異世界召喚
とある高校のとある教室。
いつもと変わらぬ風景。
ホームルームが始まるまであと10分程といったところで、クラスの人間は大体そろっている。
そんな中にいつも通り僕もいて、そしてこれまたいつも通り一人の男子生徒が声をかけてくる。
「義人!ノート貸してくれ!」
またか、またなのか。
こいつはいつもそうだな。
ったく僕のことを便利な奴とでも思ってんのか!?
「うん、いいよ!はい」
僕は笑顔でノートを彼に渡す。
すると彼は嬉しそうにこう言う。
「サンキュー!義人はホントいいやつだ!」
と。
そして周りの皆もそんな僕をみて、さすが義人君、ホントにいい人だ、などと感じている。
クラスだけでなく学校中の生徒が、教師が、近所のおじさん、おばさんが、僕のことを本当にできたいい人間だと思っている。
腹の中はこんなに真っ黒でも、僕のことをだれも疑わず、そして誰もが慕ってくる。
僕、桐生義人は今日も完璧ないい人間だ。
僕は小さいころから妙に力が強かった。体格は他の子どもと変わらないどころかむしろひょろいくらいだったのに、その辺の大きな岩を軽々投げたり、車を一人で軽々押したりと、ありえない子供だった。そんな僕を両親は気味悪がって、いつの間にか僕を残してどこかにいなくなってしまった。それからは祖父と祖母に育てられたのだが、彼らも僕のことを化け物のように扱った。僕は正直つらかったけど、なんとか我慢していた。
小学生になったころ、僕は自分の本性を隠すようになった。周りから見て完璧にいい人間を演じることにした。するとそれはものすごくうまくいき、友達もたくさんできて、先生からも褒められたり、頼られるようになった。僕はそのことがうれしくて、本性を隠して生きていくことを決めた。
そしてある日、小学校の授業参観があった。僕は、きっと祖父と祖母が僕のことを認めてくれると思った。他の友達のご両親は、僕のことをすごくほめたり、祖父や祖母にいいお子さんですね、などと言っていて祖父と祖母は僕に見せたことのないような笑顔で受け答えていた。これで僕もちょっとは認めてもらえたのかなと思った。だけど、現実はそうじゃなかった。その日家で話している祖父と祖母の話を聞いてしまったんだ。彼らは、僕のことを気味悪がっていたよ。本性を隠して、取り入って、まるで悪魔みたいだって。僕は、祖父と祖母は何をしても僕のことを人間として見てくれることもないんだと悟った。そんな祖父と祖母も僕が中学3年の時に亡くなった。
僕はそれでも変わらずに、周りの人間をだましながら自分を守って生きてきた。自分の思っていることとか、そんなのを表に出すことはせずに、ただ真面目で優しい人間を装った。
僕の本性を知る者は、もうどこにもいない。
教室にチャイムの音が鳴り響き、ホームルームの始まりが告げられた。
担任も教室に入ってきて、皆自分の席に着いた。
なんの変哲もない高校生活の一日。
……のはずだった。
次の瞬間、僕たちのクラス全員そろって見たことのない広間のような場所にいた。見渡すと、古代の遺跡を思わせるような壁画が目に入る。
ここは一体どこなんだろう。そもそもなぜこんなところにいるんだ。教室でホームルームをしていたはずなのに。
「なあ、義人。ここは一体どこなんだ」
先程宿題を見せてくれと言ってきた生徒、大杉健二が尋ねてきた。
そんなこと僕にも分かるわけないだろう。ちょっとは自分の頭で考えたらどうなんだ。
などと内心では思いながらも、僕は落ち着いた表情で返した。
「分からない。だけど、あまりいい状況でないのは確かだね」
「さすがのお前でも分からないか。ホントなんなんだろうな」
周りのクラスメイト達も皆困惑している表情だ。
担任の小泉玲子先生も混乱している様子で、とてもじゃないが皆をまとめられる雰囲気ではなかった。
仕方ない……。
「皆、落ち着いて。ここがどこかは分からないけど、とりあえず建物の中みたいだし、周りには誰もいないから人質とかでもないと思う。だから命の危機ではないと思うんだ。とりあえず、落ち着いて状況を整理しよう」
結局僕がまとめることになる。このクラスはいつもそう。僕が何か言うまでは誰も、何もしない。
「そうね。桐生君の言う通り、まずは状況を整理しよう」
クラス委員の佐藤香織が僕に同調するように言った。
綺麗な黒のストレートヘアー、凛とした顔立ちで、世間一般で言われる美少女というやつだ。
