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悪魔のような勇者の伝説  作者: 夜桜
第2章
20/26

とある勇者候補のお話

勇者候補である佐藤香織の視点です。

『風の洞窟』のあたりからの話になります。

 

side 香織 START



 私達のクラスが勇者候補として3週間ほど過ぎた。昨日は『風の洞窟』でのダンジョン探索があり、このクラス初めての犠牲者が出た。


 桐生義人。


 私はこの名前を忘れてはならない。


 なぜなら私は彼を……殺したのだから。


 私は、冷静に、冷酷に、冷徹に、彼を見捨て、彼を殺した。


 この罪は、一生かかっても消えるものではない。


 だけど、私はやすやすと死ぬつもりはないし、生きるためならこれからもどんなことでもするだろう。


 生きて元の世界に帰りたい。


 そのためなら私は手段を選んでいられない。


 だってそうだろう?


 こんな狂った状況で、狂った世界で、狂った自分ではいたくない。


 元の世界に帰れば、きっと元通りの自分でいられる。


 朝起き、家族におはようと言い、朝ご飯を食べて、学校に行く。学校でもみんなにおはようって言い、みんなもおはようって返してくれる。桐生君は大杉君にいつも宿題を見せてほしいとせがまれ、いつも笑顔で渡す。そうしてるうちにみんなが教室に集まって、先生も来て、授業が始まる。昼休みには、私もみんなもそれぞれお昼ご飯を食べに行くし、桐生君はなぜか屋上に行ってるみたいだけど、お昼ご飯を食べてる。お昼の後もみんなで授業を受けて、それが終わったら、部活をしたり、友達と寄り道したり。その後には家にかえって、ただいまって言う。家族で夕ご飯を食べて、お風呂に入って、授業の復習や予習、宿題をして、眠くなったころには家族におやすみなさいって言って、ベッドに入って寝る。


 ……思った以上に桐生君の事を見ていた気がするけど、今となっては関係ない。

 

 こんな当たり前の日々が、戻ってくるなら。


 そのためなら、私はなんでもしよう。





 そう、思っているはずなのに……。


 なんで私はこんなにも喪失感にあふれているのだろう。


 私は、生きて帰るためにするべきことをしているはずなのに。


 桐生義人。


 ただ一人の人間を失っただけなのに。


 ただ一人の人を殺してしまったという罪を重く感じていない癖に、ただ一人の人を失ってしまったということに悲しみを覚えている自分は一体何なのだ。


 桐生君、あなたは私にとってどういう存在だったのかな。


 桐生君、あなたにとって私はどういう存在だったのかな。


 私には、わからないや。







 それから三日後。


 私達は思いもよらぬ報告をユークリフトから受ける。




 桐生義人が生きている可能性がある。




 私はそのことに驚愕した。


 なんでも、あの洞窟の入り口には強力な魔物が出てきたときにすぐに分かるよう検知する装置が設置されていて、それに人型のなにかが通ったことが検知されたらしい。あの洞窟から出てくる人型のなにかなんていったら桐生君くらいしかいないだろう。


 私は彼を見捨てて、奈落の底に突き落としてしまった。


 自分が生き残るためには、そうするしかないと思ったから。


 だけど、彼は私が用意した最悪な状況でも生き残った。


 彼は一体、何者なんだろうか。


「どうせ、落ちるときに運よくどっかに引っかかって助かったとかだろ」


 私のクラスメイト、富田慶介はそう言う。


 富田君は元の世界にいるころから桐生君に対していい感情を持っていなかったように思える。


 だから桐生君が生きているというのは、彼にとっては面白くないのだろう。


 だけど、私はその報告を聞いて少し安心してしまった。


 桐生君が生きている。


 私は自分が人殺しにならなかったことよりも、なぜか、彼を失っていないということに安心している気がする。


 私にとって彼はそんなに大切な存在だっただろうか。


 分からない。自分のことがわからない。






 そして十日後。


 結局、桐生君は神殿には帰っていない。


 もし生きてたとしても帰ってくることはないか……。


 今日はみんなが集められ、その場でユークリフトから単独行動での任務が富田君に与えられた。


 任務内容は、『魔王』暗殺。


 いや、作戦を聞くと暗殺というには些か堂々としすぎているように思うが。


 魔王城で開かれるパーティーに潜入し、神級魔法で『魔王』の能力を失わせる。その後、期を見て『魔王』を殺害する。


 こういった内容だ。


 富田君は自分に与えられた初の任務に喜んでいるようだった。


 さすがに神殿側からも見届け人を出すらしく、気配を消すことに最も長けた神官が同行するらしい。あくまで、見ているだけらしいが。


 そうして富田君はその日の夕方、魔王城に向けて出発した。





 富田君が出発して十日後。


 すでに三日前に『魔王』の能力を奪うことに成功したとの報告があり、今日『魔王』暗殺を実行するらしいのでその結果を皆が集まって待っていた。ユークリフトも同じく私達とその報告を待っているので、報告が入れば私達もすぐに知らせてもらえる。


