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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
11話・闇の四帝
43/49

(1)

玉闇たちが玉座の間に着いた頃、すでに大扉は敵の襲撃を防ぐために閉じられていた。大きく太い板を横にして開かぬように嵌められているものの、部屋全体が揺れるほどの衝撃を受けて今にも破られそうな様子だ。


女の姿が見えないところを見ると、彼女たちは後宮の奥の方へ逃げたのだろう。官吏は一様にこちらへ逃げて来たらしく、数はそこまで多くはなかったものの高官のほとんどはこの場に居る。


尚泉は玉座に座って足を組んでいるが、表情は無く怒っているのか恐れているのか分からない。ただ玉闇が後宮からやって来たことには気づいたようで、小さく目配せを送った。


そのわずか数分後。


ドゴン!!と今までとは違った音を響かせ、扉に嵌められていた板が真っ二つに割れてしまう。開いた扉からすぐにでも敵兵が入ってくると思いきや、飛び込んできたのは国軍の制服とは全く異なる簡素な服を着た赤毛の大男だった。

想像とは違った来客に、剣と盾を構えていた近衛兵は目を白黒させて戸惑う。


次に赤毛の大男の背に隠れるようにして、サササッと素早く玉座の間へ滑り込む数人の男女。そして彼ら

によって瞬く間に再び扉は閉じられた。もちろん、太い南京錠をかけるのを忘れずに。


「王様は無事かっ!」


低く掠れた男らしい大声。彼が敵なのか味方なのか、判断に困った兵や官吏の視線は一斉に尚泉へ移った。

尚泉は相変わらず何を考えているのか分からない笑みをたたえ、突然の来訪者たちに挨拶を述べる。


「やあ、どうも。おかげ様でこうして生きてるよ。

ようこそ天上へ、そして玉座の間へ」


「おう!」


歓迎を受けた大男は腕を組んでなぜか満足そうだ。


敵ではなさそうだと一旦緊張の空気は解かれたものの、まだまだ来客は続く。「歩乃花!幸子!」と外から窓に張り付いて笑顔を振りまいている若い女の姿。

彼女のことは有名なのでこの場に居る誰もが知っている。礼部の下働きとして登用された葵杏という女官吏だ。どういう訳で窓の外から現れたのかは疑問に思ったが、すぐに違う可愛らしい声が上がって注目は切り替わった。


「咲ーーー!!」


「咲!よかった無事で!」


大男が連れていた2人の若い女が笑顔で葵杏の元へ駆け寄る。


大注目を浴びながらもきゃっきゃとはしゃぐ3人の娘たち。思いっきり場違いな彼女たちを困惑の表情で見守る男たち。


葵杏はよっこらしょ、と2人の友人の手を借りながら大股で窓を乗り越える。


「どうして窓から来たの?」


「だって敵が多くって中通れなかったんだもん。だから屋根伝いに来ちゃった」


「屋根!あったまいいー!あっ、琥轍さん!」


女のうち1人がぱっと顔を輝かせて咲の後から現れた琥轍に大きく手を振る。先ほどと同じく窓の外から現れた琥轍だが、その傍らには顔を青くしてぐったりしている三足長の姿が。


三足長!と官吏の一人が駆け寄ろうとしたが、それは琥轍が窓の桟に片足をかけながら片手で制した。


「待て、この人は屋上で術式を書いてた。謀反の片棒を担いで天上に敵を招いた反逆者の1人だ」


どっと騒めきが起こるとともに、琥轍は三足長を玉座の間の中央に引きずり出す。厳しい視線を集めている張本人は観念しているのか、うつむいたままじっと動かない。

尚泉の反応は特になく、玉座から彼をただ見下ろしているだけだがそれが逆に恐ろしい。


一方で張りつめた空気を全て無視するかのように、赤毛の大男へ問う若い女の柔らかな声が響く。


「で、これからどうするんですか?えっと・・・反逆者?捕まえたんでしょう?」


「そんなの決まってるだろ。今天上にいる敵を全員ぶっ放して、親玉の大尉を捕まえるだけだ。

敵が自ら名乗り出てくれたんだから楽勝じゃねーの」


「――――無理だ」


会話を遮るようにして初めて口を開く三足長。顔を上げてみれば確かに顔色は青白く疲れ切った様子であったが、瞳に灯る強い意志の光は未だに消えていなかった。


彼は表情を歪めて嗤い、赤毛の大男を睨みつける。


「無理だ。何もわかっていないようだな。

術式が使えなくなったからといって、地上にいる同胞たちがお前らを囲んでいることには変わりない。

この国で最も力のある武力は我々の手にある。お前たちでは相手にもならないだろ、う・・・」


語尾が力無く勢いが失速してしまったのは、大男のみならず、若い女たちも心底呆れ返った表情をしていたから。


「なんもわかってねえのはお前だろ・・・」


「よりにもよって炎岳さんに言わなくても・・・ねえ」


「山賊に喧嘩売るなんて・・・根性あるというか、アホというか・・・」


「え、炎岳!?」


三足長は急に愕然とした表情に変わった。ところが面白いことに、周りにいる近衛兵や官吏たちも全く同じ表情をしている。


固まる彼らに、馬鹿じゃねえのお前と炎岳は続けた。


「国軍がどんだけすごいか知らんが俺たちは日頃から妖魔相手に戦ってんだ。まともな戦を経験してない奴らに負ける気はしねえな」


三足長はぶるぶると震え上がった。

全く考えていなかったと言えば嘘になる。山賊の力は国軍の力に匹敵することは周知の事実だ。もしも国中の山賊が――――四帝である炎岳が王の味方に付いたならば、謀反を武力で収めることができるだろう、と。