いつも冷静に物事を考えることができ、皆からの人望も厚い。
彼女は、こんなダメなクラスの中では唯一まともと言ってもいい人間だ。
そんな彼女も、いつもと全く同じように冷静というわけにはいかないらしい。
僕たちがそうして何もできずにいると、突然広間の扉が開いた。そこには、黒いローブのようなものを着た男が一人立っていた。見るからに不気味なその雰囲気に、皆は飲み込まれていた。そして、その男は僕たちに近づいてきて話し出した。
「ようこそ、勇者諸君。君たちを歓迎する」
その言葉に誰もが自分の耳を疑ったことだろう。
僕もその一人だ。
「唖然としているみたいだが、そんな暇はないぞ。なにせ君たちは勇者、いや勇者候補なのだから」
勇者というだけでもわけがわからないというのに、勇者候補?ふざけているのかこいつは。とはいえ、あいつの雰囲気からして嘘や冗談を言っているとも思えないな。
「勇者とはいったいどういうことなんですか」
香織がローブの男に尋ねる。
「ああ、ちゃんと説明しないといけないな。まずここは君たちの住んでいた世界とは違う世界、異世界と言ったらわかりやすいかな」
異世界だと。そんな小説の世界のようなことが現実に起きていいのか。
「そして君たちはこの世界の魔王を倒すためにこの世界に召喚された勇者なんだよ。正確にいえばこの中にその勇者の素質を持った人間が何人かいる。だから君たちは勇者候補というわけだ」
「なら、僕たち全員を呼ぶ意味はなかったんじゃ」
「私達にも誰がその勇者なのかわからないんだよ。だからわざわざ君たち全員を呼んだんだ」
僕の問いにもローブの男は淡々と答えていく。
「申し遅れたが、私はユークリフト。この神殿に仕える神官の一人だ。まずはここから移動しよう」
そう言って彼、ユークリフトは僕たちを先導して広間を出た。クラスのみんなは相変わらずおびえた様子だ。
順応できない奴は死ぬぞ。
そんなことを思いつつも、僕は皆を安心させるように優しく振舞っていた。だって、僕は真面目ないい人間だもんね。
そうして僕たちが連れてこられたのは6人掛けの丸テーブルがいくつもある部屋だった。そこに適当に座るように指示される。僕達はその指示に従って席に着いた。
僕と同じテーブルには、佐藤香織、大杉健二、相原翔子、富田慶介、牧原弥生が座った。
佐藤香織はさっきも言った通りのクラス委員。
大杉健二はさっきからでてきている馬鹿。
相原翔子は、香織の友達で、青みがかったショートヘアーで、少し目つきは悪いが、美少女と呼んでいい見た目だろう。
富田慶介は、いかにも体育会系といった感じのがっちりした体格の男だ。
牧原弥生は、茶髪で少しパーマがかかった髪をしていて、ものすごく大人しい雰囲気の女だ。
そうして全員が席に着くと、ユークリフトは話し始めた。
「今席についてもらったが、これからはその席の者たちと共に行動をとってもらう。異論は認めない。その6人で運命を共にしてもらう。今から配るプレートはステータスプレートと言って、君たちの能力を表示してくれる魔法具だ。いきわたったら、掌をプレートに乗せてみろ」
僕たちは言われた通り、プレートに掌を乗せた。すると親指のあたりに、チクッという鋭い痛みが走る。反射的に手をプレートから話すと、親指には何かに刺されたような跡があった。
「親指のあたりに針がささったと思うが、それは君たちの血液から情報を得てステータスプレートに記録するためだ。もうステータスが見れるようになっているはずだ」
僕はステータスプレートをのぞき込んだ。
桐生義人 17歳 男 Lv:1
称号:『勇者候補』
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:10
スキル:言語翻訳
なるほど。こういうことか。RPGの世界に入ったような感覚だな。
「この世界ではステータスがすべてだ。そのステータス次第で君たちの命運が決まる。日々精進してステータスを伸ばすことだ。とはいえ、今日はもう疲れただろうから休むといい」
僕たちはそれぞれ部屋に案内され、今日は休むことになった。
皆それぞれ不安は抱えているとは思うが、ユークリフトの言うことを聞くくらいしかやれることはないので、指示に従った。
これから先、どうなっていくのだろう。なんか面倒なことに巻き込まれちまったなー。