マウンテンバイクが好きで、すごく遠くまで平気で行く。大学では日本文学を学んでいた。私とは真逆の彼だった。私は勉強しない。スポーツもしない。出不精。外国へ一度も行ったことがない。

 でもクラウスと知り合って私には遅い遅い知識欲が芽生えた。私はクラウスに国語辞典の引き方を教えてもらった。国語辞典の引き方なんて、小学校で習う。でも私はそれまでできなかったのだ。そしてクラウスが文学を学んでいると聞いて、私もブンガクなるものを知りたいと思った。

「昔の人が書いたものは全部ブンガク?賞を取った小説がブンガク?」私にはそれすらわからなかった。本を読んだこともほとんどなかった。文学を求めて、家にあった中学生用国語便覧を引っ張り出した。ほとんど新品だ。パラパラと拾い読みしてみた。

『家にいると器に盛る飯を、旅なので、椎の葉に盛るよ』という一文が目に飛び込んできた。私は「これだ!」と思った。文学に開眼したのではない。一週間後にクラウスと低山にハイキングに行く約束があったのだ。「お弁当のおにぎりを椎の葉で包んで持って行こう」私は決めた。

 次の日、動物霊園で植物に詳しい平戸(ひらど)さんに園内に椎の木があるか尋ねてみた。

「これもこれも、この辺多いね。これもこれもこれも」

「ええっ、椎の木ってドングリの木のこと?」

「そうだよ。ついでに言うと、シイタケはこの椎の木の枯れ木に育つからシイタケって名前付いたんだよ」

「へええ、そうだったんですか、知りませんでした。葉っぱ小さいですね。もっと葉っぱが大きな椎の木ってあるんですか?」

「いやあ、だいたいこんなもんじゃないかな」

「そうですか」

 私はがっかりした表情を出さずに、平戸さんにお礼を言った。葉っぱは6センチくらいの細長い形で硬かった。おにぎりを包むのには全く適していない。でも表面はつやつやしていて色もきれいだったので、せっかくだからお弁当のおかずのしきりとして使うことにした。

 約束の日は晴天だった。お弁当のおかずは鶏のから揚げ、インゲンのごまあえ、ウインナー炒め、ポテトサラダ、果物、水筒に麦茶、保温スープポットに味噌汁。塩おにぎりに、ふと思いついて海苔で顔の表情を付けた。少女趣味かと思ったが、クラウスに似せて薄焼き卵で金髪を作った。気分がのってきて、細く切った海苔を貼り付けて自転車の車輪も作った。そこまでやったらクラウスが自転車に乗っているようにどうしてもレイアウトしたくなった。ああでもない、こうでもないと夢中になっているうちに、余裕を持って起きたはずが、家を出る予定の時間間際になってしまった。おばあちゃんのお昼ご飯用にお皿におかずを盛り、慌ただしく洗い物をしていたら、おばあちゃんが、「後は片づけておくから、怪我の無いように落ち着いて行っておいで」と言ってくれた。おかげで約束の時間ちょうどに待ち合わせの駅に着くことができた。

 クラウスはほとんど空の大きなリュックサックを背負っていて、その中に私の荷物を全部入れて担いでくれた。体力のない私はありがたく甘えさせてもらった。

 私達は、川沿いの登山道を登って行った。川は変化に富んでいた。登り始めは整備された大きな川だったのが、ごつごつとした大岩の間を流れる川になり、淵を作り、滝となっており、またしばらく歩くと穏やかな流れになり、私を飽きさせることがなかった。

 山道を登りながら、クラウスはドイツ人がハイキング好きだと教えてくれた。クラウスの家はライン川のそばにあり、ハイキングのコースもサイクリングのコースもたくさんあるし、そうでない道でもうろうろするのが楽しいらしい。私は「へえ、そうなんだ」とか相槌を打ちながら、冷や汗をかいていた。

 まずい、私ライン川ってどこにあるか知らない。そもそもドイツ自体どこにあるか知らない。家に帰ったらすぐに地図帳で確認しよう。クラウスがドイツ人だってことは初めて会った時に聞いてたのに、これまでドイツについて何も知ろうとしなかった自分のまぬけさに怒りさえ覚えた。

 さらにクラウスは「『方丈記』の冒頭の『ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。』を読むと、僕にはライン川の流れが頭に浮かぶんだ。おかしいでしょう。日本に来ていくつも河を見たけど、子供の頃から見続けたもののイメージは強いね」と笑った。私はさらにホージョーキを家で調べようと脳内にメモした。

 山の頂上についたときには私はだいぶ疲れていたが気分は爽快だった。こんなに歩いたのはいつ以来だろう。クラウスに誘われなければ今日だって家の中でいじいじして時間をつぶしていたに違いない。

 お弁当箱を開けるとクラウスは歓声を上げた。

「すごいね。これが本物の日本の手作り弁当。うれしい。これ僕の顔でしょう。ん、この葉っぱ、もしかして」

「椎の木の葉っぱ」

「やっぱり。先週授業でちょうどやった所。万葉集。有馬皇子(ありまのみこ)(いへ)にあれば()に盛る(いひ)を草まくら旅にしあれば椎の葉に盛る」クラウスはすらすらと言う。

 まずい。私は便覧で元のブンガクを見ずに口語訳だけを読んでいた。マンヨーシューにもアリマノミコにも知識ゼロ。知ったかぶりもできない。

「ええと、クラウスが勉強してるのってどんなことかなって思って、家で本をちょっと読んでたら、かわいい感じがして」正直に言うしかない。

「そう。うれしいな。思いがけないところから、思いがけないものが出てくることを日本語で何て言うんだろ。自分でほしいと意識していなかったものをプレゼントされた気分だよ」クラウスの頬は紅潮している。白い肌は日本人より感情がストレートに出ると思う。こちらが戸惑うほどに。

 クラウスは私の決して上手でないお弁当にも「おいしい」を連発してくれた。考えてみれば、私が作ったお弁当を誰かに食べてもらうというのは初めてのことだった。ほめられすぎて、恥ずかしいほどだった。

 昼食後は登りとは別のルートで下山することにした。登りより道幅が広くなだらかで、二人で並んで歩くことができた。

「実は、あの歌は悲しい歌なんだ」クラウスは説明してくれた。19歳の不遇な皇子(みこ)が殺されるための旅の途中で詠んだ状況について。椎の葉に盛ったのは、自分の食事ではなく神仏へのお供えであったという説について。

「知らなかった」椎の葉は、楽しいはずのハイキングに使うべきではなかったのだ。思わず出た私の声はすごく暗かったのだと思う。クラウスは明るく言ってくれた。

「ぼくも先週まで知らなかったよ。講義がとても面白くて、誰かとこの歌について話したかったんだ。ルームメイトの左門(さもん)は僕の話に全然のってくれないんだ。彼女とうまくいってないみたいで、上の空なんだ。ごめんね、僕だけがしゃべって」

「ううん、私、クラウスの声が好きだし、ずっと聞いていたい。私こそ日本人なのに日本の事何も知らなくて、気の利いた話できなくてごめん」

 山道はいつしか里山に下りてきた。道が広くなると辻に小さな小屋があった。『野菜無人販売所』といかにもありあわせの板に書きましたといった風情の看板があった。私は素通りしようとしたら、クラウスは立ち止った。私は、欲しい野菜を取って代金を缶に入れるシステムを説明した。クラウスは驚いた。

「こんなのきっと世界中でも日本にしかないよ。自動販売機でさえ壊される国が多いのに」

 クラウスは代金を缶に入れ、ジャガイモと玉ねぎをリュックに入れた。葉野菜も買いたそうにしていたが、大学の学生寮に帰るまでにリュックの中でつぶれそうなのであきらめた。

「寮の台所でジャーマンポテトを作って友達と食べるつもり」と嬉しそうに話すクラウスを見て、私は微笑んだけれど、内心落ち込んでいた。そうだ、クラウスは優秀な留学生なのだ。大学には優秀な友達が大勢いるのだ。私には絶対入っていけない世界の住人なのだ。今二人で歩いているからといっていい気になってはいけない。改めて自分に言い聞かせた。

 私は自分で自分をつまらない人間だと思う。普通より劣った人間だと思う。それなのにクラウスは私に会ってくれる。


 私は、クラウスに連れられて図書館を利用するようになった。読んだことのない何万冊もの本に囲まれていると圧倒されて恐ろしくなることもある。でもクラウスはそれこそこどもに教えるように本の分類や探す手がかりを教えてくれた。本は私の中に新しい風を運んできてくれた。クラウスは言った。

「急がなくてもいいんだよ。本はずっと待っててくれるから。何年でも、何十年でも、千年以上でもね」


 クラウスは日本文学を学んでいたが、その他の事についても詳しかった。七夕の伝説について中国から日本にどのように伝わり定着したかを私に説明してくれていたとき「そういえば」と話し出した。

「1万2千年後には、織姫星のこと座のベガが北極星になるんだよ」とか。

「織姫星のこと座のベガと彦星のわし座のアルタイルは約15光年離れているんだよ。二人が光の速さで中間点で待ち合わせしても7.5年もかかるんだよ。とても年に一度も会えないね」とか。

「七夕の日に雨が降ったら、カササギって鳥が翼を連ねて天の川に橋をかけてくれるっていうのは中国の伝説なんだ。カササギは、日本では狭い地域でしか見られない朝鮮半島伝来の鳥なんだ。僕は九州を旅行した時佐賀県で見られてラッキーだったよ。カササギは学名がPica Picaって言うんだ。音の響きがかわいいよね。あ、カササギって日本語は朝鮮半島での呼び名に由来するらしいよ。(かささぎ)って漢字は中国語で鳴き声から付けられたらしいよ」とか。

