『死霊の森』
――翌朝。
僕はいつも通り目が覚める。
だけど、僕はいつもと違う違和感に気付く。
自分の身体がなにか柔らかいものに包まれている感触がする。
その正体は……ユラだった。
なんでこんなことに!?
思い返せば確かに同じベッドで寝たけど、ちゃんと離れて寝てたはず。
「んんっ……」
ユラは少し色っぽい声を出しているが起きる気配はない。
とにかく何とか抜け出さなくては。
だがユラは僕の足に自分の足を絡めているし、首には手を回して抱き付く形になってるし、こんな状態でどう抜け出せと!?
しばらく試行錯誤してみたが、全く抜け出せる気配がない。
それどころかユラが目を覚ましてしまった。
「んんんっ……ふぁぁぁ…………えっ……」
ユラは自分のその状況に気が付くと、顔を真っ赤にして僕からパッと離れた。
「その、なんだ、おはよう」
「う、うん。おはよう、ヨシト」
ユラは顔を赤らめて自分の身体を抱くようにしながらそう言う。
なんですか、この可愛い生物は。
そんなわけで、僕たちは朝から若干ビミョーな空気になってしまったが、ユラは自分から謝ってきた。なんでも、昔から寝るときに何かに抱き付く癖があるらしい。最近はなおってきたそうなんだが、今日は見事なまでに抱き付いてきてたな。
そんなハプニングもあったが、僕たちは朝食を食べて宿を出た。
さて、『死霊の森』に向かうとしよう。
『死霊の森』は広大な面積を持つ樹海で、一度入ってしまうと無事に出てくることはまずできないと言われている超難関ダンジョンだ。
ただの樹海であれば、脱出できるものも多いのだろうが、この『死霊の森』はそうはいかない。幻惑の効果がある魔法を使う死霊のせいで自分の位置を把握するのも難しく、さらには強力な魔物たちも出現するのだ。基本的に出てくる魔物は悪霊に取りつかれている事が多い。
さらに、最近になってさらに悪いことが起きた。『魔神の宝珠』をここを治めている魔物が取り込んでしまったのだ。そのせいで普通にいけば攻略不可能な難易度となっている。
その森の前に、僕とユラは立っている。
「想像してたよりも広大だな。これは骨が折れそうだ」
「そうね。普通はこんなところ入ろうとする人もいないけど、『魔神の宝珠』があるから行くしかないわね」
「ああ。しばらくは『魔神の宝珠』を取り込んだ魔物とは出会わないだろうが、ここからは気を引き締めていくぞ」
「うん!」
そう話をして僕たちは『死霊の森』に入った。
「くそ、数が多いな」
僕はそう愚痴をこぼしながら、襲ってくる狼の魔物『悪霊狼』を『血の刃』で切り裂いていく。
ユラも風属性魔法の『風の刃』で狼たちを切り裂いていく。
そんなことを5分ほど続けてようやく落ち着いた。
かなり面倒だったな。何体出てきたかもうわからない。
僕は周りの殺した魔物たちの死骸を見てそう思う。
「すごい数だったね」
「ああ。この先もこれが続くかもな。一応『空間把握』で気を付けてはいるが、こいつらの気配はなかなか追えないから、注意して進もう」
なぜだかわからないが、『空間把握』ではここの魔物の気配がうまくつかめないのだ。それに普段はもっと広範囲を把握することができるのだが、この森ではそれもかなり制限された。このダンジョン特有のものだろうか。それとも『魔神の宝珠』の影響なのか。それは分からないがより注意して進む必要があるだろう。
それからしばらくの間、『死霊狼』の群れとかなりの頻度で遭遇した。
その度に、僕たちはそれぞれの魔法で対処し、面倒ではあったが特にダメージも追わずに進むことができた。
ちょうど『死霊の森』の中央のあたりに少し開けた場所があった。
僕たちがそこに出ると、巨大な狼の魔物がいる。
さっきまでの『死霊狼』とは比べられないほどの大きさで、高さは3メートル、全長は7メートルほどといったところか。相当な威圧感を放っていおり、魔力も相当高そうだ。
