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悪魔のような勇者の伝説  作者: 夜桜
第2章
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狂わされた存在

 

 もしかしたら、空間把握でしっかりと把握しきれなかっただけかもしれない。


 あの異形の姿をした何かが、小泉玲子だなんてことを僕は信じられずにいた。


 その真偽はともかく、あの存在は危険だ。


 普通の魔人族の手には負えないだろう。


 僕はすぐにあの場に向かうために、本陣から出ようとする。


 その時、ユラが声をかけてきた。


「どうしたの?もしかして何かあった?」


「ああ、ちょっと厄介なのが出てきたみたいだ。僕が出るよ。戦況がひっくり返ることはないと思うけど、被害は最小限にしたいからね」


「私も……」


 そう言い、その場から立ち上がろうとする彼女を僕は止める。


「ユラはここで待っているんだ。君は王。その君に万が一のことがあれば、魔人族は崩壊の一途をたどることになるだろう。だから君が出ていくのはダメだ」


「でも、そんな危険な相手ならヨシトだって……」


 心配そうな表情をするユラに僕が言えることはそう多くはない。


「大丈夫。すぐに戻ってくるよ」


 僕は彼女に対してできる限り優しい口調でそう言い、本陣を出た。


 僕はそこで新たに覚えた魔法を発動する。


「『影転移シャドウテレポート』」


 この魔法は自分が認識できる範囲の人や物の影に移動することのできる魔法だ。


 普通は視認できる範囲の物の影から出現するという使い方をするが、僕は空間認識によって広範囲にわたって物や人を認識できるので、本当の意味での転移魔法としても使えるのだ。


 これによって僕は、あの異形の何かの目の前にいる兵士の影に転移した。



 転移してきた僕に兵士たちはかなり驚いていたが、そんなことはとりあえず無視して指示を出す。


「全軍退避だ!本陣の方まで戻れ!」


 僕の指示により、魔人族軍の部隊は後方へ退避していく。





 そして僕は、異形の姿をした何かと向き合った。


 近くまで来て確認できたことは、あれはやはり小泉玲子だったということだ。


 かなり原型を留めてはいない者の、かろうじて顔は小泉のそれだった。


「お久しぶりです。先生。僕のこと覚えていらっしゃいますか?」


 僕は、意志疎通が図れるかどうか試してみた。


「オまえ、きリュウ、ダナ。ワタシ、おまえ、コろス……」


 なんとか意志疎通を図ることはできるらしいが、発せられる声は人のそれではなかった。


 そして彼女は僕を殺そうとしているらしい。


 これだけわかれば十分だ。


 彼女は敵。


 敵は……殺す。



 僕は無詠唱で『血の刃(ブラッディエッジ)』を放つ。富田や、あの大蛇ですら切り裂いた血の刃は、当然のように小泉の胴体を真っ二つに切り裂き、上半身と下半身を分離した。


 個の一撃で、小泉は死んで戦争も終結する……はずだった。



 だが僕の目の前で信じられないことが起こる。


 真っ二つに分離されたはずの小泉玲子の体が、吸い寄せられるようにしてくっついたのだ。


「なんだこれ!マジで人じゃないみたいだな」


 その姿に警戒をより一層強めていると、頭の中でルシフェルの声が響いた。


『ヨシト、そいつはおそらく神級魔法がかけられている。そのせいであのような哀れな姿になっているようだが。あいつは一度や二度殺しただけでは死なないぞ』


 やはり神級魔法だったか。


 まあ一度や二度殺しただけじゃ死なないなら、死ぬまで殺すだけだ。


 そう考えている間に、奴が何かをつぶやいている


「……シね……」


 かすかに聞き取れたのは、その言葉だけだった。


 すると僕の身に何かが起こった。


 なにか魔法をかけられたらしい。


 すると、これも神級魔法とされている魔法で、呪いの魔法だとルシフェルが教えてくれた。その効果はまあ恐ろしいことに、魔法を放った術者を15分以内に完全に殺さなければ、かけられた者は死ぬというものだ。これは急がなくてはならないようだな。


「ごめんなさい、先生。僕はあなたを殺します。けど、殺しても死なないみたいですから……死ぬまで殺し続けることにしますね」


 僕は魔力にものを言わせて『血の刃』を放ち続ける。噴き出す鮮血を無視して、切り裂く。冷静に冷酷に、圧倒的な力で殺す。小泉の存在が消えるまで、とにかく殺し続ける。肉片となっても、その肉片がどんどんと小さくなっても、僕は切り裂き続けた。


 気が付けば、あたり一面は血の海と化していた。


 流石の奴も、よみがえることはなかった。


 僕にかかった呪いの魔法も消え去った。


 小泉玲子は、この世から完全に、完璧に、葬り去られたのだ。





 小泉を援護しようと近くまで来ていた人間族の兵士達は、その光景を見て恐怖に怯え、援護ができないどころかその場で震えているしかなかった。


 人が人を殺す。


 それが当たり前である戦場においても、人がその姿を留められなくなるまで切り刻まれていくことなど、起こらないであろう。


 だが、兵士たちの目の前ではそれが当たり前のことかのように起こったのだ。


 細切れになっていく肉片と、噴き出す鮮血に、耐え切れず嘔吐する者も少なくはなかった。


 それでも、殺している張本人は、平然とした顔をしている。


 そのことも、兵士たちの恐怖を加速させた。





 僕が小泉玲子を殺すと、すぐに人間族の本陣の方から魔法によって光が上がった。


 おそらく退却の合図だろう。


 兵士たちも退却していく。


 わざわざ退却していく者を追うのも面倒なので、僕は本陣に戻ることにした。


 もちろん急ぎではないので歩いて戻る。




 僕が本陣に着くと、ユラが本陣から出てきて出迎えてくれたが、彼女は安心した表情を浮かべることはなく、むしろ驚きと心配が入り混じったような表情を浮かべた。


 僕はそこで気が付いた。


 小泉の血を浴びて真っ赤に染まった自分の姿に。


 あー、これはまた心配かけちゃうような状況だな。


「ヨシト!大丈夫なの!?どこかケガは……」


 案の定、僕のことを心配する彼女に僕は問題ないことを伝えた。


 そこでようやく彼女は安心した様子になり、僕に「おかえりなさい」と言ってくれる。


 そんな彼女の笑顔は、僕の心を優しい気持ちで満たしてくれる。


 そして僕は、彼女に心配かけずに済むくらい、もっともっと強くなりたいと思った。


 そのためには、やはり『魔神の宝珠』か。



 だけど今は、彼女の笑顔をもう少しだけ見ていたい。


 こんな僕でも、少しだけ、ほんの少しだけなら、こんな気持ちになってもいいよね……。



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