 私は神話や昔話に(うと)いだけでなく、自然科学全般に非常に弱い。だから、驚いたり笑ったりすべき所がずれていたとおもうし、質問さえとんちんかんだったと思う。でも、クラウスがいろいろ話してくれるおかげでこの世界には楽しそうなことがたくさんある予感が持てた。

 私にはこと座すらわからなかった。東西南北もとっさにはわからない。星座がいくつあるかも知らないし、星占いと実際の星座に関係があるのかもわからなかった。私の頭の中では、1等星も一番星もごっちゃだった。私は自分が物知らずである自覚がある。だからそういう時は一人で図書館のこどもフロアの自然科学の天文の本棚の前に立って一番わかりやすそうな本を探すようになった。

 


 クラウスは今興味を持っていることを話してくれた。

「日本には面白いものがいっぱいあるよ。古語にも現代語にももっと詳しくなりたい。禅の修行もしてみたい。温泉とかお灸とか体験してみたい。日本中を自転車でも鉄道でも旅してみたい。登山もしてみたい。大きなお祭りも小さな儀式も実際に見てみたい。雅楽も聞いてみたいし、和太鼓も叩いてみたい。僕の能力も時間も限られているから、優先順位をつけるのが難しいよ。楽しい悩みだよ。僕は興味があっちにもこっちにも飛んでいくから、研究者としては大成できないかもね。日本は面白いよ。日本が大好きだよ」

 私は圧倒された。

「クラウスはエネルギッシュだね」

「え、桜花(おうか)、今何て言った?」

「クラウスはエネルギッシュだね」

Energisch(エネルギシュ)!ドイツ語だよ!」

「そうなの?カタカナ言葉はみんな英語かと思ってた」

「英語ならenergetic(エナゲティク)だね。ドイツ語はneにアクセント。英語はgeにアクセント。日本語は平坦に発音するね」

「よく混乱せずに使い分けられるね」

「よく間違っちゃうよ。ドイツの家族と電話で話してる時に、日本語で相槌(あいづち)をうったりしちゃうよ」



 物の名前を知ること、そしてその背後にある事実や物語を知ることで、私は世界が変わって見えると感じた。クラウスと会う前は、空をゆっくり見上げたこともなかった。でも、雲の名前を知ると、雲を探したり、目当ての雲や思いがけない雲をを見つけて喜んだりするようになった。月の満ち欠けで、月日の経過を感じるようになった。お気に入りの星座を覚えたら、それが現実の夜空にあることを喜び、見えなければ見える時間や季節が待ち遠しくなった。H市内にもいくつもの伝承があることを外国人のクラウスから教わった。二人で歌碑や記念碑を見てまわった。


 私がクラウスと待ち合わせをしているとき、外国人から道を尋ねられたことがあった。

「スイマセン、ユービンキョク ドコデスカ」

「あのコンビニの手前を左に曲がって」と言った途端に彼は全然わからないというジェスチャーを見せた。私は困った。そこから郵便局までは曲がり角がいくつかあった。

「案内します。一緒に行きます」と日本語で言って私は歩き出した。彼にはすぐ通じたらしく「アリガトー」と言ってついてきた。

 ちょうどその時「桜花(おうか)」とクラウスが走り寄ってきた。私が事情を説明するとクラウスは彼と外国語で話し出し、三人で郵便局に歩いた。郵便局に着くと彼はまた「アリガトー」と言って頭を下げた。私達は手を振って別れた。

「クラウスが来てくれてよかった。私英語ぜんぜんわからないから」と案内し終わって二人になってからほっとして言った。

「英語じゃないよ。フランス語。彼はフランス人だったよ」

「えっ、クラウスはフランス語も話せるの?」

「英語とかフランス語を話せるドイツ人は結構多いよ。似てる部分が多いから学習しやすい。国同士も近いしね」

「近いからって話せないよ。私、中国語も韓国語も料理の名前しか思い浮かばないよ」

「そこからちょっと進めばいいんだよ。何々ください。何々いくらですか。何々おいしい。ってね」

「簡単に言うね。クラウスは頭がいいから何でも簡単にできちゃうんだよ」すねてひがむ醜い私。

「違うよ。言語の習得は、楽しいことの準備というか前払いというか魔法の呪文というか。ん~、桜花、さっきのフランス人の彼がアリガトーって言った時どう思った?」

「すごくうれしかった」

「でしょ。桜花が外国に行ったときその国の感謝の言葉を絶対知りたくなると思うよ。そして絶対使うと思うよ。それを聞いたその国の人は絶対嬉しくなると思うよ」

「そうか。そういうことね。クラウス、ドイツ語でありがとうは何て言うの?」

「Danke schön」

「ダンケシェーン」

「Danke schön」

「ダンケシェーン、クラウス」クラウスに感謝。



 

 クラウスと楽しい時間を共有できたのは1年にも満たない。

 私の大事なおばあちゃんが突然倒れ、救急車で病院へ運ばれた。そしてそのまま入院することになった。

 おばあちゃんの容態が次第に悪くなっていき、担当医師からも油断できない、とはっきり言われた。私は可能な限りおばあちゃんの病院で過ごすようになった。そんな私におばあちゃんはアルバイトを休んではいけないと厳命した。おばあちゃんの入院以来、家と動物霊園と病院をぐるぐると移動する毎日が続いた。

 その間、私から一度もクラウスに連絡を取ろうとはしなかった。クラウスからも一度も連絡はなかった。私はクラウスに現状を話さなかったし、クラウスもその頃自分がどんな状況なのか私に話さなかった。私がクラウスに起こったことを知ることになるのはおばあちゃんの四十九日も済んだ後だった。それはクラウスがすでにドイツに帰国した後だった。予定留学期間を残しての緊急帰国だった。他人の口を通して私はクラウスに起こったことを知った。

 


 クラウスのルームメイトの左門さんに会えたのは全くの偶然だった。

 その日、K外大近くのお客様宅にペットの遺骨をお渡しして、社用車を停めたコインパーキングに戻ろうとしていたとき不意に声をかけられたのだ。

「桜花ちゃん」左門さんの声には緊張が含まれていた。

 そして「クラウスのこと、知ってる?」とそっと尋ねてくれた。

「何を?私とクラウスはもう半年くらい連絡取り合ってないです」

「どうして?あっ、名札、『円城(えんじょう)』って、まさか桜花ちゃん、結婚したの?」

「いいえ、おばあちゃんが私を養子にしてくれて、もともとの苗字に戻れたんです。これまで母の再婚相手の苗字だったんです。クラウスに連絡しなかったのは、半年前おばあちゃんが倒れたからです。クラウスに心配かけたり、勉強の邪魔をしたくなかったんです」おばあちゃんが亡くなったことはわざと話さなかった。

「あああ、桜花ちゃん。君は。今話す時間ある?」

「アルバイト中なので少しなら」

 公園のベンチで、左門さんが半年前にクラウスに起こったことを私に話してくれた。

 クラウスは一人でマウンテンバイクで山奥の林道を走っていた。林道に似つかわしくない大型のワンボックスカーが止まっていた。横を通り過ぎようと思ったら、外側から見えないように窓の内側には板状のものがガムテープで貼られていた。クラウスは異常を感じて叩いて声をかけてみた。返事はなかった。ドアもロックされていて開かなかった。しかしそのままにしておけない気がして通報した。

 警察と消防が駆けつけて車のドアを開けた。中には8人の男女が倒れていた。車内では練炭が焚かれていた。集団練炭自殺。7人がすでに亡くなっていた。そのうち一人は幼い女の子だった。大人の一人は命は取り留めたが重度の後遺症が残った。クラウスは初めて『無理心中』という日本語を知った。

 クラウスは8人を助けられなかった自分を責めて苦しんだ。何か助けられる方法があったのではないかと。そして自殺するまでに思いつめた8人に同情し深く悲しんだ。そんなクラウスに日本人の声が聞こえた。クラウスが聞いたらどう思うかなんてこれっぽっちも考えてない何の気なしに口から漏れ出た言葉。

「放っといたほうがよかったのに」

「死なせたほうがよかったのに」

「助かったほうが不幸だ」

「余計なことを」

「自分が自殺希望者なら、死なせてほしかった」

「自分ならもし通りかかってもかかわらない」

 無責任な言葉の数々。

 そして極めつけは、命を取り留めた一人の親族が警察官に食って掛かっているところを目撃してしまったことだ。

「あいつがこれまで周りの者ににどれだけ迷惑をかけてきたか知ってるのか。それが、何だ、今度は一生あいつの面倒を見ろだと?いらん、あいつはいらん。絶対家に引き取らん。殺してくれ。どこかに捨ててくれ」

 クラウスは病気になった。心の病気。食べることも眠ることもできなくなった。カウンセラーも精神科医も彼に帰国を勧めた。そしてクラウスはドイツで治療を受けることになった。

 左門さんも、憔悴しきって別人のようになってしまったクラウスにかける言葉がなかったそうだ。

「クラウスの方こそ、生きているのか死んでいるのかわからない状態だったよ。日本が大好きで、一生懸命勉強して、日本を理解しようとして、これからやろうとしていたこともたくさんあったのに。日本人に傷つけられたんだ。クラウスは自分を傷つける日本人をも理解しようとしていた。でもそれはクラウスの人格を壊すことにもなったんだ」

 私にはすぐには現実のこととは思えなかった。呆然としてしまい、それから涙があふれ、「クラウス、かわいそう」としか言えなかった。 

 私にはおばあちゃんを亡くして自分一人で抱えきれないほどの悲しみがあった。同じ時期に、クラウスも他者の生死に関わり一人では耐えられない哀しみを背負っていたのだ。


 左門さんは黙って私を見ていた。カバンの中から本に挟まれた封筒を取り出して、私に差し出した。

「ずっと渡しそびれてた写真、あげるよ。桜花ちゃんにまた会えるかもしれないと思っていつも持ち歩いてたんだ」

 七夕の留学生交流会の時の写真だった。大勢の浴衣を着た留学生や大学生の中で私とクラウスが楽しそうに笑っていた。遠い夢のようだった。まるで前世の記憶のようだった。新しい涙がまた流れた。