『ルシフェル、あいつが宝珠を取り込んでるのか?』
『いや、奴からはその気配はない。おそらく狼達のリーダー、「フェンリル」だろう』
ルシフェルがそういうのだからこいつではないようだ。
これよりもさらに強いのが相手になるのか……。
先のことを考えても仕方ない。まずは目の前の相手に集中するか。
僕は『血の刃《ブラッディエッジ》』を、ユラは『風の刃』を、まだ攻撃を仕掛けずにいる『フェンリル』に放った。しかし、予想以上に俊敏な動きを見せた『フェンリル』は僕たちの魔法をたやすく躱してくる。魔力を使って移動速度を上げてるな。
「ウォォォォォォォォン!!」
『フェンリル』が吠える。それを合図に、奴はそのまま僕達の方に向かって走ってくる。
これは近距離で戦うしかなさそうだ……。
僕はそこで近接戦闘に切り替えることにする。
「ユラ、援護を頼むぞ!」
「了解!」
僕は近接戦闘用の魔法を発動する。
「『生成・漆黒の剣』」
僕がそう言うと、闇の波動を放つ剣が、僕の右手に現れる。
これは闇の上級魔法の一つで、僕が創造した武器を闇の魔力で出現させるものだ。
ただ、結構な魔力を使うので使える者はほとんどいないらしい。
僕はその状態で『フェンリル』に向かって突っ込んでいく。
「『魔封じの風』」
ユラは風属性魔法の『魔封じの風』をピンポイントで『フェンリル』の足元に発動させた。すごい技術だな。これで奴の移動速度は半減する。
『フェンリル』は急に自分の移動速度が落ちたことに驚いている様子だ。
僕はその隙を見逃さず、瞬時に『フェンリル』の懐に入ると、漆黒の剣を振り抜き奴の右前脚を切断する。
「ウォォォォォォン!!!」
『フェンリル』は今度は痛みからか吠えた。
足を一本失ったこいつに、もう脅威はない。
しかし、僕のその判断は良い判断ではなかった。
奴は自身の身体から異常なまでの魔力を放ち、衝撃波を放ったのだ。
僕はとどめを刺そうと、奴の懐に潜ったままだったので、その衝撃波をもろにうけ吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられた。
クッ……まだあんな力が残ってるのか。
『フェンリル』は、吹き飛ばした僕には目もくれず、ユラに向かって走っていく。
あいつ足一本失ってるのにあの速度かよ。
僕は心の中で愚痴をこぼしながらも、それほどダメージを負っていなかったためすぐにユラの前に移動し、奴が噛みついてくるのを漆黒の剣で受け止める。
「ヨシト!あいつをどうにか引き離して!」
「了解した!」
僕は筋力ステータスと漆黒の剣の闇の波動を最大限利用し、『フェンリル』を吹き飛ばした。
『フェンリル』は3本の脚だが、うまく着地しそれほどダメージも受けなかった様子だ。
だが、すでにユラは魔法の詠唱を終えるところだった。
「すべての闇を浄化する聖なる炎よ ここに顕現し目前の闇を絶たん『煉獄』」
これは、炎属性禁術級魔法か。
聖なる炎が『フェンリル』を焼き尽くしていく。
『フェンリル』は声にならない叫びをあげながら、消滅した。
ユラがここまでの魔法を使えるとは。これならこの先もいけるか……。
僕はまだ上級魔法までしか使えない。精進しなくては。
「さすがだな、ユラ。あれほどの魔法を使えるとは」
「いやいや、そんなことよりも純粋な能力値だけであいつと戦えてるヨシトの方がすごいからね」
ユラは苦笑いを浮かべている。
なにはともあれ『フェンリル』を倒すことができて、ようやく折り返し地点といったところだ。
気を引き締めて、先へ進もう。
僕の思っていることがユラにも伝わったのか、ユラの表情も引き締まった。
そして僕たちは、森の奥へと進んでいった。




