魔人族の王都
魔人族の王都『ユラシティ』は一年中桜が咲き誇る都として知られている。
街中のいたるところに桜が植えられ、街の中央には『大桜』と呼ばれる桜の大樹がある。
この街を最初に訪れた者はその壮大かつ甘美な景色に、感嘆する。
それは僕も同じだ。
「すげぇ……」
僕はなんとも雰囲気ぶち壊しの一言を放ってしまった。ハッとなって少し恥ずかしくなる。でも、ほんとにそう言わずにはいられないほど素晴らしい街並みなのだ。冗談抜きに今まで生きてきた人生の中で、これほど美しい街は初めて見たように思う。
さて、観光をしにきたというわけでもないから、『魔王城』に行ってみるか。王都に来たのはいいが、どうやって『魔王』に会うかは正直ほぼノープランなんだ。でも『魔王』には会ってみたいなと思う。でもそれは厳しいかなー。
『魔王』はやはり王様らしく『魔王城』に住んでいるようで、身分を証明できない僕が城に入れるとは思えない。たとえ証明できても、王族でもなんでもない一般人の僕が城には入れないだろう。
そんなことを思いながら『魔王城』に向かって歩いていると、何やら広場が騒がしいことに気付いた。少しのぞいてみるか。
そんな野次馬気分で広場を覗きに行くと、2人の女の子と3人の男が口論になっているようだった。
「なんだ女ぁ、俺たちはこのお嬢さんとちょっとお茶しようとしただけだぜ?どいてくれよ」
「何言ってんのよ、この子まったくそんな気ないんだから男なら潔くどっかいきなさいよ」
黒く長い髪が特徴的な女の子が、後ろで怯えている女の子をかばっているようだな。なんとも定番な状況か。男3人組はナンパ集団というわけか。
「てめえには関係ないだろぉが!痛い目に遭いたくなかったら大人しくしろや!」
周りの野次馬達も割とビビっていて助けには入れないようだ。その辺で小声で話しているのが聞こえたが、あの3人組このあたりではそれなりに名が通っている傭兵らしい。
そんな風に状況を理解したがどうしたものか。助けてもいいんだが、目立ちたくはないな。
その時、3人組の中の1人が黒髪の女の子に殴り掛かろうとしているのが見えた。
仕方ない。
僕は、そのステータスの高さを存分に使って、女の子の目の前に一瞬で移動し男の振り下ろした拳を掴んだ。
「あぁ?てめえなんだ?死にてえか?」
殴り掛かってきた男が言う。全く、力量差もわからないのか。僕は掴んでいる男の拳をつぶれない程度に握りつつ、3人組に向けて殺気を放つ。
「いいから消えろ」
殺気にやられたのか3人組は顔がみるみる白くなっていき、「お、おぼえてろぉ」とかショボイこと言って逃げていった。
「もう大丈夫だよ。これから気をつけるんだよ?」
黒髪の女の子は怯えていた女の子にそう言うと、女の子はお礼を言って走っていってしまった。急ぎの用事でもあったのかな。
「君もありがとう。助かったよ」
黒髪の女の子は僕に話しかけてくる。
「いや、大したことはしてないから」
「そんなことはないよ。本当にありがとう」
黒髪の女の子はそう、満面の笑みを浮かべてお礼を言った。いかにも美少女といった整った顔立ちで、その笑顔には思わず引き付けられた。
「それじゃ、僕はこれで」
「あ、ちょっと待って。あなたこの街の人じゃないでしょ?恰好でわかるわ。観光なら案内するわよ?」
「それは素敵な提案だとは思うんだが、僕は『魔王城』に行きたいんだよ。まあ入れないとは思うんだけど、行ってみたくてね」
「そうなんだ……」
黒髪美少女は少し考えたような顔をしたがすぐに答えた。
「じゃあ城まで案内してあげる!」
まあそこまで言ってくれるなら断る理由もないか。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ。申し遅れたけど僕は桐生義人、今は気ままに一人旅をしている」
「きりゅ…よしと?」
ん、この世界では発音しにくかったりするのかな。
「あー、ヨシトでいいよ?」
「そっか。ヨシトね!私はユラ。よろしくね」