「桜花ちゃん、クラウスはね、君と初めて会った日、俺に『巫女みたいな女性に会ったよ』って言ったよ。『日本の乙女という言葉が浮かんだよ』とも言ってたよ」

 私は驚いた。「私はただのアルバイトです」

「知ってるよ。君は制服を着て掃除をしていた。でもね、そのたたずまいが、桜花ちゃんの心根が、クラウスに特別な存在の女性を連想させたんだよ。俺も実はね、クラウスに紹介されて桜花ちゃんに初めて会ったとき、俺の周りにはいないタイプっていうか、会ったことのないタイプっていうか、そんな印象受けたよ」

 私は返答に困った。

「あ、勘違いしないでね。桜花ちゃんを変人だと思ったとか、一目惚れしたとか、そういうんじゃないからね。あ~、俺ってすごく失礼なこと言ってるな」

「平気です。それに左門さんには恋人がいるってクラウスから聞いてます」

 左門さんは空を見上げた。「恋人ね、うん、いるよ。何人も。ゲーム内でね」

「え?」意外な言葉だった。

「ゲームはいいよ。ストーカーされる心配もないし、感染症の恐れもないし」

「そうなんだ」私はポカンとなった。

「そこは笑ってよ。じゃなきゃツッコミいれてよ」

「ごめんなさい。私、そういうのが苦手で」

 左門さんは私の目をじっと見た。「わかってる。君のそういうところも。桜花ちゃん、俺と付き合わない?三分前に言った事はうそ。初めて会った時から好きだった。これが本当」

 思いもよらない告白に私は体が硬くなった。

「ごめんなさい。私、クラウスを待ってます」

 左門さんは止めてた息を地面に向かって吐いた。「わかってる。わかってたんだ、君のその返事も。俺の気持ちは言わないつもりだったんだ」左門さんは「じゃぁ、さよなら」と言って去っていった。私は何も言えなかった。

 

 左門さんと別れて一人になっても、頭は熱っぽくて足はふわふわして、おかしくなってる自覚があった。少し落ち着こうと思った。今車を運転したら事故を起こしかねない。動物霊園に電話して、体調が悪いので少し休んで戻る旨を伝えた。近くにクラウスと以前行ったことがある喫茶店があるのを思い出して歩き出した。

 喫茶『穏穏(おんおん)』に入った。店内は空いていた。店の奥の窓際の席に座って、ミルクティーを注文して、ふううと息を吐いた。

 クラウスはこの店で「ドイツには『整理整頓は人生の半分』ってことわざがあるよ」と教えてくれたのを不意に思い出した。そのクラウスはもう日本にはいない。じわっと涙が出てきた。あの時私はそのことわざの意味が分からなくてクラウスに尋ねたのだった。

 思い出を反芻していると、突然若い女性がカツカツと勇ましい靴音を立てて近づいて、私のテーブルの向かい側の椅子を引きドスンと座った。私をにらんでいる。

「あの」私が声を出すのと同時に女性が声をかぶせてきた。

「私、左門秋水(しゅうすい)の妹の春風(はるかぜ)です。失礼ですけど、少しお話してもいいですか」喧嘩腰の口調だった。年は私と同じくらいに見えた。

「どうぞ」びっくりして涙が引いた。

 彼女はアイスコーヒーを注文して、話し出した。

「私O大なんですけど、今日はクラブの対抗戦があってK外大に来てたんです。そしたら偶然兄を見かけて。声をかけようとしたらあなたが近くにいるから、黙って様子を見てたんです。何かただならぬ雰囲気だったから」

「そんなことありません」

「そんな風に見えました。あなた泣いていたでしょう」そう断定した彼女はやはり私をにらんでいた。

「私に何か?」

「兄は隠しますし、かばいますから、兄を問い詰める前にあなたに確認しておこうと思ったんです。あなたさっき兄から封筒を受け取っていましたね。お金でしょう」

「えっ、お金?」あまりにも思いがけないことを言われて大きな声が出てしまった。「この写真のこと?」カバンから封筒を取り出した。

 すると彼女の顔が見る見る赤くなってきた。

「ごめんなさい。私の早とちり。すいません。恥ずかしい。勘違いしました。申し訳ありません。失礼しました」謝罪ワードを連発して立ち上がり90度の礼をして去ろうとして、ミルクティーとアイスコーヒーを運んできたウエイトレスとぶつかりそうになった。

 私はあわてて引き留めた。「せっかくコーヒーも来たし、よかったら少しおしゃべりしませんか?」

 彼女は素直に元の椅子に座った。

「私っていつもこうなんです。ああ、本当に恥ずかしい。頭の中でストーリー作っちゃって、決めつけちゃうんです」

 私は自分を左門さんの元ルームメイトの友達だと自己紹介した。

「兄はだまされやすいというか情にほだされやすいというかすぐ同情する性格なんです」彼女は私に詰め寄った理由を話し出した。

「兄は高校生の時、不良グループの女の子に同情してかまっているうちに、不良グループが起こしたトラブルに関与した疑いを警察からかけられたことがあるんです。大学生になってからはバイト先の若いシングルマザーから一方的に付きまとわれました。どちらにも兄はお金を渡していました。放っておけなかった、と兄は言ってました。私は家族として兄を放っておけないんです。馬鹿な兄と馬鹿な妹です」

 それから二人でぎこちなく飲み物を飲んで、ぎくしゃくしたまま同時に喫茶店を出て別れた。足のふわふわした感覚はその時にはもうなくなっていて、現実世界に戻った気がした。交通事故を起こさないようにいつも以上に気を使って車を運転し、動物霊園に戻った。「仕事は休まないこと。仕事は真剣にやること」おばあちゃんの声が聞こえてくるようだった。「考え事は家に帰ってから。泣くのは家に帰ってから」私は意識のレバーをガチャンと動かして、感情が漏れ出さないように()き止めた。


家に帰って、守り袋から中のものを取り出した。クラウスからもらったプレゼント。ドイツ製のたぶん最もシンプルで最も美しい日時計。

 プレゼントされた時、クラウスにせかされてその場で箱を開けた。大きさも形も男性用の三連の指輪のような金属に長い革ひもがついていた。すぐにはそれがなんなのかわからなかった。箱から取り出すとネックレスのようだった。使い方はクラウスに教えてもらった。

「これはね、実は日時計なんだ。ここで今が何月か合わせるんだ。そしてこの小さな穴を通った太陽の光がさしている数字を見るんだ。やってみて。これだと3と4の間で3に近いから、3時20分かな?どう?本当の時間と比べて」

「あってる!」すごく驚いた。「わあ、すごい!うれしい!楽しいね!」

「気に入ってくれた?」

「もちろん!ありがとうクラウス。大事にします」

「よかった。僕もドイツに同じ時計を持ってるんだ。桜花のにはここに JAPAN って書いてあるでしょ?日本の標準時間に合わせて作ってあるんだ。僕が面白いと思うものを、桜花も面白いと感じてくれてうれしいよ。桜花には皮ひもじゃなくて、もっと華奢(きゃしゃ)な鎖が似合いそうだね」

 二人が写った写真とクラウスにもらった日時計を前に、私は泣いた。一人で泣いた。いつまでも泣いた。

 


 それから一週間ほどたったある日のこと。

「桜花さん」

 いつものようにアルバイトをしていると、後ろから声をかけられた。左門さんの妹の春風さんだった。

「あ、春風さん。こんにちは。今日はどうして?」

「すいません。あの後兄に桜花さんに言いがかりをつけたこと話したら、めちゃくちゃ怒られました。当たり前ですが。それで改めて桜花さんにお詫びしたいと思ったら、兄は桜花さんはK外大の学生でもないし、連絡先も知らないって言うし、手がかりがアルバイト先だけだったんで、押しかけました」

「はあ、そうでしたか。いいのに、気にしてませんよ。わざわざこんな遠くまできてもらって驚きました」

「本当、ここ田舎ですね。一番近いバス停からでも相当歩きましたよ。まあそれは下調べしてわかってたから、ウォーキングシューズで来ましたけどね」

「ふふふ、帰りは駅まで車で送りますよ。でも今日のアルバイトあと2時間あるんです。待っててもらえますか?」

「もちろんです。桜花さんに会えないことも覚悟してきましたから、そんなの平気です」

「納骨堂の中にはソファがあるし、園内にはベンチがあちこちにあるし、自動販売機もあるから、時間つぶしててもらえる?」

「怪しく思われないかな?」

「ここにはふらっと立ち寄られて、気が済んだらすうっとお帰りになる方も多いんです。大丈夫ですよ」

 それから私は事務所で作業したり、園内を掃除したりしてその日のアルバイトを終えた。

「春風さん、お待たせしました」

「ここ、いいところですね。ここに連れてきてもらった動物達はきっと幸せだと思います。なんだか人間の霊園と違って、しきたりとか見栄とか義務感とかそんなものがなくて、純粋に愛情や弔う気持ちが表現されてるからでしょうか」

「ええ、私も犬が死んだ時おばあちゃんと初めてこの霊園に来て、ここでよかった、と思いました。それで今はアルバイトさせてもらってます。ところで、駅の近くの喫茶店にでも行きましょうか?何かお話があったんでしょう?」

