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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
12話・そして
47/49

(3)

玉闇はすこぶる機嫌が良かった。それはもちろん、彼女が改心したからでも回復したからでもない。咲が想像していた通りに、新しい遊びを見つけたからだ。


「別に天上に居る理由はもうないんだけどねえ」


そういいながら玉闇がちらりと後ろを振り返れば、茶を淹れていた瀧蓮の手がピタリと止まる。そして振り返った彼の表情は少し歪められていて、思い通りの反応が返ってきた彼女は大変満足そうにほほ笑んだ。


「用も済んだし、そろそろ花街が心配になってきた」


「ついていく」


「無理言うでないよ。花街は男の住む所じゃない」


当然ついて来ようとする彼の提案をぴしゃりと叩き落とし、動揺に揺れる瀧蓮の瞳はどこまでも従順だった。


玉闇と瀧蓮の関係に名目はまだない。あえて言うならば、ただの気まぐれに手を付けただけの遊び人。わざわざ玉闇が腰を上げて遭いに来てくれるはずもなく、瀧蓮は今後に不安を抱くのだった。彼女は情報屋。闇に紛れた影の存在。玉闇に駄目だと別れを突きつけられれば、二度と会うことすら叶わないかもしれないのだから。


「じゃあ通う、毎日」


「私は娼婦じゃないよ」


「依頼をすればいいのか」


「一文無しになりたいなら好きにすればいい」


本当に、彼ならばやりかねないけれど。と、玉闇は広げた扇子の内側で、瀧蓮がすべての財を使い果たし花街の前で立ち竦んでいる様子を想像した。


今でも初めて会ったときと変わらない、熱く燃えるような情の籠もった瞳で玉闇を見つめる瀧蓮。

切なくも焦りと迷いに苦しむ彼の姿こそが、今の玉闇を大いに楽しませている要因だ。つまらない入院生活も、ちょっとばかり彼をからかっては素直な反応を見て退屈を紛らわせてきた。


「ではお前を家に閉じ込める。そうしたら毎日会えるだろう」


ただし、あんまり追いつめるととんでもない答えが返ってくるので注意しなければならない。


さて薬の時間だ、と玉闇は話題を逸らし、立ち上がって彼の淹れた茶を手に取る。粉の薬は苦くて嫌いな彼女は、甲斐甲斐しく用意する瀧蓮から薬を受け取ると、鼻をつまんで一気に口に放り込んだ。慌てて茶を口に含むも、苦々しい味が口の中に広がって顔を歪める。


「まっずい」


「飲み切るまでは我慢してくれ」


まだ10日分残っていると言われて、玉闇は大きくため息を漏らした。もちろんすべての薬を飲まなければ瀧蓮はうるさくするだろう。なぜか薬は瀧蓮が管理しており、時間になるとすぐにやってきて飲み切るまで監視するのだ。


こんなはずではなかったのに、とも思うが仕方ない。新しい遊びも見つけたし、もう少し長生きしてもいいだろう。


さて、次はなんの話題にしようか。


玉闇と一緒にいる間は、瀧蓮の気が休まることは、おそらくない。






















瀧蓮という男はどこまでも一途な人物であった。それは玉闇の想像を遥かに超えるほどに。だからこそ、彼女の狂った遊びの対象になってしまったらしい。


彼は彼女が撃たれた以降、全く触れるのを止めてしまった瀧蓮。撃たれて腹から血があふれるように出てくる姿を見たためか、無理をさせては傷や病気に障るのが怖くてできなかった。そして退院した今もあの細い身体が再び倒れてしまうのではと、怖くてなかなか手を出せないでいる。


もちろん発散されることのない欲は膨らむばかりだ。己の欲との葛藤に苦しむ瀧蓮の姿は、それはもう大変に玉闇を喜ばせ続けている。


「・・・・玉闇」


「なにか?」


にっこりと機嫌良く返事をする玉闇は、今瀧蓮の目の前で卓上に肘をつき座っている。


ただしここは、御史台の一室だ。


いくら個人の部屋とは言え、仕事場なので多くの部下が出入りする。人が入ってくるたびにぎょっとされるのは慣れたが、彼女の視線を一身に受けている瀧蓮の筆は遅々として進まない。


「・・・楽しいのか」


「別に」


卓上に投げ出された彼女のもう片方の腕は白く細く、まるで吸い寄せられるかのように彼の視線を奪っていた。触ったらどんな感触がするかとか、どんな感覚がするかとか、過去の経験と想像で思考が埋め尽くされていく。


触れたら最後。おそらく瀧蓮の理性はガラガラと音を立てて崩れ去ってしまうだろう。

しかしそんなことは彼は望まない。あくまで望むのは玉闇と共にある未来だ。一方的な思いを押し付けるだけでは、それは成立しない。玉闇が触れてほしいと望むまでは、と瀧蓮は邪な欲望を取り払うため頭を振った。