しかし四帝はあくまで裏社会でのみ現れる人物。わざわざ天上までやってこようとは、想定外であった。


炎岳が味方にいるという事実に近衛兵や官吏たちは血を滾らせ、歓喜に包まれる。一時は全滅をも覚悟したが、彼以上に頼りになる人物はいない。彼さえいれば国軍相手と言えど十分戦える。

中には未だ四帝が目の前にいることを信じられず茫然としている者もいたが、なんとなく玉座の間は勝利の雰囲気へ変わっていった。


ところが炎岳に圧倒されていた三足長は我に返ると、奥歯で歯ぎしりをしながら無理やりにでも口角を上げる。


「確かに山賊よりは実戦経験は乏しいだろう。・・・だが、我々にはお前らなどいとも簡単に殺せる―――――――「武器があるのですよね?」


ニタァと性格の悪そうな笑みを浮かべる大男の仲間の1人、眼鏡の男。


露程も言い当てられるとは思わなかった三足長は、歪んだ笑顔で固まったまま動かなくなる。


「もちろん我々は知っていますよ。あなた方が何をしているのか。

異世界へ通じる国宝を盗み、(きん)を集めて大量取引をしようとした。鉛玉で人を殺傷できる武器を手に入れるためにね。

ああ、正確には大量取引“しようとしていた”、でしたね。ここであなた方に悲報ですが、これ以上の取引は無理でしょう。なぜならこの国の金はすべて買い占めてしまいました」


「・・・は?」


ああもちろん、と彼は思い出したように付け加えた。


「宝石などもね。異世界で価値が高くつけられそうなものは、すべてですよ」


目が点になる男たち。

仲間の娘たちも驚いているらしく、ほへぇと間抜けな声を出して感心している。


この国中の金や宝石を買うのならばどれほどの財力が必要なのか、それは検討もつかないほど莫大な金額になるだろう。

そしてそのような途方もない所業ができるのは、この国においては1人しか存在しない。裏の商売に通じ、そのすべてを牛耳っているという、四帝の那刹。


ああ、なんてことだ。

三足長は絶望のあまり天を仰いだ。まるで神が操っているかの如く、思惑はことごとく握り潰されていく。


―――――いや、違う。操っているのは神ではない。


三足長は視線を炎岳と那刹から離したことで、初めて玉座の間の最奥にいる女の姿に気づいた。そして四帝の登場に圧倒されている異様な空間の中で、1人だけ目を煌々と輝かせていることにも。


そうだ、操っているのは神ではない。あの女だ。


彼女の存在は三足長と同時に炎岳も気づいた。彼はぷるぷると震える手で指し、あああああ!!と一同がビクリと小さく飛び上がるほどの大声を上げる。


「て、てめえ!なんでこんなところに居やがる!!」


玉闇は扇の内側で苦々しく嗤いながら、汚いものを見るような目で炎岳を見る。


「相変わらずうるさい男だねぇ、三擦り半のくせに」


「はあああ!?それは関係ねえだろ不感症女!」


「ちょ、ちょっと炎岳さん、どうどう」


「炎岳さんも冥昌さんも落ち着きましょうよ、ね?」


卑猥な単語で罵り合う2人に慌てる娘たち。

しかし炎岳はケッと馬鹿にしたような音を出し、なおも止まらない口で応戦した。


「冥昌ねえ。そんな名前まで付けて天上にいるなんて、どうせまた誰かを虐めて楽しんでたんだろ。極悪非道の情報屋サマ」


もちろん情報屋と聞いて玉闇の存在に気づかない者などいない。

なにも答えず小さく嗤う玉闇。2人が会話を止めてしまったことで、間は完全に静まり返ってしまう。


異様な雰囲気はさらに異質さを極めた。天上で四帝のうち3人が揃ってしまったのだ。しかも玉闇は尚泉の妾としてずいぶん前から後宮におり、少し前に御史大夫との不貞で噂の甲冑に居た人物。その彼女がまさか四帝だとは誰も想像だにしなかったこと。


三足長は膝を付きその場に崩れ落ちる。それは心身共に反抗する力を無くし、観念したかのように見えた。


ところが。


「ふ・・・・、ふははははははっ!!」


何かが弾け狂ったかのように笑い出す三足長。周囲はぎょっとしながらもついに頭がイカれたかと憐れみを含んだ視線を寄越すが、辛くも彼の頭はまだ正常に働いている。

懐から何かを取り出すと、それを大きく掲げて立ち上がった。


「悪いがお前らの茶番はこれまでだ」


「あっ!炎岳さんあれ!!」


娘の1人が叫び、炎岳は慌てて剣を構える。


そう、三足長が掲げているのは紛失した国宝の石版だった。異世界を行き来ができると言われており、実際に彼らはこれを使ってこの世界に銃を持ち込んだ。


彼は石版に向かって何やらぶつぶつと呟く。三足長はおそらくそれを使って異世界へ逃げるつもりだったのだろうが、いつまで経っても何の反応もない。


何が起こるかと構えて近づけなかった炎岳も、拍子抜けしたように小さく息を吐いて肩を落とす。


「なんだ、なんも起こらねえじゃねえか」


「そんなっ・・・!!そんなはずは・・・!!」


パニック状態に陥った三足長はバシバシと石版を叩いたり揺すったりしてみたものの、やはりうんともすんとも反応がない。ああ壊さないで!と悲鳴が響いたが、顔を真っ青にして挙動不審な彼には全く聞こえていないだろう。


その時玉闇が長い袖から取り出したものに、三足長はとうとう全ての切り札を失って絶望した。





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