「あの、桜花さん、えっと、桜花さんのお宅に伺うのはだめですか?」

「え、家に?」断る理由は特になかった。

 車の中で春風さんは「バイト先も山の中でしたけど、桜花さんのお宅もまた山のそばですね」呆れたように言った。

「うん。だからこの辺の人は大体一人に一台車を持ってるよ。私もおばあちゃんを乗せるために18歳になったらすぐに免許取りました」

「絶対必要ですね」力を込めて春風さんはうなずいた。

「ここがうち」

「ええっ、本当に?これ築何十年ですか?」

「おばあちゃんは180年くらいって言ってました」

「うそっ、まさかの江戸時代」

 家の中に入っても春風さんはあちこちを見てひとしきり歓声を上げていた。

「うわぁ、桜花さん、これ機織(はたお)()?昔話に出てくるやつ?本物?」

「それは組紐(くみひも)を作る高台(たかだい)っていうんです。おばあちゃんがお嫁入りのときに持ってきたそうです」

「もしかして桜花さんもできるの?」

「高台は修業した人しか使いこなせません。私はおばあちゃんに教えてもらって、ごく単純なものが作れるだけ。あと、こっちの小さな丸台(まるだい)なら、初めての人でも小物は作れますよ」

「すごいっ。この辺の人ってみんな組紐やってるの?」

「ううん、おばあちゃんは滋賀県の甲賀(こうか)の出身で、甲賀では伝統的に組紐を作ってるらしいです」

「甲賀って、忍者の伊賀と甲賀の甲賀?」

「そう」

「うわぁ、何か歴史ありそう」

「このおじいちゃんの家も、おばあちゃんの実家も代々農業やってたそうです。それだけよ。残念ながら、ふふ。春風さんは、コーヒーがいいですか?」

「えっと、さっき缶コーヒー飲んじゃったから、できれば違うのがいいです」

「ちょっと用意しますから、ゆっくりして待っててくださいね」

 私は台所で、ハーブティーを淹れ、干し柿とチーズのロールと柚子ジャムをのせたバゲットをお盆にのせて運んだ。

 春風さんは大げさに驚く「ここは古民家カフェですか?私突然来たのにこの部屋のきれいさと、お茶の手際の良さは何ですか?そしてこれはまさかの手作りですか?」

「そんなにきれいじゃないですよ。私一人暮らしだから部屋も少ししか使ってないだけ。ハーブは夏から秋に乾燥させておいただけだし、干し柿は皮をむいて干すだけだし。ジャム作りはね、私の趣味みたいなものだから」

「普通はね、それを面倒くさいと思うんですよ。できないんですよ。桜花さんて年いくつですか?」

「19歳です」

「私と一緒。負けた。完璧に負けです」がっくりと肩を落とした。

「春風さん、それは違いますよ。私ね、いつも自分が何もできないし何も知らないって引け目感じています」

「どこが?信じられない」

「あのね、私14歳から不登校だったの。母の再婚相手とうまくいかなくて引きこもってたの。どうしてもうまくいかなくて、亡くなった父の実家におばあちゃんを頼って引っ越してきたの。高校も大学も行ってないです」

「そんな、ごめんなさい、言いたくないこと言わせちゃった、私。桜花さんは大学生で国文学やってるとばかり思ってた。だって兄からクラウスさんと桜花さんは古典の話で盛り上がってたって聞きました。能楽堂デートしてたとか。それに、桜花さん一人暮らしって、もしかして桜花さんのおばあちゃんは・・・・」

「ん、おばあちゃんは亡くなりました。クラウスにはね、教えてもらっていたの。学ぶということを。クラウスはね、日本語で日本文学を学んで、それを日本語で日本人に伝えることがとても有意義だって言ってくれてた。私に『聞いてくれたらうれしいよ』って言ってくれた。私が遠慮しないように気遣ってそう言ってくれたんだと思うけど、私にはクラウスと一緒にいられるのはとても幸せだったの。もう、だいぶ前の話ね」 

「桜花さん」春風さんはそこから言葉がしばらく出てこなかった。しばらくして思い切ったように明るい笑顔で話し始めた。

「桜花さん、今日私が突撃訪問したのはね、改めてお詫びしたかったもあるんだけど、実はうちの馬鹿兄が桜花さんに気があるみたいだったから、桜花さんの気持ちはどうなのか、探りを入れに来たの。ごめんなさい、下心ありありで。でも馬鹿兄のことなんてどうでもいいや。桜花さん、友達になってくれませんか?時々お茶したり、遊びに行ったりしませんか?」

「えっ、ありがとう。もちろんです。私同い年の友達って一人もいないんです。違います。年に関係なく友達っていないんです。わたしこそ、よろしくお願いします」

「硬すぎるよう」

 二人で顔を見合わせて、大きな声で笑った。久しぶりに大きな声で笑った。

「そうだ、お土産持ってきたんだ。おいしいと評判のチョコレート。さすがの桜花さんでもカカオは栽培してないでしょう」

 また二人で笑った。古くて暗い日本家屋が中から輝いたような気さえした。



 春風さんを駅まで送った帰り道、笑顔はだんだん冷めていき、最後には凍りついたようになった。自分の中学時代から今までのことを軽い感じでさらっと話したが、話せなかった部分が後になって私に追いついて襲いかかってきた。

 母の再婚相手がどうしても嫌で、一緒に住むのも、一緒にご飯食べるのも、耐えられなかった。ずっと顔を合わさないように自分の部屋に閉じこもっていた。気配を感じるだけで苦しくなった。母は働き者で明るい人だと思ってたのに、再婚してからは、別人のようになった。再婚相手に洗脳されてるようで、自分の意見を失ってしまっていいなりだった。母も再婚相手も不気味だった。二人がマンションにいる時間は子供部屋に閉じこもっていた。二人が仕事に出かけている間に部屋から出て台所にあるものを食べたりトイレに行ったりしていた。

 猫のミーンだけが話し相手だった。ある日子供部屋から出てみるとミーンがどこにもいなかった。仕事から帰った母親の顔を久しぶりに見て話しかけた。

「ミーンがいない」

 母は平坦な声で言った「今朝死んでた。あの人がすぐに清掃工場に持って行くように言うから、仕事に行く前に寄って係員に渡してきた」

 悲鳴を上げていたのか、母に掴みかかっていたのか、覚えていない。その場に母の再婚相手が入ってきた。私は子供部屋に飛んで入ってドアを閉め、一人ガタガタと震えた。

 ミーンは私が幼稚園児だった頃に、存命だった父にねだって飼うことを許してもらった大事な猫だった。変わってしまった母と再婚相手と一緒に住むのはもう限界だと思った。私は子供部屋にあった貯金を持って、何の連絡もせずに父の実家へ向かった。父が亡くなって以来、親戚づきあいも疎遠になっていたが、頼れるのはおばあちゃんしか思い浮かばなかった。 

 おばあちゃんは「ずっとここにいたらいい」と言ってくれた。

 おばあちゃんの家で私は何もしなかった。中学は義務教育だから市役所の人や近くの中学校の人が私とおばあちゃんに話をしに来たけど、無理やり登校させられることはなかった。私は毎日ただぼんやりとおばあちゃんを見ていた。今になって思えば、あれは私の体にも心にもダメージが残ってて動かなかったんだと思う。回復するには、おばあちゃんときれいな空気を吸うことだと、本能的に感じてたんだと思う。おばあちゃんが炊事するところを見てる。おばあちゃんが掃除をしているところを見てる。おばあちゃんが畑仕事しているところを見てる。おばあちゃんが組紐(くみひも)しているところを見てる。見ているだけ。

 おばあちゃんは、私をせかさなかった。何かさせようともしなかった。ありがたかった。ここへ来てよかったと思った。私はおばあちゃんに守られていた。

 穏やかな日が続いていた。ある晩私は一晩中悪夢にうなされた。あの母と再婚相手が住むマンションに閉じ込められる夢。誰も助けてくれない夢。逃げられない夢。

 朝になって起きてみると、おばあちゃんは台所にいなかった。裏へ出てみるとおばあちゃんは毛布に包まれた何かに手を合わせて祈っていた。

「おばあちゃん・・・・・」

「桜花、キリは死んじゃったよ」

「どうして、昨日はあんなに元気だったのに」

「おばあちゃんは夜中から何か胸騒ぎがしてたよ。朝になってみたらキリはもう冷たくなっていたよ。キリが何かを知らせようとしていたのかもしれないね」

「おかしいよ。絶対おかしいよ」

「どうして死んだのか、おばあちゃんにもわからない」

 私以上におばあちゃんの方が悲しいのはわかっていた。キリは特別な犬だった。おじいちゃんが亡くなってこの家でおばあちゃんが一人暮らしになってからしばらくしたある霧深い朝、おばあちゃんは幼い動物の鳴き声を聞いた。声を頼りに山の方に歩いていくと、そこに子犬がいた。それがキリだ。おばあちゃんは山の神様かおじいちゃんが、寂しくないようにと自分に子犬を連れてきてくれたと思ったそうだ。一人息子を亡くし、伴侶を亡くしたおばあちゃんにはキリは間違いなくかけがえない恵みだった。

「おばあちゃん、キリをどうするの?庭か畑の隅にお墓を掘ってあげていい?キリをどこかにやらないで。お願い」

「キリを埋めたら、もしかしてイノシシが掘り返すかもしれない。桜花、キリをお(こつ)にしてもらおうか?おばあちゃんはキリを手元で供養したいよ」

 そして私とおばあちゃんとキリはH動物霊園のお世話になったのだ。火葬場で私は悲しさでいっぱいになりながらも、その過程に満足した。猫のミーンを思い出し、また涙が出た。ミーンも大事に弔ってやりたかった。霊園の納骨堂は人間のそれとは趣を異にしていて、ペットの天国がこの世に表されている気がした。それぞれの飼い主の愛情が区切られた空間からあふれていて、堂内にいる私たちも安らかで幸せな気分になった。テーブルの上に霊園のパンフレットと並んで『虹の橋』という詩のコピーが置かれていた。説明によると、作者不詳の詩で、原文や翻訳が世界中に広がっているのだそうだ。詩の大まかな内容は、亡くなったペットの魂は虹の橋のたもとにある楽園に行き元の飼い主を待っていて、飼い主が亡くなると、そこで再会し、虹の橋をともに渡って天国へ行く、というものだった。私はその紙を丁寧に折り、ポケットに入れた。ミーンとキリが楽園で楽しそうにしている姿が心に浮かんで、私は慰められた。