「邪魔なら出ていこうか」


「いや・・・」


離れたくないに決まっているのに、わかっていて彼女はそんなことを聞いてくる。本当に意地悪な人だ。


見せつけられるように卓上に置かれた胸の谷間もわざとだと理解しているのに、やはりそこへ視線が向かってしまうのは悲しい男の性。慌てて視線を外す彼に玉闇はけしかけるようなことを言う。


「触らなくていいのかい?」


「・・・・・」


「頑固だねえ」


一度決めたら聞かない瀧蓮。もちろんその決意は何度となく揺らいではいるが、その忍耐力に玉闇も賞賛する。


思考を切り替えたかった瀧蓮は、薬の時間を確認するために窓の外をちらりと見遣った。

実は、薬を飲ませるのが彼の密かな楽しみだったりする。あの苦味で悩ましげに寄せられる彼女の眉と少し苦痛に歪められた表情が、性的な場面を想像させられて・・・・。


完全に変態の領域だ。玉闇が知ったら冷たい視線を寄越すか呆れ果てるだろうから、もちろん口には出さない。


「愛しているから、耐えられる。どんなことだって、できる」


お前のためなら。そう無表情で呟く瀧蓮の言葉は甘言や睦言ではない。ただの本心。それは玉闇へ向けられたものではなく、自分自身へ語りかけたもの。


玉闇は小さくため息を吐いて唇をへの字にする。


「知ってるよ、だから面白いんじゃないか」


「面白いのか」


「当然。じゃなきゃ私はここにはいないさ」


何もかもわかりきった人間など微塵の興味も沸かない。だから瀧蓮は面白い。何をするのか、わからないから。


「だったら結婚してくれないか」


突然の求婚に驚いた玉闇は肘をついていた手を滑らせて、勢いよく頭を卓上にぶつけてしまった。ゴツンといい音が響いて、今まではありえない彼女の間抜けな姿に瀧蓮は片眉を上げる。


「・・・大丈夫か」


「痛い・・・」


「驚かせたか」


「なんの脈絡もなくいきなり言い出したからだろう」


今までの会話のどこに、求婚を促す流れがあったというのか。玉闇は少し赤くなった額を押さえながら、先手を打たれるのが嫌いな彼女は瀧蓮を睨む。


「面白いんだろう?だったら一生楽しませてやると誓う」


彼には一生玉闇を愛し続ける自信があった。彼女のためならばなんでもできる、つまりそれは彼女を楽しませ続けるということだ。


「愛が無くてもいいのかい?お前が欲していたものだろう」


「お互いに利点がある。手に入るならどんな手段でも構わない」


「狂ってるねえ」


くすくすと小気味よく嗤う玉闇。玉闇を愛した時から、彼女と同じ土台へ登った。あまりにも常識を逸している彼の思考は玉闇と同じく狂っている。


「お前に相応しいのは俺だ」


ここまですごい自信で言い切られると、なぜか否定的な返事は出てこなくなってしまう。狂っている人間には狂っている人間がお似合いだ。彼女のような女性には、結婚するならば、瀧蓮のような男しか選択肢はない。それはあくまで結婚する気があるのならば、の話だが。


玉闇は肩を一度大きく上下させて、目を細めた。


「いいよ、結婚してやっても」


硬直した瀧蓮の手元から墨に濡れた筆が滑り落ち、カランと軽い音を立てて地面に転がる。


彼は視線を宙に浮かせて無表情のまま動かない。玉闇が面白がってつんつんと頬を突いてみても、瀧蓮が動くのはそれからたっぷり間を取ってからのことだった。


「・・・・・・・冗談か」


「やっと口を開いたかと思えばそれかい?まあ面白いからいいけど」


あの玉闇が、慈悲の欠片もなく不遜で自信満々で意地悪でどうしようもないほどに曲がり切った性格のあの玉闇が、まさか結婚を承諾すると誰が想像できるだろう。求婚した瀧蓮とて期待など全くしていなかった。ただ思いを率直に伝えただけなのに、それが返ってくるとは。


「・・・・・・・夢か」


「夢かもねえ。覚めたら私はどこにも居なくなってたり」


そしてまた意地悪なことを言う。


しばらくしてだんだん頭が正常に働くようになってきた瀧蓮は、玉闇が驚くほどに突然勢いよく立ち上がり、片手でがっしりと彼女の腰を掴んだ。何事かと問う前にはもう彼女の体は宙に浮かんでおり、瀧蓮の肩の上に俵担ぎで乗せられる。


「ちょっ・・・・・」


抱き上げたまま早歩きで外とカツカツと歩き出す瀧蓮。すれ違いざまに2人を目撃した官吏たちは凍り付いていく。


色気のない持ち上げられ方だが玉闇に暴れる気力はなく、ゆらゆらと四肢を投げ出すしかない。ただ大きく息を吐いてちらりと彼の顔を盗み見れば、無表情であるかのように見えて若干口角が上がっていた。



それから一週間、御史大夫は職場に姿を見せず、仕事を放棄して家に籠り続けたのだった。








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