戦争
『ソルマニク平野』は、大陸東に位置し、人間族と魔人族の領地の境界となっている平野である。その広大な面積は、約2万平方キロメートル。この大陸でも最大級の平野である。
そんな平野に今、人間族と魔人族の軍勢が集まっている。
そう、ここは戦場なのだ。
―― 魔人族軍本陣
「敵戦力は、歩兵5万、騎兵1万、魔術兵5百。戦力はこちらが圧倒的に不利な状況です」
魔人軍司令官のグランさんがそのように言う。ここ、魔人族軍本部にいる将軍たちは重苦しい表情だ。
魔人軍の戦力は、歩兵2万、騎兵5千、魔術兵2千である。
勝っているのは魔術兵の数だけである。人間族には魔術師が誕生しにくいのが原因である。
この戦力差では普通に戦っては勝てない→じゃあ『魔王』の力で一気に潰そう
これが今までの考え方だったらしい。
司令官のグランさんまでもそのように考えていたというのが驚きだ。
「今回の戦闘に関しては僕の方から指示を出させていただきます。また、戦略面に関しては今後のこともありますのでグランさんも一緒にいてもらって学んでもらいます」
僕は今回魔人族軍の臨時顧問という立場でこの戦場に来ている。
この決定は『魔王』によるものなので、だれも逆らうことができない。
……権力乱用ではないか?
まあこのまま『魔王』を使わなくては勝てない作戦ばかりを使っていては困るからな。ここは耐えてもらうしかない。
「……魔王様、こんなどこの馬の骨ともわからない者に、なぜこの私が従わなくてはならないのでしょうか」
司令官のグランさんは、まあ予想通りの反応を見せる。
「グラン、お前はこの者の強さを知らないようだな。このヨシトは私をも凌駕する戦闘能力を持ちながら、私では測りきることのできない知力を持っておる。私はすでにそれをこの目で確かめているからな。お前もこの戦闘を終えれば理解できるだろう」
「しかし、そのような話……」
「信用できない、か?この魔王の言葉が」
ユラは威圧感を込めて、グランさんにそう言う。それにしても僕と二人で話すときとはえらい違いだな。これは誰がどう見ても立派な魔王だ。
「……わかりました。ヨシト様に従います」
「それでよい。ではヨシト、今回の作戦について説明してくれ」
「はい。まず作戦の第一段階としては……」
そうして僕が作戦を説明すると、ユラ以外の全員が驚きの表情を見せていた。ユラにはあらかじめ伝えてあったからな。
「そのような作戦……いやしかしこれなら……」
グランさんはこの作戦の内容について考えているようだ。まあそこで考えていてくれ。もう時間はないから将軍たちには部隊をそれぞれの配置につかせてもらわなくては。
僕はユラに目線を送る。
ユラはそれだけで伝えたいことを理解してくれたようで、軽く頷く。
「それでは、全軍配置に着け!」
「「「「はっ!」」」」
そうして将軍たちは本陣を出ていく。
さあて、戦争の始まりだ。
僕は全軍が配置に着いたことを確認すると、待機命令を出した。
ちなみに命令系統は魔力操作による思念で行っている。便利なものだ。
なぜ待機するかといえば、人間族が仕掛けてくるのを待つためだ。
人間族側もそこまで考えてはいないらしく、いつも数で押し切ろうと向こうから仕掛けてくるらしい。僕はそれに目を付けた。
しばらく待機状態を続けていると、予想通り人間族軍が動き出した。
騎兵及び歩兵を半数もこちらに突撃させて来る。
馬鹿な奴らだ。
迫りくる大量の軍勢。魔人族軍は、合図を待つ。その合図を待つ間は本当に焦っていたことだろう。作戦は伝えられてるとはいえ、目の前に現れる大量の敵にたいして、こちらはただ突っ立ているだけなのだからな。
「魔人族の腰抜けどもめ!今回はあのいまいましい『魔王』もいないようだな。ならば我らが押し潰してくれる!野郎どもぉ!いくぞぉぉぉ!!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
馬鹿な人間族の将軍、あれはおそらく王都の騎士団副団長のクリスであろう、が先頭に立ち軍勢に向けて声をあげると、それに呼応して人間族軍も声をあげる。
まだだ。もう少し……