 おばあちゃんは、私が教えてと頼めば、家事や組紐を教えてくれた。

 おばあちゃんは一人で何でもできるスーパーおばあちゃんだった。魔法の手を持っていて、組紐も料理も野菜も特別な出来上がりだった。特に植物に詳しかった。甲賀では、組紐や野草について学ぶのが自然だったと話していた。新種の野菜やハーブも積極的に育てて生活を彩っていた。

 そのおばあちゃんが年齢とともに病気がちになった。私が家事全般を私が引き受けた。おばあちゃんに付き添ってバスやタクシーで病院に何度も行った。そのうちおばあちゃんにはそれもつらくなってきた。私は運転免許を取る決心をした。中学から不登校で学校というものに何年も行ってない。でも勇気を出して自動車学校に通った。おばあちゃんのために。18歳になってすぐに免許が取れた。おばあちゃんは車は楽だと喜んでくれた。そして『外に働きに行きなさい』と言った。私はその言葉に従った。アルバイト先にはH動物霊園を迷わず選んだ。今にして思えば、おばあちゃんは自分の死期が近いことを悟っていたのかもしれない。自分が死んでも孫が生きていけるように道を示してくれたのかもしれない。そのおばあちゃんは自宅で倒れ、ほんの三か月間入院した後に亡くなった。おばあちゃんはつらい入院生活を送りながらも私に大きな贈り物をくれた。私を養女にしてくれたのだ。そうするためにおばあちゃんは、私の母と不愉快な会話を何度も何度も続けてくれたのだ。そのストレスが、死期を早めてしまったのでなないかと私は恐れている。

 おかげで私はもともとの姓に戻れた。おばあちゃんと同じ姓に。円城桜花(えんじょうおうか)に戻れた。本来の自分を取り戻した気がした。私が今こうしていられるのはおばあちゃんのおかげだ。おばあちゃんに感謝してもしきれない。おばあちゃんに会いたい。


クラウスに会いたい。どうして私には何も話してくれなかったんだろう。クラウスの話を聞きたかった。一緒に悩みたかった。一緒に泣きたかった。クラウスを慰めたかった。クラウスを励ましたかった。そばにいてあげたかった。クラウスにとって、私は友達以下の存在だったということ?私は力になってあげたいのに、それは許されないの?

 泣きながら、はっとした。私の方から、連絡したことが一度もない。出かけようと誘ってくれるのはいつもクラウスからだった。クラウスの勉強をじゃましちゃいけない、ずうずうしい態度をとっちゃいけないと思ってた。遠慮してた。遠慮してる気になってた。電話を待ってた。心のどこかで期待していた。クラウスは私に好意を持ってくれていると。

 おばあちゃんが倒れた時、私はクラウスに相談したか?しようとしたか?ううん、してない。クラウスから電話が来たら、話したかもしれない。甘えたかもしれない。でも、自分からは何も行動を起こさなかった。クラウスに心配かけたくないと言いつつ、クラウスを頼っていた。物事の成り行きをクラウスにゆだねて、わたしの望むように進むことを期待していた。私のこの態度は、遠慮じゃない、傲慢だ。私のことが気になるなら連絡してくるはずだという思い上がりだ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

 クラウスは私に一言も声をかけずにドイツへ帰った。この現実は動かしようがない。それはつまり、クラウスの私に対する評価でもある。クラウスにとって私は重要ではない、ということ。ははは、当たり前だ。私みたいな自分勝手な女が好意を持ってもらえるはずがない。会ってもらえるはずもないのだ。後悔とあきらめの涙で目が熱くなった。


 春風さんがうちに泊まりに来た。

「桜花さん、ねえ、怖くない?あっちからもこっちからも何かミシッとかカタッとか音が聞こえるんだけど」

「古い家だから。私は慣れてるから平気。枕元にはこれも置いてるし」

「バットぉ?」

「そ、おじいちゃんのバット。頼もしいでしょ」

「はぁ、いいわ、それでプリンセス春風を守ってね」

「承知いたしました」

「あ~、やっぱり眠れない。物音が気になって目が冴えちゃう。何か話して」

「そうねぇ、私が最近考えてるのは、高校に行こうかなってこと」

「本当?絶対いいと思う。どこ?」

「アルバイトしながら通学できそうな、単位制とか通信制とか定時制の高校について調べてみたんだ。今のところN高校がいいかなと思ってる。授業料もね、私収入が少ないから、かなり免除になりそうだし、卒業まで頑張りたいな」

「パンフレットあるの?見せて。いいね!賛成!私に手伝えること何かないかな?」

「それはもちろん勉強ですよ」

「やっぱりそうか。あ~実は私、高校時代あんまり勉強できる生徒じゃなかったんだ。っていうかすごく悪かった。桜花さんは学歴ある人とか頭のいい人がが偉いって思ってない?」

「そういうわけじゃないけど」

「実は、私の行ってるO大学の学生って世間的にめちゃ馬鹿にされてるんだ」

「そうなの?」

「そうなの。高校生以下とか中学生レベルとか小学生でも合格できるとか」

「ひどい言い方するのね」

「そんな大学でも卒業すれば『大卒』だもんね。就職で苦労するのは目に見えてるけど。えっと、桜花さんに言いたかったのはね、私の愚痴じゃなくて、N高校に通学することを温かい目で見てくれる人と、冷たい目で見る人の両方がいるから、振り回されちゃダメってこと。私は100パーセント桜花さんを応援するからね」

「うん、ありがとう。不登校が長かったから、そういう世間様も経験済み。心配してくれてありがとう」

 私には、高校生や大学生はみんな輝いて自信たっぷりに楽しんでいるように見えていた。でも、一人ひとり悩みや苦しみがある。当たり前のことだけど、再確認することで、世界中の人にもっと好意を持てそうな気がした。




 図書館の中で、私のお気に入りの場所はやっぱりこどものコーナーだ。私がどんなに無知でもやさしく丁寧に導いてくれる本がそろっている。そして絵本は大人の私にとってもとても魅力的だ。あっという間に違う世界へと誘ってくれる。

 ある平日の午前中に、私は世界の民話を読んでいた。こどものコーナーには母親が友達同士らしい3組の幼児連れの親子がいるだけだった。女の子二人は図書館備え付けのおもちゃで遊んでいる。男の子は絵本を1冊持って母親に読むようにせがんでいる。母親は大人同士のおしゃべりを中断して早口で読んであげた。すると男の子はその絵本を隣の女性に読むようにせがんだ。女性は笑って絵本をとばしとばし読んだ。すると男の子はさらに横の女性に読むようにせがんだ。女性は最初と最後のページだけ読んで絵本を男の子に返した。母親三人組はまたおしゃべりに戻った。

 すると、男の子は本を持って私にまっすぐに近づいてきた。本を出して「よんで」と言った。私はちらっと母親たちの方を見たがおしゃべりに夢中になっていた。「いいよ」私は読み始めた。私も小さいころに持っていた絵本だった。読み終わると男の子は満足そうににこにこしてうなずいていた。私も絵本の世界の余韻で微笑んでいた。はっと気が付くと、母親三人組がこちらを見ていた。

「うちの子がごめんなさいね。その絵本がお気に入りで誰にでも読んで、読んでって言うの。で、一か所でも間違うと機嫌悪くなっちゃうの。ありがとう。読み聞かせが上手ね。とってもきれいな声ね」

 うんうんと他の二人も同意した。

「声優さんみたい」

「聞き入っちゃった」

「いえ、私はそんな・・・・じゃあ、失礼します」返事になってない返事をして、選んでおいた数冊の本を持って貸し出しカウンターへ行った。うまく話せないのだ。緊張して赤くなってその場を逃げてしまう。だめだなあと自己嫌悪。でも正直言ってうれしかった。誰かに喜んでもらえたことが。私にもできることがあると思えたことが。



 N高校には普通の高校のように3年で卒業するコースと、ゆったりしたカリキュラムの4年で卒業するコースの二つがあった。私はアルバイトをしないと生活できないので、4年かけて卒業するコースを選んだ。N高校には制服もなく、十代の生徒がほとんどだが、私のように二十代やそれ以上の年齢の生徒もいて、最初のうちは緊張の連続だったが、少しずつ慣れていくことができた。

 N高校に通学してみて強く感じたのは、多くの生徒が、もう傷ついているということだった。傷ついた理由は家庭の不和だったり、学校のいじめだったり、貧困だったり、差別だったり、様々だった。共通しているのは、みんなもう傷つきたくないと思っていることだった。教職員の方もそれは十分に分かっていて、それを踏まえたうえで言葉や態度を選んでいた。授業も知識を詰め込むよりも、何とか生徒たちに興味を持ってもらおうとしている努力が伝わってきた。何とか卒業まで引っ張っていきたいと、先生達も一生懸命だった。生徒達は過去に何らかの挫折をしたが、このN高校という新しい場所でよりよい自分になりたい、なれるかも、という希望を抱いていた。そして私もそのうちの一人だ。

 生徒を見ていて気になったのは、他者から安易に影響を受けるのに、他者の助言を素直に聞けない生徒が目立つことだ。

 例えば、友達から誘われたりしてギターを始めたりする。もちろん最初は全然できないが、少し練習すると、少しできるようになる。少し褒められて、自分でもいけると思う。すると、「バンドを組もう」とか「ギターで生きていく」とか言い出す。教師や常識的なクラスメイトは、「ギターは趣味にして、高校を卒業しよう」と言うが、その声は届かない。ギターの技術も音楽的センスも将来の展望もないのに、高校を退学してしまう。