そうして僕たちは広場から『魔王城』に向かって歩いていった。
街中央の商店街を通っていくが、その活気はすさまじいものがあった。「そこのお兄さん!この野菜どうだい!」「いやいや、こっちの肉でしょ!お兄さん!」なんてはちゃめちゃな感じだった。さすが王都。賑わってるこういうのは嫌いじゃない。ここの人たちも僕のことを怖がったり変な目で見たりはしないようだ。それは、隣を歩く女の子、ユラも同じようだ。むしろ積極的に関わってくれている気がする。まあ、大方助けてくれたお礼とかそういうことだろう。
そんなことを考えているとすぐに商店街を抜けてしまい、もう少し行けば『魔王城』だ。
「ところでなんで城に?まあ珍しいと言えば珍しいけど、普通は中にまでは入れないからそんなにおもしろくないかもよ?」
ユラは僕が観光できていると思っているのかな?まあ普通はそう思うか。まあ、親切にしてくれるし正直に言うか。なんか僕の直観もそうした方がいいと言ってる。
「いや、正直に言うと『魔王』様に会ってみたくてね」
「えっ……そう、なんだ」
ユラもさすがに驚いてるみたいだ。
「んー……会ってみたい?」
「そりゃ、そのために来たからね」
「そっか。じゃあ、なんとかしてあげる」
えっと、さらっと言ったけどそんなことできるの?もしかしてユラさんすごく偉い人だったり?
服装とか見る限りはそうでもないように思えるけど。
『魔王城』の門の前にたどり着いた。
やはり城は近くで見るとさらに大きく感じられる。西洋のお城といった雰囲気だ。
そんな中、ユラは何も言わずに門を通ろうとしている。いや、それはさすがにだめだろ。と思いきや、衛兵も止めようとしないどころか、片膝をついて頭を下げている。いや、まじか。ユラさん、まじか。
「なにしてるの?早くいくよ?」
当の本人はこんなこと言ってくるが、僕は正直動揺してます。色々と。
『魔王城』は外観は西洋のお城、といった感じがあふれていて内装もかなりこだわって高価なものが多いのだろうと思っていたが、そうでもなかった。意外と、財政は厳しめなのかな?もしくは『魔王』はあまり欲がないとか?
そうして僕とユラは『魔王城』のなかをトコトコ歩いていく。驚いたことに、人とすれ違うたび皆がユラに頭を下げていく。この子どれだけ偉いんだろう。上級貴族の娘さんとかなのかな。
そして僕たちは大きな扉の前に行きついた。
「ここでしばらく待ってて。『魔王』に会えるように準備するから」
そう言って彼女はどこかに行ってしまった。どうなってるんだ?もう『魔王』に会えちゃうのか……。まあ、会えるならいいか。情けは人のためあらずとはよく言ったものだ。人生で初めて体感できたわ。
しばらく待っていると、知らないお姉さんが近づいてきた。
「ヨシト様でお間違いないですか?」
メガネをかけて鋭い目つきのお姉さんは、社長秘書を思わせる面持ちだ。正直ビビる。
「はい。僕はヨシトですが」
「お初にお目にかかります。私はシルフィアと申します。『魔王』様の身の回りのお世話をさせていただいている者です」
おお、まじか。やっぱりこの人できる人か。
「では、こちらへ。『魔王』様がお待ちです」
彼女がそう言うと、僕の目の前の大きな扉が開いた。
入口から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯。これは謁見の間とかそういった場所だろうか。そしてこの絨毯の先にはお決まりの豪華な椅子があり、そして『魔王』が座っている。お決まりの感じだな。ただ1つを除けば。
「『魔王』様、ヨシト様をお連れしました」
椅子に座っている『魔王』は、真っ赤なドレスを身に纏い、貫録さえ感じさせる……ことはまったくなく、笑顔でこちらに視線を送る……
ユラだった。
「ありがとう、セフィリア。改めましてヨシト、私は魔人族の長、『魔王』のユラです」
彼女はなんら変わらない笑顔を僕に向けながら言い放った。
はい、『魔王』はユラだったのでした。
「よろしくね!」
まじか……。