そして人間族の軍勢の先頭が魔人族軍との距離およそ500メートルまで詰め寄ってきたとき、僕は合図をだした。
「魔術部隊A班!土属性魔法、放て!」
この指示で魔人族軍、魔術部隊は迫りくる人間族軍の足元の地面に、土属性魔法をかけあたりの地形を荒らす。具体的言えば、地面を削りとり、深さ5メートルほどの溝を広範囲にわたって作った。
これに対して人間族軍、考えなしに全力で突っ込んできていたため急に止まることもできず、溝に突っ込みバランスを崩して転落する。後に続くもの達も当然のように同じ道をたどる。上から落ちてくる者に下敷きにされて、溝に落ちた大半の者は戦闘不能状態だ。しかも指揮をとるべき将軍は軍勢の先頭にたっていたため、どう動けばいいかわからなくなった人間族軍は動揺を隠せない様子。溝に落ちたと言っても被害はまだ10分の1程度なのに、ここまで崩れるとは。
ここで一気に畳みかける。
「弓隊、放て!」
ここで準備させておいた弓隊2千による、一斉砲撃。これにより溝の前で行動できずにいた残りの人間族軍の内、1万ほどを攻略。残りの1万7千程度は人間族軍の本陣方向に逃げ帰っていく。
とはいえ、逃げ帰っていくものをそのまま逃がすわけもなく、再び魔術隊の土属性魔法で溝を作り、人間族軍の帰路を絶った。
さすがに2度目になるとその溝に落ちる者の数も減ったが、その分動けなくなったものの数が増えたということで、その分は弓隊の餌食になる。
相手の残りの数も3千程まで減ってきたところで、弓隊の砲撃を止める。そして、攻め込んできた人間族軍の左右方向に移動させておいた歩兵1万で、残った者たちを殲滅する。士気の失せた兵を殲滅するのにそれほど時間はかからなかった。
最後の仕上げに、先ほど作った溝を落ちた兵士ごと土魔法で埋めて、第一段階完了。
これにより、人間族軍の残存勢力は、歩兵2万5千、騎兵5千、魔術兵5千となった。
これに対して魔人族軍はほぼ無傷である。
ここで焦ってまた攻め込んでくれないかなーとか思っていたがそこまで馬鹿ではないらしい。だけど、しっかり統率がとれているようにも見えない。
ならば、第二段階へ移行しよう。
僕は歩兵を千人程敵の本陣方向に向けて進軍させる。装備は剣で、弓兵はいない。
これを見た人間族軍、さすがになめられていると思い、歩兵よりも機動力の高い騎兵の残りをすべて投入し、一気に仕留めるつもりらしい。
これは予想以上の人員を動かしてくれたな。ありがたい。
敵の騎兵が距離を詰めてきたその時、僕は指示をだした。
「魔術部隊B班!火属性魔法、放て!」
なんと進軍していた歩兵が火属性魔法を放ち、迫りくる騎馬隊を殲滅していった。
実はこの歩兵部隊に見えるのが、魔術部隊B班だ。
あらかじめ歩兵の恰好をさせて、待機させていたのだ。
歩兵がたかだか千人程度で攻めていけば、向こうはさすがに潰しに来るだろうという。そこで魔法で一気に返り討ちにする。これが作戦の第2段階だ。
これによって騎馬隊の殲滅にも成功し、敵の残存勢力は、歩兵2万5千と、魔術兵5百のみだ。
こちらも魔術兵を2百ほど失ってしまったが、これは仕方のないことだろう。
向こうの崩壊具合に比べたら、これは驚異的ともいえる数字だ。
これほどまでに上手くいくとは思っていなかったが、ここまでくれば向こうもあまり大きく動けないはずだ。というか、ここで退却以外の行動をとるのは、馬鹿がすることだ。
……向こうはその馬鹿だったらしい。
焦ったのか知らないが残った歩兵のうち一万を進軍させてきた。
僕は、魔術部隊B班に火属性魔法を放ちつつ、後退することを命じ、騎兵5千、歩兵1万を投入した。
兵の数、そしてここまでの戦況による士気の差は歴然で、人間族軍の歩兵1万は簡単に崩壊した。
これは完全に魔人族軍の勝利だ。
そう思ったその時、一人の女性と思われる人影が魔人族軍の前に現れた。
女性と思われる、というのは普通の女性とはすでに違った、異形の姿をしていたからだ。
あれはもう人と呼んでいいのかもわからない。
僕はその姿を見て、背中に嫌な汗が流れていることに気付く。僕はその人物(?)に見覚えがあったからだ。
……あれは僕のクラスの担任教師であった小泉玲子だ。