 昔の彼女から「青が似合う」と何年も前に一度言われたことを信念というか信仰のように持っている男子生徒もいた。毎日青い服を着てくる。それが一点なら、普通だ。だけどその生徒は、シャツもジャケットも靴もカバンも全部青いのだ。青い物に囲まれていたら、きっと安心なのだろう。彼は周りから「おい、青」とか「おい、アホ」とか呼ばれても、「俺には青しか似合わないから」と照れたように笑うだけだ。その顔は少し得意そうにさえ見えた。

 女子生徒には恋愛依存が目についた。恋愛至上主義で、彼氏が最優先。彼氏に「急に会いたくなった」とか言われると、単位取得に絶対必要なテストでも平気ですっぽかした。そうやって失ったものが大きいほど、自分がどれだけ彼氏に愛情を捧げているかの確認になるらしいのだ。家族や友人にも自分の恋愛を最大限応援することを期待していて、少しでも恋愛の邪魔になると判断した人物には口汚くののしった。

 それから、これは常識だろうな、と思うことを知らない生徒が結構いて、こっちが驚いた。

 例えば、畑で採れたイチゴを洗って学校に持って行って教室で配ったら、「イチゴって野菜?畑で採れるの?」と言ったり、家で採れた柿の実を食べやすいように切って大きなタッパーに入れて、昼休みに配ったら、「これ何?」と言った生徒がいた。リンゴや梨と区別がつかないと言っていた。果物を食べないと言った生徒もいた。そういうものなのかな?と私が認識を改めようとしたら他の生徒が「うそー」「それはないでしょう」と笑ったので、ほっとした。何となく放っておかれて育ったという感じの生徒が多かった。

 私は普通に高校に通学した経験がないから、こういう生徒を見ると驚いてしまうのかもしれない。おばあちゃんと二人で田舎の家で暮らしていたから、いちいちびっくりするのかもしれない。どこの高校にも、いや、どんな集団にも、なじめなかったり、浮いてしまったり、出て行ったりする人は必ずいる。私自身もそうで、N高校でもクラスの中心的な活発なグループにいるわけでもなく、静かに孤独にその日一日をどうにか皆に合わせて高校生活を続けていってた。誰かと喧嘩したり、無視されたりといったことはなかった。お互いに傷つかないように少しずつ遠慮し合っていたかもしれない。それでも私は高校が嫌いだったわけではない。むしろ好きだった。楽しかった。年齢の近い人達と話したり勉強したりするのは、緊張をはらみつつも、刺激的で楽しかった。集団に属しているという安心感もあった。仲間意識が持てた。N高校は痛々しい面も持ちつつ、善意で構成されていた。安心感があった。




 警察から突然電話がかかってきた。母が救急車で病院に運ばれたという。命に別状はないが、検査の結果、犯罪に巻き込まれた可能性があるので、娘である私にも話を聞きたいという。私はすぐに病院に行く旨を伝えた。警察とは病院で会う約束をした。

 病室で久しぶりに再会した母はやつれていた。実際の年齢より老けて見えた。髪の毛はパサパサしていて、顔色は異常に悪く、皮膚は乾燥していてしわが多く、細かい傷が無数にあった。母は私の姿を認めると力なく声を出した。

「桜花・・・・・」

「お母さん・・・・・」

「桜花にまで連絡行ったの?ごめんね。病院の先生にも警察の人にも何でもありません、って言ったのに。ただの食欲不振から貧血で倒れただけなの。本当よ。私の不注意なの」

「お母さん、ここでよく調べてもらって、、ゆっくり治したらいいよ。先生を信頼しておまかせしたらいいよ」

「うん、うん」

 母は少し話しただけで疲れたようだった。私は母の病室を出たあと、病院スタッフに相談室という部屋へ案内された。そこで医師と警察から聞いた話は驚くべきものだった。母は長期に渡って有害物質を摂取してきたらしいというのだ。私に心当たりはないかと尋ねられた。

「私は母が再婚してから、引きこもりになって、父方の祖母の家に家出しました。14歳の時です。それから一度もあのマンションに入っていません。これまでの6年間で母と電話で話したのもごくたまで、直接会ったのは祖母の葬儀の時だけです。何も気が付きませんでした」

「円城さんが中学校へ行かなくなったのはどうしてですか?」

「母の再婚相手と顔を合わせるのも嫌だったので、部屋に閉じこもっていたんです。それで登校できなくなりました」

「それだけの理由なら、お義父さん、加賀迫(かがさこ) 陸郎(ろくろう)さんが出勤した後に部屋から出てきて中学校に遅刻していくことも可能ですよね」

「あ、そういう方法もありましたね。思いつきませんでした。当時私は変な時間に寝たり起きたりして、目が覚めてても体がだるくて頭もぼんやりしてて、考えつきませんでした。学校へ行く元気も出てきませんでした」

「円城さんのそういった体の状態は、思春期にありがちなものでしょうか?お母さんの再婚という強いストレスから起こったものでしょうか?・・・・・・・薬物によるものとは思えませんか?」

「あの人が母に毒を飲ませてたんですか?!私にも?!」頭の中で火花が散った気がした。

「まだ断定できません」

「マンションで飼っていた猫が、突然死にました。祖母が飼っていた犬も、突然死にました。それは、それは、もしかして、あの人が毒を飲ませたということはありませんか?」

「残念ですが、確認の仕様がありませんので、何とも申し上げられません。しかし、加賀迫さんを調べてみると、若い頃から不審な事件が身の回りに複数回あったことがわかりました。周囲の人が急に体調を崩したり、動物が死んだり、といったことです」

 目の前が真っ暗になるという表現は本当だった。私の目はよく見えなくなった。耳も聞こえなくなった。震えて、座っている椅子から落ちそうだった。

「円城さん、大丈夫ですか?」

「すいません、大丈夫です。続けてください」

「今日はここまでにしましょう。またご連絡します」

 私は相談室を出て、母の病室に戻った。母は眠っていた。このまま目覚めずに死んでしまうんじゃないかと心配になった。勝手なものだ、今まで母のことを放っておいたくせに。母がどんな生活をしているにか考えもしなかったくせに。私は母の再婚以来今まで、自分のことを母にひどいことをされた被害者だと思っていた。私は再婚に反対したのに、母は再婚を強行し、再婚相手中心の生活が始まった。私は母に裏切られた、捨てられた、と思った。そして一人娘なのに母を見捨てて家出したのだ。冷たい人間なのだ、私は。

「ごめんね、お母さん」と小さな声でつぶやいた。母は細い息で眠り続けていた。母が元気になったら話したいことがたくさんある。聞いてほしいことがたくさんある。また元のような仲のいい母娘に戻れると思った。しばらく母の寝顔を見つめ続けた。そして音をたてないように静かに病室を出た。


母が死んだ。薬殺ではない、自殺だ。治療を受け歩けるほどに回復した母は、病院を抜け出し、歩道橋から飛び降りたのだ。

 母の再婚相手、加賀迫ははその後逮捕された。自供によると、母には日常的に薬物の入った飲食物を与え、その反応を見ていたらしい。職場でも、同僚にこっそり薬物を飲ませ、失禁させたり、昏睡させたりしていたらしい。周囲の動物にはさらに致死量の毒物を与えていた。池の鯉や公園のハトや小学校で飼育されているウサギなど。猫のミーンが死んだのもそのせいだった。犬のキリが死んだのも、当初は畑の野菜に毒物をまいておばあちゃんと私にダメージを与えようとやってきたが、畑があまりに広く、確実ではないと思い、毒の標的をキリに替えたせいだった。

 加賀迫は母をコントロールしていたと自供した。それも実験のような感覚だったらしい。入院中の母にも自殺するよう(そそのか)したのだ。そして母は自殺した。

 警察に教えてもらうまで私は全く知らなかったのだが、加賀迫は再婚だった。初婚の相手は生まれつき病弱な女性で、日常生活はできるが、外で働くことはできず、実家で家事手伝いをしていたそうだ。加賀迫は言葉巧みに近づき「子供が産めなくてもかまわない。あなたと死ぬまで一緒にいたい」と言い、彼女とその両親を感激させたらしい。そして結婚直後に「僕の身に何かあって死んでも、あなたは働いて収入を得ることができない。だから僕は高額な死亡保険に入る」と言い出し、そのついでのようにして、妻にも保険に入らせた。加賀迫は言葉通り妻と「死ぬまで」、そう死なすまで一緒に暮らし、妻が死んだら高額な保険金を受け取り、妻の実家とは全く連絡を取らないようになったそうだ。加賀迫本人の表現によるとその結婚生活は「人の手を加えることで作り出す人の手を加えたとは思えない死の模索」で「興味深かった」そうだ。私にはまったく理解できない。狂っている。もう一生あの男に係り合いたくない。名前も聞きたくない。忘れたい。




 24歳の春、私は高校を卒業した。N高校は卒業率は毎年五割くらいだ。同級生が次々と退学していくのを見送るのは悲しかった。別れの挨拶もなくある時からぱったりと来なくなる生徒も多かった。24歳と言えば、普通の人はとっくに短大や大学を卒業している年齢だ。だけど私は人と違っていることを気にしない。N高校の進路指導の先生にも進学を勧められたが、私は体系的に専門的に学びたいと思う学問を見つけられなかったし、経済的にも余裕がなかった。H動物霊園ではアルバイトから正社員にしてくれたが、経済的にゆとりがあるわけではなく、学びたいことは独学でやっていこうと決めた。私の行動の規範はおばあちゃんとクラウスだ。「おばあちゃんならこう言うだろうな」とか「クラウスに恥ずかしくないように」とか、常に二人は私の心の中にあった。一人暮らしでも、家や庭や畑を整え、家事に手を抜かなかった。丁寧に生活することを心掛けた。ラジオやテレビで、ドイツ語に触れるようにした。さっぱりわからないままに。