 これで魔王を倒せれば、また一歩私たちが元の世界に戻れる日に近づくな。


 そんなことを思っていた私達の前でユークリフトが叫ぶ。


「な、なんだと!?」


 報告は思念と呼ばれる魔法によって行われる。脳内に直接言葉が入ってくる電話みたいなものと言えばわかりやすいだろう。


 恐らくこんかいの任務の報告を受けたのだろうけど、様子がおかしい。


 しばらく思念で会話をしていたようだが、それも終わったようで私達に結果を話し出す。


「『魔王』暗殺は……失敗。富田慶介は、死亡」


 ユークリフトの口から出た信じられない内容に、みんな驚愕の表情を浮かべていた。


 彼の取り巻きだった子達は、「なんでだ!?」などと喚いている。


 ユークリフトはより詳しい状況を話した。


 本日、日が落ちてから3時間後に富田は作戦を決行したらしい。


 彼は魔王城の謁見の間に入り、そこには魔王と、その補佐役、そして一人の少年がいた。


 その少年は、桐生義人。


 私達のクラスメイトだ。


 富田君は魔王の補佐役を操って魔王を殺そうとしたが桐生君に防がれたらしい。


 その時点で、魔王の能力はしっかりと封じられていることが確認でき、報告してきた見届け役の神官もこの作戦は成功すると確信したらしい。


 だが、次の瞬間に起きたありえない光景に、その神官も驚愕し、恐怖したらしい。


 その内容とは、桐生君が富田君を瞬殺した、というものだった。


 桐生君はこの世界では見たことのない魔法を使って富田君の右腕を切断し、その後許しを請う富田君の首を迷いなく同じ魔法ではねたらしい。


 さらに、桐生君の脅威判定をしなくてはならないと思った神官が、判定魔法を用いて調べると『魔王』以上の数値が出たらしい。


 私達はそのことにさらに驚愕し、みんなは恐怖した。


 私達が見捨てたクラスメイトが、僕たちを殺し始めた……と。


 ユークリフトも、魔人族側に新たな脅威が現れたことに悩まされているように見えた。


 私は驚きはしたものの、なぜだかその事実に納得していた面があった。


 そして恐怖することもなかった。むしろ違う感情が生まれていた気がするがその正体は私にもわからなかった。


 私自身、私の気持ちがわからなかった。





 それから一か月が過ぎた。


 魔人族との戦闘があるらしく、私たちの仲からもその戦闘に参加するものが出た。


 それは、担任教師の小泉玲子先生だった。


 先生は恐怖を浮かべていたが、それでもユークリフト達に逆らうことはせず、準備のために神官たちに連れられその場から出ていった。


 それもそうだろう。先生は、私たちの中ではかなり弱い方だったから。


 だから、ユークリフトの言う事にも全く逆らえないし、ユークリフト達もそこまで大切な人材として扱っていないのだろう。ここでは実力がすべてだから。


 皆もなにも言わずそれを見ていた。


 私は、先生のことが気になったというより、ユークリフトたちが弱い者をどのように扱うのかの方が気になり、気配を消してついていった。私は、すでに神官たちよりは強い力を持っていたため、それが可能だった。もちろんクラスの中でも私より強い者はいないのだが。私はどうやら特別だったらしい。


 そうしてついていった先で見たものは、地獄だった。


 先生は、神官たちに無理やり神級魔法をかけられて、この世のものとは思えない姿に変えられたのだ。


 彼女はもう、人ではなくなってしまったのだ。


 私はその狂った光景を、自然に見ることができていて、私自身がどんどん狂っていっていることにも気づいていた。


 私はそれ以上見ても意味はないと察し、その場を離れた。




 そして数日後、その戦闘の結果がユークリフトから報告された。


 結果は大敗。小泉玲子は死亡。


 相手の指揮官は桐生君だったらしい。そして、先生を殺したのも。


 私は、先生が死んだというのになぜだか、この結果を心の中で喜んでいた。


 その時、私は桐生君が生きているという報告を受けるたびに喜んでいる自分がいることに気が付いた。


 この世界に来て私が喜びという感情を持ったことなどなかったはずなのに。


 そして私は彼に抱く感情に気付いてしまった。


 私はもうすでに取り返しがつかないことを理解しながらも、行動せずにはいられなかった。










































 その日、私は神殿から逃亡した。



side 香織 END



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