 H市の広報誌にドイツ語を学ぶ市民サークルがあるのを見つけ、入会した。行ってみて分かったのだが、本当の初心者は私一人だった。他のメンバーは皆ある程度はできていて、「忘れないように」とか「もっと話せるようになりたい」といった動機で入会していた。それでも私は門前払いされることなく、迎え入れられた。そして皆が親切にアドバイスしてくれた。メンバー自身がかつて使った参考書なども譲ってくれ、勉強法もあれこれと教えてくれた。私はせめてものお返しにと思い、ドイツのお菓子を作って持っていくようにした。すると、皆とても喜んでくれて、そのお菓子がきっかけになり、またドイツに関する会話が日本語もドイツ語も入り乱れて盛り上がるのだった。




 一通の国際郵便が届いた。差出人は Klaus Willstätter だった。クラウス。ずっと忘れられなかった名前。


 私のやりたいことが見つかった。クラウスに会うこと。会うことで、何が起こっても、何も起こらなくても、後悔しない。自分の考えと自分の足で行動する。

 クラウスに返事を書いた。できるだけ早くドイツへ行ってクラウスに会うと。


 パスポートを取り、職場に休暇の申請をし、航空機のチケットを購入した。どれも私にとっては初めてのこと。緊張もするが、何かはっきりとした目的に向かって突き進んでいくときには疲れも忙しさも感じない。エネルギーに突き動かされているようだ。



 ドイツの到着ロビーの最前列にクラウスがいた。探すより前に、彼が輝いて目に飛び込んできた。

「桜花」

「クラウス」

「会いたかった。来てくれてありがとう。君はちっとも変わらないね。いや、前よりもずっときれいになったよ。輝いているみたいだ」

「私も会いたかった。元気そうでよかった」

「長い長い夢を見ていた気分だよ。僕は冬眠から覚めたんだ。夢の間の時間の感覚はぼんやりしている。でも、終わったってことはわかる。一度死んで別の人生を生きなおしているような感覚もあるけれど、僕は前と変わらず日本が好きだし、桜花が好きだ。心配かけたね」

「おかえりなさい。信じて待ってた、クラウス」

 それから抱き合って、、今までの時間と距離を埋めるように腕に力を入れた。

 自分はあの頃よりもっと相手を好きになってる。相手は自分を好きでいてくれている。それがお互いに感じられた。信じられた。


「桜花」

 顔を上げると、目も顔も赤くなったクラウスがはにかみながら言った「父を紹介するよ」

 私は我に返った。夢見心地で空港ロビーの真ん中で抱き合っていたということに今更うろたえた。

「コニチワ。ハジメマシテ」クラウスのお父さんはにこにこ笑顔で日本語であいさつしてくれた。

「こっ、こんにちは。初めまして。

Guten Tag(グーテンターク)(こんにちは).

Ich freue mich,Sie kennen zu lernen(お会いできてうれしいです).Ich heiße Oka Enjo(円城桜花と申します).」

「桜花、ドイツ語話せるの?」クラウスのびっくりした顔。この顔も本当に久しぶり。

「ほんの少しだけね。あれから高校にも行ったし、ドイツ語の勉強もしたの」

「そ、それは、少しは僕のためだと、うぬぼれてもいいのかな?」遠慮がちに確認をするクラウス。

「大いにね、うぬぼれていただいて結構ですよ」もったいぶって肯定する私。

「桜花」

 私もクラウスももう少しで涙が落ちそうだったけれど、お互いの両手を握りしめて笑顔を作った。

 クラウスのお父さんが車を運転してくれて、私とクラウスは後部座席でずっと日本語で話し続けた。アウトバーンを猛スピードで走る車窓には、ドイツの風景がビュンビュン流れていったけれども、私はクラウスと手をつないで、クラウスの瞳や輪郭や髪の一本一本を見つめていて、本当にそばにいることに感激して、外のことはほとんどわからなかった。

 クラウスは私に連絡するまで5年もかかったことを何度も謝った。治療がこじれてしまったと説明した。私には心の病気をどうやって治すのか何の知識も持っていなかったし、今こうして目の前にクラウスがいてくれるという現実に喜びでいっぱいで、許すも許さないもなかった。

クラウスの家では、お母さんが待っていてくれた。

 お母さんも日本語で「コニチワ。ヨウコソ」と迎えてくれて、うれしくてたまらなかった。私も片言のドイツ語でご挨拶して、自己紹介した。玄関に入ろうとした時、何か茶色っぽいものがもぞもぞ動くのに気付いた。

「クラウス、あれ、何かな?」

「どれ、あっ、Iger(イーゲル)!」

「イーゲル?」

「ハリネズミだよ。野生の。うちの庭に来るのはすごく久しぶりだよ」クラウスは少し興奮していた。でも、自宅の庭にハリネズミがいると知った両親の興奮はそれ以上だった。私の聞き取り能力では大部分が想像だが、両親は食べ物をやろうとか世話しようとしているらしかった。お母さんが私にドイツ語で話しかけたが、私にはわからなかった。クラウスが通訳してくれた。「桜花が幸運を連れてきてくれたって言ってるよ。ドイツではハリネズミは幸運の象徴なんだ」

「本物のハリネズミ見たの初めて。かわいいね。日本でいうとツバメが巣を作ったらその家は栄えるって言うけど、そんな感覚かな?」

「そうだね。あぁ、僕は本当に今幸せだよ。桜花なしでよく5年も生きられたと思うよ。桜花がここにいてくれるのが夢のようだ」

「それは私も同じ気持ちよ、クラウス。ご両親が日本語がわからなくてよかった」大胆にも言ってしまってから赤くなった。


 クラウスの実家で夢のような三日間が過ぎた。四人で食事したり、出かけたり、くつろいだりしているうちに、時間が(またた)く間に過ぎていった。私が日本へ帰る日には、クラウスの両親も車で空港まで送ってくれた。

 いよいよ搭乗ゲートに入る時間が近づいてきたとき、クラウスが私の正面に立ち、私の眼をひたと見つめ、ひざまずいて日本語で言った。

「桜花、僕と結婚してください」

 私は嬉しすぎて恥ずかしすぎて真っ赤になって、でもドイツ語ではっきり答えた。

Ja(ヤー), gern(ゲルン) (はい、喜んで)」

 この瞬間を待っていなかったと言ったら(うそ)になる。ドイツにやってくることを決めた時から、いいえもっと前、クラウスが留学生だった時から、私はいつまでも彼と一緒にいたいと思っていた。

 いつの間にか私たちの周りには人垣ができていて、歓声と拍手さえ起っていた。クラウスの両親は少し離れたところに立って笑顔で何度もうなずいてくれていた。他に一人の知人さえいないドイツの空港で、私は幸福に酔っていた。私の目にはクラウスしか映っていなかった。

 別れ際、クラウスのお母さんは私をハグして「Meine(マイネ) Tochter(トホター)(私の娘)」と言ってくれた。胸がいっぱいになった。私がこの三日間で私がもっとも使ったドイツ語 Danke Shöne(ダンケシェーン)(ありがとう) をここでも何度も何度も繰り返した。 夢見心地で飛行機に乗り込み、何度も何度も幸せを反芻して、私は熱くて甘い酔いに身を任せていた。


 私が日本に帰国して以来、クラウスから連絡がない。手紙にも返事がない。プロポーズされたことに自信を持っていい、と自分に言い聞かせていたが、日を追うごとに不安は増してきた。仕事をしっかりして、ドイツ語の勉強をしようと意気込んでも、すぐに集中力が途切れる。続かない。

 そんなある日、ドイツから分厚い封筒が届いた。あわてて中を開くと、便箋の一枚目は日本語だった。


 こんにちは。お久しぶり。左門秋水です。

 なぜ僕が君に手紙を書いているのか、順番に説明していきます。

 僕は大学を卒業してから、商社に就職しました。クラウスとは彼が留学を途中でやめてしまってからも親友です。彼の家を訪問したこともあります。それで、今回クラウスの両親が僕に手紙の日本語訳を頼んできたのです。そう、クラウスの治癒したはずの病気がまた再発したのです。彼は手紙や電話を受けられる状態にありません。クラウスの両親は、日本語ができません。それに両親の書いた手紙にはとても個人的で繊細な問題が含まれています。だから彼らは翻訳業者に依頼せず、僕を頼ったのです。

 こんな形で君に手紙を書く日が来るとは思ってもいませんでした。君は僕に対して、何か恐れを抱いているかもしれないけれど、それは杞憂です。親友と片思いしていた女性が結婚することになっても、穏やかに祝福できるくらい大人になっています。おめでとう。これから伝える内容は君にとってつらい部分もあると思うけど、きっと乗り越えられるよ。

 まず、両親の手紙の訳の前に、クラウスがドイツに帰国してからの五年間どんなことがあったのか、僕の知る範囲で簡単に話しておくね。きっと君もなぜ五年も全く連絡してこなかったのか気になっているだろうから。それにしても君にそこまで想われてクラウスは本当に幸せ者だよ。おっと、これは脱線。

 クラウスはドイツに帰国して、心の病気を治すためにカウンセリングに通った。カウンセリングは丁寧で、ゆっくりと進んでいった。順調に見えた。でもそれは、カウンセラーがクラウスに何度も長く会いたいがために本来なすべき治療に手を加えていたんだ。カウンセラーはクラウスに恋をしたんだ。恋じゃないかもしれない。でも、クラウス以外のもの、特に家族が急に価値のない意味のないものに思えてきたんだそうだ。カウンセラーは良心の呵責と仕事に対する自負や誇りを失っていなかったから、スーパーバイザーにその事実を報告した。そしてクラウスの担当を外された。事情を知らされていないクラウスは、信頼してきたカウンセラーが治療の途中で突然交代していなくなって、その時見捨てられた気分になったそうだよ。しかし同じ病院で別の人によりクラウスの治療は続けられた。カウンセラーは他の病院に配属された。カウンセラーとクラウスの接点はなくなった。しかしカウンセラーの家族が何か変だと気が付いた。妻が、そうカウンセラーは中年の男性だったんだ。妻が夫が隠していた写真を見つけたんだ。隠し撮りされたクラウスの写真。妻にはそれが誰だか分らなかったけれど、背後に病院の建物が映り込んでいたので、職員か患者だろうと見当をつけた。妻は常軌を逸し始めた。夫の前の勤務先の病院の敷地に何時間も立つようになったんだ。幼い娘と手をつないで。クラウスの診察はその頃4週間おきだったんだけど、その来院する瞬間を妻は見逃さなかった。一方的にクラウスにしゃべりだした。「あの人を元に戻して。あなたのせいで、夫ははまるで小虫か落ち葉を見るような目で私達を見るのよ。あなたのせいよ」そして妻はカバンからナイフを取り出した。クラウスにはいったい何のことか全くわからない。その時幼い娘が「マァマァ」と言って妻のスカートを握ったままその場に倒れこんだ。脱水症状だった。うまく機能していない家庭では食事だって十分に与えられていなかった。三人が硬直して動けなくなっているところへ警備員が来て、場を収めた。

 そこからクラウスの病気は急激に悪くなった。転院もしたけど、医師やカウンセラーを信頼することが怖くなった。日本で無理心中の末亡くなった女の子と、目の前で意識を失い倒れた女の子が、重なって感じられた。自分を責めて病気になったクラウスが、それまで以上に自分を責めるようになった。当然治療は長引いた。だけど家族の支えもあって病気を克服し、やっと自分に自信を取り戻し、君に再会する決心をしたんだ。治療中は人生の大きな決断をしてはいけないといわれているからね。転職とか離職とか離婚とかそういったこと。正しい判断がしにくいし、その判断に後々後悔することも多くあるからね。それに何よりクラウスは君のことをとても大事に思っているからこそ慎重を期したんだ。そして晴れて君と再会して・・・・・それからのクラウスの様子は、君自身が一番よく知ってるよね。僕はクラウスの両親から聞いた話しか知らないけれど、両親は君のことを奇跡の聖女みたいに感謝してたよ。

 その希望に満ちて元気になったクラウスに、また不幸が襲ったんだ。クラウスが君にプロポーズする一部始終をあの最初のカウンセラーが見ていたんだ。偶然なのかストーキングしていたのか僕は知らないけれど、そのあと彼は空港の駐車場でカッターで自分の両手首と首を切ったそうだ。わざわざクラウスの家族が通るであろう場所を選んだ事実を僕は許せない。クラウス達が車に戻ろうとしたとき、駐車場はすでに騒然となっていて、救急車も到着していた。人だかりの隙間を縫ってクラウスと血だらけのカウンセラーの目が合ったそうだ。そしてクラウスは最も悪い状態へ引き戻された。

 ねえ、桜花ちゃん、こんなことあっていいんだろうか。あんないいやつが、何も悪くないのに、どうしてつらい目に遭い続けるんだろう。クラウスには夢がある。才能も能力もやる気もある。二十代のおそらく人生で最も輝かしい時間をクラウスは恐ろしい暗闇にのまれて何年も過ごしている。

 ごめん。僕の気持ちを言うより、君の気持ちを察するべきだね。まだまだ青いな俺。

 僕はクラウスの力になりたいと思っている。できることはしてあげたい。君とクラウスの両親との手紙の翻訳など、喜んで引き受けるよ。でも君は手紙を盗み読まれている気がするかもしれない。だったら、翻訳業者に頼めばいいと思うよ。

 それから、クラウスのお父さんが、自分の親族に心の病気を抱えた人がいることを気にしています。僕も病気について少し勉強してみたけれど、なかなか言葉が見つかりません。関係ないとも言い切れないし、関係あるとしてもそれでお父さんが罪悪感を持つ必要があるだろうか。僕はないと思う。

 では同封されているクラウスの両親からの手紙と、僕が訳したのを読んでください。

 僕の連絡先も書いてあります。僕でよければいつでも話を聞きます。それから僕に変に気を使って返事する必要はありません。君は君自身とクラウスのことだけに集中してください。

 君とクラウスの幸せを祈ってます。



 同封されたドイツ語の手紙はクラウスのお母さんが書いたものだった。絵も色もない便箋にびっしりと書き込まれていた。私にはまだ一人でドイツ語を読むことができない。まず左門さんが訳してくれた文章を読み、お母さんの手紙に戻り、単語の意味を一つ一つ辞書で調べながら書き込んでいった。動詞などもちろん変化するので、辞書で調べきれない部分も多くあった。でも、左門さんの文章と合わせて自分なりに意味を読み取ろうとすると、お母さんの気持ちがよく伝わってきた。

 クラウスの両親は二人が結婚したいと思っていることを、心から嬉しく思っていること。三日間しか一緒にいなかったけれど、私のことはもう家族の一員のように思っていること。クラウスは私と会っている間、両親がずっと見られなかった生命力と喜びにあふれた様子だったこと。

 そして、私のことを心配して、結婚の約束にとらわれなくていい、とも書いてあった。どれだけ待たせるかわからないし、迷惑をかけ、不幸せになるかもしれないから、とあった。

 長い時間をかけてどうにか読み終えた後、私の気持ちは固まっていた。ドイツへ行って、クラウスのそばで生きていく。


 クラウスのお母さんへ自分でドイツ語で返事を書こうと思った。単語の羅列になっていても、きっと意味は察してくれるだろうと楽観的に考えた。左門さんにはそのことをお礼とともに手紙で伝えた。

 私の両親と祖父母はすでに亡くなっていて、きょうだいもいないこと。私の財産と言えるものは相続した土地と家だけで、その評価額はとても低いこと。それでもその両方を売って、ドイツでクラウスの近くで暮らしたいこと。結婚しなくても、ただそばにいたいこと。クラウスと両親に迷惑にならないようにするつもりであること。

 何日もかけて、文章にもなっていない単語を並べていった。手紙を投函した時、一緒に航空便で体ごと運んでほしいと思ってしまった。冷静にならなくては。

 クラウスのお母さんからの返事にも、冷静になるように、優しく諭してあった。今回は左門さん経由ではなく、直接うちに届いた。お母さんの手紙は前回とは違って、手紙は優しい単語を選んで使って、短い文章で書いてあった。

 たくさんの感謝の言葉。ドイツに来てくれるのは嬉しいが、それがクラウスの病気に良い結果をもたらすとは限らない。逆にストレスになる可能性もある。オーカはまだ若いから、後々のことまで考えた方がいい。とあった。

 でもそれから何回も手紙のやり取りをして私の決心が固いことを理解してくれた。そしてお母さんの考えも変わってきた。

 思い切って同居してみよう。ドイツでは部屋を借りなくても、うちに住んでくれればいい。日本の不動産は売らずに貸した方がいいと思う。帰る場所は残しておいた方がいい。と言ってくれた。

 私は行動した。私の計画を話すと、職場の人も春風さんも近所の人も不動産屋も、皆驚きあきれたけれど。それでも私には迷いひとつなかった。




 






 二十年ぶりに日本に帰国して、最初に訪れるのはおばあちゃんと暮らした家だと決めていた。

 結局不動産は売ってしまったので、今は誰が住んでいるのか、そもそも家はまだあるのかもわからなかった。村に入ると今でも田舎で、景色はあまり変わっていなかった。嬉しい事におばあちゃんの家もまだあった。庭にウッドデッキやブランコがあって、自転車が何台も見えたので、若い家族が田舎生活を楽しんでいるように思えた。築約二百年の古民家は現役で頑張っていた。嬉しかった。畑もまだ畑として機能していた。(うね)の作り方や植えられた野菜は、やっぱりおばあちゃんがやってたのとは違って、ちょっとよそよそしい気がしたが、土は変わらずそのままでほっとした。ここが私の故郷なんだな、と思った。


 次に訪れたのはH動物霊園だった。正確に言えば、H動物霊園だった場所。ロープが張られた入口からは事務所、火葬場、納骨堂の屋根らしいものがかろうじて見えたけれども、敷地のほとんどが山の雑木林の中に埋もれてしまっていた。地面もアスファルトの駐車場や通路さえ見えず、泥や岩で厚く覆われさらにその上につる性の植物がはびこって、歩いて立ち入ることさえできなくなっていた。いったい何年間放置されて、この暴力的な植物の侵略を許してしまったのだろう。よくよく目を凝らしてみると、敷地奥の山の斜面の形が変わっていた。私の想像で順番はわからないが、動物霊園の倒産と大雨による大規模な土砂崩れが起こり、そのままもう何年も手つかずのままずっと放置されているようだ。この地で永遠の安息を約束されたあの動物たちのお骨や魂は救い出されたのだろうか。わからない。あの子たちはすでに山の一部となっている、と思うより他ない。私は手を合わせて頭を垂れた。

 私は十代のころに読んだ『虹の橋』の詩を思い出した。ペット達はきっとここではなくて虹の橋のたもとの緑の楽園で楽しく暮らしている。飼い主がそこを訪れた時、きっとペットの瞳はきらきら輝き、喜びを全身で表しながら走って駆け寄るだろう。お互いが再会の喜びに浸った後は、一緒に虹の橋を渡っていくだろう。



                    完















  

 



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